恋人がいない人、できない人は周囲からどのような人だと思われているのか

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クリスマスイブといえば恋人たちにとっては大切な日として有名です。

しかし、その一方で「クリぼっち」というクリスマスに一人ぼっちで過ごす人のことを表した若者言葉のように、クリスマスに独り寂しく過ごすことを自虐ネタとして言ったり、クリスマスに恋人も作らず過ごす人のことをどこか寂しい人、おかしい人と見る風潮もあります。

もちろん、クリスマスに限らず仕事が学校でも恋人がいない人のことを見下す風潮がありますが、恋人がいないor生まれて一度も恋人がいないということは決して恥ずべきことでも、卑下することでもありません。

今回は恋人がいない、今までできたことがない人についてメンタルの側面からお話しいたします。

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恋人がいない人は周囲からどう思われているのか

コミュニケーションが下手で他人と心を通わすのが苦手である

誰かと恋人になるためには、表面的で薄っぺらいような人ではなく、親密でしっかりコミュニケーションができるような人であることが重要です。

恥ずかしい事やちょっと言いにくいことなどを話し合い、お互いに心を開くからこそ仲良くなり恋人になれるものです。

しかし、恋人がいない人はそのような誰かと親密な関係になれるほどコミュニケーションが上手くなく、どこか自己中心的である、他人に心を開くことができない人だと思われることがあります。

他人に対して自分から心を開くことができないので、恋愛対象として見られることも無くなり、ただのモブ、一般人として思われてしまいます。

同性愛者・無性愛者などの性的マイノリティだと思われている

恋人がいない人は、異性に恋愛感情がわかなかったり、男女関係なく恋愛感情が沸かない人だということもあります。

ここ数年で話題になったLGBTのように、恋愛の形も決して精神・肉体ともの男と女の関係だけが正しいというわけではないのです。

もちろん、現代では恋人がいない人に対して「お前は同性愛者だろ?」と聞くことは異性間であろうと同性間であろうとセクハラに当たる可能性があり、なかなか聞きにくいものです。

しかし、恋人いない人のことを内心では「ひょっとしてあの人は性的マイノリティなのではないか?」と、好奇の目で見ている年代の人もいることを覚えておきましょう。

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みんなが当たり前のようにする「恋愛」をしないので、どこか劣っていると思われている

恋人がいないということは日常的にあまりポジティブな意味使われる事はありません。

早ければ幼稚園の頃から、大体は自我が芽生える思春期(中学・高校)になれば、当たり前のように誰かが好きになる、恋人ができるものだと思われています。

このようにみんなが当たり前のように恋愛をしている状況では、恋愛をしない人、恋人がいない人には、性格や人格に何かしらの問題があると思われたり、惨めな人という偏見で見られることがあります。

また、みんなが当たり前のように恋愛しているのに自分だけ恋愛をしないのはおかしいという考えに縛られて、その気もないのに無理に告白して辛い思いをすることも、恋愛に対する苦手意識や忌避感を抱く原因になっていると考えられています。

とくに中学生や高校生のようにはやく大人になりたい、大人の仲間入りをしたいと思う年齢の子供にとっては恋愛は強い憧れの一種とも言えます。

この考え方が強くなりすぎると「恋人ができなければいつまでも精神的に子供のままである」という考えにつながり、社会人になっても恋人がいない人を見下したり、いつまでも恋人ができない自分を未熟な大人であると自分で自分を苦しめる原因になってしまうことがあります。

恋愛で傷つくのが怖く、行動力がないと思われている。

恋愛は自分一人で完結できず、必ず自分以外の誰かを巻き込んで行われます。

当然、思いが通じて両思いになることもあれば、振られて辛い思いをしたり自尊心やプライドが傷つくこともあります。

恋人がいない人は、振られる経験を通して自分が傷つくのを恐れるようになった弱腰な人、積極性がない人と思われることがあります。

また、人生で一度も恋人がいない人は、自分から恋人を作るための努力をしていない、行動力のない人だと思われてしまうこともあります。

もちろん、恋人の有無だけで行動力があるかないかを決め付けることはできませんが、「恋愛に対して男はガツガツとアタックすべき、努力すれば恋人は作れるはずだ」という、考え方で恋人がいない人、できない人に寄り添わず、主観的なアドバイスで余計なストレスを与えている人は少なくありません。

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「恋人はいて当然」という考えは恋人ができない人だけでなく自分自身も苦しむ原因に

昔と比べるとだいぶ減りましたが、依然として「恋人がいることが社会的なステータスである」「一人前の大人なら当然恋人がいるべきである」という考え方の人は少なくありません。

確かに恋人がいる人は異性から見て、容姿であったり経済力であったり、性格・家柄などの魅力を他人から認められているという見方はできます。

しかし、恋人がいない・できないからと言って、決してその人が魅力のない人だと決め付けることはできませんし、「自分は恋人がいないから全てにおいて魅力の無い人間だ」と落ち込むはおかしい考え方です。

人の魅力は恋人の有無だけで決定されるわけではなく、恋人がいなくてもスポーツや学問の分野で立派な功績を残している人もいれば、自分の趣味や仕事に熱意を注いでいる人もいますし、投資や起業などで着実な経済力を持っている人もいます。

誰かを評価する軸や価値観は決して「恋愛」のみだけではないことは明らかなはずです。

しかし、スポーツや学問、起業とは違い、恋愛はだれにでもできるもの。恋愛はして当然なものという考え方が強せいで、恋愛ができない人は周囲から見下される傾向があります。

また、恋愛しない人も恋愛できない自分を劣っている人間だと責めてしまうことがあります

「○○できて当然」という考え方は、「○○できない人」を見下して不快感やプレッシャーを与えてしまうだけでなく、自分が「○○できない人」になってしまったときに強いストレスを生む原因にもなってしまいます。

ストレスの原因が自分の考え方にあるのなら、少しづつストレスの少ない考え方ができるように自分で考え方の歪みに気づき、直していくことが大切になります。

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恋人がいない・できない事が悩みになっている人へのアドバイス

恋人の有無だけで自分の価値を決つけめないようにする

恋人の有無だけでは、その人が素晴らしい人なのかどうかを決め付けることはできません。

恋人の有無もある集団内で通用する価値観の一つにしかすぎず、無理にその価値観に合わせて自分でストレスを抱えたり、誰かを威圧しマウントを取るため材料として使ってしまうのはよくありません。

人生において恋愛に重きを置いている人もいれば、勉強や仕事、趣味やスポーツに重きを置いている人もいます。また、恋愛だけ、仕事だけと限定せず色んなことに挑戦して実に多様で豊かな価値観を持ることで幸せになっている人もいます。

恋人や恋愛だけが自分を支配し苦しめる価値観となるまえに、多様な価値観を触れて、そのどれもを尊重できるように心がければ自他共に豊かな人生を送れるようになるでしょう。

恋人がいない事を煽られても平常心を保つようにする

「なんで結婚しないの?」「なんで恋人がいないの?」と聞いてくる人の中には、もちろん純粋な疑問から聞いてくる人もいますが、中には煽りやマウントを取るためだったり、いじめたり笑いものにする目的で聞いてくる人もいます。

学生に限らず大人でも恋人がいない人のことを馬鹿にしたり、ネットで「恋人がいない奴は人間的に問題がある」という言葉をつぶやき、それに便乗してくる人は少なくありません。

もしも自分に対してそのような目的で恋愛に関する質問をされた場合は、相手にしない、平常心を保つようにすることが大切です。

恋人がいないということを負のイメージを感じたり、そのことが自信をなくす原因になっている場合は、恋人の有無に関わらず今の自分は何も恥ずべきことはないと肯定し、自信をつけることが大事です。

恋人がいない事を自虐ネタに使うのは控えるようにする

よく「自分は恋人いない歴=年齢なんだ」と恋人がいないことを自虐ネタにしている人がいますが、恋人がいないという自虐ネタは、結果として同じく恋人がいない人はいじってもいいという許可を周囲に与えてしまうことにつながります。

もちろん、自虐ネタを完全に止めるべきだという訳ではありませんが、自分を卑下して笑いを誘うという自虐ネタは、結果として自分が卑下したネタ(今回なら「恋人がいない」)で他の人を傷つける手助けになってしまうことがあります。

笑いのネタのために、自分以外の誰かを傷つけて周囲が盛り上げるのはよくあるいじり、行き過ぎるといじめになります。自虐ネタの場合は、傷付けるのは自分自身で周囲が盛り上がっているという構図であり、どちらも誰かが傷ついていることには変わりはありません。

自虐ネタは自分だけが傷ついているように見えて、実は自分と同じ恋人がいないなどの自虐ネタになる特徴を持っている人…例えば、低身長、頭が悪い、髪が薄い、友達がいない、不細工、太っている…などの自虐ネタは同じコンプレックスを持つ自分以外の誰かに対してプレッシャーをかける可能性があるということを覚えておくようにしましょう。