真面目系クズが生まれる原因・背景 学校生活編

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真面目そうに見えて、実は約束事を守れない、バレるような嘘をすぐつく、反省はするけど改善はしない、勉強や仕事ができるわけではなく失望されやすい…などの残念な行動が目立ってしまう人のことを、真面目クズという言葉でネット上では呼ばれています。

真面目系クズの残念な行動の原因は、どうしてもその人の人格や気質などに原因があると結び付けられ「本人のやる気がないだけ」「意志が弱いだけだ」という個人に責任を全て擦り付ける言葉で片付けられてしまいがちですが、必ずしも原因が本人のみにあるわけではありません。

とくに、真面目系クズの人が育ってきた環境…つまり、学校生活と家庭環境の双方が、真面目系クズの残念な行動を生み出していることについては、真面目系クズの人を理解する上では欠かせません。

今回は、学校生活における真面目系クズが生まれる原因・背景について、お話しいたします。

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親の期待を受けて学校で良い子になることが出発点

真面目系クズのスタート地点は、「クズ」がない普通の「真面目」からです。

この真面目さは、家庭において親を含む家族・親戚・祖父母などから「真面目で良い子」でああることを良しとした教育を行われたことが始まりと考えられます。場合によっては、「長男or長女だから真面目に…」と、真面目さの理由が自分ではどうにも変えられないものが起因しての、教育方針になることもあります。

教育を受ける子の方も、親の言うことをよく聞く子に育ち、そしてそのことを認めてもらえる。逆に、真面目な子でなければ、怒られたり無視をされるなどの経験を通して「真面目で良い子であれば親から受け入れてもらえる、愛してもらえる」と学習します。その結果、真面目さがより強く定着していきます。

そして、小学校に通い始める頃になると、親からは「家だけでなく、先生からも真面目でいい子になるように」という期待をかけられて、家だけでなく学校でも真面目で良い子になるよう懸命に努力しようとします。

先生の言われたことは忠実にこなせるが、それ以外は消極的

家庭で培われた真面目さは、親の言うことを聞く事でしたが、学校での真面目さは親ではなく先生の言うことを聞くことに変わります。

先生の言うことをしっかり聞き、その通りに自分のコントロールする。これだけを見れば、親・先生を含む大人の言うことをしっかり聞いて、それに自分を合わすことができる、まさにお利口で、良い子で、優等生そのものであり、なんら問題はないように見えるでしょう。

しかし、このことは言い換えれば、言われた事や求められていないことに対しては、非常に消極的という、指示待ちの姿勢が既に身についているとも言えます。

もちろん、消極的であることは、真面目という言葉にふさわしい「大人しい子」「落ち着いている子」「物静かな子」という言葉で好意的な解釈をされることがあり、消極的であることが問題とされないまま、放置されてしまうこともあります。

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先生や学校が望むよい児童・生徒になりきろうとする過程で自分を抑圧する

ただし、真面目な子と言っても、小学校高学年(思春期の初期)頃になれば、次第に自我が芽生え始めて、自分の意志や考えを持つようになったり、周囲の大人や学校という組織に対して反発心を抱く時期でもあります。

そこで、今まで付き合ってきた真面目さとほどよく距離を起き、適度に自分の意見や主張を周囲に言えるようになれば、真面目をこじらせる可能性は低くなります。

しかし、距離を置くどころか、真面目という自分に飲み込まれるかのような状態になり、芽生えてきた自分の意見や主張を抑圧して、今までと同じ真面目な自分で居続ける事を選んでしまうこともあります。我慢して真面目を貫いているため、精神的な負担は大きくなります。

また、高学年なのでテストでいい点を取るなど勉強以外にも、委員会活動をする、低学年の子の世話をする、など学校内で任せられる仕事も増えてきます。

もちろん、任せられる仕事が増えることは、言い換えればやりたくない面倒事を押し付けられる場面が増える事と同じですが、面倒事であればあるほど自分の意思を抑圧して引き受ければ先生からの賞賛は大きいものです。

それゆえに、面倒事であっても自らの意志を抑圧して、先生から認めてもらうために、我慢して真面目な自分を演じることを選んでしまうのです。

なお、子供によっては小学校高学年は中学受験を意識しだす時期でもあります。受験も面倒事の一種であり、率先してこなすことができれば先生や親から賞賛されるものと言えます。

ただし、この場合は「先生や親が喜ぶから我慢して受験している」ために、合格後の学校環境のミスマッチで苦しんだり、「今度は受験以上に辛くて面倒な事を我慢して乗り越えなければ受け入れてもらえないのでは?」という不安を抱えてしまう原因にもなります。

やがて抑圧に耐え切れなくなり、クズな部分が生まれてくる

自分の意志や主張を抑圧して真面目を貫くことは、精神的な負荷が強くいつまでも続けられるものではありません。

しかし、今ままで染み付いてきた真面目である自分の行動様式、そして真面目という自分のイメージを壊したくないため、露骨にグレるとか先生に反発するという反抗的な態度を取ることは避けたい気持ちがあります。

  • 真面目なままでは精神的に辛い
  • でも真面目な自分を捨てると先生から受け入れてもらえなく不安がある

という、ジレンマに苦しんだ結果、表面的には真面目に見せる演技をする、逆に人が見ていないところで手を抜くといった表裏のある行動を通して、精神的な負担から自分を解放させていきます。

なお、我慢して真面目を演じていたために、真面目な演技をすること自体は(皮肉ですが)それなりに得意です。また、周囲の大人の顔色を伺って、自分になにが求められているのかを察することができ、求められている「真面目な子」に応えるのは得意です。

ただし、真面目さはあくまでも演技でしかなく、テストの点数や成績が下がる、提出物をギリギリで出す(ギリギリなので、内容も雑になりがち)など、動かぬ証拠が増えてくることからに「真面目なのにどうも真剣味がない」と不思議がられたり、真面目さと結果が比例しないことで悪印象がついてしまいます。

しかし、クズさを改めて真面目な部分に戻れない心理もある

クズさが出てくることは、言い換えれば今まで抑圧していた自分を出して、自分らしさ(アイデンティティ)を確立していることだと考えれば、個人レベルで見れば決して悪いものではありません。

しかし、集団や組織レベルで見る場合、真面目を装いクズであることが自分らしさとなれば、付き合う人からすれば非常に迷惑ですし、なにより表面的には真面目を装っているため、タチが悪いと感じます。

しかし、せっかく(クズだけど)自分らしさを獲得した本人からすれば、クズさを捨てて真面目な自分に戻るのは、自分のアイデンティティを否定して、周囲に迎合する自分へと成り下がることと同じです。

また、かつて我慢して真面目になる経験を幾度も重ねたために、真面目であることそのものに苦痛や抵抗を抱いてしまう辛さもあります。とは言え、クズさを極めてアウトローな世界を生きるのは危険なのでしないし、そもそもクズすぎて社会からドロップアウトしては、生活そのものが危うくなることは理解しています。

結果として、真面目な自分に戻るに戻れず、かと言ってクズに傾くわけでもなく、中途半端な形で真面目とクズさを混在させた自分を、自分らしさと感じて、生きづらさを抱えたまま生活をしていくことになるのです。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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