コミュ障が嫌われる、うざがられてしまう原因・背景

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人とうまく会話ができない人のことをネットスラングで「コミュ障」と呼びます。

実際にコミュ障の人との会話は、小声や早口のせいでうまく聞き取れない。自己主張しなさすぎて何を考えているかわかりづらい。そして、会話の下手さゆえに自信が脆くすぐに落ち込む、挫ける…など、関わる上での問題が多いために、煩わしさを抱えている人も多いことでしょう。

逆に、しっかり会話ができて自信満々に見えるコミュ障とは無縁の人であっても、実は他人の話を聞かず、隙あらば自分の話題に変えようとする癖があったり、やたら同意や賛同を求めてきては、それに頷かないとヘソを曲げてしまう…と言った、よく喋るタイプのコミュ障もいます。こちらも同様に付き合うのがめんどくさく、嫌われやすい人と言えます。

今回は、そんなコミュ障が嫌われる、ウザがられる原因・背景について、お話しいたします。

コミュ障には二種類ある

コミュ障について語る前に、この記事では大きく分けて

  • 大人しいコミュ障
  • 喋るコミュ障

の2種類に分けて、その特徴及びどういった行動が嫌われてしまうのかについて、説明していきます。

なお、ネットスラング上では前者のコミュ障を「ダウナー系コミュ障」、後者のコミュ障を「アッパー系コミュ障」と呼ぶこともあります。

一般的に、コミュ障と言えば、うまく話せない、自己主張が苦手、などの大人しいコミュ障を想像する方が多いと思われます。

しかし、「会話が苦手」という点で見れば、他人の話を聞かずに喋り続けてしまう、喋るコミュ障も同様にコミュ障の一種であると考えるのも納得できることでしょう。

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大人しいコミュ障が嫌われる理由

小声、どもり、早口など聞き取りづらい話し方が多い

コミュ障の中でも、とくに他人から捕捉しやすい

  • 小声
  • どもり
  • 早口
  • 言い間違いが多い
  • 会話中に言葉が詰まる(=噛む)ことが多い

などの、会話という行為そのものに関する技術の無さゆえに、話を聞く相手に余計な負荷をかけてしまうことになり、煙たがられるのです。

とくに、仕事の場面…それも人前で何かを発表するなどの場面にて、こうした会話の技量の下手さを露呈してしまうと

  • 「あの人は発表のために練習をしてきていない」
  • 「自分の仕事に対して真摯に取り組んでいない」
  • 「雑な話し方なのに、なんとも思わないのだろうか?」

と聞く人に対して不信感や不安を抱かせる原因になります。

自己主張をしない消極的、非協力的な態度が反感を買う

話すことそのものが苦手なために、普段から自己主張をしない。その結果として、自分のことを他人に理解してもらいにくくなります。

この状況を他人視点に立って考えると

  • 「自己主張をあまりしない人だから、普段から何を考えているのかわからない」
  • 「どういった趣味や楽しみをする人なのかよく分からないので、声をかけづらい…」

と会話のとっかかりが見つかりにくく、非常に扱いづらい人と見られる原因になります。

また、自己主張の乏しさゆえに、学校生活や仕事においても自分が所属する集団に対して貢献する姿勢すら見せようとしないために、集団から疎まれたり厄介者扱いされることも少なくありません。

例えば、文化祭を行うときにクラスでどんな出し物をするのか…というテーマで話し合うときに、自己主張の乏しさゆえにアイデアを出さず様子見してばかり、という他人任せな態度をとる。

そのくせ、出し物が決まったときに「正直こんな出し物は嫌だなぁ…」という態度を見せてしまい、顰蹙を買ってしまうというのがダメなケースです。

アイデアは出さずに文句は一人前。「晩ご飯はなんでもいいよ」言ったくせに、その要求通りに作ったら「他のものがよかった」と文句を言って反感を買うことに通ずるものがあります。

すぐに落ち込みやすく扱いが面倒くさい

「会話が苦手」ということで過去に何度も指摘やダメ出しをくらった経験から、会話だけでなく自分自身に対する、自己肯定感や自信の低さを招くことがあります。

とはいえ、自信が低いとはいえ社会で生きていく上では他人と会話することは避けられないものです。

しかし、普段の会話で自信のなさ故に「自分は相手に不愉快なことを言ってしまったのではないか」「ひょっとして相手は自分のコミュ力の無さのせいでがっかりさせているのでは?」と、強い自責の念に駆られて、不安になったり落ち込んでしまうのも、大人しいコミュ障によくある悩みです。

…と、このように、コミュ障の人が落ち込む背景を知っていれば、目の前で話しているコミュ障の人が落ち込んでいる状況に対して、そこまで嫌悪感や不信感を抱きにくいものです。

しかし、なぜ落ち込むのかという知識がないまま、目の前で落ち込まれる状況に出くわすと「この人めんどくさい人だな」と、相手の心情を理解するよりも前に不快感が湧いてしまう。そして、不快感をもとに、その人のイメージを「めんどくさい人」と固定してしまいます。

場合によっては「なんだか私がこの人を落ち込ませているように見えて不愉快だ」と嫌悪感を強めてしまうこともあります。

なお、相手に悪いことをしたと思った時に、その罪悪感に耐えられず相手に対する嫌悪感や不快感を強める事は「自責の念による反応増幅仮説」と心理学で呼ばれています。

「自責の念による反応増幅仮説」をもとに考えると、コミュ障の人が落ち込む姿を見せた結果、意図せず相手に罪悪感を抱かせてしまうことは、帰って自分への嫌悪感を強める原因になっているとも考えられます。

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限界まで他人に頼れないことで周囲に余計な心配や迷惑をかけてしまう

自己主張の乏しさは、仕事で他人の手を借りなければいけない、集団で協力して進めることが求められている場面ですらも、発揮してしまいます。つまり、他人に助けや協力を求めることができず、自分一人で仕事を抱え込んでしまうのです。

また、他人から助け舟を出されても「大丈夫です」「頑張れます」と、相手の善意をお断りしてしまうことがあります。これは自己肯定感の低さゆえに「助けてもらった人に迷惑をかけてしまう」と感じていることが影響していると考えられます。

助けや協力を求めるべき場面でそれをしないことが災いし、周囲に余計な心配や迷惑をかけてしまう。場合によっては助け舟を拒んだことが「都合の悪いことがあるから嘘をついて誤魔化した」と捉えられて、自分の評判を落とす原因にもなります。

喋るコミュ障が嫌われる理由

他人の話を聞かず、すぐに話題の主導権を奪おうとする

喋るコミュ障は、他人の話を聞こうとしません。聞いているように見えても、会話の内容及び話をしている相手に対して興味は無いために、会話の流れに乗ったネタを降ることはできません。

それどころか、一旦会話が終わったら、それをチャンスとばかりにすぐに自分の話題に持って行って、会話の主導権を奪ってキープしようとする姿勢が目立ちます。

他人の会話に興味を示さず、一方的に自分のこと話す態度は、まさに自己中心的そのものであり、話し相手としての自分は尊重されていない、認められていないと感じて、付き合うのが煩わしくなるのです。

セミナーや講演会などの一方的に喋る場面ならともかく、普段の世間話や仕事の打ち合わせなど、お互いに話し合う場面にて、このような喋り方をされると、腹が立つのも無理はないでしょう。

自慢話、自分語り、退屈な会話が多くて困る

自分に関することを話すにしても、それが相手を楽しませる内容であればまだマシですが、大抵は自慢話、自分語りのように、自分だけが満足をするために話したい話題であり、聞く相手を置き去りにした自分勝手な話し方になります。

会話の主導権を握られた挙句、興味がない非常に退屈な話を延々と聞かされる羽目になるので嫌わてしまうのです。

また、話題のレパートリーが少ないために、何度も同じ話を繰り返してマンネリを感じやすい。

そのほかにも、自慢するために

  • 誇張表現
  • 意図的な煽り表現
  • 他人下げ自分上げ
  • 都合の悪い話はカットする

など、自分をよく見せるための小手先のテクニックを使うため、どこか不自然さや違和感を覚えやすいことも、喋るコミュ障の人に不信感を抱く原因となります。

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「自分はコミュ力がある」と思い込んで付け上がる

大人しいコミュ障の人と比較すると、表面的にはしっかり話せているために「自分はコミュ力がある」と思い込みます。

しかし、悲しいことにそれは、あくまでも話を聞く相手が一方的に我慢をしているだけであったり、会話のつまらなさに目を瞑っているが故に、自分はコミュ力の無さに気がつかず勘違いしているだけに過ぎません。

とはいえ、会話の主導権を握られている以上、会話中に指摘をすることは難しく、どうしても自分は周囲の我慢のおかげでコミュ力があると感じている‥という、(不都合な)事実には自覚できないままです。

その結果、増長して自己主張が強化されてしまい、次第に「押し付けがましい人」「傲慢な人」と見られてしまいます。

立場を利用してコミュニケーションを強制してくることがある

もしも、よく喋るタイプのコミュ障の人が親、学校の先輩、職場の上司など、立場上会話の申し出を断りにくい相手の場合は、非常にめんどくさいことこの上ないでしょう。

立場の差を利用して、自己満足のために相手に一方的に喋り続けるという苦痛を、無自覚のうちに与えてしまうのが、よく喋るコミュ障の厄介さでもあります。

そして、立場の差ゆえに、こうした苦行を「ありがたいもの」だとして考えるように指導されることも嫌悪感をうむ原因になります。

よく、体育科系の組織が、偉大(?)な大先輩からの理不尽且つ意味不明な説教風自慢を聞かされヘトヘトになったあとに「こんな話を聞けたことに感謝しろよ」と言う内容で話を〆るように、立場差による苦行そのものが美談として肯定され、よく喋るコミュ障がそのまま放置されてしまう状況は、実に厄介です。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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