体育会系の部活動やスポーツの指導をしている人にとっては、練習に対してやる気や熱意の感じられない無気力な選手を見ると、どうしても注意をしたくなる、やる気を出せと一喝してしまう場面は多いと思います。
やる気のない選手がいると、チーム全体のモチベーションを下げたり、練習中にふざけて他の選手の迷惑になったり怪我をさせてしまうリスクが高まります。やる気のない選手は個人の問題に留まらず、他のメンバーにも悪い影響を与えてしまう原因となってしまいます。
また、自分がせっかく熱心にコーチングをしているのに、練習に対してやる気のない選手を見かけると、怒りや不満を感じて指導に支障が出てしまう原因にもなります。
しかし、やる気がない選手は必ずしもその選手個人にのみ原因があるというわけではありません。
むしろ、今までやる気があって積極的に練習に取り組んできた真面目な選手ほど、無気力になりやすい性格や考え方をしているということがあります。
今回は体育会系のよくある指導法やコミュニケーション、マッチョイズムな文化ゆえに起きてしまいがちな「無気力症候群」に関してまとめていきます。
無気力症候群とは?
無気力症候群(アパシーシンドローム)とは名前のとおり、気力が湧かず無気力になる病気です。部活に対するやる気が起きない、やる気が起きないのでダラダラ過ごしてしまう、集中力がない状態になります。
無気力症候群になる原因は…
- 精神的に未成熟で不安定な年頃である。
- 女性よりも男性。
- 勝ち負けや競争を意識しやすい
- 完璧主義
- 人からの評価や期待を気にする人。
などが原因として上がっています。
この特徴を見ていくと、部活動で指導することになる中高生は、実は無気力症候群になりやすい特徴が揃っているということになります。
なお、体育会系の部活なら無気力と聞くと、燃え尽き症候群(バーンアウト)を思い浮かべる人も多いはずです。
燃え尽き症候群も主体性がなく「コーチや親が褒めてくれるから練習している」という生徒や、「何があっても絶対に負けてはいけない!失敗は許されない!」という強い思い込みをしている生徒が陥りやすい症状です。
体育会系なのに無気力症候群になる原因とは。
勝ち負けを強く意識させすぎる
日本のほとんどの部活動、とくに運動部の場合は試合に勝つために練習したり、甲子園やインターハイなどの全国大会に出場するために練習しているところがほとんどです。
そうなると、当然普段の練習から「どうやったら勝てるか」「負けないためには何をするべきか」のように勝ち負けを意識させたり、勝利至上主義に陥る指導になってしまうこともあります。
しかし、過度に勝ち負けを意識させることは、かえって選手を無気力にさせてしまう原因になってしまいます。
勝ち負けを意識しすぎると、負けることに対して過度な恐怖感や忌避感を抱かせてしまうことになります。
試合において負けを恐れるあまりに
- 「勝負をしなければ負けることはない」
- 「試合に負けるぐらいなら最初から試合をしなければいい」
- 「頑張って練習して負けてしまい悔しい思いをするのなら、最初から本気を出さずほどほどで頑張れば傷つかなくても済む」
という考え方をしてしまい、無意識のうちに負けを恐れる心理によりあえて自分から全力を出さないほうが良いという考え方をしてしまいます。
陸上競技や水泳のような個人プレーのスポーツで、勝ち負けを意識させるような指導をしていないのに無気力になってしまう場合もあります。
この場合は、勝ち負けではなく自己ベスト更新やいい記録を出すことが絶対となっており、日頃の練習やコミュニケーションから「自己ベストを更新しない=負け、敗北、失敗」と考えてしまっている事が考えられます。
試合をする以上、常に勝ち続けることは不可能ですので、負けに対して適度に妥協を覚えたり、嫌なことは忘れてリフレッシュするのは、メンタルを強くするためにも効果的です。
男だからという理由で厳しく指導する
無気力症候群になるのは女性よりも男性の方が多いという研究結果が出ています。これは男性の方がスポーツに限らず、勉強や仕事などで競争をする場面が多く、優劣をつけて他人から評価される場面が多いことが原因として考えられています。
日本、それも体育会系の部活だと「男=強く逞しい存在」「女=か弱い存在」という価値観に基づいて指導しているために、なにか男の生徒に対してきつい言葉や大声で威圧するような指導をする人も少なくありません。
また、指導する側が男性であれば、女子選手よりも男子選手の方が指導しやすい、つまり多少強い口調で指導をしたり、怒鳴っても大丈夫と考えている事も多いです。
厳しい口調で接するとたしかに気が引き締まりますが、一方で勝ち負けに敏感になってしまい、無気力症候群を引き起こすリスクが高まります。
また、厳しい口調ばかりだと、自己肯定感や自尊心が育ちにくく、スポーツをするにあたって大切な「自信」を奪ってしまうことにもつながっています。
思春期の微妙な心理を分かっていない
体育会系の生徒と言っても、部活を離れればまだまだ未熟な面の多い男の子、女の子です。
大学生や社会人のように自分の気持ちをコントロールしたり、自分の意見をしっかり持てるほど、精神的に成熟している、つまり大人になっているというわけではありません。
それなのに、大学生や社会人に指導をする感覚で思春期の中高生を指導していては、うまくいかない事も多くなります。揺れ動く思春期にいるからこそ、大人のように我慢ができない事もありますし、不満があれば反発したり反抗するものです。
また、未熟であるがゆえに、コーチに好かれようと頑張って「いい子」を演じたり、コーチの期待に応えられるように無理をしたり、完璧主義や「100点か0点か」のような極端な思考に陥ってしまうことも少なくありません。
一人の人間として指導したり教えようという考え方であっても、思春期の不安定な心理を理解した上で、自分も生徒も成長できるようなコミュニケーションを心がけることが大切です。
部活で無気力にさせないためにできること。
やる気のある状態には個人差があることを理解する
やる気やモチベーションには個人差があるということを分からずに、自分の中でやる気のある選手像がひとつしかないまま、指導をしているというケースを見かけます。
例えば。練習中にやる気があるかどうかを判断するのに「声を出しているか」ということに注目する指導者は多いです。
もちろん、声を出して積極的に練習に取り組む姿勢はやる気があると判断されますが、かといって「声が出ていない=やる気がない」と決めつけけてはいけません。そのような決めつけが多いと、「コーチから怒られないために声を出す」という場面が増え、練習の効率を上げるために大切な自主性が育ちにくくなります。
声を出していなくても、例えば練習前後の片付けをしている、自主練をしている、練習日記を付けている、などの行動からやる気があると判断することもできます。やる気のある状態は人それぞれ違いがあるということに気をつけましょう。
部員一同で同じ目標を目指すのであっても、その目標達成までの道のりは人それぞれです。集団で練習をしたほうが効果的な部員もいれば、自分のペースでやったほうがいい結果がでやすい部員がいるのも当然です。
「このやり方、練習が正解であり、それ以外は間違っている!」というテストのような「○か×か」を付ける指導法になっていないか考えていくようにしましょう。
また、できれば生徒自身が自分にぴったりのやり方や練習法を理解できるように、指導することも心がけてみるのがいいでしょう。
部活に対する動機や目的は人それぞれ違うことを理解する
日本の部活動、とくに運動部や吹奏楽部などの一部の文化系の部活に多いのが、部活に入った以上は上を目指す、全国を目指すのが当たり前という文化。
当然全国を目指して努力をすることそのものは素晴らしいことですが、全員が高い目標を持って練習に打ち込んでいるというわけではありません。
また、部活動に勝利や学生生活のすべてを捧げるのではなく、あくまでも体を動かすことを楽しむ事や、体力を向上させるための健康に配慮した部活動を取り入れる学校も出てきています。
そのことは、部活動に勝利や記録以外の目的を持った学生の存在が、今まで以上に認知されるようになっているとも言えます。
思春期の特有の複雑な心理を理解する
中学生や高校生の頃は、「自分とは何なのか?」「自分らしさって何なのか?」というような、自画同一性(アイデンティティ)を育てていく大事な時期であり、社会人や大学生と違って精神的にも未熟で不安定な状態にあるといえます。
こういった精神的な未熟さは男子、女子関係なく存在しており、当然運動部に所属しているから、精神的に成熟しているはずだ、と決めつけてはいけません。
精神的に不安定な時期だからこそ、はっきりと自分の意見や言いにくい、自分がいま何に悩んでいるのか、何に困っているのかをうまく言葉にして伝えることができておらず、やる気が出ていない本人も苦しみもがいているという事を理解していくことが大切です。
単純に「やる気がないから帰れ!」「好きにすればいい!」と切り捨てるのではなく、選手の気持ちに寄り添ったり、ロールレタリングなどの方法を用いてコミュニケーションをして、性格や考え方の癖を選手も指導者も理解できるようにしていきましょう。
ブラック部活動になっていないか気をつける
最近では、過度な勝利至上主義を掲げて精神的に追い詰めたり、休む時間がなく怪我や故障にさせるだけでなく、学業にも影響が出るような行き過ぎた部活動が問題になっています。
過労死や違法な残業を繰り返す「ブラック企業」や自爆営業などを行う「ブラックバイト」にならって「ブラック部活動」と呼ばれ、TVでも取り上げられ問題になっています。
ブラック部活動は、部活をしている生徒やその家族だけでなく指導者や顧問の先生も苦しめます。精神的耐え切れない過酷な状況では、やる気が出ないのが普通であり、やる気が出ないことを責めるより過酷な状況を変えていく事が大切になります。
我慢は美徳という考え方で部活に挑んでいては、いつか破綻して無気力になったり燃え尽き症候群になるリスクが高まります。