仲良しアピールがどうしてうざいと感じるのか

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「私たち友達だよね」と、お互いに仲がいいことを確かめるためにベタベタくっついてきたり、ネット上でお互いにコメントを取り合う光景(=仲良しアピール)は微笑ましいように見えて、実際にはだるい、めんどくさい…と感じている人は多いものです。

仲良しアピールをすることは、お互いの絆を確認するための行為である一方で、お互いに束縛しあったり、仲良しアピールに乗らなければ「ノリが悪い人」と認定されて仲間ハズレにされてしまう恐れがあり、非常にややこしいものです。

また、一般的に「仲が良いこと=無条件で良いこと」だと考えている人が多く「仲が良いことは本当にいいことなのか」とひねくれた目で考えている人はあまり見かけないものです。(そもそもひねくれた目で見たことが分かれば、友情崩壊を招きかねませんし…)

そんな仲良しアピールをすることそのものに疑問や違和感を抱きにくいという状況が、仲良しアピールが嫌いな人が生きづらさを感じる原因の一つだと感じます。

今回は、仲良しアピールに関する心理やめんどくささについてお話しいたします。

仲良しアピールに隠されている心理

友達への漠然とした不信や不安がある

仲良しアピールはリアルの世界でも、ネットの世界でも行われているものです。

  • 「私たち友達だよね」と話し合う。
  • (ネット上なら)アイスバケツチャレンジの時のようなバトンリレーを行う

など、コミュニケーションの形こそ違いますが、根底にある「お互いの仲の良さを確認する」という心理が共通しています。

このように確認しあうのは、友達関係が親子関係や夫婦関係とは異なり公的な書類や根拠で説明しにくい不安定な人間関係であることが影響しています。

例えば、夫婦関係なら婚姻届や結婚指輪という客観的な根拠があるので「私たち本当に夫婦だよね?」と仲を確認することはまずないでしょう。(逆に根拠が明確な分、離婚届のように関係を切るのも容易いと言えますが…)

しかし、友達関係は、具体的に挨拶する程度のゆるい友達もいれば、毎日遊んだりお互いの家に通いあう濃い友達もおり、明確な友達と呼べる最低限の基準すらアバウトです。

そのアバウトさゆえに「本当にあの人と私は友達なのだろうか?」という漠然とした不安を抱きます。

そして、不安を解消しようとする心理から「私たち友達だよね?」と確認の意味で仲良しアピールするのです。

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キャラらしくない行動から逸脱をすることを認めない

とくに若い人の友達関係は、何かしらの「キャラ」を演じることでコミュニケーションを円滑にしたり、グループの一員となることが重要視される傾向があります。

例えば、「いじられキャラ」になって他の友達からツッコミやいじりを受ける立場に収まることで、自分が所属している友達グループ内で一定のポジションを手にし、関係を深めていくことができます。

いじられキャラの他にも、

  • 天然キャラ
  • おバカキャラ(=お調子者)
  • 真面目キャラ
  • 体育会系
  • 陰キャラ、陽キャラ

など、何かしらのキャラを受け入れることは、手っ取り早く人間関係の輪に入って円滑なコミュニケーションがしやすい利点があります。

しかし、一方で一度定着したキャラは簡単には変えにくく、演じているキャラと本当の自分の性格との乖離に苦しんでしまうという問題もあります。

グループ内の一人が我慢できずにキャラを変更してしまうと、今まで通りのキャラに則ったコミュニケーションができず混乱を招いてしまう恐れがあるものです。仲が良い関係であれば、そんな事になるのはどうしても避けたいものです。

しかし、ストレートに「キャラ変更は認めない!」と言えば反発を受ける恐れがあるので「○○はやっぱ△△キャラがお似合いだよね」と、表面的には仲良しアピールをするように見せかけてキャラ変更をしないように圧力をかけるのです。

その裏では「いじられキャラならずっといじられキャラのままでいるべきだ」というような、現在の関係を崩すような出しゃばった真似を禁じる保守的な心理が伺えます。

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しっかり空気を読める友達かどうかを試している

友達関係に限ったことではありませんが、空気を読み、その空気に従った行動がしっかり出来ることは、人間関係に溶け込むためには大事なスキルの一種ともいえます。

空気が読めず勝手な行動をしたり、勝手な行動のせいで他の人に迷惑を失礼を働くようなことを自分の友達がしでかそうものなら、とばっちりをくらう羽目になりかねません。

自分の評判に泥を塗らないようなちゃんと空気が読める友達であるかどうかを確かめる意味合いも兼ねて「私たち友達だよね?」と仲良しアピールを行うのです。

もちろん、アピールに対する正解は、(空気を読めているのであれば)「うん!友達!」という肯定することになります。

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仲良しアピールがうざいと感じてしまう理由

断りにくい雰囲気やノリで疲れてしまう

友達から仲良しアピールをされたら、たとえめんどくさくてもそのノリに合わせたり肯定的なコメントを残さなければいけないという気持ちに襲われます。

せっかくアピールしているのに、それに対して無視や否定をしようものなら今までの関係が崩壊するだけでなく「あの人は友達に対して無視・否定した薄情者だ」という周囲の視線を集中的に浴び、あっという間に自分の居場所を失う恐れがあります。

返事をするのはめんどくさいものの、返事すらしなければもっと面倒なことになるのが簡単に想像できてしまうからこそ、とりあえず本音を抑圧して空気を読んでしまうことで、知らず知らずのうちにストレスを抱えてしまうのです。

お互いに束縛しあって不自由な関係になる

キャラ確認やキャラ変更を認めない意味での仲良しアピールは、お互いに「今のキャラのままい続けるべきだ」という束縛の意味合いが込められているために、不自由さを感じずにはいられません。

例えば、内心は「いじられキャラなんてもう嫌だ」と感じている時に

  • 「お前をいじると場が明るくなる」
  • 「お前はいじられキャラがピッタリだな」

と仲良しアピールをされると「いじられキャラ以外になりたい!」と言い出しにくくなるものです。

ここで、「いじられキャラなんて嫌だ!」と言おうものなら、今までの友情にヒビが入ったり、必死の主張すらいじりの材料にされてしまい自分の本音が認められず失敗に終わることがあります。

また、たとえ嫌なキャラであっても、そのキャラを演じているうちは友達や周囲から存在を認められる…つまり承認欲求を満たすことが出来るので、自分が認められる状況を失うことを恐れている人ほど、自分からキャラを変えることを断念してしまうのです。

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「仲良しアピールに参加しなければ仲間ハズレにする」という薄情さに辟易とする

仲良しアピールには「絶対に参加しなければいけない」という法律や校則があるわけではありませんが、事実上アピールをされたそれに参加する以外の選択肢はないと言ってもいいでしょう。

仲が良いのだからこそ、空気を読んでアピールに参加するのが当然という暗黙の了解があり、それを守ることこそ仲が良い証拠といえます。

しかし、参加するにしても勉強や仕事など忙しかったり、友達には関係ない個人的な事情で余裕がないなどの理由で、どうしても仲良しアピールに参加できなかった場合「この人は仲良しアピールに乗れない空気の読めない人だから距離を置こう」という薄情さに辟易とします。

友達を何か自分をよく見せるための道具か何かと勘違いしているかのような自己中心的さによる仲良しアピールは、他人事であってもあまり見ていても気持ちのいいものではありません。

馴れ合いになるのでめんどくさい

仲良しアピールは、一種の快適さや居心地の良さ、快感があるために癖になりやすい行動ともいえます。

気持ちがいいからこそ、何度も確認しあってまるでノロケのように、お互いがお互いに束縛して馴れ合いや共依存のような関係になるのです。

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仲良しアピールで疲れないために

仲良しアピールはたしかに仲がいいもの同士でお互いに満足する意味でやるのなら楽しいものですが、上で触れたような友達だけでなく自分の自由を奪ったり、友達を威圧して服従させてしまう危険性もあります。

とくに、SNSの発達でネットを使えばいつでもどこでも友達とコミュニケーションが可能になったり、今までなら出会えなかった人とも友達になれる素晴らしい時代になったからこそ、お互いに辛くならないような適度な距離間を探ることが、長く関係を続ける上では大事だと感じます。

そもそも本当に快適な仲なら、わざとらしい仲良しアピールなんてする必要もないのでしょうが、仲良しアピールをしなくても仲良くいられる関係こそ、お互いを尊重しあえるためにも目指してみるべき価値はあると感じます。

なお、余談ですが、東日本大震災の後によく使われるようになった「絆(きずな)」という漢字には

  • 良い意味:友情、愛情、親密な間柄という意味。
  • 悪い意味:しがらみ、束縛、切りたくても切れない間柄という意味。

という二種類の意味があります。

仲良しアピールにより心理的な距離間をやたらと近づける人から感じるめんどくささは、後者の意味に近いものだと考えることができます。

友達であっても近づけば近づくほどに、めんどくささも増えるものだということを踏まえること。

そして、必要であれば距離を置くことも友達関係においては大事ということを、頭の片隅にでもいいので覚えて頂ければと幸いです。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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