お返しをしない人の心理について

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年賀状を送ったのに返さない。バレンタインで義理or友チョコをあげたのに、ホワイトデーのお返しがない、誕生部にお祝いをしてあげたのに他人の誕生日は祝おうとしない…など、人間関係においてお返しをしない人と出会うと、自分だけが損をしてる気持ちに駆られてしまい、次第に距離ができてしまうことがあろうかと思います。

また、年賀状や食べ物などの物のやりとりに限らず、感謝の言葉を口にするなど言葉や態度のお返しすらもロクにしない人だと、付き合えば付き合うほど自分が一方的に割りを食っているように感じて、まともに付き合うのがアホらしくなることでしょう。

今回は、そんな付き合うのが面倒なあまりに非常識な人という烙印を押されがちな、お返しをしない人の心理についてお話しいたします。

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自分は特別扱いされて当然だと感じている

なぜお返しをしないか…その原因として考えられるのが、自己愛が強く自分は特別扱いされて当然の人間だと感じていることです。

自分は特別で優秀な人間だという自己イメージを持っているからこそ、それに見合った行動を取る。つまり、「自分は他人からチヤホヤされて、他人から施しを一方的に受け取るのが当然である」「特別な人間だからこそ、他人に対して施しを行いへりくだるような真似をすべきではない」…という自己中心的な考えから、お返しをしないのです。

もちろん、こうした自己愛の強い性格の人は他人と対立することが多く、対等な人間関係を築くことは難しいものです。しかし、上下関係で成り立つ人間関係や小規模且つ閉じた人間関係(中小企業の社長、親戚付き合い、カルト宗教など)においては、自己愛の強さに異を唱える人が出にくいため、言動がエスカレートしてしまうことがあります。

「お返しをしたい人」と思っていないからお返しをしていない

お返しをしないからといって、その人が誰に対してもお返しをしないという一貫性を持っているとは限りません。

「積極的にお返しをしたい人」もいれば「お返しをしなくてもいい人」と、自分の中で優先順位をつけている。そして「お返しをしなくてもいい人」とみなされた人に対しては、その認識通りにお返しをしていないだけ…だと考えられます。

言い方は悪いですが、他人を見下し舐めてかかっている点からは上でも触れたように自己愛の強さがうかがえます。

自分の利益のためなら他人に失礼な行動に出るのも問題ないし、失礼な行動に出ても問題ないほど自分は特別な人間であるという、思い込みの強さが言動に反映されていると言えます。

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お返しをするだけの経済的余裕がない

もちろん、お返しをしない人が皆自己愛が強すぎて他人を見下すようなおよそ褒めるべきところがない人ばかりではありません。

ただ純粋にお返しをするだけの経済的余裕がなく、普通に生活をするだけでも自分のことで精一杯であるため、結果としてお返しができないこともあります。

特に、もらったものがそれなり値が張るものであった場合、お返しもその値段に見合ったものを返さなければ、相手に恥をかかせてしまうおそれがあります。

しかし、経済的に苦しくお返しの品に充てるだけのお金すら惜しい。かと言って少額なものでお返しをすれば相手に失礼である…と悩みに悩んだ挙句、お返しをする・される関係が自然消滅へと向かうように、あえてお返しをしない選択をとっているのだと考えられます。

経済的な事情でお返しができないというのは、なかなか言いづらいものですし、下手に口にして相手に余計な心配や気遣いをさせるのは心苦しい。でも、経済的余裕がない以外のネタで上手く乗り切るだけの話術を持っていないので、結果としてお返しをせず何も行動しないまま察してくれるのを待っているのです。

こうした思惑が見えづらい行動もよく見ていけば、その人なりの優しさや気遣いが見て取れるものですが、そもそもが思惑が見えづらい行動であるため真意を理解できず「非常識な人」というレッテルで見られてしまう行動でもあります。

なお、余談ですがお返しをする・される関係というのは、贈答品のやり取りから送った人の経済事情や文化的教養の有無などを感じ取れるものです。

あまりにも自分と異なる経済・文化事情にいる人だと、次第に付き合うことが恐れ多く感じたり、あまりの差から気まずくなって次第に疎遠になってしまうことは、経済・文化の面で格差が広がっている日本社会の現状を反映しているようにも感じます。

「お祝いをされたらお返しをするのが当然」という常識がない

結婚や出産など、いわゆるお祝い事に関する送りものとそれに対するお返しのやりとりに関する常識やマナーを学んだり、そもそも触れる機会すらなかったことが影響して、お返しをしていないのだとも考えられます。

原因としては、核家族化によりお祝いごとに関するやり取りを学ぶ機会そのもの減ったことや、経済的に苦しいために自然とお祝いの場面でもののやり取りをする習慣が廃れて行ったことが考えられます。(なお、モノの代わりにお祝いのメッセージで済ますなど、形は変われどお祝いのやりとりそのものが受け継がれているケースもある。)

ただし、「お祝いをされたらお返しをするのが当然」という常識そのものが、ある一定の組織集団内においてのみ通用する常識である。つまり、ごく限られた人間関係でのみ通用するマナーやローカルルールのようなものであり、育ってきた環境の違いから「お返しをするのが当然」という常識に触れてこなかった人もいれば、「お祝いをされてもお返しをする必要性はない」という、これまた別の組織・集団で身につけてきた常識があり、お互い相容れない常識を身につけている状態になっている可能性も考えられます。

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お返しの考え方で悩まないためには、ちゃんと話し合うことも大事

自分から相手に何か施したのに「何でお返ししないの?」と催促すること自体、なんだか意地汚い人間になっているかのように感じて、なかなか言い出せないものかもしれません。

しかし、恥ずかしいからといって自分の意見を口や態度で表さないままの状態を貫き、相手に自分の考えを察してくれるように求めてばかりでは、当然ながら相手に自分の意図していることは伝わらないままになるも無理はありません。

自分から「お返しはどうなっているのですか?」と伝える努力をしてないのに「あの人はお返しをしない非常識な人だ」と決め付けてばかりでは、次第に付き合って心地よいと思える人間関係の幅が狭まるのではないかと心配になります。

そうした事態を防ぐためにも、多少恥ずかしい思いをすることを理解した上で、しっかりと自分の気持ちを言葉にして相手に伝える努力をすることも大事だと感じます。

また、このことはお返しを期待する立場だけでなく、自分がお返しをする立場になった時でも大事でしょう。

相手に余計な気遣いをさせないために「バレンタインのお返しはいらないです」「お返しは○日までにします」と、お返しに関する説明や補足をしっかりしておけば、相手も「あの人はお返しをしない非常識な人」だと早合点してしまうのを防げます。

お返しという金銭的・精神的利益が絡む話題は、明言を避けぼかしておくのがなんとなく美徳だと思われているからこそ起きる行き違いを未然に防ぐためにも、お返しに関する取り決めは自分から進んで相手に伝えておくことが大事だと感じます。

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