メンタルが弱い人が嫌い、うざいと感じる理由

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メンタルが非常に弱いために、些細なことですぐ落ち込む、機嫌を悪くする、過度なネガティブ思考に陥ってしまう人に対して、心の奥底で嫌悪感を抱くものの、その嫌悪感を表沙汰にすることはさすがに自分の評判に関わるのでできず、悶々とした気持ちに悩まされている人はきっと少なくないと感じます。

もしも、自分が感じている不満や怒りをぶちまけようものなら、メンタルが弱く落ち込んでいる人を萎縮させてしまい、まるで自分極悪人になったように感じてしまう。

内心は「メンタルが弱い人って、本当にめんどくさい」と感じていてもそのことは口にせず、穏やかなキャラを演じれば、自分の本音を抑圧するストレスに悩まされることでしょう。

今回は、そんなメンタルが弱い人に対して、なぜ嫌悪感やストレスを感じるのかについて、お話いたします。

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些細なことでも「傷ついた」と感じるので扱いが難しい

メンタルが弱い人は、非常に繊細で打たれ弱い。つまり、些細なことですぐに「他人から攻撃された、嫌われた、否定された」と感じてしまうため、関わる際は何気ない言葉遣いであっても、相手を傷つけてしまいかねない言葉が含まれている可能性があるため油断ができません。

もちろん、言葉のコミュニケーションだけでなく、話す声の大きさやスピード、話している時の態度や仕草の中からも「傷つけている」と感じる要素を感じてしまうと同時に、ひどく落ち込んでしまうことがあるので、関わる際は非常に気を使わなければいけません。

とくに困るのが、相手を叱る、指導する場面です。並みの叱り方でもひどく落ち込んだり、恐怖のあまりに叱られた内容が頭に入らず、ただただ怖さばかりが残ってしまいトラウマを作ってしまう事もあり、扱いの難しさが際立ちます。

多少叱られても自分で立ち直れる丈夫なメンタルの人と比較すると、どうしてもメンタルの弱い人は、普通に叱るだけでも気苦労が多くて扱いづらい。また叱った後のフォローにも余計な労力がかかってしまい、コミュニケーションコストの高さが際立ちます。

更に、散々コミュニケーションコストをかけたからといって、メンタルの強い人以上の活躍をする事は非常に稀。労力をかけた割には、仕事等でその労力に見合う活躍をしてくれることがあまり期待できず、ただ労力の無駄遣いをしているように感じてしまうからこそ、メンタルの弱い人に対してポジティブな印象はつきづらいと言えます。

…もちろん、人間関係に効率(コスパ)を求める考え方事態、あまり気持ちのいいものではありませんが、即戦力やコミュ力が強く求められている昨今において、やたらコミュニケーションコストを要する割には、それに見合う対価が得られにくいメンタルの弱い人が、疎まれるのも無理はないように感じます。

グループ内でメンタルの弱い人ばかりに構って起きる苦悩

自分があるグループに属しているとした場合、メンタルの弱い人に対してコミュニケーションコストを割くと、まるで自分がメンタルの弱い人ばかりを特別扱いしていると思われて、グループ内の他の人から不満が集まってしまう。

また、その状況をメンタルの弱い人も感じ取ったことで「自分のせいで辛い思いをさせてすみません」と言って来たことに対して「そんなことありませんよ」という反応を返してしまう。

内心は「謝罪をするぐらいならもっとメンタルを強くしてほしい」と思っているものの、そのことを言えばメンタルの弱い人をひどく傷つけてしまうであろうことが容易に想像できるので、表面的には穏やかな人でいつつその場をなんとかしのぐ…という具合に、グループ内でメンタルの弱い人と関わる場合は、非常にめんどくさい事態になって疲弊することが目立つものです。

もちろん、部下や後輩のようにグループ内にて後進を育てる役目を与えられたとなれば、面倒でも育てなければなりませんが、上でも述べているように労力がかかる割には、それに見合う成果を出すスピードはメンタルの強い人と比較すると遅い。

即戦力となる人材を育てられることが求められていれば尚更、メンタルが弱い人を育てるコスパの悪さが際立ち、好印象を持てなくなってしまうのです。

メンタルの弱い人のサポートに尽くしても、労力に見合うお返しが手に入りづらく不平等感を覚えやすい

コミュニケーションを含めて、メンタルの弱い人に何らかの労力をかけ尽くす関係になった場合、その労力に見合うリターンを要求しづらいだけでなく、いつも自分が尽くし続ける側になってしまう問題があります。(なお、ここでいうリータンとは、仕事で成果を上げる、金銭的な対価を得る他にも、感謝される、承認されるなどの精神的な対価も含む)

仕事や部活など、ある目的のために属している集団での出来事ならともかく、恋人や友達関係のように(まず)利益が絡まない関係だと、尽くし続けるうちにしんどさを感じて、関係を絶ちたくなる気持ちに駆られてしまう。

また、図々しいのは承知で「ちょっとは感謝の気持ちを示してほしいなぁ」と、やんわりと言っても、その言葉ですら相手の繊細なメンタルを傷つけてしまうことになるので言いづらい。

結果として、こちらばかりがサポートして尽くす側になり続けるも、相手からは尽くしていることに対する見返りは不十分であり、不平等感が募ってしまう。

誰かに対して無条件に尽くすことに充実感を見出す人ならまだしも、相手とギブ&テイクの対等な関係を築きたい人からすれば、メンタルの弱い人に関われば、自分ばかりが損をする気持ちに襲われてしまいます。

傷つきやすいメンタルをカバーするために、他人のせいにする癖が身につくと厄介さが増す

メンタルが弱い人の中には、メンタルの弱さで苦しまないために、自分が何か過ちを起こしたとしても、その過ちを徹底的に否認すると同時に「自分ではなく他人が、環境が、社会が悪い」と責任転嫁する癖を身につけてしまう人もいます。

責任転嫁すれば、些細なことで落ち込まなくても済みますが、そのために背負ってもいない責任を転嫁されてしまう側からすれば非常にいい迷惑で厄介です。

持ち前の繊細さ故に、些細なことで「あの人は私を傷つけた!」と主張して、他人に対して威圧的な態度を頻繁にとる。

あまりの理不尽さに苦言を呈しようものなら「やっぱりこの人は、私に明確な悪意がある」と確信し、被害者のポジションをとり周囲の同情を誘いつつ、加害者と認定した人を責めようとする。

いわゆる「繊細チンピラ」というネットスラングにもあるように、些細なことで傷ついたと感じて自分の無茶な要求を他人につきつけてくるため、メンタルが弱い人の中でもとりわけ嫌われやすい人、できれば関わりたくない人と言えます。

余談 「自責の念による反応増幅仮説」からみるメンタルが弱い人

心理学では「自責の念による反応増幅仮説」という説があります。

これは、相手に対して傷ついた素振りを見せると、相手が自責の念を感じるものの、自責感情に耐え切れず「傷ついた素振りを見せる人の方が悪い」と、嫌悪感を募らせてしまう心理を指します。

自責の念による反応増幅仮説をもとに考えると、メンタルの弱い人が些細なことで「傷ついた」という反応を見せる事は、結果として自分に対する嫌悪感を他人に植え付けさせてしまう。つまり、自ら他人に嫌われるような行動をとっているとも言えます。

メンタルの弱い人は、繊細であるために傷つくことは多いかもしれませんが、あからさまに「傷ついた」という反応を見せず、毅然とした態度を取ることもまた、人間関係を築く上では大事と言えます。

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