親の怒り方が原因で怒鳴り声がトラウマになった話

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タイトルにもありますように、筆者自身怒鳴り声がたいへん苦手です。

もちろん、自分に向けられるものだけでなく、他人が怒鳴られている光景を見聞きするだけでも、嫌な汗がじんわりと背筋に湧いたり手汗が止まらなくなったり、その場を離れたくなる衝動に駆られます。

怒鳴り声に対する苦手意識が染み付いたのは、筆者の親の怒鳴り方に原因があると見ています。

(思い出すこと自体あまり気持ちのいいものではありませんが)、せっかくなのでこの記事では、どんな怒鳴り方だったのか、それがどう嫌に感じたのかをお話しさせていただきます。

トラウマになった怒鳴り方とはどのようなものだったのか

怒鳴る基準がよくわからない

もちろん、怒鳴る私に全くの落ち度が無いわけではありませんし、親の期待に添えない、出来の悪い私に対して親が不快感を示すこと自体は否定しません。

しかし、そうは言っても、怒鳴る時の基準があやふやすぎるために、どうしたら怒鳴られずに済むかという対策が立てられず、気に障ったことがあれば問答無用に怒鳴られていたのが、たいへん辛く感じました。

例えば、親と決めた1日にできるゲームの時間を守っているのに怒るときもあれば、怒られない時があり「約束を守る≠怒られない」と感じて混乱する…というものです。

次第に、基準があやふやなので、ゲームをするときに親の顔色を伺うようにしたり、ゲームそのものをしなければ怒られずに済む、と考えるようになっていきました。

親からすれば「ゲームをやめさせる」ことが怒る先にある本当の目的であるために、あえて親子間で決めた基準を無視して怒る横暴に出ていた…と考えることもできます。ただし、「ゲームをやめなさい」という要求すらせず、それどころか勝手に約束を無視して怒鳴る理不尽な姿勢には、納得できないものがあります。

なお、約束を守っているのに怒られるという状況に対して、強く反抗できず、親のいいなりにならざるを得なかった私にも落ち度があるように感じます…が、こうした罪悪感を抱かせ子供をコントロールすることこそ、親の本当の狙いだったのかもしれません。

問い詰めるような怒鳴り方

怒鳴ると言っても、汚く罵るような言葉を一方的に口にするのではなく

  • 「なんで?」
  • 「どうして?」
  • 「どう思ってるんだ?」

と、問い詰める言葉を多用した怒鳴り方でした。

いわゆる、お説教のように押さえつけられるものではなく、私から言葉を引き出して問い詰める怒鳴り方です。取り調べ室で尋問を受ける容疑者になったかのような気分でした。

なお、よく「どうして怒っているのか当ててみろ」と、クイズ形式で怒鳴ることもありましたが、この場合は「もしかして○○でしょうか…」と私が行った場合「本当に○○だと思ってるのか?」と、すかさず脅しが入るのが特徴的でした。

「○○」が事実であったとしても、怒りの気迫の前には動揺を隠せないことが大半で、その動揺した態度すらも怒りに火をつける材料となる。また黙っていては「黙ってないでなんとか言え」と、脅しをかけてくるという、自分より弱い相手を追い込むのがたいへん得意な親でした。

こうした、話しても、黙ってもどのみち怒りをエスカレートさせる怒鳴り方は、今にして思えばダブルバインド(二重拘束)に通ずるものがあると感じます。

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沈黙と怒鳴るを交互に繰り返す

ただ怒鳴るだけではなく、怒鳴った後に黙る、つまり沈黙することを挟む怒鳴り方でした。

まるで嵐の前の静けさのような妙な緊張感をいつもその場に漂わせ、怒鳴られている方を精神的に追い詰めるのが上手な怒鳴り方をしていたことをよく覚えています。

一度怒っておしまい…ではなく、嵐の前の静けさと嵐の本番(=怒鳴る)を何度も断続的に繰り返す、緩急をつけて怒鳴り方は、いつまでこの嫌な雰囲気が続くのかわからない恐怖で、胃の辺りが締め付けられる感覚になったのを覚えています。

今にして思えば、怒鳴り声の後に何も言わず、怒っていること、不機嫌であることを露骨に示す空気感を作るため、そして次に怒鳴るためのエネルギーを溜めるために沈黙を用意していたのだと思うと、本当に人を追い詰めるのが得意な怒鳴り方をする人だったと感じます。

ため息をつく、睨みつけるなど、露骨な態度で威圧しながら怒鳴る

親が怒鳴るときは、殴る、蹴る、ものを投げるなどの暴力や力に訴えるものこそなかったので、世間一般からすればいい親なのかもしれませんが、その代わりに態度の悪さで精神的に追い詰めていたことをよく覚えています。

一例を上げるとすれば

  • 大きなため息を何度もつく。
  • 睨みつける。
  • 舌打ちをする。
  • 拗ねながら怒る。
  • 呆れや不機嫌を示すために、あえて天井を見上げる。
  • (問い詰めに対して)私が言ったことをオウム返しにして小馬鹿にする。

など、親という立場を利用して、怒られている私を威圧・挑発する態度の数々です。

声による威圧と態度による威圧で精神的に追い込む。まるで刑事事件になるのを避けるために民事の範囲でできることをやってのけるような怒り方だったと、当時を振り返って思います。

自己正当化をしながら怒鳴る

  • 「怒らせているのはお前のせいだ」
  • 「本当は怒るのなんてアホらしいけど、お前のために怒ってやってるんだ」
  • 「ここまで怒らせるようなことをしたってこと、わかってんのか?」

と、怒る行為に理屈や理由をつけて、自己正当化して怒ることが多くありました。

まるで過度に怒って「流石に怒りすぎてしまった」という罪悪感を受け止めて消化することができず、怒られている対象である私に責任を擦り付けるかのような美しくない怒り方です。

自分で大きくさせた怒りの感情をコントロールできない落ち度を、自分の子供(私)に擦りつけるかのようです。

もちろん、そんな言い訳がましい起こり方に対して、反発や指摘をすることはできませんし、むしろ罪悪感を植えつけられているために、ここまで親を怒らせてしまった状況に対して深い罪の意識や恐怖を覚えるばかりでした。

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「怖がるフリをするな」と言いながら怒鳴る

声、気迫、態度の3すくみで怒鳴られるわけなので、私自身たいへん怖くて仕方がなく怯えの感情をコントロールすることができなくなるのですが、そんなときに「怖がるフリをするな!」と怒鳴ることも多々ありました。

親としては、怒鳴られたぐらいでビクビクする大人になって欲しく無い、怒鳴られたぐらいでへこたれない逞しい大人になって欲しいという思惑があったのかもしれませんが、声、気迫、態度で追い込むような怒鳴り方をしておいて、怖がることを「フリ」として否定されたのは、子供ながら非常に傷ついたのを覚えています。

そもそもで言えば「怖がるフリ」ではありませんし、事実誤認で更に怒られている状況は、たいへん恐ろしく感じました。

また、こうした経験から親が認める感情のみ表出することを、自分の中で無意識のうちに行っていた。つまり、親の顔色を伺って自分の中に「感じてもいい感情」と「感じてはダメな感情」を無意識のうちに選ぶ癖が出来ていたようにも感じます。

お酒を飲みながら怒鳴る

怒鳴り方でもとくに辛かったのが、お酒を飲みながら怒鳴ることでした。

親はお酒をよく飲む人(ただし飲むのは発泡酒・チューハイなど度数が低めのもの)で、お酒を飲んだときはとくに怒鳴るのが激しくなる傾向がありました。

このことは今にして思えば、親自身が「普段より怒っているのはお酒のせいである」とアリバイを作るためだったように感じます。

なお、一度小学校で習ったアルコール依存症の知識をもとに、親の体の心配をしたこともありましたが、そのときは「普段飲んでいるお酒は度数が低いから、アルコール依存症じゃない。アルコール依存症てのはワインとか日本酒をドバドバを飲む人のことだ」という説明を受けたあとに、キツく睨まれ怒鳴られたこともありました。

もちろん、当時小学生の私に酒の種類とか度数がどうのこうの言われても理解できるはずがなく、ただ親のいいなりにならざるを得なかったのは言うまでもありません。

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最後に:外面が良い親だけに、怒ったときは罪悪感を感じずにはいられませんでした

親自身は、しっかり働いき残業もよくする、子供である私の教育にも熱心、仕事の愚痴を家ではしない、夫婦喧嘩もまず無く、酒はよく飲むものの暴力は振るわないので、いわゆる世間一般から見ても非常に「いい親」だと言えます。

しかし、そんないい親であるがために、怒る時の態度の変わり方の凄まじさに圧倒されていたように、当時の私を振り返ってみて感じます。

また、外面がいい親をこんなに怒り狂わせてしまったことに、「私のせいで親をこんなに怒らせてしまって、なんて私はダメな子なんだろう」という罪悪感や自責の念を持つことも多々ありました。

もちろん、怒らせてしまった原因は私にもあると考えるのが自然ですが、上でも触れたように起こる基準は曖昧であり、私に落ち度があろうとなかろうと怒鳴られ、その度に感じなくてもいい罪悪感を感じさせらていたといた恐怖が、怒鳴られることに対するトラウマになっているのだと考えた方が適当かもしれません。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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