自己愛性人格障害の取り巻きの末路について

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自己愛の強い人は、自分をちやほやしてくれるための太鼓持ちとなる存在を求めたり、自分の無茶な要求を聞かせるための子分や手下的な存在を求めることがあります。

つまり、自己愛の強い人は「取り巻き」を強く欲すると同時に、その取り巻きを自分の個人的な欲求で振り回すというたいへんはた迷惑な行動に出る。まともな人であれば人間関係は長続きしにくいのはもちろんのこと「関わる面倒なことになる」と周囲から見られて、自然と周囲から人が去っていきます。

しかし、中には他人に対する精神的な依存心が強いために、たとえ関わる上では問題の多い自己愛の強い人でもコロッと依存してしまう。そして、新興宗教や自己啓発セミナーにハマるカモ信者のように、自己愛の強い人の取り巻きとして生活していくことを選んでしまう人もいます。

では、自己愛の強い人の取り巻きになった人は、その後どのような末路になるのか、自己愛の強い人にのめり込むことでどのような内面の変化が見られるのか…今回はこのテーマについてお話しいたします。

自己愛性人格障害の取り巻きの末路として待ち受けているもの

自分を低く評価する人に安心感を覚えるようになる

自己愛の強い人は、集団内で自分が一番であることを確認したり、何かにつけて自分の方が格上であることを誇示するために、取り巻きの人間を見下したり、低く評価する傾向があります。

そんなマウントを受け続けるうちに、取り巻きとなってしまった人は、自分で自分のことを過小評価する癖がついてしまい「自分は価値がない、人より劣っている」という物の見方(=認知)がついてしまいます。

もちろん、この物の見方は自己愛の強い人という一人の他人がつけた評価に過ぎないのですが、その評価こそが自分の中での絶対の評価であると考えてしまうために、自分のことを(貶すでもなく)至ってまともに評価してくれる人に対して不信感や違和感を覚えるようになります。

一方で、自分のことを「ダメな奴」とか「他人がいなければ何もできない」など、低く評価してくる人に対しては、「自分は価値がない、人より劣っている」という認知と一致するため、(貶す意味で言われたとしても)自分を低く評価する人の方に安心感を抱いてしまうようになります。

自分のことを貶して、低く評価する人というとイメージがわきにくいかもしれませんが、要するに

  • モラハラ気質の人
  • いじめっ子タイプの人
  • 他人を尊重しない人
  • 乱暴な言動をする人

など、関わると実害を受けるであろうことが容易に想像できる人に対して、居心地の良さを覚えるようになる。

そのことで後述するように各種ハラスメントの被害者になったり、共依存の関係に陥る可能性があります。

各種ハラスメントの被害者になり苦しむ

自己愛の強い人は、取り巻きに対して無茶な要求を押し付けると同時に、その要求に沿う沿わないに関係なく、言葉の暴力や態度の暴力(無視、冷遇、嘲笑)などで精神的に痛めつけることで自尊心を満たそうとします。

場合によっては殴る、蹴る、物を投げつけるなどの身体的な暴力に出たり、金品を徴収or管理するなどの経済的な暴力に出てしまうことで、取り巻きの人に危害を加えてしまうことがあります。

また、男女の関係であれば、DV(=ドメスティックバイオレンス、デートDV含む)やセクハラの被害者として、取り巻きの人が実害を受けることも起こりえます。

しかし、取り巻きの人は自分を過小評価する癖がついているため、たとえ相手が法的にも道徳的に認められない行動をしてきたとしても、それに対して強く反発できず、結果として受け入れてしまう。

「自分はダメな人間だからこそ、ひどい仕打ちを受けても当然だ」とか「これは暴力ではなくダメな自分を戒めてくれる愛の鞭だ」と考えてしまい、自己愛の強い人が危害を加えることそのものを肯定してしまうようになります。

言い換えれば取り巻きの人は、自分に危害を加えてくる危険人物の悪行を許すと同時に、新たな被害者生みだしかねない状況に加担しているとも言えます。

自己愛の強い人が道を踏み誤ったとしても、忠告したり、罪を認めて改心するように働きかけていないという点では、自己愛の強い人を支持する「取り巻き」の役目を懸命にこなしているとも言えます。

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自己愛の強い人なしでは不安や恐怖感じるようになる

自己愛の強い人の中には、散々取り巻きを悪く言って自己評価を下げるように仕向けると同時に「そんなダメ人間だからこそ、自分みたいな優れた人間がいないとダメだよね」という感じのフォローを入れてくることがあります。(ただし、ここでいう「優れた」は自称であり、本当に優れているとは言えないことも多々ある)

自己評価が下がって自信を持ちづらくなっている人や、不安を強く感じるようになって他人への依存心が高まっている人からすれば、自分のことを悪く言いつつもそんな自分を見捨てない言葉を発してくれる人は、非常に優しくて安心できる人のように思えてしまい、自己愛の強い人に深くのめり込んでしまうことがあります。

しかし、深くのめり込む一方で、自己愛の強い人から見放されることについて強い恐怖を感じたり、自己愛の強い人が身近にいなければ簡単に自信を喪失し、無力感に悩まされるようになる。

そんな、不安や恐怖に陥らないためにも、より自己愛の強い人に依存する。そして、自己愛の強い人の機嫌を損ねないように顔色を伺った行動ばかりを取るようになります。まさに、自己愛の強い人の従順な手下に、自ら成り下がってしまうのです。

共依存の関係に陥り抜け出せなくなる

取り巻きの人が自己愛の強い人に依存するだけでなく、逆に自己愛の強い人も自分を持ち上げてくれる取り巻きの人に依存してしまい、共依存の関係に陥ることがあります。

自己愛の強い人は、肥大化した自尊心を傷つけられることを強く恐れているからこそ、自分に対して鋭い指摘やツッコミをしてくる人を嫌う。

そして、いつも自分のことを持ち上げてちやほやしてくれて、厳しい指摘もせず、向き合いたくない現実も見せてこない、都合のいい取り巻きとなる人を強く求めるので、共依存の関係が起きても不思議ではありません。

なお、そもそも共依存という言葉が、アルコール依存性の夫とその夫を支える妻が相互に依存し合う関係が起源であることからもわかるように、共依存の関係はお互いにお互いを苦しめると同時に、自分たちに対して助けを差し伸べる人たちを遠ざけてしまい、ますます苦しい関係に進展してしまう、非常に危うく不健全な関係です。

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自己愛の強い人から離れられても、また自己愛の強い人をにのめり込んでしまう苦悩

補足ですが、取り巻きとして自己愛の強い人に深く関わっていたとしても、その人たちが全て共依存に陥ったり、ハラスメントの被害者となるわけではありません。

しかし、自己愛の強い人と関わる中で形成された、自己評価が低い癖がその後も影響して、仮に自己愛の強い人との関係を絶てたとしても、また新たな環境にて前と同じような自己愛の強い人に妙な安心感を覚えてしまい、のめり込んでしまうことがあります。

自己愛の強い人と関わったことで形成された自己評価の低さや、自分自身が持つ他人への依存心を自覚しない限りは、また同じような過ちを繰り返してしまうことは、十分に理解しておくことが肝心です。

なお、余談ですが今やリアルの人間関係だけでなく、SNSやyoutubeなどネットを使って多くの人と関係を築ける世の中です。

自己愛の強い人からすれば、散々リアルの世界でトラブルを起こしたために居場所をなくしたとしても、ネットの世界に飛び込めばまた新たな取り巻きを集めることが楽にできるので、今の世の中は自己愛の強い人向きかもしれません。

取り巻きとして痛い目にあった人は、再び取り巻きとして都合のいい存在扱いされないためにも、ネット上で誰かと交流する時は気を抜かないこと、十分に用心することが大事だと感じます。

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