自己肯定感が低い男性には「男性なのにハキハキしてない」と男らしさがないことで悩んだり、「男のくせに他人の目が気になったり、嫉妬してしまう」と言った女々しい部分にコンプレックスを感じてしまうことがあります。
しかし、そういった悩みを抱えるものの、誰かに相談するのは難しい。自己肯定感の低さ故に積極的になれないことが、悩みを相談したいと感じる場面でも出てしまい、そんな自分が嫌になってしまう…ということがあります。
今回は、そんな自己肯定感の低い男性が抱える悩みやコンプレックスについて、お話しいたします。
自己肯定感が低い男性が持つ悩み
積極的になれないことにコンプレックスを感じる
自己肯定感の低い男性は、自信の無さが災いして、勉強や仕事だけでなく、趣味や人間関係に対して受身の姿勢を取ってしまう。
つまり、積極的にガツガツと自分の意思で動いても平気でいられるだけの自信がなく、消極的な態度を取ってしまうことが見られます。
なお、自己肯定感が低いとは言っても、何事にも積極的になれないというわけではなく、人から言われた事はできるが、自分から積極的に動くことが求められる場面にて消極的になってしまうという、二面性を見せることもあります。
勉強なら、先生から言われた事は淡々とこなせるけど、友達作りや課外活動など自分が主体となって活動することが求められる場面では、弱腰になってしまう自分にコンプレックスを感じてしまう。
仕事も同様に、他人から指示されたことに対しては問題なくこなせるものの、自分がリーダーとなって集団を率いるなど、自分が責任を負って動くことが求められる場面になると、途端にダメになってしまう。
つまり、指示待ち・受身として働くことを求められる状況においては活躍できるものの、自分が指示を出す場面になると、自己肯定感の低さ故に他人と関わるための勇気が持てず、不適応を起こしてしまうのです。
なお、一昔前ならこういう男性像は「不器用」「昔気質」「頑固」など、否定的な意味で表現されることもありましたが、そんな不器用な男性でも渋くて素敵だとか、そういう不器用なところもまた男らしいとして許容されることも多かったものです。
しかし、現代ではこうした不器用な一面は「コミュ障」「面白くない」「関わると疲れる」など、円滑なコミュニケーションをする能力が強く求められている世の中の流れもあってか、他人から疎まれやすく、自己肯定感が下がりやすいのも理解できます。
とくに若い人の間では、スマホやSNSの発展により、活発に(というか過剰なまでに)コミュニケーションを取ることが当たり前になっている状況をみると、不器用でコミュニケーションコストがかかりやすい男性は、それだけで強く疎まれてしまうように感じます。
男のくせに他人に嫉妬や劣等感を持つ自分が嫌になる
自己肯定感の低い男性は、自信の無さや自己評価の低さ故に「他人からどう見られようとも、自分は自分である」と思えず「自分は他人からどのように見られているのか…」と、周囲の顔色をよく伺うことがあります。
また、ただ顔色を伺うだけにとどまらず
- 「あの人は自分よりも恵まれている点があって羨ましい…、妬ましい…」
- 「あの人と比べると自分はなんてナヨナヨしていて、情けない…」
と、嫉妬や劣等感を抱くと同時に、男のくせに女々しい感情を持つ自分にコンプレックスを抱くことがあります。
もちろん、嫉妬や劣等感は性別関係なく人であれば誰でも持っても不思議ではない感情ではあります。
しかし、嫉妬の二文字に「女(おんなへん)」が入っていることからもわかるように、女性らしい感情を男性である自分が持っていると感じることが、鬱屈した感情を招くのです。
普段感じている不安や恐怖を相談しにくいことで悩む
自己肯定感の低い男性は、普段から堂々とすることが苦手で、些細な事でクヨクヨ悩んでしまったり、漠然とした不安や恐怖に襲われやすいのが特徴的です。
しかし、上述しているように、悩みや不安を感じてはいるものの、それを誰かに相談するために積極的になることは難しい。
加えて、普段から他人の目を強く意識しているために
- 「相談している自分は情けない男に見られやしないか?」
- 「『男のくせに、そんな些細なことで悩むなんて恥ずかしい』と思われないだろうか?」
という、別の悩みが浮上してきた結果、誰にも相談できずにひとりで抱え込む苦しさを味わいます。
もちろん、相談とまで行かなくとも、女性のように喜怒哀楽を普段の会話の中で表情豊かに話せれば、些細な悩みを他人に気兼ねなく話せれば、気持ちが落ち着けられるかもしれませんが、あまり表情豊かに喋る男性になるというのは、それはそれで気恥ずかしいものがある。
なにせ、普段から不器用な生き方をしているあまりに、気さくになりづらいのも特徴的と言えます。
恋愛関係・友人関係がうまくいかないことで悩む
積極性がないために、恋愛だけでなく、友人関係でもうまくいかずに悩むことがあります。
恋愛では男らしくリードしていけず、そのこと相手をがっかりさせてしまう。相手を思いやるだけの精神的な余裕や包容力がなく、自分のことで手一杯な姿勢で相手に接してしまう。(もちろん、相手の好みや相性次第で、リードできない等が悪材料視されないことがある点には留意しておきたい)
友達関係では、積極的に「遊ぼう」とか「会おう」とか言えず、なんとなくや惰性で付き合っているように感じてどことなく居心地の悪さを感じてしまう。
また、自己卑下が過ぎて「こんな自分に付き合わなくてもいいのに」という気持になってしまい、恋愛・友達関係を重く苦しくしてしまうことで悩みがちです。
…読んでいてもお分かりかもしれませんが、非常にめんどくさい男だと自分で自覚しては、自分に嫌気が差してしまうので、自己肯定感が低くなりがちなのは明白と言えます。
大人なのに精神的な幼さがある自分へのコンプレックス
自己肯定感の低い男性であっても、子供の時期であれば、まだ「恥ずかしがりな子」とか「人見知りをする子」など、子供特有の特徴として見られており、自分という人間が否定されているとは感じることは減ります。
しかし、この子供特有の特徴が大人になっても続いていると「精神的に幼い」とか「子供みたいで情けない」と、大人の男性である自分の自尊心をひどく傷つける言葉を受けやすいことで、悩んでしまいがちです。
年齢を重ねるにつれて、臆病な部分は改善されていくものである…という認識があるために、子供のとき同様に臆病な部分が残ったままの自分を自覚すると、強い劣等感を抱いてしまう。
本来であれば成長とともに無くなるはずのものが以前として残っており、いつまでも大人の男性らしくなれないと感じることが、自己肯定感の低い男性が抱えるコンプレックスなのです。
自己肯定感の低さと男らしさへのコンプレックス
何度も述べているように、自己肯定感が低い男性の行動や思考の癖は、単刀直入に言えば「男性らしくない」と感じる物が多いことでしょう。
しかし、最近では「草食系男子」のように、ガツガツとせず控えめな生き方や主義主張を持つ男性が社会的に認められる風潮もあってか、自己肯定感が低くて「男らしくない」と感じる男性でも、以前と比較すれば生きやすい世の中になっているとも言えます。
しかし、年齢が離れた人と関わる場面や自分よりも活発的で自信にあふれている「男らしい」人を見かけると、つい自分の男らしくない部分をヒシヒシと感じてしまい、劣等感を抱いてしまう…男性が抱える自己肯定感の低さは、なんとも難しい問題であると男ながら感じます。
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