コミュ障を自称する人の心理について

この記事が気に入ったらシェア

スポンサーリンク

初対面の人に向かって

  • すみません、私コミュ障で…
  • 実はこう見えて私コミュ障で人付きあいが辛くて…
  • 驚かれるんですけど、人見知りが激しくて…
  • この場で言うのも変ですけど、人が話すのが苦手で…

と何かと自分はコミュニケーションが苦手、つまりコミュ障とアピールする人は多くいます。

しかし、コミュ障アピールをする人の行動をよく見ていくと、全然コミュ障でもなんでもなく、普通にほかの人と話せていたり、仲良くしているのを見て「これ、なんかおかしくない?」という気持ちになった人はきっと多いと思います。

いわゆる自称コミュ障」な人がこれにあたり、我こそは真のコミュ障なりと自負している人から見れば、自称コミュ障の人の行動は、自分のアイデンティティを踏みにじられている気がして腹が立つことだと思います。

ぼっちを自称する人が正真正銘のぼっちから疎まれるように、なにかしらのコンプレックスを下手に自称することは、知らないうちに周囲からの反感を買うこともあります。

もちろん、自称コミュ障の人にはその人なりに人付き合いの悩みがあるので、決して否定しているつもりではありませんが、コミュ障を自称する割には人付き合いが上手な人を見ていると、釈然としない気持ちがこみ上げてくるのもまた人間の心理だと思います。

今回は、そんな自称コミュ賞な人に関してお話いたします。

こちらもおすすめ
プライドが高いコミュ障の特徴
コミュ障を自覚している人の中には、自分のプライドの高さが原因となって、人と対等な関係を築けなくなることがあります。 また、プライドの高

自称コミュ障に関する心理学

セルフハンディキャッピング

コミュ障を自称する人に関する心理学用語として「セルフハンディキャッピング」という言葉があります。

セルフハンディキャッピングは

自分で自分にハンデを課すことを指すことで精神的なショックを抑えること

を指す言葉で、何かをする前にやたらとハードルを下げる行動を指します。(セルフハンディキャッピングの例はこちらからご覧下さい。)

セルフハンディキャッピングには、あえて自分にハンデを課したり、ハンデがあることを公言することで、仮に失敗しても過度に落ち込まなくても済む、逆にうまく行けばハンデがあるのに関わらず成功したということで自分を良く見せる効果があります。

コミュ障を自称することで考えると

  • 話が失敗した:先にコミュ障って言っといたんだから、うまく話せなくても「仕方ないよね」と自分も相手も納得しやすい。
  • 話が成功した:コミュ障なのにうまく話せた、自分のコミュニケーション能力の高さをよりアピールすることができる。

という、どちらに転んでもそれなりのメリットがあるのです。

いわゆる「予防線を張る」という言葉にあるように、自称コミュ障を保険替わりに使って、コミュニケーションをよりうまく進めるために利用しているのです。

ちなみにセルフハンディキャッピングには

獲得的セルフハンディキャッピング:自分で自分にハンデを課す。
主張的セルフハンディキャッピング:周囲にハンデがあることを主張する。

の2種類あり、コミュ障を自称する行為は、主張的セルフハンディキャッピングに当たります。

自己開示

自分の性格や特徴、誕生日や趣味など、自分に関する情報を相手に伝えて自分の心を開くことを自己開示といいます。

誰かと仲良くなりたいときは、積極的に自分の情報を相手に伝えて何か共通の話題を見つかると、相手からしてもその共通の話題をもとに会話が広げやすいので、自己開示は仲良くなるためのコミュニケーションの基本と言えます。

また、自己開示は伝える内容も重要で、とくに相手と深く仲になりたいときは、人には言いづらい悩みやコンプレックスを伝えることで相手が共感し、お互いに仲が深まることがあります。

その言いづらい内容として「コミュ障」は非常に便利であり、ほかの話に繋げやすいという特徴があります。

まずコミュ障という言葉が具体的な定義が乏しい。そして、多かれ少なかれ誰かしら一度はコミュニケーションで辛い経験をしていることはあるものです。

なので「実は私コミュ障で…」とちょっと言いづらい話題を話題を投げかけるのは、「私もその経験あります」という同意や共感を得やすい。おまけにセルフハンディキャッピングも可能という実に便利な話題なのです。

スポンサーリンク

自称コミュ障のメリット

自称コミュ障のメリットに関して上に挙げたように

  • 話が失敗しても過度に落ち込むの防ぐ。
  • 話がうまくいったらコミュニケーション能力があることをアピールできる。
  • 共通の話題や共感を呼べる話題として便利

などのメリットがあります。

また、「自称」なので、仮に本当にコミュ障かどうか疑われても「まぁ自称しているみたいだから、間に受けなくてもいいか…」と妙な納得感を相手に与えることもできます。

自称コミュ障のデメリット

コミュ障を自称する癖がついてしまう

セルフハンディキャッピングとして「私コミュ障で…」と言うのは、失敗しても成功してもメリットしかないように見えますが、そうとは限りません。

まず、デメリットとしてあるのがわざわざ言う必要がないのにコミュ障をやたらと自称してしまうことです。

何度もコミュ障だと言い続ける癖が身に付けば、最初のうちは「この人はコミュ障だけどちゃんと話せてすごいなぁ…」と関心していた人も、次第に「ひょっとしてこの人は口癖でいつもコミュ障と言っているだけでは?」と疑い出す可能性も否定できません。

また、しつこくコミュ障と言われることに純粋に腹を立てたり、本当にコミュ障で全く話ができなくて困っている人から反感や怒りを買うこともあります。

また、仕事の場面やコミュ障という言葉をよく知らない年上の方と話すなどの場面では、そもそもコミュ障を自称することそのものが不適切で、自称してしまったがために自分の評価が下がるなどの不利益を受けることもあります。

スポンサーリンク

コミュニケーション能力を高めるための努力をしなくなる

コミュ障を自称し続けると、失敗しても成功してもどちらにもメリットがある分、根本的に自分のコミュニケーション能力を高めるための努力をする気が起きなくなることがあります。

セルフハンディキャッピングの恐ろしいところは、ハンデをかけ続ける行為は、ちゃんと努力して能力を獲得するのと比較すると全く進歩がないという点です。

仮に自称コミュ障の人のコミュニケーション能力を100点満点中50点とした場合。

  • ハンデをかけ続ける:点数はよくて50点、悪いとそれ以下。
  • コミュ力を鍛える:点数が50点以上に伸びる可能性がある。

と、ハンデをかけ続けることは自分のコミュニケーション能力の向上にはならないどころか、逆に悪化を招くことがあります。

またセルフハンディキャッピングに味を締めて、「どうせ努力しても無駄だし、それぐらいならとりあえず自称して自分をよく見せたほうが効率的」という開き直りを生むリスクもあります。

重いコミュ障で悩んでいる人から反感を買う

コミュ障と一口に言っても、どの程度の人付き合いの苦手さ加減がコミュ障に含まれるかが決まっているわけではありません。

コミュ障も人によってはちょっと口下手という意味で使われていることもあれば、発達障害の当事者のように本当に人とのコミュニケーションでいつもトラブルに悩まされている、という意味でも使うことができてしまいます。

そのため、本人がコミュ障だと感じれば、だれでも気軽にコミュ障を自称できてしまえるのがコミュ障という言葉を取り巻く現状と言えます。

そのため「本人から見れば自分はコミュ障にカテゴライズされる」と感じていても、他人から見れば「あなたはコミュ障ではなく普通だ」という食い違いが同じコミュ障人同士で起こり、ひどく悩んでいるコミュ障の人から反感や怒りを買う原因になることがあります。

スポンサーリンク

自称コミュ障の人は、人との距離を詰めすぎているのでは?

自称コミュ障と言うと、どうしても「話す」ことばかりに焦点が置かれるように感じます。

実際のコミュニケーションでも、やはりメインとなるのは話の丁寧さ、上手さ、明朗さ、口調、トーンなどの、話すことに関するテクニックがメインとなりますが、コミュニケーション能力は何も「話の上手さ」ばかりに限ったことではないと感じます。

もしも、話すことのみがコミュニケーション能力で大事だとなら、誰かとたわいないおしゃべりをするのではなく、演説やスピーチ、プレゼンや落語のような自分が一方的にしゃべり続けるような話す技術を磨けばいいでしょう。

しかし、実際はコミュニケーション能力は、話すだけでなく、

  • 相手に合わせて話題や反応、聞く態度を変える技術。
  • お辞儀や会釈、ジェスチャーなどの言葉以外のコミュニケーションの技術(ノンバーバルコミュニケーション)
  • 自分と相手にとってちょうどいい感じの距離感を持って話題を選ぶ技術。

など様々な技術の総合であるように感じます。

ただ話がうまいだけでなく、聞いたり、相槌をうったり、下手に出しゃばったり目だとうとせず、その場に合わせて自分の態度を変えていくことも、一見すると目立ちにくいですがコミュニケーション能力を高さを決める大事な要素のひとつだと感じます。

それらを踏まえた上で、自称コミュ障の人は、確かに外から見る限りでは、ちゃんと話せることも多く「どこがコミュ障なんやろうか」と疑問に感じますが、さらによく見ていくと

  • いきなりコミュ障とぶっちゃけ、急に距離を詰めてこようとする距離感の測れなさ。
  • しゃべることばかりに熱心になって、人の話を聞こうとしない自分勝手さ。

などの、「話す」以外のコミュニケーションの取り方が下手なので、コミュ障になるのかなとも感じます。

自己開示のところで述べましたが、コミュ障というちょっと人には言いにくい悩みを打ち明けることは確かに人からの共感を呼びやすい一方で、初対面でいきなり言いにくい重い話をしてくるという人に対して、なにかしらの違和感を覚えるものです。

例えば、初対面の人に

  • 実は私の両親が先月離婚しまして…
  • 自分こう見えて友達が一人もできなくて…
  • 実はギャンブルで借金を作っちゃいまして…
  • 実はうつ病でメンタルを病みまして…

といきなり人に言いにくい重い話を言われると、どうしても「この人は親しくもない人になんでそんな距離感を詰めるような話題を降るんやろうか…」とこちらも身構えてしまうものです。

表面的にはちゃんと話ができるからコミュ症には見えない。しかし、人に自分の心をいきな打ち明けようとする、認めてほしいい、受け入れて欲しいと無意識のうちに相手にプレッシャーをかけてしまう傾向が自称コミュ障の人に見られるように感じます。

関連記事

自称コミュ障はどうしてうざいのか
聞かれてもいないのに「実は俺(私)コミュ障で…」と、コミュ障だと自称する人に対して、本当にコミュ障で悩んでいる人は非常に強い嫌悪感を抱くもの

国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

広告掲載、記事執筆のご依頼などはこちらから。