食事や旅行などで写真を撮らない人の心理について

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今や、スマホで簡単に写真を撮れる時代。食事や普段の生活風景といった何気ない日常から、すこし贅沢したときや旅行に行った時に写真をとることは当たり前の時代とも言えます。

また、インスタグラムをはじめとした、写真をアップしてユーザー同士で交流をしたり、写真を加工しておしゃれな写真に仕上げる、あるいは自撮りや変顔などで面白おかしい写真にして友達同士で楽しむなど、写真を通じたコミュニケーションが日常風景に溶け込んでいます。

しかし、こうした写真があたり前の現代は、写真撮影そのもの興味や関心がない人にとってはすこし面倒なようにも感じるものかもしれません。(かくいう筆者もその一人)

今回は、そんな写真を撮らない人がどうして写真を撮らないのか…という心理について、筆者の経験を交えてお話しいたします。

なぜ写真を撮ろうとしないのか

撮りたい写真と自分のセンスで撮れる写真とのギャップが激しい

写真には、写真を撮った人のセンスや技量が如実に反映されます。

料理を写真に収めるにしても、

  • 料理をどれだけフレーム内に収めるか。
  • 光の取り入れ方でどういう雰囲気を演出したいのか。
  • ピントをどこに合わせるのか。
  • そもそも盛り付け、お皿、食器などが、料理を引き立てているか?

など、写真のセンスだけでなく料理の見栄えなど幅広い知識があれば、たとえファミレスで頼んだ料理であっても、高級で特別感のある写真へと仕上げることが可能です。

しかし、このことは言い換えればセンスや知識がなければ、安っぽくて庶民的でセンスを感じさせない非凡な写真を撮ってしまうとも言えます。

写真はボタン一つで簡単にできる手軽な趣味ですが、その手軽さゆえに自分のセンスのなさが写真という画像にそのまま反映されてしまいます。そして、自分が撮りたい写真と自分のセンスで撮れる写真とのギャップに苦しむのです。

今やネット上にはコンビニスイーツだろうと、スーパーの惣菜だろうと、写真の見せ方にこだわり安っぽさを感じさせないようなハイクオリティな写真がいっぱいアップされています。

料理だけでなく、

  • 普段通っている道路
  • いつも見ている風景
  • ふと見上げた時の空
  • 名前も知らない他人が行き交う街の様子

など、どんな場面でも、自分のセンスは撮影した写真に反映されます。当然撮影後にアプリで加工しても、本人のセンスは写真には反映されたまま残ります。

今や誰でもネットに写真をアップできて、ハイセンスかつハイクオリティな写真を簡単に閲覧できるので、写真を見る目は肥えている。

しかし、いざ実際に自分で撮ろうとすると、想像以上にセンスがないことがわかり、理想の写真には程遠い現実に直面してしまい、自然と写真を撮る回数が少なくなるのです。

スマホのバッテリーを温存したい

スマホのカメラで写真をする場合は、どうしてもバッテリーの消耗が激しくなることが悩みの種です。

筆者の個人の経験では、過去にiosを更新したせいで、普段からやたらバッテリーの減りが早くなって困ってことがあります。そんな状況で更にバッテリーを消耗を早めるカメラを使うのは、合理的ではありません。

これが旅行先となれば、カメラ以外にスマホで使いたい機能(地図、路線情報、観光地情報の検索)などあるのに、カメラばかりに機能を使ってはいられない…。

こうした、止むに止まれぬ事情あるので、バッテリー節約のためにあえて写真撮影を控えているのです。

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シェアやネットにアップする気がないから撮影しない

スマホで写真を撮影する目的は、ただ写真として残しておくだけでなく、インスタグラムやtwitterなどの各種SNSに投稿して、反応をもらうことにある人も多いでしょう。

しかし、自分自身がSNSにあまり興味や関心がない、どこに行ったとか、何を食べたとか、今日はどんなことがあったかを一々アップして反応をもらうことに、あまり魅力を感じられない。そのため、スマホで写真を撮ろうという気すら起きなくなるのです。

もちろん、そもそもSNSで繋がっている人が少なすぎて、写真をアップしても反応がもらえない悲しい現実が影響していることもあれば、写真をアップすると、自分がどこに住んでいるのか、どういった生活を送っているのかを特定されてしまうリスクがあるので、あえて写真を撮らない生活をしているということも、写真を撮らない心理の一因として考えられるでしょう。

あとで見返さないので撮影する必要性を感じられない

贅沢をしてどこかに食事に言ったり、旅行をしたときに写真をたくさん撮るものの、後で見返す習慣がないと、写真を撮影する必要性が感じられません。

思い出として撮ったはずなのに、その思い出を見返すこともなく、スマホ内のデータの一部として放置するためにわざわざ写真を撮っている自分を自覚してしまうと、急に写真に対する熱が覚めてしまうのです。その結果、自然と写真を撮ることから遠ざかるのです。

写真撮影に義務感や責任感を抱きたくない

写真撮影に熱中してしまうと、まるで写真を撮るために用もないのにどこかに出かけたり、旅行をするにしても写真を撮ること前提で、スケジュールを組んでしまいます。

本当なら旅行で楽しむことがメインのはずなのに、気が付けば写真を撮るために旅行をしてしまう本末転倒っぷり。

そして、旅行から帰ってきても、どんな景色が印象的だったとかの記憶がなく、ただ写真を撮ることばかりに熱中して、全然旅行を楽しめていなかった自分に気がつき、後悔の念に駆られるのです。

まるで「写真を撮らなければいけない」という義務感や責任感に駆られて、全然旅行を楽しめてない。最中はやるべきこと(=写真撮影)のおかげで充実はしていたも、どこか虚しいというか、もったいないことをしたなぁ…という気持ちに駆られることがあるものです。

また「もっといい構図の写真を撮らなければいけない」と写真を撮ることに欲が出てしまうと、写真を撮ることがまるでストイックなトレーニングのようにすら感じてしまうこともあります。

旅行どころか写真撮影すら苦しくて楽しめない…そんな経験を重ねた結果として、写真を撮らずに気楽に楽しむことを大切さを実感したのです。

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写真撮影よりも楽しみたいことがある

写真撮影はたしかに楽しみはありますが、それよりも楽しいと感じることを優先したいために、あえて写真を撮らないというのも、立派な選択でしょう。

さきほどの旅行の話のように、たしかに写真撮影も旅行の楽しみの一つではありますが、旅行先でなんとなく見ず知らずのお店に入ってみたり、その地で楽しめる景色や味を純粋に楽しむのもまた旅行の楽しみだり醍醐味です。

また、普段の食事にしても、純粋に味わいたいから食べる、お腹が減ってて早く食べたいから食べる、というのもシンプルですが楽しみ方の一つです。

多くの人にとって何らかの形で写真を撮ることが当たり前な世の中になっていると思いますが、写真ばかりが楽しみの全てでもなく頂点というわけでもありません。

写真を撮るのが当たり前な世の中だからこそ、あえて写真を撮らない人の存在は、どこか不思議で異様にすら見えるかもしれませんが、彼らにも彼らなりの楽しみや考えがある事を理解することが大事だと感じます。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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