頭が悪い、見た目が人より劣っている、仕事ができない、人間関係でつまづいている…など、あらゆる要素で他人よりも劣っているという自覚(=劣等感)があるために、他人に対してやたら攻撃的な態度をとってしまう人は、単刀直入に言えば大変扱いに困る人と言えるでしょう。
とは言え、劣等感がある人に対して「どうして他人に対して攻撃的な態度を取るのですか?」と野暮な言葉は、口が裂けても言えないもの。仮に言おうものなら、劣等感がある人を煽ってしまい、自分が攻撃の対象となってしまう恐れがある。そうなるぐらいなら、黙っておくのが賢明な振る舞い方と言えます。
…今回は、そんな劣等感が強い人が攻撃的な態度をとってしまう理由や心理についてお話致します。
目次
自分は劣った存在であり、他人に支配される存在だと感じるからこそ、自分を大きく見せようとする
劣等感の強い人は、自分が他人と比較して劣っている事を自覚しているのはもちろんの事、劣っているからこそ
- 自分は他人から攻撃的な態度を向けても問題ない存在である。
- いじめやハラスメントなどで力のある人から支配されてしまう存在である。
と、考えてしまう。つまり、自分はなんらかの被害者になりやすい存在であると、自分で自分を低く評価してしまうことがあります。
また、被害者になりやすいという事を自覚する一方で、自分に関わってくる人の多くが加害者であると考えてしまい、相手が発した何気ない一言や些細な態度にまで「自分を傷つるために行っている」と考えてしまう癖があります。(こうなるのは自動思考も影響していると考えられる)
そして、その加害行為(と本人は思い込んでいる)に対して、正当防衛や威嚇の意味として、やたら攻撃的な態度をとってしまうのです。
なお、こうした行動はネットスラングでは「繊細チンピラ」と呼ばれており、繊細過ぎるがゆえに、他人の何気ない言動に自分が傷つけていると判断できる要素を探す。
そして「傷ついた」と被害者の立場を取りつつ、相手に謝罪なり反省なりを強要して因縁をつけてくる様が、まさにチンピラそのものであるため「繊細チンピラ」と言われるようになったとされています。
他人を支配できる立場になれれば、自身の劣等感から開放されると感じてしまう
劣等感の強い人から見て、自分が他人よりも劣っていることを痛感させられる場面や状況は、強い苦痛を感じずにはいられません。
そして、この苦痛から開放されるためにできるのが
- 自分が他人を支配する側に成り上がる。(闘争)
- 劣等感を感じる場所から離れる。(回避)
- 感覚を鈍化させて劣等感を感じにくくする。(麻痺)
の3つの方法です。
見てもわかるように回避と麻痺は、他人と衝突することがない。人間関係で波風立てないという視点に立てば、穏便な方法と言えます。(ただし、麻痺させることは心理的には決して良いとは言えないが…)
しかし、闘争の場合は劣等感から開放されるかもしれませんが、他人との衝突が避けられず、社会的には好ましい方法とは言えません。
また、仮に攻撃的な態度により、自分が人間関係の中において権力を他に入れることに成功したとしても、今度はその権力が揺るがされることや、自分以上に権力を持つ人や集団の存在を脅威に感じてしまうという苦悩があります。
「人より上の立場になれば劣等感から開放されるに違いない」と思っていたものの、実際にはまた別の人に見下されるという不安に怯えたり、劣等感に囚われ続けていることを他人に見透かされる恐怖を感じてしまい、攻撃的で威圧的な態度は収まらなくなってしまうのです。
受動攻撃という地味に見えて厄介な攻撃に出ることも
劣等感が強くて弱々しいけど、かと言っていきなり大胆な行動に出る度胸もなければ、派手に反抗的な態度をとってしまい、悪目立ちする事は避けたいという気持ちもある…
こうした葛藤に襲われた時に行うのが「受動攻撃」という攻撃です。
受動攻撃とは、不快な感情を間接的且つ目立ちにくい行動で表現することを指します。
(例)
・頼まれていた仕事をわざと遅らせる。締切ギリギリまで手をつけない。
・わざと遅刻をして周囲を困らせる。
・他人が提案してきた意見にやたら異を唱える。文句をつけたりや批判をする。
・仕事の手を抜く、あえて雑な仕事をする。
・ミスが残っている不完全な状態で「仕事を終わらせました」と嘘をつく。
・他人の指示を聞こうとしない。聞くフリをしつつ相手を敵視する。
・意味もなく無視をする。
と言った、陰湿で地味な行動が受動攻撃と呼ばれます。
受動攻撃であれば、劣等感が強過ぎるせいで地味で目立たない生活を意識している人でも、比較的容易に行えてしまう攻撃である。
加えて、明確に怒鳴ったり、怒りを大げさな行動で表現しなくてもよいので、そもそも相手が「自分は攻撃を受けている」と感じにくく、気づきにくい。
地味ながらも他人に対してじわじわと攻撃し、相手を疲弊させるのには優れているという厄介な特徴があります。
関連記事
反動形成と同一視から見る劣等感の強さと攻撃性
劣等感の強い人が攻撃的な態度を取る仕組みは、防衛機制の反動形成および同一視でも説明できます。
反動形成とは、自分の欲求とは正反対の行動を取ることで心理的な葛藤を解消することです。好意を持ってる人にあえて冷たい態度を取る、尊敬している人にあえて嫌味を言ってしまうなど、「素直になれない」と表現できる行動が反動形成に当たります。
反動形成をもとに考えると、劣等感の強い人は自分は劣っているという自覚があり、劣っているなりに地味で目立たない生活を送った方が無難であると考えているものの、実際にその生活を実践することには苦痛を感じる。
そして苦痛から逃れるべく、あえて他人に対して攻撃的な態度を取って衝突を起こしてしまう。つまり、自分の意に反して目立つような生活を送ってしまうのです。
同一視とは、自分が理想としている人物・集団の真似をすることで、感じている不安を解消しようとすることです。
地味な生活をしている人が、ハリウッドセレブのような煌びやかな生活をしている人が実践している健康方法(ヨガ、瞑想など)やライフハックを取り入れる。これにより、自分もセレブのような優雅な人間の仲間入りを果たしたかのように感じることで、不安を解消しようとするのです。
同一視をもとに考えると、劣等感の強い人は劣等感の強さなど微塵も感じさせないような人物を自分の理想としている。
たとえば、多少荒々しく我が強い性格だが他人から慕われている人であったり、毒舌だけど自分の言いたいことを堂々と言えるサバサバとした人など、「この人のようになれば劣等感に悩まなくても済む」と感じた人に感化されると同時に、その人の言動の真似をする。
しかし、真似をしたところで、やっていることは他人に対して攻撃的な態度を取っているだけであり、他人と衝突が起きてもなにも不思議ではありません。
加えて、真似をする対象が経営者や有名人のように、人よりも秀でた立場や才能を持っている人の場合、「自分は偉い人間だから、他人に高圧的な態度をとっても何らお咎めはない!」と勘違いを起こし、他人に攻撃的な態度をとることそのものを自己正当化してしまう危険性もあります。
関連記事