劣等感とは、自分が人より劣っていると感じる事を指します。劣等感は誰でも持っているものですし、勉強やスポーツ仕事などで優れた結果を出している人でも、当然無関係ではありません。
劣等感が強すぎる人の中には、自分が劣っていると言うことを認めたくないために、他人を下したり、頑張っている人の足を引っ張るなどの、いわゆる嫉妬から来る嫌がらせをしてしまうことがあります。
また、劣等感を持つ自分自身に嫌気がさしてしまい、劣等感そのものを抑圧し続けた結果、自分に対して劣等感を思い起こさせるような人と出会うだけで激しく動揺してしまうことがあります。
劣等感と言う感情は、嫉妬心同様に「卑しく、醜く、汚くてドロドロとした感情なので、行動や態度に出すべきではない」と言うネガティブなイメージで語られることが多いものです。
しかし、自分が抱いている劣等感を克服する上では自分が何に対して劣等感を抱いているのか、どうしたら劣等感しんどい思いをすることが防げるのかについて向き合っていく必要があると思います。
今回は劣等感が強い人がどうして嫉妬深くなるのかということがあるについてお話しいたします。
目次
劣等感の強い人に見られること
いつも周囲の目が気になり、他人と比較してしまう
劣等感が強い人は、いつも周囲の目が気になりつい他人と比較して「自分は劣っていないだろうか」「自分の方が〇〇さんよりも格上じゃないか」と言うことに気を取られがちです。
最近だと、スクールカースト(学校内ヒエラルキー)と言う言葉がよく使われるようになってきていることもあってか、集団から見て自分の立場がどこに位置しているのか、また自分と同じ位の立場の人はどういった人なのか…と、自分と周囲の人とを取り巻く立場や環境について敏感になっている人が増えているように感じます。
特に人間関係で感じる劣等感の代表例としては
- 友達の数が少ない、あるいは友達がいない(=ぼっち)
- 恋人がいない、あるいは恋愛関係と無縁である
- コミュニケーション能力が低い
- 見た目や顔立ちが(主観的に見て)整っていないと感じる
- 学力や学歴、職歴、経済力の差
- 日々の生活が充実していないこと(=非リア充)
などが挙げられます。
最近はSNSやインターネットが発達したことにより、嫌でも他人の自慢や近況報告を見にすることが多くなったためか、「〇〇さんに比べて自分の生活はなんて惨めで退屈なんだ…」と言うような劣等感を感じる人が多くなっています。
過度な自慢話や虚勢を張ることで劣等感から逃れようとする
自分の劣等感と向き合うのは簡単ではありませんし、向き合おうとすればするほど「自分はダメだ」「なんて自分は惨めなんだろう…」と言うような自己嫌悪に落ちることが多いものです。
ダメな自分を受け入れるのが難しいと感じたとき、私たちは劣等感から逃れるためにあえて過度に自慢話をしたり虚勢を張ることで「自分は優れているんだ」と思い込むことがあります。(=防衛機制の反動形成)
ただし、自分で自分を優れていると思い込むばかりでは次第に虚しさを感じたり、そもそも優れていると思える根拠が不確かなので、自分を優れていると豪語すればするほど「本当に優れているのだろうか…」という漠然とした不安や恐怖に襲われてしまいます。
その不安から逃れる方法としてよくあるのが、自分の自慢話に賛同する人を常に周囲に集めて自分を褒めるように仕向けたり、自分と同じかそれ以下の人としか付き合わない(つまり馴れ合う)と言う行動です。
こうすることで、ただのむなしい自画自賛ではなく、他人から賞賛や承認を受けていると言うアリバイや根拠を作ることができ、1人で優れているのだと豪語するのと異なり劣等感から逃れやすくなるのです。
ただし、この方法は常に自分のメンタルを安定させるために他人からの承認が必要になってしまう他人を振り回したり依存してしまうという問題や、自慢話がエスカレートするあまりに嘘をついてまで自分を大きく見せる癖がついて、次第に人から信用失ってしまう恐れがあります。
また、自分を大きく見せていく中で、理想の自分像と現実の自分像とのギャップが開すぎて辛くなってしまうこともあります。
劣等感を認めようとせず無意識のうちに抑圧してしまう
劣等感を強く感じる人にとって、真正面から劣等感と向き合うと言うのは簡単ではなく苦痛や不快感を伴うものです。
例えば、受験戦争を勝ち抜き有名進学校に入学したもの、周囲のレベルが高すぎて自分の学力が集団内で下のレベルだったと感じる場面で考えてみましょう。
学外の全く無関係の人からすれば、「有名進学校に向かったんだから貴方は十分勉強ができるじゃないの!」「進学校に受かるぐらいなんだから、卑下せず自信を持てばいい」と言う前向きな言葉を口にして励ます事が多いでしょう。
しかし、劣等感で苦しんでいる当の本人からすれば、そのような言葉を言われるほど、(周囲と比較して)勉強ができない自分に対してどこか後ろめたさを感じたり、劣等感の根源である勉強そのものを、普段から見ないようにしたり考えないようにしたりして抑圧することがあります。
本人からすれば勉強のことを思い出すだけで「周囲と比較して勉強ができない」と言うつらい現実と向き合わなければならず、そのことにストレスを感じてしまいます。
ストレスを避けるためにも積極的に勉強のことを抑圧し、不快感を感じないようにする…こうして自分のメンタルを守ろうとするのです。
ただし勉強のことを抑圧した結果、
- 学校生活や勉強そのものにやる気がなくなる(=燃え尽き症候群、無気力症候群、学習性無力感など)
- 欠席が増えて不登校になる。
- つらい現実から逃げるように学校以外の人間関係や、インターネット上の人間関係にのめり込んでしまう
ことがあります。
そして、のめり込んだ人間関係の中でも、抑圧した感情はふとした時に思い出されることがあります。
例えば、学歴や出身校に関する話題であったり、自分以外の誰かの受験や進学に関するエピソードであったり、勉強を想い起こさせるような話題を聞くたびに抑圧していた感情が思い起こされる強い不快感を覚えてしまうのです。
いわゆる、話してはいけない話題が多い人…つまり「地雷を」持っている人は、普段から自分が見たくないものや向き合いたくない感情抑圧する癖がついていることが影響していると考えることもできます。
劣等感が嫉妬深さにつながる背景
自分より格上の人を見ると嫌でも「自分は劣っている」と自覚してしまう
劣等感が強い人は自分よりも上の人を見かけると劣等感を意識せざるを得ません。
自分よりも勉強ができる人、スポーツができる人、コミュニケーションが堪能な人が身近に現れると、その人と比較して自分は劣っている、角下であるということを感じてしまいます。
先ほど述べたように、自分が抱いた劣等感を真正面から受け止めると言うのは難しく苦痛を伴うものです。
そのため、苦痛を避けるためにごまかすような態度をとったり、嫌味や皮肉なことを言うことで、自分が安心できる(=劣等感を感じないゆるい人間関係)居場所を失う人から身を守ろうとするのです。
以前書いた「なぜ嫉妬が起きるのか。嫉妬心が生じやすい場面や状況について」でも触れていますが、嫉妬が起こりやすい場面の1つに「自分の立場が脅かされそうな時」というものがあります。
劣等感に苦しんでいる人は「自分は劣っている」と自覚しなくてもいいような居心地のいい居場所や立場を求め、維持しようとします。
しかし、そこに格上の人が出てくると、自分の居場所を失うことへの恐怖や不安を感じることで嫉妬心を抱くのです。
嫉妬されるような人はそれだけで劣等感の強い人は脅威と感じる
周囲から嫉妬されるような人は、嫉妬の対象となるものを持っている…
例えば、学力、地位、名誉、美貌、人望といった、人からうらやましいと思われる魅力を持っているものです。
しかしそういった強い魅力を持っている人は、劣等感の強い人に対して自分の劣等感をより強く意識してしまう恐ろしい存在のように感じたり、自分のコンプレックスを刺激する脅威そのものだと感じることがあります。
そして、何とかしてその脅威を排除するべく、足を引っ張ったり邪魔をして魅力を落とそうとするのです。
もしこれがうまくいけば、自分が余計な劣等感を感じることなく穏やかな生活を送ることができる…嫉妬深い人はような心理から、嫉妬による嫌がらせやいじめを行うことがあるのです。
嫉妬や劣等感を前向きなエネルギーにしていくのは決して楽とは言えない
人間は誰しも劣等感を抱く者ですが、その劣等感を勉強やスポーツ、趣味、仕事といった生産的な活動の原動力になるように昇華していくのは決して簡単なことではありません。
先ほど例として挙げた進学校の場合、勉強で劣等感を感じなくするために勉強に打ち込んでトップになれば、今まで感じていた劣等感は薄れることでしょう。
しかし、進学校と言うだけあって、自分よりも頭のいい人な人や勉強の要領が良い人が多いので、トップ争いは激しくなるのが簡単に想像できます。
また仮にトップに躍り出たとしても、今度はその立場を失うことに対して不安を感じたり、自分よりも下の人が着々と学力をつけてきていることに対して嫉妬心を覚えたりすることもあり、劣等感を前向きなものとして使っていくのは、言葉にする以上に難しいものだということが理解できると思います。
また、人によっては劣等感を克服するためにあえて苦手なことをやっていると言う自分を「自分は能力がないからこうやって地道に努力するしかないんだ」と言うような、自己卑下や自虐を込めて言うことあり、劣等感を克服するまでに心が折れてしまうというケースもすくなくありません。
まずは、自分の劣等感や嫉妬心を受け入れることから始めてみる
勉強や仕事と言うような競争が避けられない場面に限らず、趣味の世界や日々の暮らしにおける格差などリアルやねと関係なく劣等感やそれからくる嫉妬心を思える場面は多いものです。
なんとかして自分の劣等感を克服したいと考えている人は、まずは自分が劣等感を持っているということを素直に自覚するところから始めてみるのがいいと思います。
しっかり自覚できれば、
- どのような場面や状況に劣等感を抱く癖があるのか。
- どうすれば自分が劣等感を感じる場面を少なくできるか。
- 感じている劣等感を少なくするために出来ることは何があるか。
という克服に向けてやるべきことを冷静且つ客観的に調べて、少しずつ劣等感を克服できるようになります。
特に劣等感が強い人は、なるべく手短に一瞬でパッと劣等感がなくなるような方法を求めがちですが、勉強や仕事スポーツのように、ちょっと練習するだけで圧倒的な技術や能力が身に付くということは現実的には考えにくいものです。
大事なのはしっかり自分の劣等感を自覚して、その上で時間をかけてゆっくりと改善していくことです。