友達をコロコロ変える人の心理について

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会うたびに違うグループに所属していたり、SNS上で頻繁に友達の整理やリセットを行い付き合う人を書いているという人を見かけた事は無いでしょうか。

友達をよく変える人を見かけると、なんだか言葉にできないような違和感や嫌悪感…例えば「あの人は薄くて、浅くて、短期的な人間関係ばかりしか築けないのだろうか…」と言う気持ちを抱いてしまうことがあるものです。

友達をコロコロ変える人は、ネット上でも耳にする「人間関係リセット癖」にも通ずるものがあり、多くの人が聞きたくても状況的に聞けない疑問の一つだと思います。

今回はそんな友達をコロコロ変える人の心理や、どうして友達を変えたがるのかと言う背景についてお話しいたします。

友達をコロコロ変える人の心理

自分の評価を維持するために友達関係を頻繁に変える

以前「孤独」に関して書いた記事「どうしてぼっちがつらいと感じるのか」の中で、「友達の数・質=自分の人間としての質」と考えている人について説明しました。

純粋な友達の数の多さや魅力や才能のある友達とつながりをもっているかが、その人の人間としての魅力や価値を決めるのである、と言う考え方を持っている人がいるのです。

特にこの価値観は「スクールカースト(=クラス内ヒエラルキー)」と言う言葉を聞いたことがある人なら、より身近に感じると思います。

学校や会社内、SNS上などの人間関係でより格上の立場を得たければ、自分の評価を下げてしまうような悪材料を持っている人や周囲から見て魅力が無い人や影が薄い人との付き合いを避け、知名度がある人や評判が良い人、社会的なステータスをもっている人と友達関係になることが大事になります。

このように「友達の数や質=自分の人間としての質」という考えは、友達は自分をよく見せるための道具・材料・消耗品と言うような、たいへん自己中心的で個人の人格を無視し、損得感情により付き合う人を決めると事態を招く恐れがあります。

友達をコロコロ変える人の中には、ある程度付き合っていくうちにより自分の評価を高めるような魅力のある人との接点ができたとか、魅力的な人にお近づきになれるだけの自分の質を高めることが今いる人間関係で準備できたことで、より上の人間関係にランクアップする目的で今までの友達を捨て新しい友達のところに取り入れられようとするのです。

昇進や給料アップなどで住む環境や身だしなみをランクアップさせていく人のように、自分を彩る装飾品の1つとして人間関係を適宜リセットして変えていると言ってもいいでしょう。

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友達ではなく子分、見下せる存在がほしい。

友達をコロコロ変える人によくあるのは「誰かと仲良くなりたい」「もっと相手のことを知りたいと言う」目的ではなく、

  • 自分の言うことを聞いてくれる都合の良い友達が欲しい
  • 自分よりも格下の人間とばかり付き合ってお山の大将でいたい
  • 自分と同じかそれ以下ばかりの安心できる関係がほしい

と言うような、友達に対して上下関係や主従関係を求めていると言うことです。

この場合は友達と言うよりは、

  • 自分のことを言うと言うことを聞いてくれる子分のような存在
  • 自分がちやほやされるための褒め役のような存在
  • 友達内で自分がトップであると言う実感を得るための見下せる存在、

という、自己中心的でどこまでも自分にとって都合のいい相手を求めていると言っても良いでしょう。

ただし、率直に「私の子分となる人が欲しい」と主張して友達を作ろうとしても失敗する事は自明なので、最初のうちはフレンドリーな雰囲気を醸して近づき、時間の経過に伴いだんだん横柄な態度や自分勝手な態度を出して友達を支配しようとするのです。

もちろん横柄な態度で反感を買って友達関係を解消されたり、今までの友達が全員自分の元を離れてしまうことがありますが、それでも「見下せる存在が欲しいと言う」今までの考え方を変えようとしません。

友達関係が解消されたら、更に居場所を求めて新しい人間関係に加わっては自分に都合の良い友達を作ろうとするという行動を繰り返し、いつまでたっても人間関係が固定しません。

なお、友達作りの段階でも、気の強そうな人や自分と同じような人間関係を上下関係で考えているために対立しそうな人は避けて、ちょっと押せばすぐに折れるような人や、お人好しな人ばかり狙ってなるべく犯行されない、自分の支配下に収められる人間ばかりを選ぶ傾向もあります。

友達関係を支配関係で考えている性質故に、友達同士のモラルハラスメントとも深く関連がああると言えます。

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一人ぼっちと思われることが苦手でその場限りの友達ばかり作る

「自分は一人ぼっちだと思われたくない」と言う、周囲から見た自分を意識するあまりに、その場かぎりの打算的な友達を作ってしまうのです。

人と友達になりたいから友達を作るのではなく、自分をよく見せるための材料、打算や計算として無意識のうちに友達を作っているのです。

「誰かと仲良くなりたい」「興味のある人と付き合いたい」と言う目的で友達になるわけではないので、一度友達になっても友達としてのつながりは浅いままで、簡単に途切れてしまいます。

なお、打算的な友達とは言っても、初対面の相手に対して心の開き方が上手であったり、共通の話題を見つけるのが得意などのコミュニケーションスキルを持っているために、短い時間で打ち解けることだけはできるので、決して悪いとは言い切れない側面もあります。

ですが、周囲に対して「一人ぼっちではない」と言うアピールをするためだけの友達にとどまることから、長い付き合いになる友達や、本当に親友と呼べるまで友達付き合いを発展させるるのが難しくなります。

表面的な付き合いの上手さの一方で、人には相談できない孤独感や人間関係の希薄さに悩まされることもあります。

このタイプの人は、表面的には打ち解けることが上手なので、お互いに浅い関係だけで終わらたい、ビジネスライクな関係に留めておきたいと言う目的を持っていれば、比較的付き合いやすいタイプとも言えます。

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友達に対する期待・要求水準が高すぎる

一言に一口に友達といっても、どのような関係が友達と呼べるのか。「(あるいは友達と呼べないのか)と言う友達の定義は人それぞれであり非常にアバウトなこと言っても良いでしょう。

このアバウトさゆえに、自分の中で友達と呼べる人のハードルが上がりすぎて、「ただ仲良くするだけでは友達とは言えない」と自分で決めつけてしまい、自ら友達関係をややこしくさせてしまうことがあります。

「友達とならこうなるべき」というような独自のルールや決まりがある友達関係は、自分も相手も辛く感じるので長続きしにくいものです。

これはタップ1つで友達になれるSNSなどのネット上の友達関係でも同様です。

「ただSNS上でつながっているだけでは本当の友達ではない。お互いにコメントを付け合ったり、たわいもない話をいつでもできる関係こそ友達だ」というように友達のハードルを上げすぎたせいで、お互いに負担を感じて関係が長続きしないのです。

また、ネット上の友達関係で厄介なのが、

  • 仮に現在の友達関係が解消されても、検索をしたり新たな友達募集をかければ、その場ですぐに新しい友達を見つけることができる。
  • 今まで使っていたアカウントを消して新しいアカウントを用意すれば、友達関係でトラブルを起こしたという事実を隠しつつ、新たな友達探しができてしまう

という点ですもあります。

「今回はダメでもまた次の新しい友達が見つかる」と感じて、自分が友達に求めるハードルの高さを見直したり、協点を探る、折り合う点を探す事すらせず、気軽に自分の希望に合う友達が見つかるまで探し続けてしまうのが問題と言えます。

そして、ネット上では、友達の条件(年齢、出身地、性別、学歴、趣味など)を検索によって絞り込みすることができるので、リアルの友達探し以上にハードルを上げすぎても運良く見つかってしまう事があります。

もちろん、これはネットの技術の進歩による利点の1つではありますが、一方で友達付き合いに高いハードルを課すのが当然だと感じてしまう、リアルの友達作りでも同様にハードルを上げすぎて関係を構築・継続させるのが難しくなるという問題も抱えています。

高くなりすぎたハードルは、友達に求める理想の高さや要求水準の高さとも言うことができます。

そのため、過度な期待を押し付けて勝手に裏切られたと感じる場面もすくなくありません。

国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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