馴れ合いが嫌いな理由は共依存関係に陥る恐怖があるから

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「馴れ合い」というと、一般的に否定的な人間関係として見られがちですが、その一方で油断をすると、ついのめり込んでしまうような妙な魅力があるものです。

馴れ合いの関係の中では、自分の意見や主張が否定されることなくしっかり受け入れてもらえる。普通なら「意識高い系w」「何を馬鹿げたことを言ってるの?」と冷笑されるようなことを言っても、受け入れてもらえる安心感があります。

もちろん、意識高めな人ばかりの馴れ合いに限らず、勉強や仕事のなどのやるべきことを放置して辛い現実から逃げこむクズな自分を無批判に受け入れてくれる馴れ合いの関係など、いわゆる意識が低い人同士の馴れ合いの関係でも、同様に安心感があります。

しかし、この安心感の心地よさに囚われてしまった結果、馴れ合いの外で人間関係を築くことに過度な恐怖を恐れて目の前の馴れ合いの関係にのめり込んだり、相手も自分同様に馴れ合いの関係を求めているために、今の関係をより強固なものにすべく、お互いがお互いに依存するような関係…つまり共依存の関係に陥る恐怖があります。

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馴れ合いの関係から脱出したくても脱出できない裏にある心理

馴れ合いの関係について、漫画『ネムルバカ』で登場した例を取り上げます。この漫画内では、自称アーティストを名乗る者同士が集まり

  • お互いがお互いに作品を作っては褒め合うだけで、もっともな指摘やツッコミはしない。
  • 基礎的な技術を磨く地味で辛い練習はせず、拙い作品を作ってはお互いに褒め合う。
  • 公式なジャッジが下される場面(コンペ、コンクールなど)は、自分の実力の無さが露呈する恐怖があるから出場しない。

と、まるで進歩がない馴れ合いの関係を「駄サイクル」と名づけて表現しています。

駄サイクルは「見る→褒める→作る→褒められる→見る…」と、閉じた人間関係の中で自己顕示欲や承認欲求を満たすためだけの駄目なサイクル(循環)が成立している状況を指し、まさに馴れ合いの根幹とも言えるでしょう。

このような進歩が見られない馴れ合いは、芸術や創作活動に限らず、勉強、仕事、スポーツなどのあらゆる場面で存在しているものであり、一度は目にしたことがあるからこそ、この記事にたどり着いているのだと思います。

こうした馴れ合いは傍から見ると、どこか異様な雰囲気を漂わせていたり、なんだか見てはいけない物を見てしまったかのような気持ちになり、見ているこっちが恥ずかしくなるものです。

しかし、いざこうした馴れ合いの関係に入ってみると、自分のことを無条件に肯定してくれて皆優しそうに見えてしまう。

普段からストレスを抱えて癒しを求めていたり、自分に自信や自己肯定感がなくて、脆い自分を受け止めてくれる優しくゆるい人間関係を求めている人からすれば、馴れ合いの人間関係は非常に魅力的に映ると同時に、ずっとその関係に入り浸っていたい…という、気持ちを抱かせるのです。

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駄サイクルとは、駄目の「駄」と循環を意味する「サイクル」とを合わせた造語で、駄目な人間関係の中で一歩も前進せず、承認欲求や自己顕示欲を満たすためだけに馴れ合うことを揶揄した言葉です。厄介なのが駄サイクルの中にいると、その関係に居心地のよさを感じてしまうことで、延々と馴れ合いを続けてしまうというリスクがあります。

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馴れ合いの関係を支える「イネイブラー」の存在

馴れ合いの関係は、人によっては非常に魅力的で失いたくない癒しや安息を味わえる場所だからこそ、それを失わないためにも、馴れ合いの絆を強固なものにしたり、馴れ合いの関係に疑問や違和感を持つ人に対して排他的な行動を取ることがあります。

こうした行動は、アルコール依存症患者のサポートをしているように見え、実はお酒を変えるだけのお金を私続けたり、酒浸りの毎日を送れるだけの生活環境を用意し、結果として完治から遠ざけているだけのイネイブラー(支え手)を見ているかのような気持になります。

アルコール依存症におけるイネイブラーは、自分が依存症患者から必要とされていることに充実感を抱くと同時に、完治してしまえば自分は必要とされなくなる不安を抱えています。

話を馴れ合いの関係に戻すと、

  • なんの進歩もない、ベタ褒めを行う。
  • もっともな指摘やツッコミはしない。
  • 馴れ合いに疑問や違和感をもつ人に対して排他的になる。

などの行動は、アルコール依存症患者を結果として完治から遠ざける、イネイブラーの行動とよく似ています。

意識高い系同士で、スケールのでかいことばかりを無批判に褒め合うけれど、現実的にそれが可能かどうかについて話を詰めていくとなると「ネガティブな意見はよくないよ」と(ネガティブな)と、最もな事を言われて無批判に褒め合う関係に、優しく引き戻される。

自分のクズさ加減を反省して自分を変えたい決心して思っても「そんなクズな自分でもいいじゃないか」と、ありがたいけどせっかくの決心を折るような言葉を投げかけられる。

馴れ合いの関係が異様になる背景には、味方になって優しく寄り添うように見えて、実は馴れ合いを悪化させているだけのイネイブラー(支え手)の存在がいるのです。

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弱い自分を無条件で受け入れてくれる、馴れ合いの関係の恐ろしさ

馴れ合いの関係に陥る原因として、現実逃避で精神的な安心感を得たい気持ちが影響していると考えることができます。

  • 仕事が上手くいかない、怒られてばかりで辛い。
  • 勉強やスポーツで他者と競争することに恐怖を感じている。

など、自分が傷つくような場面でも、誰もがその辛さや怖さを素早く克服して、また頑張れるだけのしなやかなメンタルを持っているわけではありません。

ストレス耐性が弱くて些細なことで傷ついてしまう人や、豆腐メンタルのように打たれ弱くてすぐネガティブになる人には、辛い現実から一旦避難して傷ついた自分を回復させる場が欠かせません。

馴れ合いの関係は、傷ついた自分を回復させる場所として非常に相性がよいものです。

肯定的な意見で自分を慰めてくれる人が多く、現実逃避している自分を責める人もまずいないし、むしろそんな自分でも受け止めくれる「ゆるさ」がある。まさに、ストレス社会のオアシスと言ってもいいでしょう。

しかし、馴れ合いの関係の居心地の良さに魅了されてしまうと、次第に、現実と向き合うことが辛くなる…すなわち、馴れ合いの外の関係に戻りづらくなります。

馴れ合いの外に出れば、怒られたり、競争にさらされたりで不快な思いをするのは明白。かと言って怒られないように勉強したり、競争で優位になれるように自分を鍛えるのはめんどくさいしやりたくない。

そんな、クズでどうしようもない自分ですらも馴れ合いの関係は暖かく迎え入れてくれる。馴れ合いの中にいれば、見たくない現実なんて無視しても肯定して暖かく受け入れてくれるから、馴れ合いの関係に引きこもり、外の関係を持つことを拒む。

結果として自分がすべき勉強、仕事、トレーニングなどを放置し、堕落しすぎて社会からドロップアウトしそうになっても、馴れ合いの中にい続ければずっと見たくない現実と向き合わず、心穏やかに暮らしていける。

もしも、生活が苦しくなれば、馴れ合っている人の家にお邪魔すればいい…と、とことん自分を甘やかしつつ、そして周囲もこれを止めようとしない。

むしろ止めようものなら、お互いに馴れ合いの関係で享受している居心地の良さが失われる不安を感じるので、お互いに肯定して受け入れてしまう。

共依存状態の馴れ合いになりその先に破滅の未来が待っていようとも、破滅するのは自分一人だけではないという妙な安心感のせいで、依存している者同士、仲良く堕落と破滅への道へと突き進んでいくのです。

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余談 ブロガーの世界と馴れ合い

…といっても、具体的に破滅がどういうものか抽象的なので、ここでいくつか例を挙げます。

  • マルチ商法・ねずみ講など、人間関係を食い物にするビジネスに巻き込まれて、借金を抱える。
  • カルト宗教や胡散臭い自己啓発セミナー、スピリチュアル系にのめり込み、コミュニティ以外の人間関係を失う。
  • 仮想通貨、株、FXなどの金融商品を購入して大損、あるいは借金を抱える。
  • 炎上ブロガーのように、サラリーマンや公務員を顔出しで批判して、デジタルタトゥーを残したり、情報商材を販売する。

など、見るだけで「…あっ(察し)」となるような破滅が、馴れ合いの先に待ち受ける破滅のいい例です。

とくに、最近では「ブログで稼げる」と豪語し、自らプロブロガーと称してブロガー同士で馴れ合って炎上まがいの行動を褒め合い、持ち上げる、あたかも人気で有名人であるかのような演出をして、見る人(情報弱者)に錯覚をさせて胡散臭い情報商材を買わせたり、なんとも言えないオンラインサロンに誘導する光景をよく見かけます。

もちろん、こうした胡散臭い商売に対してまともに批判する意見もありますが、それらは「アンチが嫉妬しているだけ」と決めつけるのがブロガーの特徴。

「自分が悪いのではなく、アンチコメをする他人が悪い」と自己正当化し、ネットにアップした自分の言動を客観的に見れなくなるだけでなく、行き過ぎた言動すらも、同業のブロガーに肯定されて、ますます行動はエスカレート。

ブログで稼ぐことこそ誰もが持つべき理想であると言い張り、それ以外の職業はオワコンだのAIに奪われるだの、不確かな根拠で不安を煽り、ブロガーという職業(?)を選んだ自分たちを褒め合い、たたえ合う。

こうした馴れ合い、もとい駄サイクルにのめり込めばのめり込むほど、ブロガー以外の人…つまり、客観的かつ公平な立場からで意見をする人や、見なきゃいけないけど見たくない現実を突きつけてくれる人と関わることが辛くなり、結果として自分の生き方の幅を狭めるだけになるのではないか…という不安を感じます。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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