「キャラ作りが疲れた」と感じる心理とその背景について

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進学や就職などで新しい人間関係を作る上では、例えば「いじられキャラ」のようなキャラを作ることで、自分の居場所を見つけて人間関係に馴染むことができます。

いわゆる「キャラ作り」は人間関係を築くためには大事なスキルの一つと言っても良いでしょう。

しかし、一方でキャラを作り過ぎてしまうと、

  • 本当の自分ってどんな性格や話し方をしていたのか分からなくなる。
  • 自分らしさがわからなくなり漠然とした不安を感じてしまう。
  • その不安から逃れるために、更に人間関係にのめり込んだり、誰かに依存してしまう。

という、問題もあり、決して良いことばかりというわけではありません。

実際に以前書いた記事「キャラを演じ続けるとストレスが溜まってしまう心理とその対策について」でも、「キャラ作りが疲れた」という言葉で検索している人が多く、人間関係のために自分を犠牲にしてまでキャラ作りに没頭してしまうことは、誰かと関係を築く上では起きても珍しくない問題の一つだと感じます。

今回はそんな「キャラ作りが疲れた」と感じる人の心理やその背景についてお話いたします。

キャラ作りは想像以上にストレスが多い

キャラ作りはとくに若者、学生の間では必須のスキルになっているように感じます。

最近よく耳にする「陽キャラor陰キャラ」(一昔前で言う「リア充or非リア充」)のように、どんなキャラに自分がなれるかで、今後の生活や人間関係が大きく左右されます。

学校生活を満喫したいのであれば、なるべくスクールカースト(学校内ヒエラルキー)上位の活発なキャラ、コミュニケーション能力のあるキャラにならなければいけない。

あるいはすでに上位の地位にいる人にお近づきになれるようなキャラを作ることが大事になります。

…しかし、こうして書くとキャラ作りは簡単そうに見えて、実際は非常に面倒。

そして何より自分一人では完結するものではないために、複雑になりストレスが絶えないのです。

キャラ作り前の自分がSNSで暴露されることのリスク

まずはじめに「なりたいキャラ≠なれるキャラ」という厳しい現実があります。

もちろん、実際に自分のなりたいキャラになって満足している人がいないわけではありませんが、自分のなりたいキャラをなりきるためには大幅なイメチェンをしたり、今までの自分を知っている人がいない人間関係に飛び込む必要があります。

しかし、SNSが発展している現在では、仮に自分のことを全く知らない環境に行っても、昔の自分の写真が昔の友達から漏洩したり、勝手にアップされて今の人間関係に知らされてしまうことがあります。

高校デビューや大学デビュー、あるいはネット上でちょっとした有名人になろうとしても、SNSを使って勝手に自分の知られたくない過去や黒歴史が広まってしまう状況こそ、キャラ作りの前に立ちはだかる壁と言えます。

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キャラは自分で自由に選べるわけではない

複数人でグループを作る以上、キャラ作りでなりたいキャラになろうと自分の要求を出しても、その要求が認められなかったり、スルーされたりして通らないことが起こります。

例えば、キャラ被りがいい例です。

グループ内でなりたいキャラが被ってしまうと、非常に気まずい雰囲気になってしまうことがよくあります。

お笑いでいうボケ同士、ツッコミ同士のコンビだと、お笑いコンビとしては非常に微妙な雰囲気になり会場が静寂に包まれるのと同様に、普通の人間関係でもキャラかぶりはお互いの個性を打ち消しあったり、グループ内で混乱を招く恐れがあるので自然と避けられます。

また、キャラ被りの他にも、

  • グループの雰囲気に合わないキャラ。
  • お馬鹿キャラ、お調子者などキャラからくるトラブルを招きやすいキャラ。あるいはトラブルを起こすことそのものが個性となっているキャラ。
  • 自称サバサバ系、毒舌家のキャラのように、人を不愉快な気持ちにさせやすいキャラ。あるい人を不愉快な気持ちにさせることそのものが個性となっているキャラ。

などの、キャラが人間関係を築く上で問題になりやすいものの場合、そのキャラを作っても受け入れられる可能性は低くなります。

また、なるべくトラブルを起こさないキャラ作りをした結果として、多くの人が当たり障りのない無難で没個性的なキャラに落ち着くものの、無難なキャラゆえに個性を発揮しにくく印象に残りにくいというジレンマもあります。

いじられキャラのように面倒なキャラを押し付けられることがある

集団の和を意識するあまりにグループ内で皆が無難なキャラに落ち着いてしまうと、微妙でなんとも言えない雰囲気が流れてしまいます。

よく言えば安定している。悪く言えば停滞して暗く重い雰囲気になっている状態です。

そんな雰囲気をなんとかして明るくするために、誰かが誰かをいじってネタにしてその場を盛り上げる。つまり、グループ内で比較的発言権のある人が誰かをいじられキャラにすることで重くなった雰囲気をなんとかしようとします。

しかし、この時にいじられキャラに選ばれてそれを受け入れてしまうと

  • 「困ったときにいじって笑いを取るのに使えばいい」と格下に見られる。
  • 「いじられキャラを受け入れたのだから、堂々といじれる理由が見つかった」と思わせてしまう。

などの状態になり、いじられキャラというよりは、スケープゴートのような面倒な役を押し付けられることになります。

もちろん、いじられキャラは確かに場の雰囲気を和ませる側面もあり、決して悪い面ばかりのキャラではありません。

しかし、誰かがいじられキャラになる場面や状況というのは、いじられキャラになる人の意見を無視していたり、いじられキャラとそうでない人との間に上下関係が成り立っていることがあり、ただのいじめや嫌がらせへと派生しやすいのです。

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キャラに縛られ言いたいことが言えなくなる

キャラ作りが成功し、グループ内での居場所を獲得できた場合、その居場所を確保し続けるためには自分のキャラにそぐわないような言動をするのは避けなければいけません。

キャラにそぐわない言動をすれば、「キャラ変えたの?」「○○らしくないよね」とツッコミを入れられてしまうリスクが、そして何よりキャラが変わったことでグループ内での人間関係関係の立場が変化してしまうリスクがあります。

せっかく努力してキャラ作りをしてきた人であれば、今まで演じてきたキャラで得た恩恵を失いたくないために、自分の本音を抑圧てキャラに縛られた言動をすることでストレスを抱えます。

もっとキャラを作ることを周囲から期待される

ある程度自分のキャラが作れたとしても、そのキャラのままで居続けた結果、周囲から飽きられたり、新鮮味がないと思われ距離ができてしまうことがあります。

お笑い芸人が毎年新たな芸を作っては、よりハイレベルな笑いを取りに行くのと同様に、キャラ作りにおいてもストイックさが求められることがあります。

例えば、お調子もののキャラの場合、以前と同じようなキャラでは周囲が慣れてしまうことで自分の存在感を示せなくなるリスクがあります。

そのため、グループでより自分の個性を出すためには、以前よりも更に過激で面白く、それでいてウケが取れるようなお調子ものキャラを作る雰囲気が自然と出来上がりことがあります。

ただし、露骨なお調子ものキャラは演技臭くてウケが悪い、逆に引かれてしまうこともあり、さじ加減が難しく非常に演じにくいキャラでもあります。

もちろん、このことはお調子ものキャラに限った事ではありません。

キャラとしての個性を維持したり、よりグループの雰囲気作りに貢献するためには、いつも周囲の期待を背負ったり、過去の自分を超えるための鍛錬が必要になり、その過程で疲れを感じてキャラ作りにうんざりしてしまう人が絶えないのです。

いい人間関係を作るためにはキャラ作り必要だが…

ここまでキャラ作りの主に否定的な側面について語ってきましたが、キャラ作りは初対面の人に対して「自分はこんな人ですよ」と簡単な自己紹介をして、会話のきっかけを作ることになるので決して悪いものばかりというわけではありません。

いわゆる「ステレオタイプ」のように、自分の個性や人となりをわかりやすいキャラにあてはめることで、相手にとっても「この人はこういう性格・個性の人」と効率的且つ簡単に伝えることができるので、キャラ作りは効率よく人間関係を築く技術の一種と言えます。

しかし、上でも散々触れているように、

  • 「作るキャラ」と「なれるキャラ」は一致しないことがある。
  • 状況によっては自由にキャラを作れず、制約が多い。
  • グループ内で嫌なキャラを押し付けられる。
  • より強く個性的なキャラになるように期待される。

など、負の側面が多いのも現状です。

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自分とキャラとの距離感を大事に

キャラ作りに疲れる人に多いのが「キャラ作りが嫌になったから本音ばかり言う」という、今までの我慢から解放され、抑圧してた本音をズケズケ言うというケースです。

作ったキャラを脱ぎ捨て自分の本音ばかり言える事は、キャラで疲れている人からすれば非常に理想的に見えますが、決して悩みが一つもないというわけではありません。

本音をいうのは自分の好き勝手ではありますが、それを周囲の人が受け入れてくれるかどうかは、また別の話です。

本音は今まで自分が抑圧してきたことだけに、過激で攻撃的なものになりやすく、人によってはその言葉に不快感を覚えたり、傷つけてしまうことになります。

「本音を隠さず言う人」だと見られることで、自分に矛先が向くのを恐れたり、面倒事に巻き込まれるのを防ぐために距離を置く人が出て来ることもあります。

また、本音を言う当人からしても、本音ばかりを言い続けるのも決して楽なものではありません。本音ばかりいうのは妙な気持ちのよさがある一方で「より嫌われてしまうのではないか」「変なイメージが付いてしまうのではないか」という不安に苦しむことになります。

そして、本音を言うキャラが定着してしまえば、上でも触れたように本音キャラとしての振る舞いを期待されストレスを抱えることも否定できません。

キャラ作りは人間関係を円滑にするためには、大事なスキルではありますが、自分の作ったキャラに飲み込まれすぎず、かと言ってキャラらしさを全く活かせないということがないようにしたいものです。

自分自身とキャラとの適度な距離感を大事にすることが、キャラ疲れを軽くする方法のように感じます。

国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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