自信過剰な人がうざいと感じる理由・心理について

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自信があるのは一般的には良い事ですが、あまりにも自信がありすぎる人というのは、どこか暑苦しいというか、なんだか気迫に圧倒されてしまいそうになり、一緒にいると居心地の悪さを覚えてしまう人でもあります。

また、単に居心地の悪さを感じるにおさまらず、これが仕事の人間関係となれば、過剰な自信のある人が起こしたトラブルの尻拭いをする羽目になってしまい、非常に迷惑な人だと感じることもあるでしょう。

更には、過信しすぎるあまりに、他人を見下した態度をしたり、割と妥当な自信や自己肯定感を持つ人までも下に見てしまう。ナチュラルに傲慢で困った行動に出てしまうこともまた、自信過剰な人によく見られるものです。

今回は、そんな自信過剰な人に感じるうざさや嫌悪感について、お話しいたします。

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自信過剰な人がうざいと感じる理由・心理

自分の考えを他人に押し付けてばかりで他人を尊重する姿勢が見られない

自信満々でやたらポジティブな思考を持つだけにとどまらず、それを良かれと思って他人に対して、なかば強要するように押し付ける。

「自分の考え方の真似をすれば、あなたも自信がついてポジティブになれますよ」と、相手の意向を無視した態度で接してくることが、自信過剰な人に感じる嫌悪感の正体の一つです。

たしかに、前向きになれる考えかもしれませんが、一方でそれは押し付けるターゲットの人が持っている考え方や思考の癖を間接的に否定していることになるために、押し付けられる方からすれば笑顔で自分を否定してくる人のように感じて、違和感を隠せなくなります。

仮に自信満々になる方法を伝授するにも、伝授する相手がもっている考えなり、経験からくるポリシーがどのようなものかを知って、それらを尊重する(=リスペクトする)姿勢を見せれば、こちらも自信満々になる方法がどのようなものかを聞く気になれるものでしょう。

しかし、自信過剰な人は相手を尊重せず「今すぐ自分の真似をすべきだ」とこちらと双方向コミュニケーションをすることなく、煽るように自分の考えを絶対のものとして押し付けてくる。

このことが、自信過剰な人に対する悪いイメージが生まれる原因と言えます。

調子に乗っている、有頂天になっていて関わりたい気持ちが湧かない

自信満々というよりは、どこか調子に乗っている、舞い上がって有頂天になっているために、迂闊に関わると勘違いに振り回されてしまい、面倒な目に遭うことが容易に想像できてしまうからこそ、距離を置きたくなってしまうというケースです。

自信過剰なのは、言い換えればブレーキが壊れアクセルを踏みまくっている状態であり、慎重さや冷静さが足りていない。

そんな状態で突っ走ろうものなら、仕事にしろ、友人関係にしろ、そう遠くない未来にトラブルを起こすことは容易に想像できてしまう。

また、誤解を恐れずに言えば自信過剰な人は、マルチ商法をはじめとした胡散臭いビジネスをしており、意識のみが突出して高い人(=意識高い系)に見られる特徴でもあります。

過剰に自信をもっている人を避けたくなるのは、なんらかの形で胡散臭いビジネスに巻き込まれる事への恐怖や、「胡散臭いビジネスをしている人と交友がある」と周囲の人から思われてしまい、自分の評判を下げる事への不安が影響しているとも考えられます。

自信過剰を諌める言葉に対して聞く耳を持たない姿が怖い

過剰な自信に振り回されている人に対して「もう少し冷静になることも大事だよ」とか「過度な自信は他人との衝突を招くよ」と、やんわり伝えても、その言葉をまるで聞こうとしない。

それどころか、自信満々な自分を認めず強く否定する敵だと言わんばかり、やたら攻撃的且つ反抗的な態度を取る。

まるで世の中には自信満々な自分を擁護する味方と、自信満々な自分を攻撃する敵の二種類しかいない…という、両極端な物の見方をしており、中庸さがまるで見られない。

先鋭的で、両極端で、柔軟性がなくいつ自分に対して排他的な態度をとるかわからない人物であるかのように見えて、思わず関わるのをためらってしまうことが、自信過剰な人と関わる時に感じるものです。

耳に痛い事は頑なに聞かず、耳ざわりの良い言葉ばかりを受け入れる様は、まさに自尊心と自己愛を膨らまし過ぎて、些細なことで激しく怒る自己愛性パーソナリティ障害の人に通ずるものを感じます。

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自信が低い人だけでなく妥当な自信を持つ人も見下す姿に嫌悪感が抑えられない

冒頭でも触れたように、自信が低い人だけでなく、妥当な自信を持つ人までも「自信が無い」と見下す姿には、強い嫌悪感を覚えます。

自信過剰な人を基準にすれば、そりゃ大抵の人は自信の面で劣っているとなるでしょうし、自信の一点においては自信過剰な人を上回る人はそういないでしょう。

しかし、あくまでも自信は過剰であり、それを基準として考えるには無理がある。そのこと無視して、自信が過剰であることを絶対のものであると考え、過剰な自信を持たない他者を見下す様には納得がいかず、強い嫌悪感を感じてしまいます。

「自信のある自分を認めて欲しい」という承認欲求の強さが重荷に感じらてしまう

自信過剰であることをやたら他人に向けてアピールしてくる人を見ると、どこか「自信満々な自分を尊敬して欲しい、すごいと言ってほしい、認めて欲しい」…という類の承認欲求の強さを感じることがあります。

しかし、過剰な自信を下手に認めてしまおうものなら、自信過剰な人の勘違いをより強めてしまうような気がする。

つまり、自信過剰な人を持て囃したことで、その人が他人や世の中と衝突を起こす手助けをしてしまう気がしてしまい、素直に承認することに抵抗を感じてしまう。

しかし、承認しないでいると、自信過剰な人は欲求が満たされないことで不満を感じてしまい、ますます自信過剰なアピールを強めてしまう。

認めても面倒事が、認めなくても面倒事が起きて葛藤状態に陥ってしまうために、自信過剰な人と関わることに、強いストレスを感じてしまうのです。

ダニング・クルーガー効果、幼児的万能感から見る自信過剰な人

誤解を恐れずに言えば、やたら自信過剰な人というのは、はっきり言って学や教養がない「アホ」である。

しかもアホにもかかわらず、自分は世の中の本質だとか真理を知っている人間であるように振舞う。

他の凡人には見られない才能なり素質があるだとか、天から選ばれた人間であるのような態度を取っている姿が滑稽であり、みているこっちが恥ずかしさを感じて思わず目を背けたくなる…そんな、気持ちに駆られた経験がある人も、ひょっとしたらおられるかもしれません。

さて、話を戻して学や教養がない人が、やたらイキった態度を取るということは、心理学ではダニング・クルーガー効果という名前がつけられています。

ダニング=クルーガー効果とは、

能力の低い人物が自らの容姿や発言・行動などについて、実際よりも高い評価を行ってしまう優越の錯覚を生み出す認知バイアス。

(wikipedia ダニング=クルーガー効果より)

能力の低さゆえに

1.自身の能力が不足していることを認識できない
2.自身の能力の不十分さの程度を認識できない
3.他者の能力を正確に推定できない
4.ただし、その能力について実際に訓練を積んだ後であれば、自身の能力の欠如を認識できる。

アホな癖に妙に自信満々。自分を高く見積もり過ぎている人に感じる違和感を、ダニング=クルーガー効果は的確に示しています。

また、幼児的万能感という心理学用語もまた、アホな癖に自信満々な人を的確に表現しています。

幼児的万能感とは、主に思春期以前の子供の時に抱いていた「自分には何でもできる」と言う万能感を指す。

「幼児的」という言葉からもわかるように、この万能感は現実に即しておらず、まるで子供のときに抱いていた「自分は何にでもなれる」というような、空想じみた万能感です。

この万能感を子供が見せるのならともかく、思春期をとうの昔に通過した大人が見せてしまうと、その幼稚さから恥ずかしさや正視に耐えない気持ちを他者に抱かせてしまうのだと考えられます。

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