プライドが高くて「謝りたくない」と感じた時の対処法

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プライドが高い人の謝り方は、どこか本心では謝っていないことが感じ取れたり「自分は悪くない」と言う不満が隠せていない謝罪になり、見ててイラっとする人が多いことでしょう。

例えば、「不快に思われた方がおられるのでしたら、心よりお詫び申し上げます」というsy材は、「私としては不快感を与えないように気をつけてましたが、私の意図しない形で受け止めて不快に感じた方がいるとの事なので、とりあえず謝っておきます。」と言われているように感じて、腹が立つのも無理はありません。

しかし、こうした謝り方は決して他人事ではなく、誰でもしてしまうものだとも感じます。

年が若くてまだ謙虚さがあるうちなら心から謝ることは容易ですが、ある程度立場を手に入れたり経験を積んで謙虚さを忘れてしまった場面で、昔と同じように素直に謝ることができるか…と考えると、素直に謝れない人になってしまう不安を抱く人はきっと多いと思います。

かつては部下として素直に謝れていたものの、今や上司になり多くの部下を指導する立場にいるからこそ、その立場を失いたくないために素直に謝れなくなる。他にも、子供ができて親の立場になたことで、子供に対して素直に謝れなくなる…など、立場が自分の置かれている立場が変わったことが原因で、素直に謝れなくなってしまう事は、誰にでも起きることだとおもいます。

今回は、プライドが高くて「謝りたくない」と感じたときに役立つ対処法についてお話しいたします。

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プライドが高い人にありがちなダメな謝罪の例

プライドが高い人の謝り方の例をざっくり説明していきます。

  • 「〇〇したつもりはないですが、もし不快にお待ちしまったのなら謝ります」と条件付きで謝罪する謝り方。
  • 謝罪をした後に、「でも…」「だって…」「ですが…」「実は…」「いや、あなたにも落ち度が…」と、言い訳が続く謝り方。
  • まるで、ネット上にある謝罪のテンプレートをコピペしてきたかのような機械的な謝り方。
  • 形としては謝罪はしているものの、経緯説明がなかったり、そもそも誰に向けて謝罪しているのかが不明瞭。説明不足や詰めの甘さのせいで余計に混乱を招く謝り方。
  • (YouTuberの場合)謝罪動画と称して、謝罪をエンターテイメントの一種と化し、自分のイメージアップに使う謝り方。

などがあります。

プライドの高さゆえに自分は特別で、完璧で、非の打ち所がない人間であると言う思い込みが強い。そして、素直に謝罪する事は、その思い込みは所詮思い込みでしかなく、自分はミスや失敗を起こす平凡な人間である、と言う見たくない現実と向き合うことのように感じます。

そのため、必死に謝らなくてもいい方法を探る、とりあえず形だけの謝罪でごまかす、責任転嫁や言い訳、自己正当化をして開き直ろうとする…など、向き合うべき現実から逃れようとするのです。

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「もしも雑な謝罪を続けたらどうなるか…?」を想像してみる

プライドの高さが邪魔をして謝るたくても謝れないことに悩んでいる人は、まずは「もしも雑な謝罪を続けたらどうなるか…?」を想像してみることをお勧めします。

心のこもっていない謝罪が原因となり、周囲から信用を無くしてしまったり「あの人はプライドが高くてちゃんと謝ることすらできない人なんだ」と自分の評価を落とすことになるでしょう。

もちろん、自分の肥大化したプライドは守られるかもしれませんが、それと引き換えに今まで自分が築き上げてきた信用、人望、立場、評判、などが失墜し、次第に周囲から呆れられて孤立する可能性も出てくるでしょう。

また、雑な謝罪の自分が所属している企業やグループを見る目が変わって「あの組織は隠蔽体質がある」などの根も葉もない噂が広まってしまったり、ネット上で炎上してしまう可能性もあります。こうなれば、自分のちっぽけなプライドのせいで、自分と関わりのある人に直接的に迷惑を与えていると言っても過言ではありません。

職場以外の場面なら、自分の子供に対して素直に謝らなかったことが原因となり、子供が独立した後に全然実家に顔見せなかったり、自身が要介護の身になっても子供が愛想をつかせて実家に寄り付工とせず、孤独に苦しむことも考えられるでしょう。

こうした悲惨な結末を想像すれば、自分のちっぽけなプライドを守ってまで、雑な謝罪を続けることのリスクについて理解できようかと思います。

雑な謝罪を続けるのはあまりにもリスクが大きい。そして、それに見合うリターンも乏しい。従って、素直に謝る方がよっぽど理にかなっているという結論に辿りつくはずです。

一度素直に謝罪することができれば、二度目はやりやすい

といっても、今までのプライドの高さが散々邪魔をしてきただけに、最初の1歩が踏み出せない人が多いことだと思います。

おそらくプライドの高さゆえに、今まで1度もまともに謝る経験がなかった。あるいは素直に謝らずごまかし続ける癖を身につけてきたことが原因となり、素直に謝ることについて過剰に不安を感じていることでしょう。

しかし、そうした最初の一方踏み出さず、いつまでも雑な謝罪を突きやり続ければ、最終的には悲惨な結末が待っている事は上でも触れています。

そこで、意識しておきたいのが、一度素直に謝ることができれば、二度目以降はもっと素直に謝ることがやりやすやりやすくなるということです。

例えば、一度自転車に乗るコツを覚えてしまえば、その後は問題なく自転車を乗りこなせるようになるのと同じで、いちど素直に謝ることをしっかり実行できれば、二度目以降はそこまで緊張や不安を覚えず謝ることが可能です。

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等身大の自分に適度なプライドを持てることを目標に

プライドが邪魔をして謝れないのは、それだけ等身大の自分とはかけ離れた過度なプライドをを持ち、そのせいで不自由に苦しんでいるとも考えられます。

プライドは無さすぎると卑屈や自己否定に苦しむ原因になりますが、ありすぎると自信過剰になったり、素直に謝れなくなるなど、社会生活を円滑に営むことに支障をきたします。

素直にしっかり謝れる癖を身に付ける事は、過度なプライドで自分を苦しめず苦しめる事から解放し、等身大の適度なプライドへと修正するためにも欠かせません。

等身大のプライドを身に付けていれば、謝罪に対して過度に否定的な意味を見出したり、謝罪することそのものに心理的なハードルを感じる事は少なくなります。

あくまでも謝罪をする事は、自分の人格の否定や、自分の思い込みを根本から全否定するものではなく、自分が犯してしまった行動の落ち度を受け入れて、よりよい社会生活を送るために必要なことです。

もちろん、謝罪をして終わり…ではなく、失敗の原因をしっかり追求して、再発防止のために改善や対策を立てて実行していくことはもちろん大事です。しかし、それと同じ位に、等身大の自分を受け入れ、適度なプライドを身に付けることも目標としていきましょう。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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