なぜアンチはいるのか?

この記事が気に入ったらシェア

スポンサーリンク

ネットで自分の応援しているアイドル、芸能人、スポーツ選手、漫画家、youtuberなどの有名人の情報を追っていると、度々目にする否定的な言葉を投稿する人…つまり「アンチ」の存在を目にすることがあろうかと思います。

そして、アンチの存在を見つけるたび「どうしてアンチはいるんだろうか?」という素朴な疑問を持たれる方も、ひょっとしたら少なくないかもしれません。

もちろん、このことは自分がある特定の人物やグループを応援するファンとしての素朴な疑問ではなく、自分自身がファンから応援される側の立場の人である場合も同じです。

自分が一生懸命に芸能・創作・スポーツなどの活動をしているのにもかかわらず届いていくるネガティブなコメント(=アンチコメ)に対して、純粋に傷つくと同時に「どうしてアンチが存在するのだろうか?」という疑問を抱く。

しかし、立場上直接アンチに「あなたはなんでアンチになったんですか?」と理由を聞けるわけもなく、悶々とした気持ちを抱えているかもしれません。

今回はそんな「なぜアンチが出てくるのか」の理由や背景について、お話いたします。

アンチが出てくる理由・背景

認知度の上昇に伴って出てくるアンチ

アンチに関するよくある俗説として「アンチが出るのはそれだけ人気が出ている証拠」という言葉をよく見かけるものです。

今までは内輪で和気あいあいと楽しむ程度の認知度だったものの、活動の場所や回数が増えたことから認知度が上昇し、更なるファンの増加とともに、反対的な意見を持つアンチが出てきたという説です。

認知度の上昇は、それだけ多くの人に存在が知れ渡るだけの有名人になったのと同時に、今までなら知ることもなかったし、積極的に知ろうともしなかった人のところにまで知れ渡ってしまって「なんかこの人嫌だなぁ…」と、思われてしまうことが起きるのも、致し方のないことといえるでしょう。

価値観の多様さの証拠としてのアンチ

ある有名人に対して、まるでカルト宗教のように過激で、極端で、やたらストイックな応援ばかりをファンがしている光景は、どこか異様で不気味さを感じさせるものでしょう。

しかし、多くの有名人とファンの関係は、熱狂的なファンもいれば、それなりに落ち着いたファンもいるというように、熱意やモチベーションには個人差があるものの「ある有名人を応援している」という根底は同じなのが一般的です。

そうした価値観の多様さの一種として、「ツッコミや図星な意見は言うけど、内心は応援している」という、他のファンと根底は共通しているものの、応援の表現の仕方がツンデレのようにひねくれている人もいるものです。そうした人は、ストレートに応援している人からすれば「アンチ」と思われてしまいがちです。

…こうして見ると、アンチがつく有名人はそれだけ多くの価値観を持つ人を惹きつけるだけのある種の魅力があるともいえます。

社会道徳や倫理感に対する疑問や心配の声としてのアンチ

炎上系のブロガーやユーチューバーなど、社会道徳に反した行動や、挑発、煽り、奇抜な行動により注目を集めたがる人には、(当然ですが)アンチコメが多く集まるものです。

そうしたアンチコメの中には、売り言葉に買い言葉で乱暴且つ誹謗中傷なコメントも多く見られます。

しかし、一方では炎上行為を諌めるような冷静な助言であったり、炎上により投稿者の悪評が広まり、現実世界での嫌がらせや不利益(例:職場への電凸、個人情報の暴露など)が起きかねない、という心配の声が寄せられることもあります。

ただ、こうした最もな意見ですらも炎上系コンテンツ投稿者は「アンチ」と一括りにして、反省せずに「アンチが出て来ることは、それだけ私は正しい事をしているんだ」と理屈をこねて開き直る。

そうした、現実を直視せず偏った視線で物事を判断する姿勢に対して、批判・指摘・疑問の声(これも「アンチ」と一括りにされるが…)が集まるのです。

スポンサーリンク

元ファンのアンチ

もともとはファンだったのに、応援していた人・集団が、いままでのファンの期待を裏切るような言動や、思い切った路線変更をしたことで失望し、(ダークサイドに堕ち)アンチと化してしまうことがあります。

元ファンなだけあって、アンチコメにも的確に痛いところを突いてくる舌鋒の鋭さが目立ち、ただの機械的な誹謗中傷を繰り返すアンチとは一線を画します。

また、応援される側にとっても「自分はファンを失うだけでなくアンチを生み出してしまった」という受け止め難い事実と向き合わなければならないため、非常に厄介な存在として見られがちです。

関連記事

SNSでファンからアンチに豹変する人が持つ二極思考について
SNS上で「今まで○○先生のファンでしたけどやめます」と言って勝手にブロックしたり、急にクソリプ(クソみたいなリプライの意)を投げて、ファン

アンチに対するアンチ(第三の勢力)も登場する

アンチ活動に対して「○○さんの良さがわからないなんて人生の半分損しているw」と、否定的な言葉を述べるアンチも登場することがあります。

もちろん、このアンチが現役のファンのケースもありますが、ただ否定的な意見を投稿する人を叩きのめしたいという願望に駆られた、現役のファンでもアンチでもない全く無関係の第三者ということもあります。

現役ファンからすれば、こうした第三者勢力のアンチは「自分たちのファンの味方だ!」と思えるかもしれませんが、ただアンチ活動をしている人を懲らしめたいだけで、有名人を応援したい、ファンを励ましたいなどの目的は皆無。

味方のように見えても、実は「アンチ(悪)を叩くことに飢えている」だけの部外者であり、ただ炎上騒動をより大きくしただけで、結果として有名人もファンもアンチも全員疲れ果て「一体なんのために自分たちはあれだけ言い合っていたのか…」という不毛さに駆られることがあります。

スポンサーリンク

ただし、アンチが全員モンスタークレーマーのような人とは限らない

おそらく、この記事をご覧になっている方の中には「アンチは全員アホで頭の悪い奴」とか「アンチはひどいやつ、いなくなればいいのに!」のような、強い嫌悪感を抱いている人が多いだろうと思います。

しかし、一概に「アンチ」と決めつけた人が全員、モンスタークレーマーのようにただ鬱憤を晴らしたいという個人的な理由だけで、無差別に誰かに対して否定的なコメントや嫌がらせをしている…と決め付けるのは、果たして本当に間違っていないと言えるのでしょうか?

ここでアンチに関連する言葉としてクレーマーという言葉を使いましたが、例えばクレーマーが全員、自分が買った商品に対して難癖や言いがかりをつけている…わけではないことは、簡単想像できるかと思います。

例えば、

  • 買った品物の中に不良品が混ざっていたから交換して欲しい。
  • お釣りが足りなかったらから、不足分を返して欲しい。
  • 商品の入れ間違いがあったから、欲しかったやつに変えて欲しい。

これらの意見はどれも「クレーム」として扱われます。ですが、これらのクレームがどれも理不尽なものではなく、然るべき理由があってクレームを言っていることは理解できるでしょう。

このことは、アンチに置き換えても同じで、(実際に数は多いとしても)アンチと決めつけている人がみな、屁理屈や難癖ばかりで文句を言っているわけではないものです。

しかし、「アンチガーアンチガー」と叫んでいる人の中には、妥当でもっともな意見ですらも意図的にアンチと決め付ける。そして「絶賛の意見以外は否定されて当然」と、熱心すぎて危うさすらも感じる人もいるものです。

…そんな自分とは違う意見を持つ人に対して、やたら排他的になる姿…なんとなく、アンチの姿と大差が無いようすら見えてきます。

もちろん、誹謗中傷や嘘の拡散などの迷惑行為を働くアンチの存在を擁護するわけではありません。

しかし、強い態度でアンチを否定し「自分の意見こそが絶対正しいし、みんなもそう思うべきだ」という姿勢は、一歩間違えればアンチの姿勢とさほど変わらない危うさがある事を知るのが大事だと思います。

(…こうして見ると「なんでアンチが出てくるんだろう」という素朴な疑問は、はっきりとした理由もなく気がつけば自分がアンチになってしまう可能性があることに無自覚であるために、抱いていしまう疑問のようにも感じます。)

関連記事

有名人・芸能人のアンチになる人の心理について
いつの時代も人々の注目を浴びる人気ものにはヤジや冷やかしの声…つまりアンチの声というものが出てくるものです。 テレビや雑誌に出るタレン
アンチになる人の心理・特徴 どうして嫌いなものに付きまとってしまうのか
自分の好きな漫画家やイラストレーター、コスプレイヤー、芸能人、スポーツ選手などを応援する人のことを「ファン」と言いますが、一方で応援ではなく