「認知の歪み」10パターンとその例

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いつも自分を精神的に追い詰めてしまう、些細なことで落ち込んだり、すぐに悪い方向に考えるネガティブ思考が身についてしんどさを感じている人によく当てはまる心理学の言葉として「認知の歪み」というものがあります。

認知とは物事を捉え方のことであり、いい出来事が起きても悪いとこばかりに注目してしまうという歪んだ捉え方を普段からしていれば、楽しいことも楽しめず、喜ぶようなことですら不安を感じてしまいます。

心理学やメンタルについて勉強している方だと「認知の歪み」という言葉自体は耳にした方は多いと思いますが、認知の歪みそのものを知らない人だと歪んだ捉え方を

  • 自分の生まれつき性格だから仕方ない
  • ひねくれているのが自分らしさだから、今更変えるのなんて無理だ

と、生まれつきのものだと考えて問題視するのを避けたり、認知を歪ませたまま悩みや不安を抱えて暮らして行く人もいます。

認が歪でんいるという自覚がないと、理由はわからないけどなんだか辛い、自分が何に対して精神的な苦しさを感じているのか…という、もやもやとした気持ちを抱えたまま生きていくという不器用な生き方を歩むことになります。

今回は認知の歪みについて詳しくお話いたします。

認知の歪みとは

心理学においては認知の歪みは、非合理的な物事の考え方を指す言葉で、とくにうつ状態を悪化あるいは永続化させると考えられています。

認知の歪みは完璧主義や悲観主義な性格の人、ひねくれた考え方をしている人によく見られる考え方で、現実を正しく捉えることができないことからストレスや精神的な辛さの原因になります。

もちろん、完璧に何かをやり遂げたい、もっと慎重に考えて物事を決めたいという気持ちそのものは誰にでもあり、決しておかしいことではありませんが、その考え方が強くなった結果、ストレスやメンタルの不調を感じるのであれば、自分の考え方の歪みに気づいて、できるだけ楽になれる考え方を探していくことで、悪い考え方の癖を止めることができます。

認知の歪みの10のパターン

認知の歪みは、以下の10のパターンに分かれています。

パターンやその例について詳しく解説していきます。

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全か無かで考える

物事に対して、白黒はっきりつけたがる、2つに分けて考える捉え方のことです。

たとえば大学受験に受かればバラ色の人生が待っている、しかし落ちてしまえば辛くジメジメとした惨めな浪人生活が待っていると、極端な2つの考え方しかできず物事を多面的に捉えることができないため、精神的に不安定になりがちです。

受験の他にも就活で「ホワイト企業かブラック企業しかない」と視野を狭めたり、就職後に「昇進し続けるか一生平社員かしか道がない」と両極端な考え方しかできず、程よい生き方や他の生き方を考えることができないという特徴があります。

完璧主義の人や精神的に追い詰められている人ほど、両極端な考え方に陥いりがちですが、両極端な考え方をすることで余計に緊張やストレスの原因となってしまうことがあるので、あまり効果的な考え方とは言えないのです。

行き過ぎた一般化

行き過ぎた一般化とは、何か一つでも悪いことが起きると

  • いつも失敗してる」
  • ずっとうまくいかない」
  • どうせ無理だ」

と、全ての事が無理だ、ダメだと考えることを指します。

たとえば、仕事をしている時にたった一つミスをしてしまった時に、「いつも自分は失敗してばかりだ」「どうせこれ以上頑張っても全部無駄になるだけだ」と、一つのミスで自分の未来を全否定しオーバーなものの見方をしてしまうのが、行き過ぎた一般化にあたります。

冷静に考えればたった一つだけミスを根拠に、まだ起きてもいない未来の自分の仕事っぷりまで全部判断するのは無理があり、精度の低い判断になりがちですが、それを無視して「一つダメなところがあったから何もかもダメだ」と決断を下してしまうのです。

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心のフィルターがかかる

物事にはいい面もあれば悪い面もありますし、それ以外のあらゆる側面もあるので、全か無かのように2つだけしかないというわけではありません。

しかし、心のフィルターがかかると、たとえいい出来事であっても悪い面にばかり注目してしまい、気持ちが落ち込んでしまう原因になります。

たとえば、部活で自己ベストを出したといういい出来事であっても、

  • 「もっとスタートがうまくいけば更に上を目指せたのに…」
  • 「自己ベストなんかで喜ばず、もっと上の順位を目指すべきだった」
  • 「自己ベストがたった○○秒しか更新できなかったから、努力が足りていない」

と、悪いことにばかり注目してしまうのが心のフィルターがかかっている例です。

傍から見れば、自分に厳しくストイックな性格なので評価されそうに見えますが、心のフィルターがかかっているせいで、いい面やその他の考え方が無視し偏った考え方をしています。

ストイックさが裏目にでて、自己ベスト更新をしても自信がつかず、練習や試合に対して過度なプレッシャーを感じてしまい、コンディションを乱してしまう原因になりがちです。

マイナス思考

マイナス思考はいい出来事を悪い方向に、悪い出来事は更に悪い方向に考えるという思考のことです。

たとえば、先ほどの自己ベストを更新したという例の場合、自己ベスト更新に対して「たまたま運が良かった」と考えてしまう。

また、自己ベストを更新できなかったら「このままずっと自己ベストを更新できないままなのか」と、より悪い方向に考えてしまうのがいい例です。

良いことがあっても悪く考えてしまうために、普通に生活をしているだけでも憂鬱な気分を抱えやすく、認知の歪みの中でも厄介な考え方です。

結論の飛躍

悲観的に考えすぎた結果、現実離れした飛躍した結論に至ってしまうことです。

例えば

  • 受験に落ちた → 自分の人生がそこで終わってしまった
  • 就活に失敗した → ニートになって一生社会のお荷物
  • 友達ができなかった → 自分は社会不適合者でダメな人間だ

と、オーバーな結論を導き出してショックを受けたり、悲観することを指します。

冷静に考えれば、受験や就活で失敗したからといって、必ず人生が悲惨なものになるとは限りません。

もちろん、失敗したとしてもその後別の進路や生き方を見つけて、充実した生活を送ることもできるはずです。

しかし、そういった他の考え方を無視して、とにかく極端で悪い方向に結論を出してしまい、ひどく落ち込んでしまう、そのまま立ち直れず本当に悲惨な生き方を歩んでしまう可能性を自分から選んでしまいがちなのが、結論の飛躍の厄介な点でもあります。

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過大視と過小評価

過大視と過小評価は自分の短所を大きく捉え、長所は過小評価して捉えることを指します。

自分の欠点はなんとしでも直すべきゆゆしき問題だとオーバーな見方をし、自慢できる点や得意なことは「大したことない」「それぐらい普通」「誇るほどのものではない」と、しっかり評価せず過小評価してしまいます。

短所も長所もどちらも均等に評価し、短所に対してあまり重く見過ぎない、長所に対しては卑屈にならずしっかり評価することが、歪みのない捉え方です。

日本だと、謙遜することが良いとされ、短所や失敗は重く受け取るだけでなく、長所や成功に対しても厳しく見ることが大事だという意識が強いことから、過大視と過小評価に陥る人が多いと見ることもできます。

感情的決めつけ

感情的決めつけとは

  • 「なんか調子が悪いから、今日の仕事では絶対にミスをしてしまう」
  • 「自信がないから、今日の試合はきっと負けるに違いない」

と、不安や自信のなさといった感情により、物事を悪い方向に決めつけてしまうことを指します。

ネガティブな気持ちに襲われた状態では、人間はポジティブな事が起きるよりも、ネガティブなことが起きたほうが安心感を覚えてしまうという特徴があります。

「~すべきである」と考える

「~したい」ではなく、「~すべき」だと、やることに対して強迫観念や義務感、誰から命じられてそれに応えるように考え行動してしまうことを指します。

例えば

  • 私は就職して社会に貢献しなければいけない。
  • もっとお金を稼いで、将来のために貯金をしなければいけない。
  • もっと体を鍛えて健康になるべきだ。
  • 明日のためにはやく布団に入って寝るべきだ。

「~すべき」という考え方は、自分の考えや行動を制限させるので不自由になってしまいます。

また、べき思考に囚われて無理をしてしまうことで、燃え尽き症候群やワーカホリック(仕事中毒)を引き起こしてしまうこともあります。

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レッテルを貼って考える

何か失敗をしてしまったときに

  • 「こんなことで失敗するなんて、なんて私はダメな人間なんだろう」
  • 「やっぱり私はクズ社会のから必要とされていない人間だ」

と、レッテル貼って考えてしまうことを指します。

レッテルは自分だけでなく、他人にも貼ってしまう事があり、レッテルを貼り続けることで相手にも「自分はダメな人間なんだ」と思わせてしまうことがあります。

自己関連付け

自己関連付けは他人の失敗や不幸な出来事に対して「私のせいだ」と考えたり、「私にも責任があるからあなたは悪くない」と、なんでも自分に関連付けて自分を責めてしまう考え方を指します。

自己関連付けは、自分の力ではどうにもできないこと(例えば、自然災害やテロなどの防ぎよう出来事)ですら、自分の努力でなんとかできるという歪んだ考え方があるために起きるとされています。

もちろん、誰かの失敗や不幸に寄り添うことそのものは否定しませんが、その寄り添い方が自分を責めてしまい相手に気を使わせてしまう、悲劇の英雄気分に浸るばかりで何の問題解決にもなっていないという残酷なオチになってしまうことがあります。

国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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