自己責任論と聞くと、例えば他人に対して向けられた場合は
- 頭が悪いのは勉強しないその人自身の問題だ。
- 体力がないのは、体を鍛えようとしない本人に原因がある。
- メンタルが弱いのは、本人の性格や考え方に問題がある。
…と少々荒っぽく、思いやりや想像力が欠けた考え方のように感じます。
他人に向けられた自己責任は、他人に厳しく自分に甘い人が使っていることが多く、大抵は反発や疑問の声があがり、衝突の原因となりがちです。
しかし、自己責任が自分自信に向けられていると
- あの人は我慢強い、責任が強い人だ。
- ストレス耐性がある。
- 自負があって、驕って調子に乗らない人だ。
と、肯定的に見られ、ポジティブな印象を持たれることがよくあります。
とくに経営者やスポーツ選手のように努力や実力でのし上がってきた人ほど、自分自身に自己責任論を用いて、自分に厳しくすれば成功できる…と、取材や講演会で話すことがよくあります。
しかし、自分に向けられる自己責任論も決していいところばかりではないのです。
今回は自己責任論のメリット・デメリットについてお話いたします。
自己責任論と内的統制型・外的統制型
自己責任論に関する心理学として「内的統制型」「外的統制型」という性格の分類があります。
- 内的統制型:成功や失敗の原因は自分自身にあるものだと考える性格。
- 外的統制型:成功や失敗の原因は自分以外の何かにあるものだと考える性格。
と、分類されており、自己責任論の人は内的統制型の性格をしている人だと見ることができます。
また、実験で内的統制型と外的統制型の人が周囲からどのように見られるかを比較した結果によれば
- 内的統制型:自信がある、責任感が強い、最後までやり遂げる、自尊心が強い。
- 外的統制型:自信がない、責任転嫁してしまう、諦めやすい、周囲から信頼されにくい。
と、内的統制型の人の方がよく見られることがわかりました。
外的統制型だと、どうしても責任逃れや言い訳をして「自分は悪くない」という言動をとる一方で、内的統制型の人は言い訳をせず「自分に責任がある」と素直に非を認めることができるので、人間関係の衝突が少なく好感を持たれやすい性格と言えます。
しかし、内的統制型の人は、なんでも自分に責任があると考えることから、自分にはどうすることもできない事をまでコントロールできると思ってしまうこともあり、決して万能な性格とは言えないのです。
例えば、貧困や不況、就職難などの社会全体で見ていくべき問題ですら全部自己責任だと考えてしまって自分を追い詰めたり、自己責任だと感じているからこそ周囲の助けや支援を受け入れず、一人でストレスを抱え込んでしまう原因にもなります。
自己責任論のメリット
「自分に厳しい人」だと思われ好感を集めることができる
自己責任論を自分に課す人は、周囲から自分に厳しく律することができると見られ、責任感が強い人だと思われやすくなります。
自分の感情や行動をしっかりコントロールして、その場に応じた求められる行動ができるので、仕事でも高く評価されます。
誘惑に負けない、わがままや文句を言わない、しっかり自己管理ができる、と自分を厳しくできる人は、守らなければいけないルールが多い学校や職場向きの性格だと見ることもできます。
なんでも「自己責任」と結びつけて考える時間を省略する
なんでも自己責任論に結びつけて考える人は、自己責任として考えることで考える時間を省略できるメリットがあります。
本当は仕事で起きたミスを詳しく調べていくと、自分だけでなく組織全体でミスが起きやすい状況が生まれており、再発防止のためには根本的に見直しが必要という面倒な状況だと判明下とします。
そんなめんどくさい状況が分かっても全部自分に責任があったと考えれば、その方法がいいかどうかはさておき、根本的な見直しをするための時間や労力をカットすることはできます。
本来なら自己責任と片付けず、組織や手段全体の問題として考えるべきことであっても、自己責任という事にしてしまうのは、そういった面倒事から無意識のうちに回避して、無駄にエネルギーを消費しないために行われていることもあります。
またなんでも「はいはい、私が悪う御座いました」という態度を取っておけば、それだけでトラブルがあっても丸く収めることができるという時短効果もあります。
環境や周囲の人に惑わされなくなる
自己責任論というのは便利なもので、なんでも自分に原因があると思い込めば、自分を改善すればうまく行くと考えることができてしまう理論です。
仕事などでうまくいかない状況があっても環境に原因があると疑わず、周囲にアプローチもせず、ただ自分に原因があるとして自分を直せばいいと考え込むことから、惑わされることも減ります。
人とコミュニケーションをするのが苦手な人に向いている
人とコミュニケーションをとるのが苦手な人も自己責任論に陥ることがあります。
本当は、誰かに相談すればもっと楽に問題が解決するかも可能性があっても、
- どうやって相談していいかわらない
- 相談しても解決できなかったら時間の無駄になるだけ
- 相談したことを周囲に言いふらされるかもしれない
と考えてしまい、相談することをためらってしまいがちです
そんな苦労をしてまで相談するぐらいなら、いっそ全部自分に責任があり、自分を改善すればうまくいく考えれば、コミュニケーションしなくていいので気持ちが楽になれます。
もちろん、このやり方がうまく行けばいいのですが、いつも自己責任で動いていると、一人で抱え込むのがクセになり、自分で自分を追い込む原因になってしまうことがあります。
自己責任論のデメリット
他人に対する思いやり・想像力が欠ける
他人に向けて自己責任のデメリットがよくわかるのは、他人に対して自己責任論が向けられるときです。
貧困問題や学力問題などの、社会全体で向き合っていくことが求められる問題に対して
- 貧困なのはその人の生活に問題がある。
- 学力が低いのはちゃんと勉強をしないからだ。
と、バッサリ切り捨てるのは、他人への思いやり、想像力に欠けた意見と言えます。
もしかしたら貧困の原因には、税金や社会保障費の増加が影響していたり、職場で不当に搾取されているなどの状況が影響しているかもしれません。
もしかしたら学力が低い原因には、学級崩壊などでちゃんと強する場が与えられていなかったり、教師の教え方がその子に合っていないという状況が影響しているかもしれません。
そういった状況に見向きもせず「全てあなたに責任がある」と厳しく言ってしまうことが、本当に相手のためになるのか、問題を解決するのに効果的なのかについて自己責任論がクセになっている人は、すこし冷静になって考えることが大事だとおもいます。
威圧的な態度や過激な言動を取りやすい
自己責任論を口にする人は、バッサリと切り捨てるように主張を口にするために、周囲の人にプレッシャーをかけたり、過激な言動をとってしまうことがあります。
たとえば、自己責任を口にする人に多いのが
- 「政治や環境に不満を言わず、もっと自分で考えるべきだ」
- 「他人のせいにせず、もっと努力をするべきだ」
- 「不満を口にするのではなく、周囲の人に感謝すべきだ」
と、口にすることが多くあります。
もちろん、「自分で考える」「努力をする」「周囲に感謝する」ことは、決して悪いことではありませんし、そうすることで状況が好転する可能性も否定できません。
しかし、上にも述べたように、思いやり・想像力が欠けており、たとえ正論であったとしても人を傷つけたり、精神的に追い詰めるリスクがあります。
「ミス=能力不足」と考えが強まり、能力がない人を見下す
自己責任論に見られる考えとして「ミス=能力不足」というものがあります。
仕事やスポーツでミスをしたのは、その人の能力が不足していたからであり、勉強やトレーニング能力を強化すれば、ミスは防げるのだと考えます。
しかし、「ミス=能力不足」という考え方は、「ミスをする人は努力を怠っている」という考え方になりやすく、ミスをする人を見下してしまう原因にもなります。
この考え方は体育会系の部活でよく見られる非合理的な根性論にもよく見られます。
なんでも自分の責任だと考えストレスを抱え込む
自己責任論を他人に対して振りかざす人は、今まで振りかざしてきた自己責任論により自分を苦しめてしまうことがあります。
たとえば、散々自己責任論でミスをする人に厳しくしてきたのに、自分が仕事でミスをしてしまった時に、「自分は能力がない」「努力を怠っている」と今まで言ってきた言葉の数々がブーメランとなって自分に戻ってきます。
たとえば「なんでも努力で改善できる」と言ってきた人がスランプになってしまった場合「努力で改善しなれければいけない」と無理やり練習に打ち込んでしまうものです。(そうしないと説得力がなり、信用を失うのでやめられない)
しかし、練習すればするほど調子が悪くなってしまうも、あれだけ「努力で改善できる」と行ってきただけに引くに引けなくなり、燃え尽き症候群になるまで練習してしまう…ということがあります。
自己責任論は自分の調子がいいときにはその怖さに気づきにくいものですが、調子が悪くなると自己責任論に囚われ、自分を追い詰める原因となります。
努力や実力を評価されたい人ほど自己責任論に陥りやすい
自己責任論は、苦しい環境に屈せず、努力や実力でのし上がってきたと感じている人ほど、よく見られます。
自分は頑張ったと認めて欲しい、自分の努力は無駄ではなかったと認めて欲しい、尊敬されたい、評価されたい…という承認欲求が強い人ほど、自己責任論で自分にも他人にも厳しくし、立派な人間であるということを主張してしまいます。
もちろん、自他共に厳しい性格が悪だというわけではありませんが、自他ともに厳しくしすぎると、暴論や極論で他人を傷つけたり、自分の言葉がブーメランとなって返ってきてメンタルを傷つけることもありえるのです。
厳しさばかりではなく、適度に自分以外の何かに責任や原因があると考えることは、メンタルを健康に保つためには有効な方法なのです。