うつ病をはじめとした精神病を経験しているとか、打たれ弱く精神的な弱さを持っているとか、不登校・引きこもりの経験があるだとか、コミュ障で友達がいない(=ぼっち)だとか、いじめ、虐待、DVの被害者であったとか…この手のいわゆるネガティブな経歴をビジネス絡みでアピールしている人を見ていると、どことなく違和感というか、引っかかる点を感じることがあります。
まるで、ビジネスとしてネガティブな経歴を利用し、金を稼ごうとしている…それも、高額の情報商材や自己啓発セミナー・個人コンサルティングへの勧誘のために、あえてネガティブな経歴を大体的にアピールしている人が、主にSNSやYouTubeなどのネット上でやたら登場してきている光景を見ると、なんだか複雑な気分になります。
言い方は悪いですが、社会的弱者の良き味方・理解者というポジションを取りつつも、結局は社会的弱者や精神的に弱っている人達を養分にして甘い汁を吸おうとしている…ように見えてならない。
今回は、そんなビジネスとしてメンヘラや社会不適合者を名乗る人達を見ていて感じることについて、お話いたします。
目次
メンヘラ・社会不適合者であることがネットではステータスになってしまう
つい先日、不登校の小学生youtuberがネット上で話題になり、一躍その名が知れ渡るという出来事がありました。[※1]
一般的には、「不登校=ネガティブなもの、触れてはいけない話題」という具合に、およそ社会的なステータスや誇るべきものにはなりえないと考えうのが自然でしょう。
そんな中、ネットではこの小学生youtuberが持つ「不登校」の表記が起爆剤になってか、賛否両論を呼びつつも注目を浴びることには成功。動画の再生数は大幅に増加という結果になりました。(ただし直近の動画は、低評価の割合も大幅に増加していたが…)
このように、ネット上で人気者になるとか、多くの人に拡散され知名度を上げるという点では、メンヘラや社会不適合者などの一般的にネガティブなものとして考えられている要素が、一種の人目を引くステータスとなり、大きな強みと化します。
ネガティブな経歴であれ個性は個性であり、物珍しさや意外性もあってか無個性、没個性的なものと比較して注目が集まりやすい。そして、注目が集まることで、自身のやっているビジネスにも繋げられる可能性も高まる。
更に「かつては不登校だったけど、今は多くの人を束ねる経営者です」というように、お手本的なサクセスストーリーを作り上げれば、個性的且つ魅力的な自分をアピールでき、より多くの注目や称賛、承認も集めることも可能です。(なお、この手のサクセスストーリーの原型は「かつて不良学生でしたが、更生して真人間になりました」である)
…こうした一連の流れを、グレー行為スレスレの胡散臭いことで人気や注目を集めたい欲求に駆られている人が嗅ぎつけているのではないか…と感じることがあります。
ネガティブな経歴を持つ人がネガティブな経歴を持つ人を養分にしているという懸念
冒頭でも触れたように、ネガティブな経歴を名乗る人の中には、いわゆる「お金が稼げるようになりますよ」という具合の、金儲けに関する高額な情報商材を売っている人。
その他にも、自分と同じようなネガティブな経歴を持つ人向けの高額且つ効果が疑わしいカウンセリングやコンサルティング、コーチングなどのサービス、オンラインサロンやメルマガなどのビジネスを展開している人が目立ちます。
これらのビジネスを一概に否定するわけではありませんが、個人的にはネガティブな経歴を持つ人を食い物にしている。つまり、ネガティブな経歴を持つ人をターゲットにした、情弱ビジネスや信者ビジネスが展開されているのではないか…という懸念が拭えません。
「不登校だったとか、友達がいなかったとか、いじめや精神の病に苦しんだ…などの経歴を持ちつつも、今は社会的な成功を収め、経済的にも生活面も充実している」という話を、ネガティブな経歴を持つ人がネット上で投稿をする。
その投稿を見て、同じくネガティブな経歴を持つ人が「自分もこの人のようになれたらいいなぁ…」という希望を持ったところに、その希望が現実のものとなるよう、すかさず情報商材なりカウンセリングなどの商品・サービスを提示する。
もちろん、この商品・サービスの中身が実際に価値なり血肉となる知恵なりがあるのなら違和感もマシにはなるのですが、見ている限りだとお世辞にも中身があるようには思えない。
再現性が乏しかったり、嘘や誇張が含まれているように見えたり、まるで中身のない商品・サービスを売りつけることをメインとした商売を展開しているようにすら見える。
それも、自分と同じネガティブな経歴を持ち、負い目や劣等感を抱いている人を煽って、アコギな商売をしているように思えてなりません。
投稿の中では「あなたの夢を叶えるお手伝いをします」だとか「生きづらさを改善させる」と、ネガティブな経歴を持つ人を助けようとする姿勢や優しく寄り添う態度を見せる。
しかし、実態は自分と同じネガティブな経歴を持つ人を助けるどころか、むしろ経済的にも身体的にも追い込む。
その上で、自分だけ利益や承認を手にする…という二枚舌っぷりに、納得できないモヤモヤとしたものを感じずにはいられません。
「あなたは本当にメンヘラ・社会不適合者なんですか?」と聞きにくい心理を逆手に取っているという懸念
ネガティブな経歴を述べている人に対して「あなたは本当にメンヘラ・社会不適合者なんですか?」と、経歴を疑問視する質問をするのは難しいものでしょう。
下手に質問しようものなら「ひねくれすぎている」「辛い過去を持っている人を疑うのか!」と自分の人間性を疑われる羽目になったり、ネガティブな経歴を持つ人の心に深い傷を残してしまう恐れがある。また、自分自身が良心の呵責を感じて苦しむ恐れもあります。
だからこそ、ネガティブな経歴を持つ人に対しては、その真偽を確かめるような真似はしない。内心は怪しいと思っていても聞こうとしない、その話題には触れることは避けようとするのが自然でしょう。
このようにネガティブな経歴は一度打ち明ければ、周囲はそれを素直に受け入れざるを得ず、経歴そのものに対する疑いの意見は上がりづらい。
こうした一連の流れは、人を騙してまで金や承認を得たいという欲求に駆られている人からすれば、まさに有効活用せずにはいられない好都合な情報と言えるでしょう。
嘘や誇張を含んだネガティブな経歴を自称しても、その経歴に対する疑問の声が出てくることはまずない。つまり、安心して嘘がつきやすい。
加えて、不良学生で誰かと喧嘩をしたり…という具合に多くの人の記憶の中に残りやすいものではなく、引きこもり、陰湿ないじめ、うつ病など、多くの人の目に触れるものでもなく、実際にその経歴が存在していたという多数の証言が集まりにくく、また証明する材料が乏しいものの場合だと、簡単にネガティブな経歴を名乗りやすいし、その経歴に嘘や誇張が含まれていることはバレにくい。(「自称コミュ障」「自称豆腐メンタル」「自称真面目系クズ」のように、そもそも定義や概念があやふやなネガティブな経歴であれば、尚更名乗りやすくバレにくい。そして共感を得られるカモ人を増やすやことも可能。)
そして、嘘や誇張を含む経歴を材料に、自分をネット上で売っていえば、大きな利益を手に入れられる…だからこそ、ネット上では雨後の筍のように、事実化どうか確かめるのが難しいネガティブな経歴を名乗り、自分なり自分の商品なりを売ろうとしている人が、後を絶たないのではないかと感じます。
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※1 「不登校は不幸じゃない」10歳のユーチューバー 沖縄から世界に発信「ハイサイまいど!」(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190505-00000002-ryu-oki)