SNSで承認欲求に翻弄される人に感じる怖さ

この記事が気に入ったらシェア

スポンサーリンク

twitterやInstagram、facebookなどのSNSの拡散されやすさを利用して、自分の私生活をやたらと脚色して公開したり、どれだけ「いいね」がついているのかを常に気にしている人をネット上で見かけると、時々恐ろしさに似た感情を覚えることがあります。

もちろん、メディアへの露出や認知度の向上が欠かせない仕事をしていたり、SNSを一種の営業の場として活用している人であれば、新規の客を増やすためにもSNSを有効活用することは間違っていないと思います。

現代はインターネットやスマホの進歩、そしてSNSと発展により、今までなら地味すぎて芸能人やプロスポーツ選手のように注目を浴びることができなかった人でも、ネット上で簡単に多くの人から注目を浴び、自分自身を簡単に認めてもらえるようになった。すなわち、承認欲求を満たしやすくなった時代だと思います。

そんな時代だからこそ「今まで注目されることもなければ、尊敬されることもなかった惨めな生活を送ってきた自分でも、ネットの世界で一発逆転を狙ってスターになれるのかも?」という希望を抱いてネットの世界に飛び込んだ結果、こじらせた承認欲求のせいで苦しい思いをしている人が多いのではないかと感じます。

関連記事

「褒められたい病」はなぜ辛いのか 承認欲求からみる褒められたい心理について
他人から褒められたいという気持ちが強すぎるあまりに、他人に執拗に褒めてくれるように迫ったり、褒められる為に自分の自分の感情を抑圧して誰かの言
ネットやSNS上でコミュ障をこじらせる理由・背景
リアルの人間関係ではちゃんとコミュニケーションが取れるのに、ネットのチャットやSNS上だと、途端に無口になってしまう、会話ができなくなってし

承認欲求が満たされることに慣れて更なる承認を求める

承認欲求を満たすために自分の主張や写真を投稿したり、自分が作った作品などをネット上にアップすることそのものは、もちろん問題ないと思います。

しかし、承認「欲」求とあるように、徐々に「もっとたくさんの人に見てもらいたい」「前よりも多くの閲覧数を稼ぎたい」という欲望に振り回されて、伸び悩む閲覧数にいらだちを覚えたり、以前の閲覧数では満足できなくなるという側面もあります。

言い換えれば、ある程度注目されることに「慣れ」てしまったために、もっと多くの人に見られて刺激を受けたい、満足感を得たいという欲求をSNS上で強めてしまいます。

また、SNSはホームページやブログ、匿名掲示板よりも簡単に情報が拡散されやすい。そして、自分以外の人でも拡散されている様子がタイムラインによく流れてきて確認しやすいという特徴があります。

そのため承認欲求をこじらせている人からすれば「自分もあんな風に注目を浴びれるんだ…」という、自分も注目されている人になれるかもしれないという確信を持ちやすくなります。

他人から承認されるためにグレーなバズに手を染める

今まで以上の承認を得るためには、もちろん地道に投稿を続けることも大事ですが、とにかく拡散される…つまり、バズを起こすような目立つ投稿をすることが肝心です。

バズはSNSの花形であり醍醐味。ひょんなことから平々凡々の一般人が(ネット上での)有名人へと成り上がることが出来るかもしれない千載一遇のチャンスであり、炎上のリスクこそあれど憧れる人は多いものです。

そんな願ってもないバズを手軽に起こしたければ

  • 差別や偏見を含む過激で極端な発言や写真・動画をアップする。
  • 誰かのつぶやきをコピペする(=twitterにおけるパクツイ)
  • 既に注目のある人にゴマすりをして贔屓にしてもらう。(=コラボと称する馴れ合いなど)
  • 犯罪自慢(未成年の飲酒・喫煙等)をほのめかす投稿をする。
  • ギラギラとしてお金を稼いでいるアピールをする。
  • 嘘やデマを含む情報をアップする。
  • 複数のアカウントを増やして自作自演によりバズっている様子を演出する

などの、限りなくグレー且つ嫌悪感を抱くことが多い方法を行えば、バズを意図的に起こすことは可能でしょう。

もちろん、これらのグレーな方法によるバズは炎上に発展して、投稿者本人の個人情報が暴かれたり、リアルの生活の関係者にも影響を出るリスクがあり、決して推奨できるものではありません。

しかし、「注目されたい」という個人的な承認欲求を満たすことは可能であり、またある程度知名度があるアカウントを所持しているのなら、その気になればバズを生み出すことができてしまうという誘惑に飲み込まれてしまい、承認欲求を満たすことに邁進してしまうのです。

実際にSNSに没頭していくうちにだんだん過激な発言を仕出して、炎上芸が身についているアカウントを見かけると、承認欲求に振り回されており自分を見失っている節が否めません。

関連記事

承認欲求を満たす行動が犯罪に繋がるリスクについて
誰かから認められたい、注目を浴びたいと言う欲求(承認欲求)は人間なら誰もが持っている欲求の1つです。 認められたいと言う気持ちを満たす

スポンサーリンク

ネット上でキャラを演じて注目集めにのめりこむ

もちろん、グレーなバズを起こさなくてもSNS上で更なる承認欲求を満たすことは可能です

その方法は、フォローされている人の属性に合わせた受けやすいキャラを作って自分を演じていくことです。

例えば、SNSでイラストを写真をアップしており、更なる注目を浴びたいという欲求があるのなら、写真を投稿することだけでなく写真についたコメント全てにコメントを返したり、フォロワーがどういう投稿を求めているのかを分析して、自分を演じていくことが肝心です。

おしゃれでハイセンスな写真が人気を集めているのなら、おしゃれな写真に絞って投稿し続ければ、更なるフォロワーを集めることが可能であり、承認欲求を満たすことが出来るでしょう。

また、写真だけでなく普段の投稿でもおしゃれな雰囲気を醸し出す文章や、センスの感じる投稿をして、自分のキャラのイメージを作っていくことが大事でしょう。

…もちろん、このキャラ作りと自分の認めて欲しい自分像が一致していれば幸せなのですが、大抵は認められたい自分像とは乖離しているキャラを演じてしまい、SNS疲れを起こす羽目になります。

閲覧数こそ稼げるようになったものの、それは受けやすいキャラを作ったからこそ実った数字であ、内心は「みんなが認めているのは上辺の自分。本当の自分は受け入れられていない」という悩みを抱えていることが考えられます。

たくさんの閲覧数が稼げているので、悩みを打ち明けようものなら「なんて贅沢な悩みだ」と嫉妬や羨望の対象になる事を恐れて、人知れず悩みを自分一人で抱え込んでいる人が多いのではないかと感じます。

関連記事

「キャラ作りが疲れた」と感じる心理とその背景について
進学や就職などで新しい人間関係を作る上では、例えば「いじられキャラ」のようなキャラを作ることで、自分の居場所を見つけて人間関係に馴染むことが
キャラを演じ続けるとストレスが溜まってしまう心理とその対策について
誰かと仲良くなるためだったり、仕事の人間関係の都合で自分で自分を演じる、いわゆるキャラを演じることがあるかと思います。 例えば、いじら

スポンサーリンク

社交辞令的な「いいね」も本心の「いいね」どちらも一緒だから起きる勘違い

twitterやInstagram、facebookなどの各種SNSには「いいね」をつけることができます。

「いいね」は、直接コメントするのは抵抗があるけど、かと言って無視するのは忍びないというニーズを上に満たすことができた、まさに画期的なネット上のコミュニケーションと言えるでしょう。

実際に自分の投稿について「いいね」がついているのを確認すれば「自分の投稿が誰かの目にに触れて共感された!」と感じて、胸が熱くなる気持ちを抱くものでしょう。

なかなか褒めるのが苦手な人が多い現代の日本であればこそ、「いいね」がもらえることで承認欲求が満たされるのも無理はないと思います。

しかし、万能そうに見える「いいね」は、いいねを押した本人の意図が反映されないという欠点があります。

すなわち

  • 社交辞令としてとりあえず押されたもの
  • 冷やかしや賑やかしのニュアンスで押されたもの
  • 「どうでもいいね」という投げやりな気持ちで押されたもの。
  • 後で確認するためのメモがわりとして押されたもの。

など、本当に自分に興味や好意を持っているために押された「いいね」であるかどうかまで調べることはできません。

実際に炎上を起こすような過激な発言でも「いいね」がつくことはありますが、そのいいねは過激な発言を肯定し認めてくれるものばかりとは限りません。

そして過激な発言により「いいねの数が増加=自分が認められた」と勘違いしてしまい、炎上芸に磨きがかかってしまったり、行動がエスカレートして他のアカウントに喧嘩を売るなどの迷惑好意によるいいね集めにのめり込んでしまう恐れがあるのです。

スポンサーリンク

反応が欲しくて過激な行動に出る人を当たり前のように煽る人の存在

SNSでは良くも悪くも過激な行動を取れば注目を浴びることができますが、その過激な行動は決して投稿している本人だけの問題ではないと感じます。

過激な投稿をしている人を諌めるのではなく、むしろ「いいぞ!いいぞ!」と煽り立てて、更に過激な行動に出るように仕向けている人の存在が、承認欲求により行動をエスカレートを陰ながら支えている光景を見かけます。

この光景はSNSよりもyoutubeで活躍しているユーチューバーのコメント欄の方にてよく確認できます。

  • 過激な発言を面白がって更に勢いづかせるようなコメント
  • 諌めるコメントを晒しあげて「アンチが嫉妬してるw」と茶化すコメント
  • 投稿者同様に過激なコメントを残して視聴者同士でレスバトルを繰り返す。

などの、過激な路線を更に助長させるような反応が残ったことで承認欲求が満たされ「自分がより注目を浴びるためには、もっと過激な投稿をするべきだ」と感じてしまう。

結果として、過激なキャラ作りによる疲れを引き起こしたり、公開すべきでないプライベートを公開してディタルタトゥーを残すことになるのです。

反応を残している人にとっては、自分の反応が投稿者の過激な行動を助長するものであるという自覚は乏しく、むしろ「もっと面白いものが見たい。期待している投稿を見たい」という純粋な応援として反応を残しているように感じます。

しかし、その純粋さゆえに投稿者の人生を悪い方向に導いてしまったり、純粋であるがゆえに自分のやっている事の恐ろしさ、無責任さに自覚できていないのだと感じます。

結果として他人の人生をおもちゃにして棒に振るようなことになっても、純粋さゆえに自分の行っている行動の邪悪さに自覚できず、無自覚のうちにまた他の人を煽る…そういう、支え手の存在が承認欲求をこじらせる人を破滅に追い込むのではないかと危惧しています。

※なお、youtubeの場合は主に若者向けのネット上での居場所として機能していることもあってか、社会常識や公序良俗に照らし合わせた真っ当なコメントがそもそも出にくい背景があり、過激な言動を放置&エスカレートさせているようにも感じます。

関連記事

絵師、絵描きが承認欲求でストレスを抱える理由
Twitterやイラスト専用のコミュニケーションサイトpixivなどで自分の描いたイラストを投稿する人のことを、絵師(えし)と呼びます。
ネットだけが自分の居場所と感じる人について思うこと
内閣府が公表した平成29年度版の子供・若者白書において「インターネット空間が自分の居場所だと思う」と答えた人が6割を超えたというデータが出て

国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

広告掲載、記事執筆のご依頼などはこちらから。