ミルグラム実験(アイヒマン実験)とスタンフォード監獄実験から見る命令と立場に関する心理学

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社会生活を送る上では、自分がリーダーなどの集団を率いる立場にたって、率先して集団に指示を出し行動をコントロールしていく場面は出てくるものです。

例えば、部活動で先輩として後輩に指導をしたり、チーム全体をまとめるときに、うまく声かけや指示出しすること自体は、チーム作りをする上では大切なことであり、肯定的な行動として見る人が多いでしょう。

先輩というチームの中でも経歴とある程度の立場がある以上、先輩は先輩としてふさわしい行動を求められ、その結果チームをまとめる力や行動力、コミュニケーション能力が養われるので、これだけを見ればひねくれた目で見るような問題はないと思います。

しかし、そういった他人をうまく操作する技術が

  • 相手の行動や思考を支配して思い通りに動かしたい。
  • 自分の利益を増やすために、意図的に相手を騙したい。
  • 自分の立場を強固なものにするために、相手に尊敬や崇拝をさせたい。

といった、倫理的に危うい方向に働いてしまうことで、最近話題になっている日大アメフト部のタックル騒動のような出来事に発展するリスクがあることは見逃すことはできないと感じます。

今回は、ミルグラム実験とスタンフォード監獄実験をもとに立場や命令に関する心理についてお話しいたします。

ミルグラム実験

ミルグラム実験(1963年)とはアメリカの心理学者スタンレー・ミルグラムが行なった、命令や服従に関する心理実験です。別名、アイヒマン実験、アイヒマンテストとも呼ばれています。

実験内容・手順

  1. 被験者を2人1組にして、片方は教師役を、もう片方は生徒役をする。
  2. 教師役になった被験者は問題を出し、生徒は別室で解答する。
  3. 生徒役が問題を間違った場合、教師役は生徒役に対して電気ショックを与える。
  4. 問題を間違えるたびに電圧を強める。
  5. ちなみに電気ショックを与えるスイッチには、電圧の強さが与える衝撃が書かれており、生徒役がどうなるかが想像できるようになっていた。
  6. しかし、実際には電気ショックは生徒役には流れず、生徒役は電気ショックを受けるたびに、徐々に苦しがったり悲鳴をあげるなどの演技を行う。なお、最終的には悲鳴すらあげず無反応の演技を行う。
  7. 教師役のうち6割は、指示通りに電流を流すうちに致死量である450ボルトの電気ショックを与えるという結果になった。
  8. また、実験の監督役に対して実験の中止を訴える教師役もいたが、監督から実験続行を命じられると、従ってしまう人もいた。

実験からの考察

ミルグラム実験での教師役は、当然ながら生徒役が演技で苦しがっていることは知らされていません。電気ショックを与えれば、実際に電気刺激を受けて苦しむに違いないと考えるように設計された実験です。

この実験では実験を行う人(監督役)と実験を受ける人(教師役)という、権威・立場に基づく人間関係が存在しており、監督役から与えられた命令に対しては逆らえず従ってしまう結果となりました。

また、冷静に考えれば普段の生活では電気ショックのような人に痛み、苦痛、損害を与える行動をすることはできないものです、認められるものではありません。

しかし、人間は誰かに命じられるとそれを断れず、冷酷なまでに命令を受け入れ実行てしまうことが、この実験から伺えます。

なお、この実験の別名「アイヒマン実験」は、ナチスでユダヤ人大量虐殺の責任者であるアドルフ・アイヒマン中佐が語源です。

虐殺を支持することから極悪人をイメージするかもしれませんが、アイヒマン自身はごく平凡な官僚(公務員)であり、そんな平凡な人間でさえも上からの命令には逆らえず非人道的な行為に手を染めてしまう危うさが伺えます。

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スタンフォード監獄実験

スタンフォード監獄実験(1971年)はスタンフォード大学で行われた心理学者ジンバルドーによる実験です。

ミルグラム実験同様この実験では人間は与えられた立場・役割が自分の行動や思考に影響を与えることがわかりました。

実験内容・手順

  1. 被験者を集め看守役と囚人役に分けた。
  2. 看守役は見た目が看守らしくなるように制服、警棒、サングラス、手錠を装備。囚人を番号呼びにして、行動も実際の看守に寄せた。
  3. 囚人役は囚人服を着用。何をするにも看守からの許可を得ることがルールとして決められた。
  4. 看守役と囚人役は監獄(模擬裁判所)に収容し、その後の行動を観察。
  5. 実験では看守役はエスカレートし、事前に決められたルールから逸脱した高圧的な態度や、侮辱、暴力を行う者が現れた。
  6. 囚人役は精神的に追い詰められたり、実験の中止を訴える者が出てきた。そのため、当初2週間を予定していた実験は6日で打ち切られることになった。

実験からの考察

この実験からは、実験上の立場でしかない仮の看守・囚人という立場であっても、人間はその立場に応じた思考や行動をしてしまうことが明らかになりました。

また、看守役は囚人役の行動を認めるot認めない、という権力を持った立場です。

権力を持つ人は、その権力によって他人の行動を自分の意のままに操ることが出来るために、例えルールで禁じられたり、ルール外の行動であっても、権力を手にしたことで増長し行動がエスカレートしてしまう危うさがこの実験では伺えます。

一方で、権力により自分の行動の自由が左右されてしまう、誰かに弱みを握られている立場の人は、権力を持った人に立ち向かうのではなく、理不尽に耐え続けてしまう。

つまり権力者や権威に歯向かうのではなく、下の立場という役割にあった行動をしてしまうことが伺えます。

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立場さによる理不尽な命令は自己正当化で解消する

ちなみに、自分が不正行為や納得できないことに手を染めてしまったときに、罪悪感や言葉にできない不快感を感じるものです。

そういった感情は

  • 「これは命令だから仕方が無かった」
  • 「何かあったら上の人が責任をとる」
  • 「自分は悪くない、悪いのは命令をした上の人だ」

と、自己正当化をすることで解消します。

こうすることで、自分が感じる罪悪感を抑えたり、責任転嫁をして自分の気持ちを落ち着け用途するのです。

自己正当化は、自分が行っていることの重大さや問題を意図的に無視したり、続けるうちに罪悪感を感じないことから、他の人に対しても同様の理不尽な命令をしてしまう原因となります。

体育会系の部活動からみる命令と立場

以上のことを踏まえて、体育会系の部活動を例にして考えてみましょう。

よくある体育会系の部活動は

  • 「先輩>後輩」という年齢による上下関係ができており、下の立場の人は上の立場の人の命令には逆らえない。
  • また「監督・指導者>(先輩・後輩含む)部員」という上下関係もあり、同様に下の立場の人は上の立場の人の命令には逆らえない。

という、上下関係に基づいた集団となっています。

なお、部内全体の上下関係はピラミッド上に「監督>指導者・コーチ>上級生>下級生」という構成になっていることが多いでしょう。

部員同士のいじめの場合

部員同士で先輩と後輩という関係で接するときは、先輩は先輩らしく後輩に厳しくすることもあります、次第に暴走してシゴキや嫌がらせ、モラハラなどの理不尽に手を染めることがあります。

後輩はというと、そんな先輩のシゴキに対して反発するのは後輩らしい態度ではないと感じて、たとえ嫌なことであっても我慢して受け入れることこそ後輩らしさであると考え、後輩らしい振る舞いに徹してしまいます。

仮に後輩なのに先輩に楯突くような態度を取れば、先輩から目をつけられイビりやいじめの対象になるリスクがあるので、理不尽を受け入れるのはある意味「部活動という狭い人間関係で波風立てずやり過ごす」点では理にかなっているとも言えます。

監督と部員として振舞うときは、いつもは後輩に対して強く出ていた先輩でさえも、監督の前ではおとなしくならざるを得なくなり、自分の考えや主張を殺し、部員らしく監督や指導者の命令に従う行動をとります。

ここで監督の立場にある人が、先輩部員の暴走に気づいて歯止めをかけられていれば、部員同士のトラブルに対して対処できますが、なにせ先輩と言っても監督の前では一部員らしい上下関係に基づいた振舞いをすることから、トラブルを見抜けなくなりがちです。

先輩と言っても上の者には媚びへつらい、下の者には傲慢な振る舞い顔を使い分けるものです。

こうやって、場面と状況に応じてふさわしい振る舞いをするのは、スタンフォード監獄実験に通ずるものがあります。

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監督・コーチによる無理な命令の場合

体育会系の上下関係に基づいた人間関係は、部内において権力と強く結びつきのある関係です。

先輩と後輩の関係なら、先輩の方が権力者であり後輩に対して(お節介のような)アドバイスをして行動をコントロールしたり、立場差を利用しパシリや雑用をさせ服従させることもできます。

もちろん、普通の学生同士という関係なら、ただ年齢が上というだけでパシリや雑用をされる筋合いはありませんし、仕事でもなんでもないので理不尽に従うべき理由はありません。

また、監督と部員の関係も監督側が権力者であり、部員に指示を出して行動をコントロールしたり、立場差を利用して無理難題を強いることができてしまいます。

そいて監督側は

  • 自分の采配によって試合に出すレギュラーメンバーを自由に決められる。
  • スポーツ進学、就職などの部員の進路・将来を決められる。
  • 他の部員に悪評を流したり、えこ贔屓により特定の選手を村八分にできてしまう。

といった、より部員の実利や自由、生殺与奪の権を握っている権力者と言っても過言ではありません。

権力を悪用すれば

  • 言うとおりにしなければレギュラーから外す。
  • 成果を上げなければ推薦をキャンセルする。
  • 態度が悪いから練習に参加させない

という脅しともとれる説得術を使って、部員に無理難題を強いたり、ルール違反をするように仕向けることもできてしまうのです。

いくら部内で立場のある部員であっても、監督という権力者の前では頭が上がらず、例えルール違反となる行為であっても、監督の指示には逆らえず従ってしまうという、ミルグラム実験と同様の事態が起きるのです。

また、監督が部だけでなく、学校や地域に対する権力も握っていれば、ますます意見しにくくなり、自然と従う人が増えてしまいます。

部の伝統が権威になり逆らえなくなる場合

体育会系の部活によくあるのが昔から続いているという伝統が権威となり、部員だけでなく監督や指導者までもそれに従ってしまうというケースです。

人間は監督、先輩という一個人の立場や権力だけでなく、組織、集団、歴史、ブランドといった多くの人によって作られた権威に弱く、簡単に従ってしまうものです。

それは、部の伝統も同じで、例え時代にそぐわない部の伝統として伝えられている非科学的なトレーニングであっても、それに権威があると感じてしまえば自分の意見を押し殺して従ってしまうのです。

参考書籍