権威主義的パーソナリティに陥る原因として考えられるもの

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権威主義的パーソナリティとは、精神分析学者で社会学者のフロムが提唱した概念で、わかりやすく言えば強者にへつらい弱者を軽蔑するという、社会的に見ればあまり好ましいとは言えない性格のことです。

なお、ここでいう性格は、その人自身が持っている気質や考え方の癖という意味合いではなく、社会や集団生活を過ごす中で形成された性格とされており、心理学では社会的性格と呼ばれています。

今回はそんな権威主義的パーソナリティを持つ人が出てくる原因や背景に関する考察について、つらつらと書き連ねました

戦争と権威主義的パーソナリティ

権威主義的パーソナリティを提唱したフロムはドイツの学者。当時のドイツはナチスが政権を握りユダヤ人を迫害を行っていた歴史があり、ユダヤ人であったフロムも迫害を受けた経験があるとされています。

歴史的に見ても、ある種異様で狂気じみている経験を分析して生まれた概念が、権威主義的パーソナリティというわけです。

フロムによれば、こうした権威を妄信する人の心理は…

  1. 第1時世界大戦後にドイツが敗北したことで、当時のドイツの人々は不安に襲われる。
  2. その不安を解消する存在として、ナチスの価値観が人々から支持された。とくに、支持されたのは中流~下流階層に属する人々であったとされている。
  3. やがて、戦後の経済的衰退(詳しくは「ドイツ賠償問題」で検索)で失業者の増加、物不足、ハイパーインフレなどでますます状況が悪くなり、人々の怒りや憎しみが湧き上がる。(なお、筆者が大学で聞いた話では、その当時の乳児死亡率が他の年と比較して、やたら高かったという話が一生的。当時の社会不安が凄まじいものであったことは容易に想像できよう。)
  4. 怒りや憎しみの矛先としてユダヤ人がターゲットになり、凄惨な迫害を受けた。

と、フロムは考察しています。

なお、フロムによれば、ヒトラー率いるナチスの主義主張や活動に賛同していた人々(特に労働者階級や富裕層)には、本心からではなく内心では反感を抱きながらも、渋々従っていた人もいたとのこと。

気に食わないながらも従っていた背景には、当時の社会不安により精神的な疲労があったために、下手に逆らうよりは、流されるがまま権威ある存在に追従している方が楽だったからではないかと言われています。

また、ナチスの活動を支持していたのは、中流階級よりも下級階級の人が主流であり、権威を妄信する姿勢が見られていたとされています。

なお、フロム以降に権威主義的パーソナリティについて調べたアドルノは、このパーソナリティはドイツ人特有のものではないと発見。つまり、国民性や文化の違い関係なく、人間であれば誰もが有しておかしくない社会的性格の一種であるということがわかったのです。

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現代社会と権威主義的パーソナリティ

さて、現代社会ににおいては、ナチスのような国家権力のように強大な権威に限らず、数多の権威と呼べるものが存在しています。

国家や大企業など明らかに権力を持っていることがよくわかるものから、

  • 大学などの教育機関
  • 芸能人・著名人
  • 部活や職場のOB・OG
  • ネット上のちょっとした有名人(人気youtuber、フォロワーの多いアカウントとか)
  • ファッションや芸術など、ある特定分野におけるカリスマ的存在。

など、権威と呼ぶにはスケールが小さいものでも、比較的歴史が浅いものであっても、権威ある対象に従う人の存在はどこかしらで目にしているものでしょう。

有名人が宣伝した商品を盲目的に買うと同時に、自分が買ったものを持っていない人を「流行に疎い」「情報弱者」「アンチ」と蔑む人のように、ナチスのときのような残虐な事態にはなってないとしても、権威あるもの(強者)に従うと同時に権威の影響を受けない立場にいるもの(弱者)を見下す姿は、まさに権威主義的パーソナリティそのものであることが伺えます。

もちろん、このことは若い人に限った事ではありませんし、リアルの人間関係だけでなくネット上でつながった人間関係でも起きておかしくないものです。

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現代社会における権威主義的パーソナリティに陥る人の原因・背景の考察

ここでは、主に現代の日本において、権威主義的パーソナリティに陥る人の原因と背景について、それぞれ論じていきます。

社会不安の多さ

現代の日本は、かつてのナチスのような戦争にまつわる恐怖こそまずないものの、東日本大震災をはじめとした自然災害により、いつ平穏無事な生活がなくなってもおかしくないという不安を感じている人が多いことでしょう。

また、ナチスの政権時と共通している経済的な不安…たとえば、

  • 終身雇用があてにならず、自分の勤めている職場がいつなくなってもおかしくない不安。
  • 経済格差が広まり、一度貧困に陥るとその後は這い上がることすら難しを感じてしまう不安。(=格差の固定)
  • (統計の下方修正のニュースにあるように)実質賃金が悪くなっていること。
  • ブラック企業のように重労働を強いられるだけでなく、健康面での損失への不安。

など、普通の生活するにしても、あらゆる不安が付きまとっている状況は同じです。

なお、ここで触れた社会不安だけが、権威主義的パーソナリティを形成するものではないと感じます。

かつて、オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こしたように、学歴社会に対する反発や当時の価値観に対する反発など、社会不安と呼べるものは多種多様だと考えるのが賢明です。

正しさとが求められる時代背景

私見になりますが、現代社会において権威主義的パーソナリティが生まれる背景として考えられるのが、正しさと効率(コスパ)が求められる時代背景があると感じます。

社会に対する不安…とくに、自分の生活の見通しが立たないことへの不安が増せば増すほど、安定と安心を求めた進路を選択する心理が自然と出てくるものでしょう。

もしも進路選択で失敗すれば、その先には貧困が待っている。それも、一度貧困に陥れば、そこから這い上がることが難しく、いつまでも貧困に苦しむ将来像が容易に想像できてしまう。

それほどまでに、社会不安が広まっている昨今では「間違った人生を歩むべきではない!」という考えを強く持つと同時に、いわゆる安定と安心がある進路を唯一の正解として見なしてしまうのは、致し方のないことだと感じます。

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効率(コスパ)が求められる時代背景

しかし、ただ正しい進路を選択するだけでなく、ここに効率(コスパ)が加わるのが現代ならではと感じます。

受験や仕事にしても、ただ黙々と努力するだけでなく、より早くより高い結果を出すことを求められる。

教育でも仕事でも、日々変わりゆく社会に素早く対応できる即戦力が求められている世の中の流れもあって、いかにして努力のコスパを上げるかということが重視されている。つまり、努力の方法においても「正解」が強く求められている時代であると言えます。

その努力の正解を探すために、権威ある人・集団が提示している努力の方法を探し求めると同時に、強く信じ込んでしまう人こそが、現代の日本で見られる権威主義的パーソナリティの姿だと感じられます。

権威にすがれば、悩む時間もカットできる効率的。権威に従うことは効率を求める時代につよくマッチしています。

意識を高くすること&自己啓発ブーム

書店に平積みされている意識高い系の人たちが好きそうなビジネス書(というか自己啓発本と言ったほうがいい)を見ていると、

  • 『○○のためのたった1つの習慣』
  • 『科学的に正しい○○』
  • 『超○○術』
  • 『一瞬で○○を変える方法』

など、ただ努力することだけでなく、いかに短期間で、寄り道することなく、素早く成果を出せる努力の方法を指南する書籍が、本屋の新書コーナーで平積みされている光景をよく見かけるものです。

その本の中でも、意識高い系&自己啓発マニアなら知っている有名人(ホリ○○ンとかキ○コン○野とか)や組織・経営者(アップル、グーグルとか)が書いていることをやたら宣伝していたり、スタンフォード大学とか、東大ブランドとか、科学的云々など、単なる本でもいかにそれが権威ある存在であるかを示しているキャッチコピーのしつこさ多さが目立ちます。

どう努力すべきがで悩んでいる人とっては、しつこいほどに権威を示してくる存在というのは、ありがたいものでしょう。

権威あるものの言うとおりにすれば間違いないと感じることでもできますし、あれこれ余計なことを考えることなく、効率的な努力も可能になるでしょう。

ですが、権威あるものだからといってその人や組織の考えを鵜呑みするのは疑問です。

厚労省の統計不正問題がニュースになったように、権威あるものだからと言ってそれがいつも正しいとは限らないことは、記憶に新しいはずです。(今回は、虚偽の大本営発表だったので問題になりましたし…)

疑うことをしなければ、他人に騙されたり、利用されたり、搾取されたりする危険に身をさらすことになる…それは、自分を高めるために努力したいと自己啓発に夢中な人であれば、まず避けたい事であるはずなのに、自分を高めようと正解を探せば探すほど、騙されやすさがましているのは、なんとも皮肉だと感じます。

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参考書籍