イエスマンで固めることのメリット・デメリット

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自分の意見に対してなんでも肯定してくれる、否定せず全部受け止めてもらえる人で固めることは、仕事に限らず友達づきあいや家族関係でもあります。

自分の人間関係を全て肯定してくれるイエスマンで固めれば、余計な口論や意見の食い違いが起きませんし、何を言っても肯定してくれることから、自信や安心感を得られるコミュニティとなります。

しかし、イエスマンばかりで自分を固めることは良いことばかりでないことは、多くの人がわざわざ言葉にしなくても感じていることでしょう。

また、自分自身がイエスマンになってしまうことに対して、

  • 意見のない人だと見られる
  • ご機嫌取りに徹するしか能がない人だと見られる
  • やたらと媚びていて裏がありそうな人だと見られる

といった危機感を抱く人も少なくないと思います。

誰かを肯定して受け入れたり、褒めることは円滑なコミュニケーションを行うためには大切なことです。

しかし、嫌われるのが嫌だから間違いを指摘しない厳しく接しないと相手のためにならないのはわかっているけど相手を傷つけるのが怖いから優しくしてしまう、というようなコミュニケーションは、相手をますます増長させたり、間違ったことを間違ったことと理解できないまま放置する原因になるので健全なコミュニケーションとは言えません。

今回はそんなイエスマンに関わることについてお話いたします。

イエスマンで固めるメリット

否定されることがないので堂々とできる

自分の言動を否定されず全て受け入れてくれるのは、まさに王様にでもなったかのように堂々とできます。(それが裸の王様であっても)

どんなに自分のクズなエピソードでも、倫理や道徳、社会の常識に照らせば議論が起こりそうなエピソードであっても、受け入れてくれるので堂々と自分の思っていることを発言することができます。

こういった和やかな雰囲気は、初対面の人が打ち解けるために話し合う場面やアイスブレイクやグループディスカッションなどのとにかく活発な議論を行うための場面では有効です。

話し合いの時間が減り効率化できる

イエスマンばかりで固める人の特徴として、

  • 自己主張が激しい人
  • 我が強い人
  • カリスマ性のような言葉で言い表しにくい魅力がある人

などが挙げられます。

この人たちが人間関係をイエスマンで固めるのは、自分の意見が通りやすくする。そして、話し合いの時間を減らして余計な労力をカットするという大きなメリットがあるからです。

仕事の場合だと、会議やミーティングなどのその度に作業が中断されて思い通りに進まずイライラする場面は多いもの。

とくに、ベンチャー企業のようにスピード感やフットワークの軽さが売りになる職場だと、いちいち話し合いで仕事が止まっては業績の伸び悩みに繋がります。

そうした問題をなるべく払拭するのが、イエスマンで固めるという仕事の進め方。

ベンチャー企業のカリスマ経営者とイエスマンの関係は、見方を変えればより利益が出やすいために最適化された人間関係ともみることができます。

主従関係で他人を支配できる

イエスマンというのはただ誰かを肯定する人間関係だけでなく、肯定している人に尽くして従うという、主従関係で成り立つ人間関係でもあります。

現に周囲をイエスマンばかりで固めておけば、下克上を突きつけられるような自分の立場や役職を脅かされるような事態が起きるリスクを減らすことができます。

例えば、学校の人間関係の場合、クラス内である程度の上のポジションにいる人が、自分のことを慕ってくれる人ばかりを集めて集団を作ることで、自分のポジションを守ろうとすることがあります。

肯定される人は「主」、肯定する人は「従」となり、主となる人はその立場が引っくり変えるような事態が起きないためにも、従となる人(つまりイエスマン)を増やして、自分のポジションを確実なものにしていくのです。

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精神的な安心感が得られる

ガチンコ体育会系の部活のようにレギュラー争いで部内の競争が激しく、常に張り詰めた空気のある人間関係と比較すると、イエスマンで固めた人間関係は変に肩肘張ることもなくリラックスできます。

自分を否定しない、何をしても怒らず許してくれる、どんなに自分がクズでも受け入れてくれるので、精神的な安心感を得られる人間関係です。

  • 普段から自分に対して否定的な言葉を言われる経験が多い。
  • 自分を否定したり疑うような意見に敏感である。
  • 「他人は皆、敵か味方の2種類しかいない」というような両極端な考え方をしている。

などの特徴がある人は、普段から不安を抱きやすいので、その不安から逃げるためにイエスマンばかりで固めた自分に取って安心できる人間関係を構築することがあります。

イエスマンで固めるデメリット

活発な議論ができず意見が偏る

なんでも肯定してくれる人ばかりで固めると、当然ながら活発な議論は生れず意見が偏る原因になります。

今まで肯定以外の意見をする人との付き合いを避けて、常に肯定する人ばかり周囲に固めたきたので当然の帰結と言えます。

適度に議論を交わすことは自分の意見が偏ることを防いだり、他の見方を取り入れて新たなアイデアを生むためには必要なことなのです。

ちなみに、偏り方には2種類あり、リスク重視の革新的な意見に偏ることをリスキーシフト。逆にリスクゼロを重視して保守的な意見に偏ることをコーシャスシフトと呼びます。

誤った選択をしてもそれに意見する人が出ない

意見が偏りが生まれても、イエスマンで固めているため意見の偏りを修正するどころか、その偏りを肯定する意見が出てしまうデメリットがあります。

仕事ならリスクを取ることも大事ですが、そのリスクが大きくなりすぎて多大な損害を引き起こしたり、人命や会社の信用に関わるような事態に発展しないためにも、肯定意見ばかりではなく、否定や疑問などの慎重な意見を出せる人が集団にいることが大事です。

なんでもイエスマンで固めると、悪ノリに近いような誤った判断を招くだけでなく、集団心理により、ひとりあたりの責任間や罪悪感が薄れてしまい誤った判断が誤ったものだと自覚できずに流されてしまうリスクがあります。

「赤信号みんなで渡れば怖くない」というギャグにもあるように、「みんなイエスと言ってるから赤信号でも渡ればええやろ」という、いたって軽いノリで誤った選択をしてしまうリスクがイエスマンで固めることにはあるのです。

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イエスマン以外の人に対して排他的になる

イエスマンで固められた集団は、その集団の考えや価値観に賛同しない人、つまりイエスマン集団に対してイエスと言わない人に対して排他的になる傾向があります。

イエスマン集団はどんなことでも肯定することが大事という価値観で固まった人間関係なので、その価値観が揺らぐような考えを持つ人に対して否定的な言葉を言ったり、攻撃的な態度を取ることがあります。

イエスマンで固めたがる人一倍否定意見に敏感で、心が落ち着く場所としてイエスマン集団w作っている場合もあり、その落ち着く場所が無くなってしまうという恐怖から、無意識のうちに自分と違う考え方を持つ人に対して排他的になるのだと考えることができます。

SNS上だと、ブロックやミュートをして否定的な意見をシャットアウトしたり

  • 自分の意見に反対する人は嫉妬している
  • 肯定できない人はこれからの時代生きていけない
  • 反対意見より、もっと前向きな意見をするべきだ

と、反対意見に対して反対的な意見を出し、より自分の安心できるイエスマン集団の結束を固める発言をすることもあります。

肯定してくれる人に精神的に依存してしまう

イエスマンばかりで固めることのデメリットとして、

  • 自分の未熟さ・至らなさから目を背け続けることができる。
  • 反省するような辛い気分になる状況を避け続けることができる。

という、自分を甘やかしてしまうものが挙げられます。

しかし、イエスマンばかりで固めることで、どんなに自分を甘やかしても「それでいいんだよ」と受け入れてくれる人に精神的に依存して、さらに自分を甘やかしてしまうことがあります。

精神的に依存するあまりに、自分の過ちに気が付けずイエスマン以外の人とトラブルを起こしても反省しない。

それどころか「自分は悪くない、相手や世間・社会が間違っている」と主張して、その主張を肯定してくれる人に精神的に依存し、何の反省もしないまま過ごしてしまうというリスクがあります。

当然ながら自分の未熟さを受け入れて改善していく、しでかした失敗を反省して再発防止に努めることは仕事や勉強に限らず社会生活を送るためには大事なことです。

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イエスマン集団と友達関係

イエスマンで固めるのは何も中高年や大人ばかりではありません。

学生などの若い人の間でも、友達をイエスマンで固めて、とにかく和やノリを大事にすることが大事。

絆や友情を強めることが大事だという人間関係がエスカレートして、イエスマンで固めてしまうことがあるように感じます。

傍から見ると友達仲の良さで微笑ましいように見えますが、内実は「なんでも肯定すべき」という暗黙の了解に縛られ、「ひょっとして自分たちは過った行動に走っているのでは?」という自省ができないまま年齢を重ねてしまうことがあり、見ていて危なっかしいと感じることが多くあります。

また、友達に対して否定的な意見や、疑問などの肯定以外の意見を言うことで

  • 私のことを嫌いになってしまうのではないか?
  • あいつはノリが悪いから仲間外れにされてしまうのではないか?

などの不安を感じることは若い人でもよくあろうかと思います。

今の若い人はリアルの人間関係だけでなく、SNSなどのネット上で誰と誰とが友達関係なのかが可視化されている状況なのを加味すると、友達関係でもどこか疑心暗鬼になったり、変に気を使ってしまって言いたいことが言えなくなってしまうのは無理はないと思います。

しかし、言いたいことを我慢してイエスマンになってしまったり、言いたいことを言いにくい環境を逆手にとってイエスマン集団を作り上げることは、自分から対等な関係を捨て主従や上下のある関係を作りに行くことと同じです。

それは、果たして本当に「友達」と言えるのでしょうか…

国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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