仕事が趣味、仕事が楽しいという人が迷惑と感じる理由について

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「仕事が趣味です!」あるいは「趣味でやっていることが仕事になって、今とても楽しいです!」という働き方をしている人は、傍から見ればたいへん充実していて羨ましいと感じることでしょう。

しかし、仕事が趣味な人が同僚だと、なんだか意識高い系社会人のようなウザさや余計なプレッシャーを感じてしんどくなる。また、上司や経営者のように、頭が上がらない人の場合は、自分に合わない働き方をオススメされて、迷惑だと感じることもあるかもしれません。

もちろん、オススメする方が露骨に「労働力を搾取してやろう」という悪気や悪意が無いことぐらいは、普段の関係から理解はできる。しかし、結果として公私混同して働くハメになったり、長時間労働そのものに対して問題視すらしない状況になることは、無条件に肯定できるものではないと思います。

今回はそんな「仕事が趣味」な人を迷惑と感じる心理・理由についてお話しいたします。

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仕事・プライベート関係なく働くことが当然という態度で接してきて迷惑を感じる

冒頭でも述べたように、仕事が趣味という人には仕事とプライベート関係なく働いている。そもそも働くこともプライベートもどちらも同じだと考えているために、公私混同せず仕事とプライベートを分けて考えている人と考えが合わないのは明白です。

また、長時間働いていることから、自分の働きっぷりが組織において大きな貢献を果たしていると感じると同時に、自分よりも働いていない同じ職場の人を下に見たり「そんな働き方で幸せなの?」と、純粋に質問するような姿勢を取りながら、小馬鹿にしてくることもあります。

また、ひどい場合は平日深夜や土日で休みの時間に、電話やLINEで仕事の話をして来るなど、仕事好きが高じて他人のプライベートを奪うような真似をしてくることもあります。(これが上司のように、立場が上の人だと非常にめんどくさい。)

また、経営者のように労働基準法が適用されず長時間働いても(一応は)問題ない立場であれば、労働基準法が適用される一被雇用者の立場への理解がしにくくなります。

「労働基準法も、仕事もプライベートも関係なく働きたい」という経営者(雇用者)の立場と「労働基準法に則って仕事とプライベートをしっかり分けて働きたい」という被雇用者の立場は、お互いに相容れないものではありますが、立場の都合上、被雇用者は経営者の言いなりにならざるを得ない。

結果として、「趣味が仕事」な経営者の価値観に合わせた働き方に合わせざるを得ないことで、自分の求めていた生活(と場合によっては心身の健康)が失われてしまうことに、迷惑を感じるのです。

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傍から見れば仕事熱心で評価が良いために、働き方に対して意見しづらい

同僚や働くことを趣味のように見ており、黙々と働いている姿が上司や組織全体から高評価を得たときは厄介です。

上司が「○○さんを見習って『仕事を趣味』のようにして働きなさい」というような態度をとられると、仕事とプライベートを分けて働きたい願望を持つ人からすれば、非常に居心地の悪さを感じるものです。

とはいえ、上司から評価されている手前「仕事を趣味」にしている人の働き方を、ストレートに否定するのは難しい。また、上司や経営者の視点からすれば、仕事に対して熱意を持って働いている人を評価すること自体は間違っていないという事情も理解できる。

ただし、理解できればできるほど、自分の働き方が自分の所属している組織から煙たがられているように感じたり、自分の働き方が間違いのように感じてしまう辛さがあります。

ブラックな労働環境を肯定して、それを他人にもオススメしようとしてくる恐さがある

仕事とプライベートを混同して喜々として働く人を評価・肯定することは、言い換えればブラックな働き方そのものを肯定してしまう危うさがあるとも言えます。

当然ながら、誰もが仕事を趣味として働けるわけではありませんし、持病や虚弱体質ゆえに長時間労働できるだけの体力を持てない人もいるものです。

そうした生きづらさ抱えつつも、なんとか社会に適応している人からすれば、今の自分の働き方よりも、仕事を趣味とみなしてがむしゃらに働く姿勢を高評価する集団・組織の流れは、自分の健康を脅かすものとして強い恐怖を感じるものです。

「仕事が趣味」という働き方を持ち上げることは、下手をすれば長時間且つ低賃金な労働を許容するだけでなく、働き過ぎによる健康被害と言った自己犠牲を「美徳」として扱ってしまう危うさがあります。

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ただし、仕事が趣味の割には非効率的な働き方をしていることも…

なお、「仕事が趣味」と感じている人が、必ずしも高評価を受けるだけの成果を上げているわけではありません。

人によっては非効率的な働き方をしており、結果として周囲の手を煩わせている。それにもかかわらず「自分は仕事が趣味だから」という態度をされたら、ツッコミを入れたくなるのも無理はないでしょう。

非効率な仕事の尻拭いを他人にさせた挙句、自分は「仕事をやっている実感を得る仕事」を趣味と感じて、非効率的な働き方を改めようとしないのであれば、周囲から迷惑がられるのも無理はありません。

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「仕事が趣味」という生き方と仕事中毒

少しひねくれた見方になりますが、「仕事が趣味」というのは建前として使っている言葉であり、実はプライベートを犠牲にしてでも仕事に打ち込まざるを得ない事情を持っているということも考えられます。

いわゆる、仕事中毒(ワーカホリック)の人に多く見られるもので、過度に仕事にのめり込む裏には

  • 仕事を休むことに過度な罪悪感を抱いている。
  • 家庭内不和など、家に帰りたくない複雑な事情を抱えている。
  • プライベートの人間関係の煩わしさから、仕事にのめり込むことを選んでいる。
  • 仕事で成果を上げる自分に強い充実感を覚えるものの、その反面プライベートでやることがない自分に強い不安を抱えており、その不安から逃げるために働くことにのめり込む。

などの、問題を抱えていることもあります。

「仕事が趣味」な働き方をただの迷惑でめんどくさいものとして切って捨てるのは簡単です。

しかし、どうしてその考えを持つに至ったかという背景について考えられれば、自分も相手も心地よく働ける環境づくりに一役買うのではないかと思います。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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