私たちが快適な社会生活を営むためには、決められたルールやマナーを守ることが大事です。
しかし、そのルールを破って自分だけの利益を求めると、自分は得をする一方で真面目にルールを守っている人に迷惑をかけてしまう…そんな状態を心理学では「社会的ジレンマ」といいます。
自分の利益を優先し、他人の損害を無視した自分勝手なルール無視を繰り返せば、確かに自分はルール無視した分利益を受け取って幸せかもしれません。
しかし、その分周囲に少しずつ迷惑をかけて信用を失ったり、同じようにルール無視する人が出てきてしまい、秩序の乱れや逸脱行動の助長、ひいては犯罪を招くリスクがあります。
今回はそんな社会的ジレンマについてお話いたします。
社会的ジレンマとは
社会的ジレンマとは、個人にとって最適な選択が、社会や集団全体において最適な選択とはならず、それにより起こる心の葛藤のことを指します。
わかりやすく言うと、社会的ジレンマは抜けがけをする、誰かを出し抜く、裏切る場面でよく見られる現象です。
例えば、ラーメン屋の行列に並んでいる時に、前の人が我慢できず順番を無視して前に割り込もうとする場面を想像してみてください。
割り込んだ人は行列の待ち時間を減って「一早くラーメンにありつける」という利益を享受できます。
しかし、それ以外の律儀に行列に並んでいた人は、勝手に割り込んで来た人のせい気分を害したり、自分よりも前に並ばれた事でラーメンにありつく時間が余計に掛かってしまうなどの不利益を被ります。
行列に並んでいる人全員が守っている「順番を守る」というルールは、その集団にとって公平感があり、文句が出にくい最適な選択です。
しかし、個人的な理由で順番破りと集団にとって最適な選択を無視して個人レベルで最適な選択をした結果、他の人が不利益を被る…このことが社会亭ジレンマなのです。
また、個人の選択だけでなく、企業同士の集団同士でも社会的ジレンマは起こります。
ある市場においてシェア1位の企業が競合他社に勝つために一方的な価格競争を行った結果、同業者が倒産、あるいは事業撤退してしまい、消費者が不自由する羽目になってしまう…などの現象も社会的ジレンマと言えます。
お互いに協力すればこのような事態にならなかったのに、つい自分(or自分たち)の利益を優先してしまったために、社会全体で見れば不利益になってしまう現象を、社会的ジレンマから読み取ることができます。
社会的ジレンマの例
社会的ジレンマの例についてもう少し見ていきましょう。
例1 いじめを傍観してしまう
クラス内でいじめが発生しているという状況において、集団にとって最適な選択は「いじめがをなくすために努力すること」です。
いじめが起きて不快な思いをしている人がいるのなら、いじめの被害者を助けて加害者の公正を促すことが集団全体の利益を守るためにも大切です。
しかし、これが各個人レベルで見ると
- いじめを傍観して自分がいじめの対象にならないようにする
- いじめの被害者にも加害者にも関わらないようにすること
- 面倒なことになるので先生に相談せず傍観しておく
などの、いじめに触れず個人の利益を追求した選択が最適になってしまった結果、いじめが放置され被害者もより傷つき、加害者は反省の場が与えられないという、まずい状況になります。
また、いじめのエスカレートして学級崩壊が起こり勉強の進行に影響がでてしまったり、いじめによる自殺者が出てマスコミが学校に押し寄せるなどの事態になれば、いじめと関係の無い生徒やクラス全体に影響が出てしまうリスクもあります。
こういった個人の利益を求めた結果、短期目線で見れば確かに利益はあるものの、長期目線で見ればそのツケが回ってきて不利益になるジレンマが、社会的ジレンマです。
例2 エアコンの設定温度を勝手に変える
例えば真夏の職場で使うエアコンの設定温度26度に設定していたとしましょう。
多くの人はその設定温度で快適に仕事をしていましたが、暑がりな人が26度では暑すぎるとして勝手に20度まで下げてしまいました。
20度まで下げた張本人は快適で仕事にも励めるようになった一方で、26度が快適だと感じていた人は寒すぎることから仕事に手がつかなくなる、後日風邪をひいて休んでしまい仕事に穴を開けてしまうなどの職場全体でみると不利益が発生することがあります。
自分勝手にエアコンの温度を変えられれば、確かに変えた本人は快適で作業効率も上がりますが、個人の快適さを求めるあまりに自分以外の人の作業効率を悪化させてしまうというジレンマが、社会的ジレンマです。
例3 残業規定を守らない
働きすぎて健康を損ねたり、過労死を防ぐためにも、残業に関しては厳しく法律で決められている一方で、働き過ぎで体やメンタルを壊す人や過労死になる人のニュースは絶えません。
これは、企業の目線から見ると「各社が残業に関する法律やルールを守っていては、こなせる仕事量が減ってしまい競合他社に追い抜かれてしまうのでは?」と疑心暗鬼になっていることが影響しています。
もちろん、法律やルールがある以上堂々と長時間残業していることを明らかにするとリスクがあるので、表面的には残業に関する規定を守るホワイト企業な素振りを見せつつも、内実はいかにバレないように残業をさせるか、そして法律の抜け穴を探して従業員に働かせるかに注力しているのです。
同業他社が法に則って1日8時間、週40時間で従業員を働かせている一方で、自分のところは残業や休日出勤をして他社を上回る仕事ができれば、自社の利益や事業の拡大につながるのは言うまでもありません。
しかし、長時間の残業により名を挙げたことに同業他社も気づき、それに負けじと相手も長時間労働で競争を仕掛けてくると、会社だけでなく業界全体のブラック化や悪評を聞きつけて求人が集まらなくなる、サービスの質の低下が起きるなどの悪影響が起きます。
例4 長時間練習などのブラック部活動
残業規定を守らないのと似た事例はブラック部活動にも見られます。
ブラック部活動は
- ブラック企業同様に練習時間が長く休む時間が少ない。
- 部活の多忙化で生徒も教師も疲弊し生活に支障が出る。
出るなどの、およそ学校全体や同じ部活動をしている他校の子供や大人という大きな集団から見ると最適な選択とは呼べません。
その部活を通してスポーツや芸術を楽しむ人や、来年もまたちゃんと入部希望者が集まり続けるためには、勝利至上主義に走って過当に競争してしまうことは正しい選択ではありません。
しかし、部活動の練習時間が長期間する裏には
- 他校よりも更に長時間練習すればよりいい成績が残せる。
- 他校がやっていない練習を取り入れれば、更に上の結果が残せる。
などの、個人や部活単位で見た場合の利益があるために、ライバル視している他校の部活以上に練習をしてしまう、あるいは、練習できるように学校のカリキュラムを独自に変えたり、下校時間を延長するなどの策をとって、練習時間が長時間になってしまうのです。
実際に、「ライバル校の練習時間が夕方2時間だけなら、うちは朝練と夕練合わせて4時間にすれば勝てる」という量を重視した練習法がうまくいくことはあります。
しかし、その考えだと、もしも他校が自分の部よりも更に練習時間を増やしてきたら、それに対抗するようにこちらも練習時間を増やす…という繰り返しに陥るリスクがあります。
さながらチキンレースのようにどちらかが根を上げるまで練習時間を増やし続けるという我慢比べになってしまう恐れがあります。
社会的ジレンマが招く結末
社会的ジレンマは個人や自分を所属する組織の利益を優先し続けることで、結果として自分を含めた大きな集団レベルで不利益が出てしまうという結末を招きます。
まさに「正直者が馬鹿を見る状況になる」のが社会的ジレンマの行き着く結末なのです。
個人レベルでバレなきゃOKだと思ってやっているズルや抜けがけを、自分以外の全員がしてしまうようになれば、まともにルールを守っている人が不利益を被る。
そして、まともにルールを守るのが馬鹿馬鹿しくなって、また一人ズルをする人が増えていく…ということを繰り返しているうちに、まともにルールを守ると損だから、積極的にズルをしたほうがいい、という考えに流されてしまうのです。
個人個人が自分の利益を追求して幸せを求めるためにルールを守らず、モラルを無視した無秩序な社会は非常に不安も強くなるものです。
個人の利益を追求するために、盗みや詐欺をすることに抵抗をもたない人が増えれば、いつ自分がその被害に遭うのかという恐怖を感じながら生活を送らなければ行けませんし、
- 「多少の盗みや詐欺ではお咎めにならないのでは?」
- 「みんなやっているから…」
という、気の緩みから自分が犯罪者になってしまうというリスクもあるのです。
社会的ジレンマを解決するためにできること
「解決しなければ!」という使命感をもったり自分の利益を求めた身勝手な行動により、どんな人や集団に不利益があたえてしまうのかということについて想像することが、社会的ジレンマを解決するためには大事です。
また、社会的ジレンマという言葉とその意味について知っておくだけでも、ジレンマを解決するきっかけになることも考えられます。
しかし、社会的ジレンマを解決するのはそう簡単なことではありません。
仮に全員が社会的な正しさを身につけたとしても、その正しさを利用して、集団を意図的に操ったり扇動する人が出てくることもあります。(例:選挙や政治活動など)
そういった複雑さを理解しつつ、自分の行動や自分の行動が与える影響についてよく考え、想像を巡らしたり誰かと話し合うことが大事だと考えています。