仕事で働きすぎる人が迷惑がられてしまう理由

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仕事熱心なのはいいことではありますが、あまりにも熱心過ぎるために周囲から迷惑がられてしまう人がいるものです。

こうして書くと「仕事で頑張っている奴の足を引っ張る気か!」というお言葉が来そうな気がしますが、

  • ただ闇雲に長時間働くことばかりが目的となっており、仕事の効率面がまるで無視されている。
  • 「自分の働き方こそが正義であり真似すべきだ」という考えから周囲と衝突を起こしている。

など、仕事熱心さから来る行動が仇となって、周囲に余計なプレッシャーや迷惑をかけていることに気がついていないように見えることが多々あります。

また、当の本人も「仕事に熱心なのだから多少横柄な言動をとってもバチが当たらないだろう」という心理もあってか、自分の行動を棚に上げて周囲を不愉快にさせてしまう行為を正当化させている節も見られます。

「たくさん働いていること」を口実にして自分の横柄で自分勝手な行動や正当化する様は、一人で働いているのであれば「どうぞご自由に」というスタンスですが、大抵の仕事は一人で完結することは稀なので、仕事にまつわる人間関係にも気を配ることはしておいて損はありません。

今回は、そんな仕事に打ち込みすぎる人がどうして嫌われるのかについて、お話し致します。

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働きすぎる人が迷惑がられる理由

働きすぎる人のせいで定時で仕事をしている人が評価されなくなる

会社員の場合、社風によっては勉強や経験を積む結果として働きすぎる人が評価される一方で、普通に定時で働いて仕事とプライベートの両方を大事にする人が低い評価を受けることがあります。

もちろん、定時でしっかり仕事をこなせているのなら問題ありませんが、労働に対する意欲や熱意などを評価する仕組みがあると「短時間で仕事をこなす=サボっている(評価されない)、長時間仕事に打ち込む=頑張っている(評価される)」となり、やるべきことをこなして定時で働いている人が過小評価され、とにかく長時間働いている人が過大評価されることにつながります。

なお、これは単純に働きすぎる社員一人の問題とは消めつけられませんし、長時間労働を是とする経営者層の影響も無視できない点には気を付けておくことが大事です。

勤務時間の関係なく仕事の連絡をしてくる

働きすぎるあまりに、メール、LINE、電話などでプライベートの時間にもかかわらず仕事に関する連絡をして来て迷惑がられるという例です。

長時間働いくのが当たり前と感じており、そして自分以外の人の生活リズムやスタイルに対する想像力が希薄なために、深夜や土日祝日などのプライベートな時間までも仕事の連絡をすることに躊躇いを持ちにくいことが考えられます。

「どんな時間帯でも仕事をするのがあたり前だし、他の人(職場、業界)でも同じだろう」という仕事ばかりに打ち込むあまりの視野の狭さが、プライベートな時間に連絡して来る行動として現れているのです。

仕事を休めない雰囲気ができてしまう

仕事に限らず、勉強やスポーツなどでも誰かが努力している姿を横目に、自分だけ努力せずに「そのまま帰ります」…とは言いにくいものです。

とくに人間関係の和を大切にしたり、ひとからどう見られているかを気にする傾向のある日本人なら尚更です。

もちろん、仕事に打ち込む(努力する)ことそのものはたしかに素晴らしいのですが、いつしかそのことが当たり前になり、休んだり作業の効率化などで時間を短縮することを「悪」と見なし、いつしか全員が疲弊するまで仕事が休めなくなる状態ができてしまうことがあります。

とくに、今まで血の滲むような努力により実績を積み重ねてきた経験を持つ人や組織ほど、努力を課題評価し休むことを嫌う傾向があります。

これは努力によって失ってきた時間や労力が多くなるほど、失ってきたそれらに対して価値があると思い込む心理が影響しています。

もちろん、頑張ってきたことにもそれなりに無駄があったことを認めたり、時代の移り変わりのせいで努力の内容を見直す時期にしっかり向き合うのは辛いものです。

もしも、自分の努力に無駄や時代錯誤をあったと認めれば、それは自分の働きっぷりだけでなく人生や生き方までも否定されると感じて強い苦痛を覚えることは容易に想像できます。

その苦痛から逃れるべくも、仕事に打ち込む(努力する)を絶対的な正義と見なし、休むことや時間短縮を「悪」と見なしてしまうのです。

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勤務時間の長さでマウントをとってくるのが面倒

働きすぎる人によくあるのが

  • 勤務時間の長さや連勤の数を勲章や武勇伝のように語りたがる。
  • 寝てない自慢など、健康を犠牲にして働いていることを誇らしげに語る。

などのいわゆる社畜自慢と呼ばれるもの。ネット上ではブラック企業と絡めて「奴隷の鎖自慢」とブラックジョークで表現されることもあります。

聞いてもいないのに勝手に自慢してくる。しかし、それに対して賛同の声以外(心配、疑問、疑わしいと思うなど)が返ってこないと、とたんに不機嫌になることが多々有り、働きすぎる人は面倒くさがられるのです。

もちろん、後述するようにマウントを取ることで自分がどれだけ仕事に打ち込んでいるかを認めてもらいたい、褒めてもらいたいという気持ちの現れだとも分析できますが、なにせ押し付けがましかったり、冷静に考えれば健康を損なう働き方なので心配の声が出てきても不思議ではない状況だと、言ってる本人が認識できていない(あるいはみとめようとしていない)可能性もあります。

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仕事以外の楽しみを持つ人に対して威圧的・排他的

仕事で自己実現や人生を充実させたいと思っている人からすれば、仕事以外に楽しみや生きがいを見つけている人は、自分の考えとは合わない人だと映ることでしょう。

もちろん、価値観が合わないのなら「人それぞれだよね」と割り切ることも大事ですが

  • 仕事=社会や世界に貢献している偉大なこと。
  • 趣味=個人で楽しむだけの刹那的な消費活動。

というような両極端な考えを持っているために、仕事以外の楽しみを持つ人に対して、やたらと威圧的且つ排他的になることがあります。

たしかに仕事は社会や世界に貢献していると世間一般からみなされやすく、加えて国家事業や大企業のような権威を感じるものに関わる仕事だと、強い充実感を覚えることもあるでしょう。

しかし、権威を絶対視したりあやかってまるで自分が偉くなったと勘違いした結果、仕事に打ち込む以外の生き方をしている人を見下したり、否定しては衝突が生まれるのは無理もありません。

他人に対して自分の働き方を認めさせる&強要しようとする

ただ自分の働き方以外の人を見下すに留まらず、その働き方を認めさせようとしたり、周囲の人にも強要しようとすることがあります。

認めろとはいうものの、そもそもが健康を損ねるリスクや場合によっては過労死を招く無茶な働き方を肯定するのは難しく、また認めて自分が真似しようという気にならないために、働きすぎる人は周囲から受け入れてもらえない経験が募りやすい傾向があります。

周囲から認められないからこそ、何としてでも認めてもらうべく上で述べたように強引で両極端なものの味方に陥って、周囲に対して威圧的に出てしまうのだと考えられます。

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働きすぎる人とワーカホリック(仕事中毒)

最近はあまり聞かなくなりましたが、仕事に夢中になりすぎるあまり家庭や自分の交友関係、趣味、健康までも犠牲にする人のことをワーカホリック(仕事中毒)と呼びます。

ワーカホリックは仕事(work)とアルコール依存症(alcoholic)を組み合わせた言葉であり、登場したのは1970年代頃。

アルコール依存症が言葉のルーツになっていることからも、長時間の労働に対して快感を覚える一方で、長時間働かないことに対して恐怖やストレス感じている状態です。仕事というプロセス(行為)あるいは人間関係に対して依存している状態と言ってもいいでしょう。

加えて仕事の場合は、過労死に関するニュースや働きすぎによる不調などの情報が多く見つかる現代であっても、「働くこと=正義、善」というイメージを持っている人が多いために、働きすぎる人を止められない、また止めようとしようものなら「仕事(=正義)の邪魔をする人」だと思われてしまい、働き過ぎの状態を誰も指摘できず放置してしまうことも考えられます。

「働きすぎるのはたしかに問題があるから素直に賛同できないけど、決して悪い側面ばかりではないから、そのことについて誰かが指摘や問題提起をしてくれるに違いない」という考えにより、働きすぎる人を見て見ぬふりをする姿は、どことなく傍観者効果を彷彿とさせるように感じます。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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