被害者になりたがる人の心理について

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(言ってることが本当かどうかはさておき)自分は何かしらの被害を受けている被害者である、と主張して被害者のポジションを取る人は、実際に相手にすると非常に面倒です。

「今の不幸な自分があるのは社会や政治のせいだ」という口調で、自分以外の誰かのせいで自分は不幸になったと言い張る人が身近にいると、いつの間にか自分が加害者扱いされるという不安に悩まされなければいけません。

一方で「今の不幸な自分があるのは全部の自分のせい…全部自分が悪いんだ…」と、なんでも自分のせいにする人も、自分自分を傷つけて、不幸でかわいそうで守られるべきというイメージが強い被害者の立場になりたがる人といえます。

自分に全ての責任があると言ってる分、周囲にいる人は直接加害者扱いされることはありませんが、なんでも自分のせいにしたがる行動のせいで、ちょっとした会話で激しく落ち込まれ「まるで自分が極悪な加害者のようなひどいことをしたように感じる?」という、良心を悪い意味で刺激する困った人といえます。

今回はそんな被害者ぶる人の心理についてお話しいたします。

被害者ぶる行動の特徴

冒頭でも述べましたが、被害者ぶる人は

  • 他責によるもの
  • 自責によるもの

の二種類に分けて考えることができます。

一般的には、他責で被害者ぶる人の方が悪目立ちしますが、自責で被害者になりたがる人の存在もここではまとめて説明します。

他責で被害者ぶる場合

  • 「自分がこうなったのは○○のせいだ!」
  • 「自分は悪くなくて○○が悪い!」

と、自分の落ち度を完全に否定して、全てを自分以外の誰かや何かに擦り付けるパターンですです。(なお、○○には、親、学校、教師、友達、職場、社会、政治、法律などがよく入る。)

就職活動での失敗を例にすれば

  • 就活で失敗したのは社会情勢が悪い。
  • 自分の良さに気づかない面接官や会社が悪い。

と、失敗の全原因を会社側に求めたり、その当時の政治や運などの自分の力ではどうにもできないものに擦り付けて、自分を守ろうとします。

被害者ぶってかわいそうな人だとアピールするものの、被害者ぶるための主張が荒々しくなることが目立ちます。

自責で被害者ぶる場合

  • 「自分がこうなったのは全て自分のせい」
  • 「あなたは悪くなくて全部自分が悪い」

と、何もかも自分に責任があると決めつけて自分を犠牲にしたがります。

就職活動での失敗を例にすれば

  • 就活で失敗したのは自分の努力不足である。
  • 自分の良さに伝えられなかった自分の実力不足だ。

と、なんでも自分のせいにして納得しようとします。

他責とは真逆であり謙虚な人だと思われることもありますが、なんでも自分のせいにするために、知らないうちに他人に気を遣わせるように働きかけたり、気を遣わない人を「空気の読めない人」「自責に追い込んでいる原因を作っている人(=加害者)」と思わせてしまう空気をつくることがあります。

他責のように表立って自己主張しない一方で、態度や表情から周囲にプレッシャーをかけ「自責に駆られている人を刺激する言動は控えるべき」という空気感を作り出す厄介さがあります。

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被害者ぶる人の心理

被害者という立場を使って自分の要求を通したい

他責も自責もどちらも、弱く守られるべき被害者という立場になって、自分の要求を押し通したいという思惑を持っていることがあります。

他責であれば被害を何度も主張する。自責であれば勝手に被害者ぶり忖度させる空気を作ることで、周囲の人間が自分の思い通りになりやすいようにします。

もしも、これらの言動に対して「図々しい」とか「これ以上の要求は答えられない」という至極もっともな主張してきた場合は

  • 他責:「被害者に向かってその物言いはないだろ!」と倫理観に訴える態度を取る。
  • 自責:「無理させてごめん、やっぱ私が悪いんだ…」と自責を悪化させる。

という反応を返すことで、被害者の思うどおりに動かなければいけないという心理にさせます。

被害者ぶって相手をコントロール、そのことを指摘したことすら材料にして更に相手をコントロールできることを、なんらかの形で学習した結果の行動ともいえます。

注目されたい、構ってもらいたい

学校でいじめが起きた時に目立つのが「いじめられっ子(被害者)」と「いじめっ子(加害者)」であるように、何かしらのいざこざによって生じた被害者と加害者は、目立ちやすいという性質を持っています。

もちろん、被害者の場合は被害を受けたということで周囲からの温かい声や励ましの声が集まりやすく、加害者の場合は危害を加えたことから罵詈雑言や罪を問う声が集まりやすいものです。

このことを踏まえると、誰かから注目されたい、構ってもらいたいという承認欲求の強さが目立つ人は、何かしらの被害者であることをリアルやネットの世界で主張すれば、簡単に注目されて且つ自分に賛同する人の声を集めることが容易にできます。

自分には何か特筆すべき才能や人を魅了する容姿がない人でも、自分は何かしらの被害を受けて苦しんでいる人であると(嘘や誇張があっても)主張することが、手軽に承認欲求を満たす方法の一つなのです。

もちろん、嘘や誇張がバレたらかわいそうな被害者像は崩れ去るので相応のリスクはあります。また、SNS上で被害者ぶった場合は、(嘘や誇張を含めて)行動が記録として残って炎上したり、デジタルタトゥー化するリスクもあり、決して推奨できるものではありません。

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自分の落ち度を追及されるのをブロックしたい

とくに自責で被害者ぶる人に目立つのが、自分が招いたミスを「全て自分が悪うございました」と全面的に非を認めて、ミスが起きた原因や背景を探られるのを防ごうというパターンです。

もちろん、他責により自分の落ち度を全部他人のせいにして開き直る人もいますが、こちらはごまかしているのが比較的分かりやすい分まだマシです。

自責の場合は「全て自分が悪いんです!」という姿勢をとるために、周囲がそれ以上追及をしにくい空気を作るという厄介があります。

この空気はミスの裏に何か隠蔽したいものがある、バレたらまずいような致命的な過ちをしている場合のその場しのぎとして利用されることがあり「全面的に非を認めているから、これ以上とやかく言うのはやめておこう」という言葉が出るように誘導しているともいえます。

被害者になりたがることの問題点

「扱いづらい人」というイメージがつく

他責の場合はもちろんですが、自責の場合もひどく落ち込んだり、その場の自由を奪う空気感を作るために扱いづらい人というイメージが定着しがちです。

自責の場合は表面的には謙虚でしっかり自分の非を認められる人と受け止められることもありますが、必要もないのに勝手に自分で責任があると背負い込む行動が自己中心的だと見られたり「自分のことばかりしか見えておらず、早計な決断を下したがる人」というマイナスイメージが付くこともあります。

被害者になりたがる人が職場後輩として入ってきた場合は、後述するように反省も改善も見られないために、次第に距離を置かれたり、たらい回しにされてしまう可能性もあります。

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悪いと思うだけで何の反省も改善もしないケースも

他責の場合は「○○が悪くて自分は悪くない!被害者だ!」と主張している分、反省や改善が期待できないのは自明ですが、自責の場合も同様です。

自責の場合は「全て自分が悪いんです」ときっぱり決め付ける姿勢を取ることばかりに夢中になりすぎて、どうしてミスが起きたかの原因究明が放置されたままで、何度も同じミスを繰り返してはその度大げさに謝る…という行動を繰り返しがちです。

「大袈裟な謝罪はするけど反省はしない」という進歩のなさゆえ、に最初は謙虚な人だと見えたもの、次第に反省も改善もせず同じミスを繰り返し続けている残念な人という印象がついてしまいます。

他責も自責も過去の失敗、挫折、不幸にこだわり続けるものの、では「どうすればいいのか」を考えるまでには至らない。

具体的な改善をするわけでもなく、前向きな対策を立てるでもなかう、何もせずにいられるような口実を探すために「被害者」という立場を手に入れようとするために、扱いづらい人というイメージが定着するのです。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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