自己犠牲がうざいと感じる理由

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自分の身を粉にして子供のために睡眠時間を削り働く親。肩の痛みを必死に耐えて投げる高校球児。

このような「自己犠牲」に打ち込む人は、大抵の場合は美談として語られます。場合によっては「自己犠牲は無条件に尊いものである」と考える人も多いことでしょう

自分の身をすり減らしている自覚をしつつも覚悟を決め果敢に取り組む…そんな姿はフィクション・ノンフィクションに限らず人の心を打ち、感動を与える勇姿と映るのは事実でしょう。

しかし、自分の身の回りで自己犠牲をしてまで懸命に何かに打ち込む人に対して「そんなに必死になったらあなたの体に毒ですよ」と労わる言葉を投げかけようものなら「野暮な人だ」「空気の読めない人」という、言葉が返ってくる…そんな、空気感を感じることがあります。

「自己犠牲をしてまで頑張っているんだから邪魔をするのはタブー」「せっかくの感動の雰囲気をぶち壊す気か?」という、異論を許さぬピリピリと張り詰めた空気ゆえに、内心は「自己犠牲なんてうざくて気持ち悪い」と感じていても、口にできずひっそり抑圧している人は少なくないと感じます。

今回は、そんな自己犠牲に関するモヤモヤとした気持ちや心理についてお話したいと思います。

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自己犠牲に肯定できない理由

自己犠牲読んで字のごとく「自分(自己)を犠牲にする」行為にほかなりません。

わかりやすく言えば、自分の時間、健康、金銭、若さなどの本人が持っている対価と引き換えに何かを得ようとする行為のことです。

もちろん失う対価が大きすぎるために、場合によっては自分の将来や命までも失うという大きなリスクがあるということも否定できません。

リスクの大きさゆえに多くの人は自己犠牲というハイリスクな手段は避け、もっとリスクが低く安定している手段はないか、と探すのも自然な心理でしょう。

こうして見ていくと自己犠牲は一種のギャンブルとも表現可能であり、結果次第ではリターン以上に大きな損害を出してしまう事も考えられます。

例えば、上で触れた睡眠時間を削って子供のために生活費・学費を稼ぐ親の場合、睡眠時間を削りすぎたせいで、長期にわたる体調不良に悩まされるだけでなく、仕事そのものが続けられなくなり家庭に影響を及ぼす可能性も否定できません。

また、球児の例であれば肩の痛みを無視して投げた結果、二度と野球ができない肩になってしまったり、生涯にわたって肩の不調に悩み続け日常にも支障が出るという事も否定できません。

成長期で大人の体に向けて体の基礎が作られる大事な時期に無理なトレーニングを行えば、骨の発育に支障が出ることは簡単に想像できるはずです。

もしも、自己犠牲の結果、そのような残念な結果になってしまっては、周囲は感動できてよかったよかった…となるかもしれませんが、冷静に見ればただの骨折り損のくたびれもうけの後押しをした事に他なりません。

また、体調不良になったことで周囲の人に余計な手間をかけてしまう、というように自己犠牲は犠牲を払った本人だけの問題だけではなく、その人に関わる人も巻き込むことがあるため、無批判に自己犠牲を肯定することには疑問を隠せないものです。

一かバチかのギャンブルのような賭けに出れば、確かに湧き上がるような感情で胸を躍らされることもあるでしょう。

しかし、犠牲として失うもの、そして失った先にあるもの深刻さに目を向けて見ると、少し冷静になって本人も周囲も今一度よく考えて見ることが大事だと感じます。

うまくいった自己犠牲が当たり前になる

自己犠牲には多大なリスクがつきものと書いてきましたが、当然ながらいつもそのリスク通りの最悪の結果になるというわけではありません。

睡眠時間を削ってもちょっと体がだるくなるだけで済んでしまう。肩を痛めながら投げたけど、なんやかんやうまくいって気がついたら肩の違和感がなくなってた…と、それなりに穏当に済んでしまうことあるものです。

しかし、この「自己犠牲の結果、上手くいった」という経験が非常に厄介です。

先程も触れたように、自己犠牲は一種のギャンブルであり、やってることはハイリスクな賭けと言っても過言ではありません。

そんなハイリスクな賭けに勝利してしまったという成功体験が仇となり、自分の能力を過信したり、リスクをリスクと感じなくなり危機管理に対する意識が薄れてしまうことがあります。

そして、更にハイリスクな自己犠牲に出てしまうこと自体に恐れ感じにくくなり、更なる刺激を求めてハイリスクな賭けにでるギャンブラーのように、過度な自己犠牲にのめり込んでしまうのです。

またこの状態になると、自己犠牲なしの堅実且つ妥当な方法では満足できなくなります。

自己犠牲を払うことこそ当たり前であり、自己犠牲なしではリターンは手に入れられないと、あくまでも自己犠牲ありきの極端な考え方になってしまい、自分も周囲も自己犠牲へと巻き込んでいく羽目になります。

自己犠牲と集団心理

自己犠牲を肯定する心理が、個人だけではなく集団や組織で起きた場合についても考えてみましょう。

例えば、体育会系の部活動で、さながらブラック企業に負けず劣らずの健康を犠牲にし、土・日・祝日含め自分の持てる時間を全て部活動に捧げてることこそ正解、とするブラック部活動のような状態になってしまうこともあるでしょう。

その結果、

  • 部活動が嫌になって逃げだしてしまう人が出たり
  • 休めない過密スケジュールのせいで故障が長引いたり
  • 部活に束縛されて勉強をする時間も失われ自分の進路が狭まったり

と、散々な目にあったものの、残ったのは心身ともに疲弊した満身創痍の我が身のみ…という悲しいオチになってしまっては骨折り損のくたびれもうけに他なりません。

また、個人とは違い集団で自己犠牲を行うため集団心理の影響も無視できません。

「赤信号みんなで渡れば怖くない」というブラックジョークでもわかるように、集団心理が働くと、冷静さを忘れてしまい合理的な判断ができなくなることがあります。

また仮に自己犠牲の結果、肉体的な怪我や経済的な損失が出ることになっても「自分だけでなく他の人も損をしているから」という妙な安心感を覚えて、リスクをリスクと感じにくくなるのも集団心理の影響と言えます。

更に、集団のメンバーの多くが自己犠牲を肯定している中で、自分一人だけ「私は自己犠牲に頼らない方法がいいと思う」と正直に打ち明ける事は非常に勇気がいることであり簡単にできるものではありません。

自己犠牲に頼らずにしっかり成果を上げるのが正論だとしても、その意見は自分が所属している集団の和を乱す恐れがあるために、無言の圧力に屈して自己犠牲を容認してしたり、「和を乱さないこともチームワーク」と納得できるように合理化することで、自己犠牲を認める意見を支持することも、集団心理ならではの現象です。

とくに日本の場合だと、集団が一丸となって(自己犠牲も含めて)何かに打ち込むことそのものを「立派だ」「尊い」と言って無批判に肯定したり、とにかく持て囃して盛り上げるという文化も、自己犠牲に対する認識の甘さを助長していると考えることができます。

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自己犠牲のせいで自分の考え方が歪むことも…

自己犠牲を肯定的に見ている人に多いのが「大きな対価を支払ったのだから相応のリターンが得られるに違いない」という考えをしている人です。

漫画『鋼の錬金術師』にも登場する「等価交換の原則」という言葉にもあるように、多大な犠牲を払えばその分、見返りも大きくなると感じることそのものはいたって普通だと思います。

しかし、自己犠牲をすれば本当に大きなリターンが手に入るのか、本当に自分が求めていた結果が得られるのか…という点については疑問が残ります。

率直に言えば「大きな犠牲を払ったんだからこれぐらいのリターンはあってもいいはずだ」という考えそのものが、自分にとって都合のいい短絡的な思い込みに過ぎないのか、という疑念です。

このような心理については、サンクコスト(埋没費用)という言葉で説明することができます。

サンクコストとは、今まで自分が費やしてきた時間や労力に対して価値があると思う心理のことであり、時間や労力、お金、健康などあらゆるものを犠牲にする自己犠牲も無関係ではありません。

とくに、健康や将来という支払った以上取り返せなくなる懸念がある対価を支払うので、良い結果になれば過度に結果を脚色して「こんなにも大きな見返りがありましたよ~!」と美化したり、神話や伝説のように神聖なものに仕立て上げようとするのも不思議ではありません。

また、本当は自己犠牲をしなくても同様の結果が出せる可能性もあったとしても、「自己犠牲をした」という事実のせいで、目の前で起きている出来事を極端な目で見てしまい、さも自分に都合よく大きな価値があると認知を歪めてしまうのが、サンクコストの恐ろしい点です。

自己犠牲が失敗と認めたくないために周囲に自己犠牲を強いる

また、価値があると考えるのは仮に悪い結果になったとしても

  • 「犠牲にしたことは無駄ではなかった」と損失による苦痛から逃れようとしたり
  • 「自己犠牲をしてきたからこそ今の自分がある」と自己正当化をする

などのように認知を歪め、にかく価値を見出そうとすることも、サンクコストが持つ恐ろしい点です。

こうなると過去を冷静に分析して反省するのではなく「自分の支払った犠牲は無駄ではなかった」という結論を出すための材料を見つけるために、穿った目で過去を見ます。

塗り替えることができない過去を美化するための材料ばかりを見つけてしまうので、何ら反省も教訓も得ることができません。

それだけに留まらず、自己犠牲をせずにローリスクな方法で結果を出している人を見つけてはお節介のように「若いうちの苦労は買ってでもするべき」「もっと本気で努力しないと意味がない」と口出ししてきて、自分の支払った犠牲は無駄ではなかったという確認作業に勤しんでしまうことがあるのです。

確かに、自分にとって価値あるものを支払ってまで行ってきたことが、ただの徒労であると認めるのは大きな苦痛だと思います。

しかし、その苦痛から逃れるだけでなく、同じような仲間を見つけて他人を教育するという体裁で、実は優しく支配して自分と同じ自己犠牲に巻き込もうとしているのです。

このようなことはたとえ他人事であったとしても、見ていて気持ちのいいものではありません。

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