理屈っぽい人の心理 防衛機制から見る理屈っぽい人の特徴について

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ちょっとしたおしゃべりでもやたらと専門用語を使ったり、何かと横文字を使って話したがる、いわゆる理屈っぽい人と話すのは、話についていけなくなり、色々めんどくさく感じることも多いと思います。

また、普段から自分が理屈っぽい話し方をしていると、話を聞いている人に余計なプレッシャーをかけてしまい、つかれさせてしまうこともあろうかと思います。

一般的に理屈っぽいひとは

  • 真面目すぎて融通が効かない人
  • 賢い人だとアピールしたいけどから回ってて痛い人
  • 実力の割にはプライドが高そうで扱いづらい人
  • 言い訳が多くてまともにコミュニケーションをするのが面倒な人

などの、ネガティブな印象で語られる性格とも言えます。

しかし、「この人は理屈っぽくて面倒な人だからしょうがない」切って捨てるのではなく、まず、どうして理屈っぽくなるのか、その理屈っぽさにはどのような心理があるのかを理解しておくことが大事だと思います。

理屈っぽい人がもしも上司や先輩になった時、めんどくさいからといって雑に付き合うことがいつも認められるとは限りませんよね。

理屈っぽくなる心理について知っておけば、面倒くささの中にもその人なりの考えや悩み、葛藤を知ることがでお互いに楽にコミュニケーションを取れることに繋がるかもしれません。

今回はそんな理屈っぽい性格に関する心理についてお話いたします。

理屈っぽい性格と防衛機制

何かと賢そうな言葉で話す理屈っぽい人が理屈っぽくなる場面はどのような場面でしょうか。

例えば、非常にベタですが恋愛に興味があるけど現実は恋愛経験に疎くコンプレックスを抱えている人に恋愛の話を降ると

  • 私は経済的に豊かになれる自信がないから恋愛はちょっと…
  • 私は恋愛よりも人生の質を重視した生活を送りたいから…
  • 恋愛というはその場の雰囲気に流されるものではなく、こう順序建ててするもので…

といかにも、理屈を並べて恋愛に関する話題を避けるような反応をすることはよくあります。本人は恋愛に関して興味があるので、ここで恋愛の話題を避けるというのは不自然です。

このような不自然な行動を取るのは、心理学で言う防衛機制が働いていると考えることができます。

防衛機制は自分の欲求が満たされなかった、ストレスや葛藤を抱えた時にそれらを解消するためにする行動のことです。

欲しいものが手に入らない、自分の思い通りにならない、という場面で感じた不安をそのままにしておけば、精神的な負担が大きく何かしらの行動をして解消しなければ気持ちが落ち着きません。

その不快感を解消する行動の一つに「知性化」という行動があり、これが理屈っぽい行動と深く関わっています。

防衛機制「知性化」

知性化とは、自分の感情や本能、欲求に直面することを避けて知性や観念の世界に逃げ込む行動のことを指します。

上の例に挙げたように、

  • 自分の恋愛感情に向き合わず何かと理屈をつけて否定する。
  • 不都合な事を言われた時に専門用語や横文字の言葉を使って説明しようとする。
  • 持論を展開して自己正当化をしようとする。

などの行動が知性化に当たります。

知性化には、自分の本能や感情という理論に基づかない感情を理屈をつけて説明することで、受け入れがたい状況(例えば素直に恋愛できない自分の性格)を、なるべく自分にとって受け入れやすいものへと変えていく効果があります。

また、知性や学問などの権威のある世界の言葉を借りることで、自分の気持ちを素直に晒しださず感情をコントロールしようとする目的もあります。

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防衛機制からわかる理屈っぽくなる理由

理論で防御するのは自信の無さがあるから

いわゆる難しい言葉を使って理屈で防御することを「理論武装」と呼びます。

理論武装する裏には、自分の意見や考え方に自信がないことが影響してると考えることができます。

実際に理論武装には

  • 自分の話のツッコミどころをなくす
  • 武装することで自分の理論の正当性を強く主張できる
  • 反論があってもすぐに理論を用意して自分を守れる
  • 反論があっても反撃する理論があるの精神的に安心できる

などの、メリットがあり、仕事で交渉をするなどの大事な話し合いの時に使うことがあります。

しかし、理論武装をする人は、時に自意識過剰なまでに武装して「そこまで理屈っぽくならなくても…」とツッコみたくなることもあり、

自信がない状態で話をするのは精神的な負担が大きい…だから、理論武装してなんでも理屈で対応し、自分は知性や能力があるとアピールして自信を得ようとするのです。

普段から程よい自信があるのなら、わざわざ自分を大きく見せるための行動をする必要はしなくてもいいはずです。

根底には自信の無さ、とくに学力や賢さ、勉強に関わる自信の無さがあるために、そんな自分を打破すべく知性化によって自分を賢く見せようとするのです。

コンプレックスを隠したい

理屈っぽくなるのはコンプレックスの裏返しだと考えることもできます。

とくに学歴コンプレックスのように、知性や頭脳に関わるコンプレックスが強いと、コンプレックスを隠すために求められてもいないのに専門用語を使ったり、自分を賢く見せるための行動をとりがちです。

勉強ができないことがコンプレックスならば、なぜ勉強ができない自分と向き合って地道な勉強を積み重ねて賢くなるのが、コンプレックス解消の王道です。

しかし、地道に勉強するのは思いのほか難しく、続けても目に見える結果がすぐに出るわけではないので途中で挫折してさらにこじらせてしまうことも多いのです。

しかし、ここで知性化により表面的に賢く見るような言葉を多様したり、覚えたての言葉を使って持論を述べるという手軽な方法を使えば、地道な勉強よりも簡単にコンプレックスを満たすことができるという厄介さがあります。

意識高い系の学生が、よく理解していないのにもかかわらず専門用語や横文字を使った会話をして、さも自分が賢くなったかのように振る舞い同じもの同士褒め合うのもこれと同じです。

難しい言葉を使った会話が受け入れられれば、確かに短期で見ればコンプレックスを解消して自信が身につくかもしれませんが、長期で見ればただ意味も分からず難しい言葉を使ってばかりでまるで知識が身についておらず、勉強に関するコンプレックスは残ったままという状態に苦しむことになります。

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理屈っぽい性格で起きる問題

人に自分の感情を伝えにくくコミュニケーションがしづらい

理屈っぽい性格では、自分の感情を隠してすぐに難しい言葉や理屈に逃げ込むことが多く、自分の感情を他人に伝えにくくなります。

また、理屈ばかりで「この人は何を感じているのだろうか?」「この人はどう思っているのだろうか?」と話していても相手の気持ちがわかりにくいことから、距離を置かれることも多くなります。

なんでも感情的になることばかりが正しいわけではありませんが、感情を出すべき場面で出せず理屈に走ってしまう癖がつくと、お互いの気持ちを知ることができずコミュニケーションがしづらくなります。

プライドが高くなりすぎる

賢く見せたい、勉強ができる人だと思われたいという理由で理屈っぽくなると、プライドが高くなりすぎることがあります。

  • プライドが高過ぎるために周囲を見下した言動をする
  • 自分のプライドが崩れそうな場面になると、理屈をつけて逃げてしまう
  • 周囲に対して「もっと自分を尊敬すべきだ」という態度を取る

などの、プライドの高さゆえに周囲の人を傷つけ、自分の行動もプライドに振り回された不自由なものになり辛い思いをする羽目になります。

プライドも理屈っぽさも、多すぎず少なすぎずの適度であることがいいメンタルを保つためには大事なのです。

正論で他人を傷つけてしまうことがある

理屈っぽい人はつい正論のように逃げ場のない理論を相手にぶつけて傷つけてしまうことがあります。

正論は正しい理論で相手を一方的に攻撃することもできる理論であり、ストレートすぎる理論が災いして相手をひどく落ち込ませたり、激怒させる原因になりがちです。

理屈っぽいひとに対して「あなたは理屈っぽくて付き合うのが面倒」とストレートに言われたら強いショックを感じるように、理屈っぽい人は自分が正論を使って相手をねじ伏せようとする癖がないか、普段から正論ばかりで近寄りがたい人だと思われていないかを、自分の行動を振り返ることが大事です。

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理屈っぽい性格とうまく付き合うためにできること

さて、ここまで理屈っぽいと思われても仕方がないような説明をしてきました。

理屈っぽさのある自分のコンプレックスや悩みにしっかり向き合って、それを表面的な知性化という防衛機制で対処するのではなく、地道な勉強する、学習習慣を身に付けるといった方法で気長に解決していくことが大事だと思います。

また、理屈っぽさを完全に消そうとすることに集中するのではなく、理屈っぽい態度でもOKな場面、NGな場面をよく分析して状況に応じて行動をコントロールすることも効果的です。

例えば、仕事で多くの人が集まるプレゼンや会議の場面でおちゃらけた態度を取れば、それこそTPOをわきまえない失礼な行動になります。

しかし、お堅い場面だからこそ気を引き締めて多少理屈っぽく話すというのは、おちゃらけるよりも適した行動ですよね。

また、親睦や交流のための飲み会では理屈っぽい行動は似合いませんので、多少おちゃらけて親しみやすさをアピールしたほうがこうか的です。

このように理屈っぽいという行動だけを見ても、その行動が適している場面とそうでない場面があるものです。

ただ理屈っぽいという性格をどんな時でもしてはいけないと決め付けるのではなく、理屈っぽい自分が求められている場面ではちゃんと発揮して、自分の理屈っぽさを肯定したり、誰かの理屈っぽさを受け入れらるように心がけるのがいいでしょう。

国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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