承認欲求は誰かから認められたい、受け入れたいという人間なら誰でも持っている欲求のことです。
恋愛における承認欲求となれば
- 恋人から愛されたい
- 恋人から心身ともに受け入れられたい
- 恋人から褒められたい
- 恋人から尊敬されたい
などの、感情がいい例です。
もちろん、これらの感情は恋人感であれば多かれ少なかれ誰でも持つものですし、その感情なしでは恋愛関係は成り立たない言ってもいいでしょう。とくに「愛されたい」という気持ちは、恋人に対して抱く基礎となる感情であり否定するものとは言えません。
しかし、場合によっては承認欲求が強すぎることで…
- 恋人からの愛されているという実感がわかないと不安になる。
- 拒絶されるのが嫌で無理な要求を断れない
などの、トラブルを招いてしまうことがあります。
また、承認欲求が暴走することで、独占や束縛のような関係になったり、精神的に依存して、モラハラやDVの被害者となっても別れられなくなる恋愛に発展することもあります。
ネットストーカーのようにSNSやスマホで恋人の行動を監視したり、何をするにしてもいちいち連絡するように要求するなど、愛情の強さと思われる行動は、実は承認欲求の強さが影響していると考えることもできるのです。
今回はそんな承認欲求の強い恋愛がどうして辛くなるのかについて、お話いたします。
承認欲求が強い人との恋愛の特徴
褒めないと拗ねたり急にキレたりする
何かしら褒めてもらうためにおしゃれをしたり、自分磨きをしたりしても、そのことを褒めないままでいると急に拗ねたり切れたりすることが承認欲求の強い人の恋愛の特徴です。
もちろん、褒めないことそのものが悪いと言われたらまさにその通りですが、仮に褒めたとしても
- 「心のこもっていない褒め方をしている」と拗ねたコメントを返す
- 「本当に褒める気があるの?」とこちらを試すような発言をする
と、褒めてくれた相手の言葉を素直に受け取らないこともあり、わばままを言って困らせてしまうものです。
褒めてもらってばかりで相手を褒めようとしない
もちろん、こういったコミュニケーションこそ恋愛ならよくある光景とも言えますが、決定的なのは、相手に対して褒めることを求める割には、自分から褒めることはあまりしないので、いつもど力が褒められてばかりというバランスの悪い関係になりがちです。
いつもどちらか一方が褒められてばかりの関係は、褒められる側からすれば心地がいいものです。
しかし、褒める側から見れば褒めなければ不機嫌になる人にいつも振り回され、必死に尽くしている割には見返り(この場合は褒めてもらうこと)が少ないので、不満や辛さを感じてしまうのです。
長く付き合うに連れて過度な要求をしてしまう
長く付き合うに連れて、最初の頃はできなかった過度な要求やお願い、おねだりをすることで困らせてしまうので、承認欲求の強い人に多い恋愛です。
お互い長く付き合い距離感が縮まったことで、ちょっとぐらい無理なお願い(高価なものをねだる、わがままを言う)をすることはあろうと思いますが、それを断ろうとしたら「私のことが嫌いなったの」「俺のいうことが聞けないのか」と怒ってパートナーを振り回そうとします。
承認欲求の強さから、
- 自分のどんな醜い欲求でも受け入れててほしい。
- 相手の気持ちを無視して、自分の私利私欲な感情を受け入れてほしい。
という、独りよがりでわがままな要求を相手に押し付けます。
このわがままは愛情の確認とも見ることができれば、恋人が自分の(行き過ぎた)承認欲求を満たしてくれるのにふさわしい相手かどうかを見極めるテストのようなものであるといえます。
そんな独りよがりな要求を受ける側からすれば、要求を断れば今までの関係を否定してしまい別れる原因になります。
かと言って、自分が我慢すればその分出費や気苦労が増えて辛くなるという、どっちに転んでも面倒なことになるので辛くなるのです。
今付き合っている恋人と別れたくないという気持ちが優れば、恋人の無理な要求を飲み込み自分を犠牲にして尽くすような辛い恋愛へと発展します。
拒絶されたくないから、何でもいうことを聞いてしまう
わがままな要求を受ける方が問題になりやすいですが、そんな要求を飲んでしまう方にも承認欲求からくる辛い恋愛をうむ原因が隠れていることがあります。
相手のわがままに対して拒否せず何でも言うことを聞いていれば、その間は自分は相手から必要とされていると感じて、承認欲求を満たすことができます。
DV彼氏に応える彼女、モラハラ彼女に応える彼氏などは、まさにこのいい例です。
この場合相手のわがままを拒絶したら、自分は誰からも必要とされなくなるかもしれない、つまり自分の承認欲求を満たす方法がなくなると感じてしまうので、たとえ辛い関係であっても切ることができず、相手の要求に答えようと努力するのです。
こうした恋愛は傍から見れば、献身的な恋、尽くす恋として理想の恋だと感じる人もいますが、相手の無理難題になんでも応える方法でしか承認欲求を満たすことができない関係は精神的な負担が大きくなります。
また、続けていく内に相手の要求水準に答えられなくなりプツリと切れてしまう危うさのある恋愛関係ともいえます。
SNSやネットでいつもつながっていないと不安を感じる
承認欲求が強いために、SNSやネット上でも恋人に対して頻繁にコメントして、半ば監視するような関係になることもあります。
SNS上でコメントが返ってきたとしても、普段の比べて何分か遅かっただけで、「やっぱり愛されていない」と拗ねて振り回すのも特徴的です。
また、恋人のSNSを追って交友関係を知ろうとしたり、自分から離れていき承認欲求が満たせなくなる事態にならないかについて考えすぎることで不安に襲われます。
過度な期待を押し付けて振り回す
自分の承認欲求が満たされると考え、相手に過度な期待を押し付ける…例えば、
- 恋人なんだから自分のことをなんでも受け入れてくれるに違いない
- 多少無理なお願いでも強く頼めばOKしてくれるはず
などの、自分のことを受け入れてくれるであろう期待を押し付け、相手を振り回します。
相手の意見や都合を無視した勝手な期待であるために、当然ながら期待通りにならずにがっかりすることはよくあります。
しかし、その時に自分の甘い期待に問題があったとは考えず、自分の期待に添えなかった恋人の方に原因があると考えてしまうことが多くトラブルを生みます。
承認欲求が強い人は、相手の都合よりも自分の都合を優先し、自分だけでが認めてもらえるような態度をする傾向があり、それがとくにお互い密に関わる恋愛関係ではトラブルを生む原因位なります。
恋愛関係は承認欲求を暴走させやすい
恋人関係は基本的に自分と恋人の2人だけの関係なので、もしも一方の承認欲求が暴走して時に、周囲からのブレーキが効かずエスカレートしてしまいやすい関係なのです。
友達関係や職場での関係であれば、承認欲求が暴走して誰かが困っているような場面になれば、周囲から「ちょっと落ち着きなよ」と指摘することで、暴走を食い止めることができますが、恋愛関係にはそれがないのです。
また、承認欲求を満たすための相手の気持ちを無視した自分勝手な行動といっても、受け取る側からすれば「きつい要求は自分への愛情表現」「重く感じる愛情でも受け止めることが恋人の役目」だと考えていると、相手の承認欲求の暴走を許し、飲み込まれてしまいます。
その結果として、恋愛の悩みでも多い
- 恋人の独占欲が強くて辛い…。
- 束縛されるような恋愛になって辛い…。
- 束縛するように接しておかないと、どこかに逃げてしまうような気がして辛い…。
などの、悩みを招いてしまうのです。
また、承認欲求が暴走している本人ですらも、この暴走は相手への愛情なのか、それともただ自分を見て欲しい、受け入れて欲しいという自分勝手な気持ちなのかの区別ができないことで、苦しんでいることもあり根が深い問題と言えます。
辛くならないためにお互い適度な距離感を保てる恋愛を
恋愛というと、どうしてお互いの距離感を縮めていくことこそが正解と思われがちです。
お互いに距離が近づくことを望んでいれば、多少嫌なことでも我慢して受け入れればその先に幸せな未来が待っているに違いない、努力したんだからいいことが待っていると考えるのも、自然なことでしょう。
また、付き合い始めた当初はお互い距離を縮めて仲良くなることに幸せを楽しみを見出すものですが、距離を縮めていく内に
- これ以上距離を縮められると困る
- これ以上はたとえ恋人の頼みであっても無理
と感じて、それ以上近づかれることに不快感を抱く頃が出てくるものです。
この時期をうまく乗り越え、お互いに程よい距離感を保てる仲になれば承認欲求で悩むことは少なくなります。
恋愛を長く続けたいのであれば、一方的に自分の意見や要求を相手に押し付けたり、嫌われるのが怖いからと言って相手の要求をなんでも受け入れないことが大事です。
とくに若い人だと経験が浅いことから、「自分の期待通りの反応ではない=自分のことが認められない、相手から拒絶された」と感じることもあると思います。
そして、恋人に対して敵か味方かのような両極端なものの見方(=認知の歪み)をして、辛い恋愛関係になってしまうのです。
その結果としてデートDVのように、たとえ結婚してない関係であっても、DVのような暴力・暴言・性的な嫌がらせをして相手を傷つけてしまうのだと考えることもできます。
承認欲求という言葉はSNSを通して若者の間でよく使われている言葉ですが、今一度自分の承認欲求の強さが恋人や大事な人を傷つけることになっていないか、あるいは自分自身を傷つけていることになっていないか振り返ることが大事だと感じます。
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