なぜ自己肯定感が高すぎる人が出てくるのか?…歪んだ自己肯定感がうまれる原因・背景

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自分で自分のことをOKだと思える気持ち。すなはち自己肯定感はメンタルを強くしたい人であれば一度は耳にしたワードだと思います。

自己肯定感が強ければ、仕事や勉強、趣味などでくじけそうなことがあっても、なんとか踏ん張って最後までやり遂げることができるので「自己肯定感が高いこと=良いことである」という認識を持っている人は少なくありません。

ただし、自己肯定感はあればあるだけ効果があるというわけではなく、低すぎず高すぎずの適度であることが望ましいのです。

ですが「自己肯定感は高ければ高いほどOK」という認識の人は多く、自己肯定感の高さゆえに周囲の人とトラブルを起こすしてしまう例が絶えません。

今回は、自己肯定感が高すぎる人が生まれる原因や背景についてお話いたします。

自己肯定感が高すぎる原因について

褒めてもらえる家庭環境で育ったこと

自己肯定感の高すぎる原因には、幼少期の親の育て方が影響していることが考えられます。

いわゆる「褒めて伸ばす」に代表される、子供の自主性や自信を伸ばすために積極的に褒めたり、肯定的な言葉がけを意識するという子育ての方法はメジャーです。

また「褒めて伸ばす」教育法は子育てに限らず学校や塾などの教育の場、ひいては新入社員研修や自動車学校などの大人を対象とした場面でも取り入られています。

もちろん、褒めることで子供の自主性や自信を伸ばすことはいいのですが、一方で褒めることばかりに偏りすぎた結果

  • 自分が過ちを起こしているのにもかかわらず肯定的な言葉を言われて、過ちに気付けないままになる。
  • ミスや失敗に対する指摘を受けるべき場面で、「褒めて伸ばす」にこだわりすぎて指摘できないままミスが放置される。
  • 子供も褒める際に、褒める側である自分の期待をかけすぎた結果、子供自身が万能感を持つようになり現実を見れなくなる。

などが起きて、自己肯定感が高すぎる状態になってしまうのです。

本当に子供のことを思っているのであれば、例えば子供自身が怪我をしたり、他人を傷つけてしまうようなことに対しては、決して褒めてつけあがらせるのではなく、子供に嫌われてしまうのも覚悟の上でしっかり指摘することが大事になります。

良くも悪くも世間知らず

自己肯定感が高すぎる人は、良くも悪くも自分の視野が狭く、世間知らずなところがあります。

世間知らずであるために、過大な妄想をしたり夢見がちな言動が多く、さながら頭の中がお花畑のような人という印象を受けます。

また、世間知らずのために自分がしでかしたことが他人に迷惑をかけていたり、悪いことをしているという実感がないということも見られます。

更に、そのことを指摘されても「なんで自分が怒られなければいけないの?」と、自分の行動を反省するのではなく、指摘してくる人に対して敵対心を見せたり、すぐに敵やアンチだと決めつけて攻撃することがあります。

世間知らずであるがために、あたかもこの世の中は

  • 敵か味方しかいない
  • ファンかアンチのどちらかしかいない

というような、白黒はっきりした二元論で物事を見ることが目立ちます。

「敵でも味方でもない中立の立場の人もいる」とか「言い争いのただ外から眺めているだけの人もいる」というような、敵や味方というわかりやすい分け方ではカバーできない人が居ることに、世間知らずさが災いして気づけないのです。

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自分をチヤホヤしてくれる人ばかりと付き合ってきた

口論や指摘もせず、いつも自分のことをチヤホヤしてくれ、いつも褒めてくれる人ばかりと付き合ってきたことも、自己肯定感が高すぎる原因の一つです。

「いつも自分のことを褒めてくれる人間関係」と書くと、非常に魅力的で理想的な人間関係のように思えてくることでしょう。

そんな人間関係にどっぷり使っていれば、自己肯定感も承認欲求も満たされ、まさに非の打ち所がない人間関係のように見えます。

しかし、いつも自分のことを褒めてくれるというのは、言い換えれば自分が過ちを起こした時「うんうん、あなたは悪くないよ~」と慰めてくれこそするものの、しっかり反省を促すための言葉を放ったり、同じ過ちを繰り返さないための指摘すらもらえないという残酷さがあります。

友達関係だと、お互いに人間関係の和を崩さないために、本当は厳しく指摘しなければいけない場面であっても、指摘してしまうと和が崩れて関係が途切れてしまう不安があるために、必死に現実と向き合おうとせず、その場限りの慰めに邁進してしまうということもあるでしょう。

もちろん、現実的には自分が悪いことをしでかした場面で、そのことをすんなりと受け入れられる人ばかりではありません。

しかし、自分がどんなに悪いことや人道に背く外道な行動に手を染めたとしても、周囲にいる人達がその場限りの慰めばかりで指摘すらもらえないのであれば、それはあまりにも薄情な人ばかりに囲まれいままで有頂天になっていたのだと自覚するほかありません。

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他人を見下し相対的に自分を高めることが癖になっている

他人を見下すことによって、相対的に自分は上であるという自覚し自己肯定感を高めてしまうことが自己肯定感の高い人に見られます。

とくに「根拠のない自信」で自己肯定感を身につけている人も

例えば、とりあえず他人を見て

  • 身長
  • 収入
  • 学歴
  • 見た目
  • SNSのフォロワー数

など、見下す材料はとにかくなんでもよく、一つでも自分の方が優れているものを見つけては相手を見下し、そのことで自己肯定感を得ようとします

また、このタイプの人は他人を見下す過程において、直接見下すような素振りを見せれば自分の体裁や評価に支障が出てしまう(=自分が見下しの対象となる)ので、なるべく「私は人を見下すような卑しい人間ではありませんよ」と清潔感を前に出したアピールも目立ちます。

なお、見下して悦に入るのではなく、他人に指摘をビシビシしていくことで相対的に自分の優秀さをアピールし周囲を見下すこともあります。

指摘することで見下すタイプは一見すると経験豊富でさも優秀そうにみえる一方で、自分が逆に指摘されそうな人には何も言わなかったり、確実に指摘出来そうなことには大袈裟に指摘をして自分の優秀さをアピールしたがるという傾向もあります。

冷静に指摘してくる人の意見を徹底的に避けてきた

自分に対して冷静に指摘をしてくれる人を避けてきた結果、自己肯定感が高くなりすぎてしまうケースもあります。

例えば、SNS上で自分にプライベートをやたらと公開したり、ふざけており炎上を招きかねない写真を投稿した時に指摘してきた人を徹底的にミュートorブロックしてしまうのがいい例です。

自己肯定感が傷ついてしまう恐れがある相手を徹底的に避け、自分の意見や投稿に同意し褒め殺してくれる人ばかりと付き合ってしまったことで、自己肯定感が高まりすぎてしまうので。

まるで裸の王様のように、肥大した自己肯定感ゆえに冷静に考えればエスカレートして過激な行動を取っているのにもかかわらず、自分自身はまさか過激な行動を取っているとは感じていない。

むしろ文句を言ってくる方がおかしいと上から目線になり、ますます自己肯定感を高まり思想が先鋭的になってしまうのです。

なお、この先鋭的になる姿を見て、「この人はカリスマ性がある」と感じて、熱狂的なファン(あるいは信者のような存在)が出てきて、ますます自己肯定感を高まりすぎてしまうこともあります。

過激な意見を言う団体や人間関係、エスカレートした自己啓発セミナーなどにも通ずる現象と言えます。

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強すぎる自己肯定感と幼児的万能感

強すぎる自己肯定感に関しては、心理学の「幼児的万能感」という言葉である程度説明することができます。

幼児的万能感とは、自我が芽生える前の幼稚園~小学性までの幼い頃に抱いていた

  • 「自分の夢はなんでも叶えられるにちがいない」
  • 「将来の自分はとても偉い人間になっている」
  • 「自分はなんでも出来る才能があるに違いない」

というような、自分に対する万能感を指す言葉です。

多くの人は、思春期になり幼い頃の万能感と現実の自分との差につまずくものの、その過程で夢を現実的なものに修正したり、社会と折り合いをつける中で妥当な自信を身につけていくことで、失敗や挫折を乗り越えていきます。

しかし、上で触れたような理由から、幼児期万能感を大人になっても持ち続けてしまい現実場慣れした自己肯定感だけが強くなりすぎることもあります。

この場合の自己肯定感は、根拠や拠り所がなく非常に不安定な自己肯定感です。

表面的には自信満々で自己肯定感に満ち溢れているように見えるものの、内心は拠り所のない自信に振り回され不安や緊張が絶えず、また自己肯定感を揺るがすような声や反応に対して過剰に反応してしまうのです。

その不安を解消する手段として、やたらと人を見下して優越感に浸ろうとしたり、自己暗示のように「自分は優れている」と信じ込ませた結果、客観的に自分や他人を見ることができなくなり周囲とトラブルを起こすのです。

「自己肯定感=善」というのは、決して効果がないわけではありません。

しかし、自己肯定感を付けすぎた結果、逆に拠り所のない自己肯定感のせいで不安が増したり、周囲にトラブルを与える結果になってしまうのであれば「自己肯定感=善」という考えについて冷静に考え直してみることが大事だと感じます。

国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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