口だけの人はなぜ口だけで終わってしまうのか その心理について

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新年に立てた抱負を口にするものの、決してそれが守られることなく、気が付けば抱負を口にしたことも忘れて、来年もまた同じように抱負を口にする…そんな、口だけで前進していない事を突っ込まれると耳が痛くなる人は、ひょっとしたら多いかもしれません。

もちろん、新年の抱負に限らず、受験について熱く語ったり、仕事や恋愛での目標や将来の展望・野望を熱く語ったりすることはあるものの、実際に語ったことを実行できているかといえば、あまりできていない人も、それなりにおられることだと思います。

多くの人はこうした人に出会うと「あれだけ熱く語っていたのに、なんで口だけで終わってしまったのだろう…」という疑問を抱くことでしょう。

今回は、そうした疑問にお答えすべく、口だけの人が口だけで終わる心理・理由についてお話しいたします。

口だけで終わってしまう理由・心理

実際に行動に移すのではなく、口だけで注目を浴びたいのが本心

口だけで終わってしまうのは、実際に何かやりたいだとか、新しいことを始めたいから言っているのではなく、ただ周囲の人から注目を浴びたい願望を叶えたいのが本心だからこそ、口だけで終わってしまうのです。

とにかくビッグマウスな自分を見せてチヤホヤされたい。応援されたり、期待をされたり、尊敬や羨望のまなざしを向けられて、自分の承認欲求を満たしたいからこそビッグマウスになっているのであり、その目的が叶えられたら、実際に口にした事をやる必要性はなくなるのです。

もちろん、こうした承認欲求を満たしたいがための口だけの行動は、次第に「やっぱりあの人は口だけで何もやろうとしない人だ」と呆れられ、承認欲求を満たし難い状況に自分を追い込む羽目になります。

しかし、周囲の人から呆れられても、例えば活動の場所をリアルからネットに移すなど、過去の自分を知らない人たちの輪の中に入っていけば、またチヤホヤされる状況を(一時的には)手に入れられます。(…もちろん、新たに移り住んだ居場所でも、次第に口だけなのがバレて呆れられて相手にされなくなり、居場所を失い続けて生きづらさに悩まされますが…)

周囲から背中を押してもらいたいのが本心

口だけになるのは「自分がこんなにすごい夢や目標を持っているんだ」と宣誓の意味で口にしているのではなく、そんなすごい事を口にしている自分の背中を押して欲しいという願望があるとも見れます。

とくに、受験や就職、スポーツなど、自分一人の力だけではどうにもできな事柄、運が絡んで自分が思い描いている未来にならない可能性もある事柄については、どうしても不安を感じるものです。そんな時に「虚勢を張ってでも周囲の人から背中を押してもらいたい…」と感じている人が、あえてビッグマウスになることで、周囲の応援を集めようとするのです。

本心は不安や恐怖でいっぱいだが、それを素直に表すことに抵抗を感じている。そして、不安とは真逆の(空)元気な言動に出たり、やたらハイテンションになることは、心理学の防衛機制の反動形成であるとも解釈できます。

ただし、この場合は不安としっかり向き合っているとは言い難い。そのため、いくら背中を押してもらったとしても、目の前の不安に押しつぶされてしまい、そのまま口だけの人になってしまいやすいのです。

加えて、周囲の人の反応が薄く背中を押してもらえる言葉が得られなかった場合も同様に、不安にしっかり向き合っているとは言えないので、口だけの人になってしまうのです。

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成功だけを思い描きたいためにあえて口に出して自分に言い聞かせている

意識高い系の人のように、やたら大げさなことを口にする割には実績がなんとも言えない人に見られるのが、順風満帆に成功するイメージばかりを口にして自分に言い聞かせている。つまり、自分で自分に「自分はスムーズに成功する」という暗示をかけていることです。

ただし、この自己暗示が上手くいかずなんとも言えない結果になってしまうのは、成功するイメージが一度の挫折もなくずっと右肩上がりのイメージしかないという、本人の希望的観測から成り立っている。それゆえに、多少のスランプや挫折、状況等の影響で上手くいかない時期が来ると、瞬く間に不安に襲われて心が折れるという、思い込みの極端さが影響しています。

例えば、受験で考えるのなら「自分は志望校合格のために、毎回模試の結果が右肩上がりで、伸び悩みがなく順風満帆に成績が伸びていく」という、何ら挫折もスランプもない希望的観測を思い描くと同時に、そのことをやたら口にする人です。(そして、そういう人は受験直前期になると、自分の見通しの甘さを痛感し最初の頃の勢いが消えることも多い…)

もちろん、極端な思い込みのせいで見通しの甘い計画を立ててしまった自分の未熟さを改善していければ、次第に口だけの残念な人を脱せるのですが、中には思い込みを自覚できなかったたり、手放せないままになり、現実と折り合いをつけられずに生きづらさを抱えてしまう人もいます。

特に、自己愛が強く完璧ではない自分を受け入れられない人、プライドだけが妙に高く肥大化した自尊心に振り回されている人には、この傾向が見られます。

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プライドだけが高すぎて口だけになってしまう人

プライドだけが高すぎる人は、例えば受験なら模試、仕事ならコンペなど、客観的な評価を下される場面を嫌います。

客観的な場で公正な評価が下されれば自分が思っていたほど、実力がなかったとか、口では言ってるほど優秀でも特別でもないという、身も蓋もない事実を正面から突きつけられる恐れがあるからこそ嫌うのです

でも、かと言って注目もされず承認を得られない生き方では、あまりにも辛すぎて耐えられない。

そのため(方法には難があるが)嘘や誇張を使って自分を大きく見せる方法により、周囲から賞賛や注目を集めて、何も成し遂げていないのにさも立派なことをやり遂げた人間として評価されることこそ、口だけの人が安心感を覚えることが出来る数少ない状態です。

ただし、この状態は「私はすごいんだからすごいんだ!だから貴方たちも私をすごいと褒め称えるべきだ!」という主観だけに基づいていると同時に、肥大化した自尊心により自分も他人も振り回しており、たいへん不安定で危うい状態です。

当然「すごいからすごい」という説明になってない説明にツッコミが入ることもありますし、あまりの痛々しさに、周囲から人が離れて見放されてしまうリスクもあります。

自分のことを無批判に褒めてくれる、口だけ何の実績もない自分を認めてくれる人というのは、賞賛や承認に飢えている人からすれば、いるだけでありがたい存在かもしれません。

しかし、一方でその人が褒めてもいくら褒めて自分は口だけのままでロクな実績は無いまま。肥大化した自尊心とちっぽけで何も成果が残せていない自分とのギャップに苦しむという新たな問題が生まれるおそれがあります。

たとえ褒めて褒めて褒めまくる人が身近にいたとしても、その人の好意にどっぷり依存せず、学業・スポーツ・仕事などで客観的な成果を残していくことが、口だけの残念な人間にならないための対策なのです。

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