不良自慢、昔は悪かった自慢がうざく感じる心理について

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不良自慢、昔は悪かった自慢といえば

  • 昔は不良・ヤンキーでみんなに迷惑をかけていた。
  • 喧嘩を頻繁にして暴力沙汰は日常茶飯事だった。
  • 暴走族(今風に言えば珍走団だが…)・万引きなどをしていた。
  • 後輩をいびっていた、いじめていた、嫌がらせをしていた。

などが一般的です。大抵は男性がするものだというイメージもありますが、女性でも後輩いじめやいじりなどの過去の迷惑好意を武勇伝のように語る人はいるものです。

そして、自慢話の中でも過去の悪さ自慢はとりわけ他人を不快な気持ちにさせたり、痛々しさや大人気なさ、がっかり感、失望感を招く話題として(悪い意味)で評判といっていいでしょう。

ネット上でも悪さ自慢の話になれば、毎回こち亀の漫画で不良が更生云々のストーリーのシーンが貼り付け&長文コメが付くほどであり、不良自慢について不公平感や不満を募らせている人の思いの強さをひしひしと感じる次第です。

今回は、そんな悪さ自慢をうざく感じる心理についてお話しいたします。

不良自慢がうざく感じる理由・心理

恥ずかしいことを自慢げに語る姿が痛々しい

そもそもで言えば、過去に悪さをして迷惑をかけたことを自慢げに話すことは、多くの人にとっては「恥」と感じます。

現代社会は戦国時代のように武力・暴力がステータスになる時代ではありませんし、そういったものをステータスとして誇示することは、社会の平和を脅かす恥ずべきものであるという認識があります。

だからこそ、多くの人は悪さ自慢をすることを恥じたり、悪さをすることそのものを恥ずべきものとして避けるのです。

そんな中、堂々と過去の悪さ自慢をする人を見れば、多くの人にとって時代遅れの人、恥の概念が欠如しているかのように感じて、純粋に話を聞くのが辛くなる。痛々しくて、いたたまれない気持ちになってしまいます。

また、話している人がそれなりにお年を召されている方であったり、それなりの役職についており良いイメージを保つのが大切であろうにもかかわらず、過去の悪さ自慢に夢中になっている姿を見ると、なんとも大人気なく見えてしまって、目を逸らしたくなるのです。

「俺はしっかり更生してて偉いだろ」と同意を求めてくるのが面倒

過去の悪さ自慢はただ純粋に自慢するだけでなく、過去と比較してどれだけ成長しているか、更生して偉くなっているのかを周囲に認めてもらうこともセットになっています。

「昔はワルだったけど、今はこんなに立派になっているのだから認めてくれ!」と同意を求めてくる。それに対して、同意以外の返答を返そうものなら、認めていないこっちの方が冷たい人間かのような目で見てくることもあれば、喧嘩腰になったり不貞腐れてくるので非常に面倒です。

もちろん、本当に更生しているとすれば、それはそれで素晴らしいことだと認めます。

ただし、更生していることをあくまでも自己申告で語っているため、ひょっとしたら話が誇張されていたり、自分に都合よく歪められていることも否定できません。

話が歪められた結果として、実は現在も更生前とさほど変わっておらず、依然として同じような迷惑を無自覚にかけており、まったくもって改善の見られない人ではないかという懸念があります。

過去の悪さを恥ずべきものとして自分の内に秘めておくのではなく、自分をよく見せるための材料として自慢げに語っている時点で、本当に更生しているのかいう怪しさが拭えません。

そもそも更生できたかどうかは、決して加害者のみで決めれるものではなく、被害者や関係者を含めて更生の進歩を確認するもののはず。

自己申告で「更生しましたよ」と言っても、それを示す客観的な根拠や他社の証言がない限りは、本当に更生しているかどうかを判断することはできませんし、思っているような「うわ~すごいね!頑張ってね」という好意的なコメントばかりが返ってくると思い込むのは、少し虫が良すぎるような気がします。

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マウントを取りたがるのでめんどくさい

昔はワルだったけど今は反省して立派になり成長したことでマウントを取ったり、あたかも「悪さの数々=勲章」のように扱ってマウントを取り自己アピールをして来ることが、非常にめんどくさく感じるのです。

もちろん、悪さもせずにグレる(死語)こともなくまっとうな人生を送っている人はそもそも「悪さの数々=0」なので、マウントされたら確実に敗北します。(敗北感を味わってもさほど悔しくはないが不愉快ではある…)

そして、マウントと取りたがる人に多いのが、「悪さをしていない=人としての魅力が無い、つまらない奴、元気の無い奴」といったレッテル張りをし、自分の方が優れていると自慢げになる行動が非常に面倒くさいのです。

もちろん、マウントを取ろうとする人が、相手をまったく選んでいないとは考えにくいものです。

まっとうに生きてきて、悪さとは無縁の相手だからこそ、確実にマウントを取れる相手だと認識しいるのだ考えれば、極めて失礼な行動をしているという自覚を持って欲しいものだと感じます。

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いじめられていた記憶を思い出されるから非常に不愉快

不良・ヤンキー・いじめられっ子からいじめや嫌がらせを受けていた過去を持つ人からすれば、彼らの悪さ自慢により思い出したくないことを無理やり思い出させる存在と感じます。

もちろん、目の前で自慢している相手から直接いじめを受けていたわけではなくとも、話の内容やいじめを意気揚々と語る姿を見るだけで、心の中がざわざわとしてきて不快な気持ちに襲わるのです。

いじめのことを自慢げに話す用を見ていると、まるでいじめた本人は自分の手で人を傷つけたことをなんとも思っていないどころか、自分語りの材料として有効活用しているようにすら見え、「いじめられてきた人は、あなたの反省を彩るためのモブキャラではない」と言いたくなるほどです。

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過去の悪行を武勇伝のように語る傲慢さが気に入らない

不良時代の非行・悪行で不利益を受けた人は、過去の悪さ自慢をする人を引き立てるモブキャラではありません。

不良の悪行のせいで、引きこもりになったり、人間不信になったり、自分は弱い人間だという自尊心の喪失で苦しんだり、などの当時の被害者のことを考えると、彼らを愚弄して自分を持ち上げるための材料にする傲慢さには、強い怒りを覚えるものです。

ひょっとしたら、不良時代の悪行のせいでまともな人生を歩めていたのかもしれないのに、あるはずの未来を奪ったことの自覚なく、脳天気に不良自慢をしている光景はまさに反面教師とするべきだと強く感じます。

真面目に生きている人からすれば不良自慢は響かない

もちろん、過去の悪さ自慢について、とくんい抵抗感を持っていなかったり、それをきっかけとして話題作りになり交友を深められる人が居ることも事実でしょう。

荒れた学校に通っていた過去を持つ人同士なら、お互い打ち解けて仲良くなるための話題として過去の悪さ自慢は有効だと言えます。

しかし、多くのまっとうに生きてきた人にとって、悪さ自慢は共感を覚えるものでもなければ、交友を深めるような話題とは言えません。もちろん、心に響くような話題とは呼べず、人によっては軽蔑を覚えることがあるセンシティブな話題です。

そもそも人に迷惑をかけずに真面目に人生を歩んでいる人が過小評価され、荒れていた人が更生してまともになっただけで過大評価されている現実を目の当たりにしているからこそ、悪さ自慢をする人に対して不快感を抱く人が多いのです。

また、悪さ自慢はTPOをわきまえなければいけないのは言うまでもありません。

例えば、社会人になってお金の絡む話や信用が肝心になる場面で昔の悪さ自慢をしよう物なら「この人と関わりを持ってしまうと自分の身や財産、所属先、関係者に危害が加えられるのでは?」という不信感を抱かれても無理はありません。

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悪さ自慢をどう受け取るかは聞く側の自由

いい年して、いつまでも昔の悪さ自慢をしており子供っぽいところが抜けないといえば確かにそのとおりですが、その子供っぽさを好材料と捉えるか、それとも悪材料と捉えるかは話を聞く人が自由に決められるものです。

「更生したから認めてくれよ!」と言われても、それに対していつも「わかった」という返事を返さなければいけないという道理はありません。

また、悪さ自慢が受け入れられないからといって、すねたり、不機嫌になったり、嫌がらせをするなどの行動に出れば、更生したとか成長したとか言ってたことが嘘であったと言っているようなものです。

…なお、反面教師にされることを見越しているのなら話は別かもしれませんが。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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