意識高い系の人が自己啓発ビジネスのいいカモだと感じる理由

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自己啓発に熱心な意識高い系と呼ばれる方々を見ていて「意識高い系は自己啓発というビジネスの客としては、実にぴったりである」と常々思います。ただし、ここでいう「ぴったり」については、皮肉であり褒められるようなものではありません。

辛辣ですが、タイトルにもあるように「カモ」の意味です。

詐欺や悪徳商法のような怪しくて、胡散臭くて、香ばしいビジネスに引っかかりやすい人としては、意識高い系はぴったりだと感じています。

今回は、そんな意識高い系が自己啓発ビジネスのカモと感じる理由について、お話いたします。

自分が信奉する人・組織に対して疑いの目をむけられない

意識高い系は自分が憧れを抱いている人と自分を重ね合わそうとしたり、自分が信奉する組織やその商品に対して基本的に受身の姿勢であり、且つ疑いの目を持ちにくい特徴があります。

自分が憧れの眼差しを向ける経営者が書いた自己啓発本が出ればすぐに買う、そして本の内容に対して批評やツッコミを入れるのではなく「参考になります」「流石です」とベタ褒めする。そこには書かれている内容に対する吟味や疑いの姿勢は感じ取れません。

もちろん、これは本以外でも同じです。セミナー、コンサル、オンラインサロン、SNSやブログの投稿など、自分が信奉する人や組織が出した情報に対して、疑いの目を全く持てない。

自己啓発というビジネスを行う側からすれば、人を疑うことができない相手は、雑で適当な商品であっても売れる、楽に金儲けができるいい客と感じるのも無理はないでしょう。

意識高い系を狙った商品を売る光景が、しばしば「信者ビジネス」と呼ばれているように、その関係はまるでカルト宗教に類似しています。

スカスカの情報でも疑おうとしない従順さ

自己啓発という商品を売る側に対して疑いの眼差しをむけられないのにもかかわらず、彼らに対して従順で、いいなりになるのが意識高い系がカモと感じる所以です。

例えば、「これからの時代は○○のスキル(職業に関わるスキルが多い)の需要が高まるから身につけるべきだ!」と、自己啓発を売る側が言えば、それに対して「私もそう思います!」と無批判に賛同するという具合です。

ただし、どうしてそのスキルの需要が高まるのかの説明があるわけでもなく、仮に説明があったとしてもネットで調べれば出てくるようなスカスカの情報ばかり。

場合によっては、「○○さんが言ってた」という又聞きの情報でしかない。(ただし○○さんの知名度は低い。同時に、売る側も○○さんに対する無批判で従順な姿勢があることの裏返しと見て取れる。)

ほかにも、ぼんやりとしてつかみどころがない、まるでポエムのような漠然とした説明でしかないのに、それでも疑わない従順さは見ていて不安になります。

なお、自己啓発を売る側からすれば、これは「○○のスキルに関するセミナーをしますから参加してください」と商売に繋げるためのセールストークです。

ロクに考えもしない情報弱者をダーゲットにした商売を行ない、ともかく成約数アップへと繋げることを優先していると考えれば、雑な説明でも気にしないスタイルは腑に落ちます。

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情報発信と称し勝手に宣伝してくれる

SNS上で「#(ハッシュタグ)」付きで、自己啓発本やセミナーの内容を投稿する。twitterなら投稿内に「@…(自己啓発を売る人のアアカウントID)」をつけて投稿する様子が、意識高い系の方々を見ていると、よく見かけるものです。

こうした活動は、意識高い系風に言うのであれば「情報発信」ですが、見方を変えれば自分が信奉している人の商品を勝手に宣伝しているだけになります。

もちろん、宣伝活動は善意に基づいた活動であり無償です。売る側からすれば、自分の商品をノーギャラで宣伝してくれるので非常に美味しいお客様でしょう。

とはいえ、流石に善意に甘えすぎていては心もとないので、自身のSNSアカウントで紹介と拡散をする、「いいね」を付ける、コメントを返すなどのファンサービスを行って、より自分の根強いファンとして取り込もうとするのです。

…もちろん、このようなファン活動とも取れる活動を否定しませんし、こうした光景は芸能人・スポーツ選手・アニメや漫画などの世界ではありふれたものです。

ただし、ファンサービスをしてくれる人柄の良さばかりに惹かれて、自分が金を払って手に入れた自己啓発に関する商品の中身に対して、批評したり吟味する姿勢は無いままです。

むしろ、人柄の良さが強く印象に残っているだけに「あれだけ人柄がいいのだから、この人の商品はきっと素晴らしいに違いないし、そうした人を見極めて応援している自分はいい買い物をしている」という、買った商品の中身をそっちのけにし、買うことそのものが目的化している危うさを感じてしまいます。

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プライドが高くて騙されている事実すら「自己投資」と思い込もうとするところ

葛藤への対処法が、自分の肥大化したプライドを傷つけないように現実を歪めて解釈しようとするところが、意識高い系の弱点でもあります。

そもそも中身の薄い商品やサービスを買ったのは、勢いや雰囲気があるとは言え自分の意思。

そんな、自分の意思を否定して「私はなんでこんなものに時間やお金を使ったのだろう…」と自分の未熟さを認めることは、意識高い系たる自分のプライドを木っ端微塵に打ち砕き、しばらく立ち上がれなくなる恐怖があるためになんとしてでも避けようとします。

しかし、認めたくない苦い現実を「私はこんなの受け入れたくありません!」と感情的に否定するのもまた、意識高い系らしい賢さや落ち着きが見られずなんとも幼稚。仮にそんな姿を見せよう物なら、周囲から幻滅されるおそれがあります。

何とかして自分の失態を、今の肥大化した自分にとって都合よく受け入れるために放つのが「これは自己投資だから」と、いう言葉なのです。(投資という言葉そのものが、自己啓発に関する商品の殺し文句、マジックワードと化している気もします。一昔前で言う財テクの亜種なのかもしれません…)

「投資」と言えば、「自分磨きのために必要な努力に出費を惜しまない自分」を周囲にアピールすることもできますし、プライドが傷つここともないどころか、むしろその姿勢を評価されて自分が周囲から認められることで満足感を得ることも可能です。(年齢が若ければ「若いのに立派ですね」とお褒めの言葉をいただき、目にかけてくれる諸先輩方もきっとおられることでしょう。)

自己啓発のために時間と労力を捻出した過去は変えられないものの、それを見る認知は自分に都合よく変えることができるので、「自己投資」という最もらしい言葉で後付けの説明をして、自分の自尊心、自己愛が傷つかないように自分で自分を納得させるのです。

…なお、自己「投資」とはいうものの、リターンばかりに注目して、リスクが見えてなさそうなところは、かつてバブル期に株や不動産を当時の雰囲気で購入したものの、値下がりした時に損失確定を恐れて売り抜けられず、破産なり塩漬けをしてしまった人に通ずる危うさを感じます。

また、そもそもがスカスカの内容でどうとでも解釈できてしまうものを「自己投資」として好意的に見ている以上、商品そのものに対する見る目の無さ、衝動的に買ってしまう自制心の無さが、意識高い系たる自分の懐事情を苦しめると同時に、周囲から冷たい視線で見られる原因になっているように感じます。

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意識高い系はいい客だが、太い客になれるかは話は別である

こうしてみると、たとえ買ったものが霊感商法・開運商法で見られる、幸運を招く壺だろうと金運上昇のブレスレットだろうと、その効果の是非についてツッコミを入れることすらせず「これは自己投資だから」と言い訳して、無駄遣いすることを肯定している人のようにすら見えます。

もとよりプライドが高く、自己愛が強い意識高い系だからこそ、買ったもの及び行為に対して否定的な見方をしようものなら、それは自分自身の否定と感じてしまう。

その結果、どんなに胡散臭いものであっても、買ってしまったらその商品及び、その商品をかった自分自身を肯定せざるを得ない性分を持っているために、胡散臭い商品を売る方からすれば、素晴らしく良く出来たお客様です。

なお、経済的な成功を収められれば太い客になれるでしょうが、世に溢れる自己啓発関連の商品購入者がどれもパッとしないのを見ると、太い客になることはあまり期待できそうになく、なんとも皮肉です。

自己啓発関連の商品がどれも内容が浅く、初心者向けばかりのように感じるのは、太い客が出てきにくいからこそ、端から初心者をターゲットにした売り方に注力し、効率よく短期で稼ぐ思惑があるからこそ、あえて浅い内容止まりだと考えれば、納得できるものがあります。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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