友達に強く依存して嫉妬してしまう心理について

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仲のいい友達が、自分以外の他の友達と仲良くしている光景を見て嫉妬する。

例えば、SNSで自分以外の友達と交流していたり、場合によっては趣味や仕事などの別のコミュニティの人と仲良く交流している光景を見て、不愉快な気持ちを抱く。そして、そんな醜い感情を持つ自分を自覚して自己嫌悪に陥る人は、案外多いのではないかと思います。

友達という仲の良さや絆の深さで成り立つ人間関係は、下手をすれば仲の良さゆえに友達のプライベートを覗こうとしたり、友達という他人の人間関係に干渉することすらも、友情の証や絆の深さであるとして肯定されがちだと感じます。

そして、恋人関係とは違ってそれらの行為は、セクハラなどのハラスメント行為として問題視することはまず無いことも影響し、極限まで友達同士の距離を近づけ、お互いがお互いに苦しくなっても、「これは素晴らしい友情だ!」と美談にされてしまう…そんな、危うさがある関係だと見ることもできるでしょう。

今回は、そんな友達関係における依存と嫉妬心について、お話し致します。

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友達に対して精神的に依存して起きる嫉妬心とは

冒頭でも触れたように、友達に依存しているために抱く嫉妬心がどういうものかについて、例をあげると…

  • 「自分こそが友達のよき理解者である」という強い感情ゆえに、友達が自分が以外の交友関係…それも、表面的で中途半端な関係を持つことに苦痛を感じる。
  • 友達を独占したい気持ちが強まり、友達のプライベートな時間や交友関係までも、自分の目の届くようにしないと気が済まなくなる。
  • 他の友達同士との関係における扱いの差に納得できなくなる。友達として特に大事にされている人と、それなりに大事にされている人の存在が分かるものの、自分が後者にカテゴライズされている場合、強い不快感を覚えて胸が苦しくなる。
  • 嫉妬している友達に好意はあるものの、どこか嫉妬していることに後ろめたさや罪悪感を持り、すっきりしない気持ちを抱えながら友達関係を持つことに苦しむ。

などの、(どす黒い)感情の数々です。

こうした嫉妬心は女性の友達関係特有のものだと考えられがちですが、決して男性も無縁ではないと思います。

ただし、男性の場合、こうした嫉妬心を持つことは自分が女々しくて子供っぽい男であると周囲にアピールしているように感じるので、徹底的に隠そうとする。

あるいは自分の友達が嫉妬を持っている可能性が濃厚になったとしても、相手のプライドを傷つけないようにそっとしておくのが、友達だからこそ見せる「優しさ」であるとも言えます。(ただし、この「優しさ」こそ、更に嫉妬心を強めてしまうこともあるので厄介です…)

「友達を独占したい」という気持ちが持つ危うさ

友達ともっと仲良くなりたい、友達のことをもっと知りたい…という気持ち自体は、友達関係であれば誰もが持つ自然な感情であり、感情そのものを否定するわけではありません。

しかし、友達に対する好意が強いあまりに、まるで友達を支配するかのように急激に距離を詰めて接しようとしたり、友達が自分に対して秘密やプライベートを持つことを認めようとしないことは、友達のことを対等な関係ではなく上下・主従の関係で見ているとも言えます。

もちろん、自分としては友達のことを見下している気持ちは無く、純粋な善意や友情をもとに関係を持っていると自覚していても、その純粋さゆえに盲目的になって友達を一人の人間として尊重せずに苦しめてしまっているのです。(もちろん自分も苦しさを感じているケースもあります。)

これに関しては、イギリス・ドイツのことわざの「地獄への道は善意で舗装されている」をもとに考えると、その危うさがよくわかるかと思います。

善意であるがゆえに、その善意がエスカレートした時の危険性について認識しづらい。そして。善意であるがゆえに互いに苦しくなるような状況に陥っても、強く責めたり拒絶することができず、余計に辛い状況に陥ってしまうという皮肉があるのです。

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友達の方も依存してくる自分を断れなくて苦しんでいることが考えられる

また、冒頭でも触れたように、友達関係にセクハラなどのハラスメントの概念を持ち出すことは、まず想像つかないものだと思います。

仮に、ハラスメントだと騒ぎたてようものなら、今までの関係が崩壊するのは明白。加えて、妙な後味の悪さが延々と残り続けることがあるからこそ、依存されている友達も強く言い出しづらい側面があります。

また、友達の方も強い独占浴の根底には善意があり、その善意をありがたく思っているからこそ、余計に束縛に対して断りづらさを感じている。

そのことが結果として、余計に友達に対する依存を強めると同時に、お互いに苦しくなる関係を強化させてしまうのです。

…この場合、嫉妬する方が友達に依存していることはよくわかると思いますが、同時に依存される友達の方も、依存してくる友達と適度な距離を置くことができずに依存している。

つまり、友達同士で共依存関係に陥っているとも考えられます。

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友達を信頼できないからこそ束縛を試みようとしている可能性

友達を束縛してしまう気持ちの根源は善意であると書きましたが、その善意が時間をかけていくうちに、

  • 「自分はこんなに友達の為に尽くしているのに、それに対する見返りが無い」という逆恨みとも取れる感情。
  • 「自分の善意なければ友達は不安を感じてしまうような人間だから、自分がもっとアプローチをしなければいけない」という、友達の内面の軽視、不信感。

と言った、友達に対する否定的な感情へと変わってしまうこともあります。

これは、嫉妬という醜い感情を自分が持っていることを受け入れなくても済むように、今の関係を自分にとって都合よく認知を歪ませていることが、原因として考えられます。

「自分は友達を独占・束縛したいと感じる精神的な未熟さがある」ということを、そのまま受け入れることはできないし、そんな未熟さを受け入れるることには多大な精神的苦痛を伴うものです。

そんな苦痛を避けると同時に、自分が友達に依存して嫉妬する状況をなるべく肯定的にとらえるためにも「友達は自分なしではダメな人間だから、お節介かもしれないけど、あえてベタベタとした関係を築いて上げている」と捉えるのです。

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適度な距離感を取れるようになるのが依存心・嫉妬心を克服するためのコツ

友達関係における依存心や嫉妬心を、少しでもやわらげたいのであれば、月並みな方法だとは思いますが、友達と適度な距離を置いて、お互いにどの程度の距離感であれば苦しさを感じずに済むのかを調べてみることが大事だとおもいます。

友達との距離感を結び付きの度合いとして考えた場合、靴ひもを結ぶようにキツく締め過ぎては足が痛くなる、逆にゆるすぎると靴が脱げてしまいいます。

これと同じで、友達との結び付きの強さも、キツすぎればお互いに束縛し合う苦しい関係になり、ゆるすぎれば友達らしい楽しさや充実感の無い冷めた関係になってしまうものです。

靴ひもを結ぶときは、その人の足や肌に合った適度な強度で結ぶように、友達との結びつきもキツすぎず、ゆるすぎずの適度なものになるように調整してみることが、お互い心地よい関係を築く上では大事と言えます。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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