筋肉信仰とは 筋肉信仰に感じる怖さ、問題点について

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「筋肉さえあれば人生における問題は全て解決する!」「筋トレさえすればメンタルを病むことはない」という類の、筋肉万能論や筋肉こそ正義であり真理である…というオカルトじみた説を信仰する人が、ネット上では多く見られます。

たしかに、筋肉といえば力の源。(真偽はさておき)人生の問題の多くを解決してくれそうな気がしてくれそうに感じるのも理解できます。

しかし、筋肉に対して過剰な効果を期待している人…つまり筋肉信仰にのめり混んでいる人を見ていると、思考に柔軟性が無く非常に硬直している。カルト宗教のような、思考の先鋭化が見えて、怖さすらも感じてしまう。

まさに、ちょっと運動しただけで肉離れでも起こしてしまいそうな凝り固まった筋肉のように、非常に危うい思考の持ち主であるように感じて、不安や違和感を覚えてしまう人は、きっと少なくないと感じます。

今回はそんな筋肉信仰に関する問題点について、お話し致します。

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筋肉信仰とは

筋肉信仰とは、人生における諸問題を解決する場面に筋肉を鍛えることや、筋肉そのものに過剰な期待を抱いてしまう考えを指すと定義できるでしょう。マッチョイズムや努力至上主義と通ずる要素もあります。

なお、多くはいわゆる「ネタ」として信仰されている程度であり、実際に筋肉が人生における諸問題を全て解決する…という、少々強引な論調は、あくまでも「ネタ」として楽しむものとして捉えられているでしょう。

しかし、筋肉信仰をネタとして受け流せず真に受けてしまったり、筋肉信仰を流布する有名人・著名人に感化されてのめり込んでしまうと、

  • 筋肉信仰を第三者に押し付けてしまう。(=ありがた迷惑)
  • 筋トレをしない人を軽蔑しだす。
  • 筋肉に過剰なまでの期待を抱くと同時に、期待通りにならない現実に失望する。しかし、その失望をまた筋肉信仰で乗り越えようとして、のめり込む。

など、あらゆる問題が生じてしまいます。

筋肉信仰の問題点

なんでも筋肉にこぎつけてしまい認知の歪みが生じる

筋肉信仰の特徴である、何事も筋肉に結びつけてしまうことは、認知の歪みを生む原因になります。

認知の歪みとは、不合理な考え方のことであり、うつ病をはじめとした精神疾患を招く原因とされています。

物事を多面的に捉えられなくなる、物の見方に偏りが生まれる、物事を極端に解釈してしまう…など、認知そのものの歪みがエスカレートすると、日常生活に支障をきたしてしまう可能性があります。

なお、認知の歪みは10種類あり、その中でも筋肉信仰と関連深いのは‥

  • 結論の飛躍:「人生がうまくいかない→筋肉に原因がある」と飛躍した結論を下してしまう。
  • 一般化のしすぎ:ある一つの出来事を、他の全て出来事に当てはめようとする。「筋トレは全てを解決する」…など、一般化しすぎると、多面的に物事を見る機会を放棄し、視野狭窄に陥る。
  • べき思考:「○○したい」ではなく「○○すべき」と自分で自分を律するように考えてしまう。べき思考通りに動けているうち良いが、べき思考についていけなくなると自己嫌悪をしてしまう。(例:「自分は筋トレすべき」と考えているが、怪我のせいで筋トレできなくなると自分を責めてしまう。ひどい場合には「筋トレできない自分に価値はない」と飛躍した結論を下してしまうことも…)

などが挙げられます。

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自分自身の攻撃性の肯定、自己正当化

筋肉信仰の危うさは、自分が筋肉というパワーやエネルギーの象徴と一体化し、自分自身が力のある存在だと思い込んでしまうこと。(=防衛機制の同一化)

そして、力を振るうことそのものを肯定的に見てしまったり、他人に迷惑をかけることになったとしても、その事実を直視せず自己正当化してしまうことです。

いくら筋肉信仰にのめり込んでいるとはいえ、自身の過ぎた言動を正当化しようものなら、批判や指摘の声が上がってくるのも無理はありませんし、反省や改善をして行くことが大事です。

しかし、筋肉信仰はこうした自身に向けられた声ですらも、自分の力(筋肉)で強引にでも乗り越えるべき課題であると考えてしまい、反省や改善に結びつかない。

率直に言えば、乱暴な言動を押し通すことを筋肉信仰であると考えてしまい、自分の行き過ぎた言動を省みることなく、自分の考えに賛同しない他人に対する排他的、攻撃的な態度を強める。

それだけでなく、思考が先鋭化することそのものを肯定的に見てしまう危うさが、筋肉信仰の問題点なのです。

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筋肉信仰が持つ単純明快さの弱点

筋肉信仰は「筋肉=正義、絶対、万能」というような非常に単純明快な理論であることが特徴的です。

もちろん、科学的な根拠や理論の正当性・妥当性など、筋肉信仰にツッコミを入れる余地は十分にありますが、そうしたツッコミがなくても「筋肉信仰はどうやら確からしい」「筋肉信仰のおかげで人生上手くいきそうな気がする」という、信仰に対する正しさを感じたり、好印象を感じてしまうものです。

筋肉信仰は「現実的な理屈はさておき、信じておけばなんとなくご利益がありそうな気がする」という、妙な説得力を持っているように感じるからこそ、ネタとしても自己啓発としても盛り上がるのです。

こうした、単純明快な理論に対して正しさや好感を抱いてしまう理由は、心理学では「認知的流暢性」で説明できます。

認知的流暢性とは、物事を認知する際、それがストレスなく処理できるかを指す心理学用語です。

人間はストレスなく処理できるものに対して「好ましいもの」「正しいもの」という印象を抱いてしまうとされています。しかし、この時感じた印象は錯覚(誤帰属)である…というのが、認知的流暢性の恐ろしいオチです。

話を筋肉信仰に戻すと、筋肉信仰の理論は実に単純明快であり、理解するのに労力がかかるものではありません。

難解な言葉や専門用語も使用しておらず、シンプルな理論であり、そんなに賢くない人でも容易に理解できるのが特徴的です。

そんなストレスなく、頭にスッと入ってくる理論だからこそ、ついその理論を疑いもせず「正しいことを言っているに違いない!」と感じたり、なんとなく嘘偽りのない好ましい理論であると錯覚してしまう。

しかし、上でも触れているように筋肉信仰の理論は単純明快ではあるものの、そればかりで人生におけるあらゆる出来事をカバーできるほど万能でもないし逆効果もある。本質や真理を突いているとは到底呼べないのが実情です。

ネタとして信じるのならまだしも、鵜呑みにするのには少々問題のある理論ですらも、正しいと錯覚し、信じ込んでしまう…これこそが、単純明快な筋肉信仰の弱点なのです。

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