陰キャラという言葉に関じる嫌悪感、違和感について

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陰気…つまり、暗い性格で爽やかさを感じない容姿であり、あまり社交的でもない。そこから転じて、友達が少ない、恋人がいない、インドア趣味を嗜んでいる、人のことを陰陽になぞらえて陰キャラという人が増えています。(なお、陰キャラの対義語は陽キャラ)

一昔前のリア充に当たるのものが陽キャラだとすれば、非リア充(orオタ充、ネト充)が陰キャラと言ってもいいでしょう。(も~っと昔で言えばイケイケが要キャラ、根暗が陰キャラとなりますが…)

しかし、この陰キャラという言葉自体、言葉のイメージからしてあまり良い印象を抱きにくく、言われてあまり心地いいものではありませんし、正直「陰キャラでしょ」といわれると妙に腹が立つ言葉でもあります。

今回はそんな陰キャラという言葉に感じる嫌悪感や違和感についてお話いたします。

ストレートに人を傷つける「陰キャラ」という容赦ない言葉

まず、「陰」という言葉には陰キャラのもとになった陰気だけでなく、陰険、陰湿、日陰者、と言った、他人を傷つけたり揶揄する意味合いとして使われる単語が数多く存在しています。

また「陰」という言葉からは、日が当たらずジメジメとして暗い印象をストレートに感じさせる言葉であり、それを人に向けて言えば不快に感じるのも無理はないでしょう。

それらの陰気さや陰湿さを感じさせる人がいるとしても、そのことを率直に言うのはたいへん失礼ですし、まして「お前陰キャラだよな」と言われたら腹が立つのも無理はないでしょう。

陰気であることを直接言えばその分相手を深く傷つけるからこそ、「大人しい人」「物静かな人」「人つるまず一人で黙々と遊ぶのが好きな人」と、角が立たないように言い換えることすらせず、ストレートな言葉で相手を傷つける無神経さ、残酷さを持っているのが「陰キャラ」という言葉に感じる嫌悪感です。

なお、一昔前のリア充と非リア充も、流石に非リア充という言葉がストレート過ぎるために、ネト充(ネット世界が充実していること)やオタ充(オタク活動が充実していること、ヲタ充とも)と言い換えられ、どちらの立場も人生が充実しているから対立や言い争いは不毛という観点を獲得できていました。

しかし、陽キャラと陰キャラでは、陽キャラばかりが持ち上げられており、陰キャラは一方的な蔑みや見下し、嘲笑の対象となっているばかりで、ネト充・オタ充のような平和的な言い換えが出る気配が見えてこないのが、実に残酷だと感じます。

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「お前は陰キャラだろ」から感じる負のレッテル張り

ネットやリアルに限らず「お前は陰キャラだろ」と何気ない会話のなんかで相手を断定する…悪く言えばレッテル張りをすることが出てくるものです。

また、レッテル張りとして使われている背景には、

  • 陰キャラは恥ずべきものである。
  • 陰キャラは見下しや嘲笑などの対象になる人だと考えている。
  • 「陽キャラ>陰キャラ」という立場関係をうっすらと自覚している。(学生ならここにスクールカーストの序列も加わる)

と言った、陰キャラという存在自体に対する差別感情を抱いていることが伺えます。

陰キャラというのはあくまでも、悪く言えば陰湿で暗い特徴の人、優しく言えば大人しくて物静かな人を指す言葉でしかないのに、対になる陽キャラという言葉と比較され、「大人しくて物静かな人(陰キャラ)=劣っている」という優劣のイメージで結び付けられていることに対して違和感を覚えます。

もちろん、大人しくて物静かなだからと言って見下しや迫害の対象になる正当性がないですい、そんなこと認められるわけがないのは言うまでもありません。

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自分を陽キャラだとアピールする目的での「お前陰キャラだろ」

「お前陰キャラだろ」という言葉を使う人の中には、相手を陰キャラと決めつけることで「自分は陰キャラではない…つまり、自分は陽キャラであってお前ら陰キャラと一緒にしないで欲しい」と、相手を下げて自分を持ち上げるために、こうした乱暴な言い方をしているのではないかと感じることがあります。

「お前アホだろ」と相手を挑発して、自分の賢さや優秀さをアピールしたがるように、陰キャラのレッテル張りは、相手を傷つけるばかりでなく自分を持ち上げる目的としても使われるものです。

もちろん、ただ「自分は陽キャラです」とシンプルに言えれば平和ですが、ただ陽キャラな自分をアピールするばかりではインパクトが足りませんし地味です。

また、地味さのせいで「お前実は陽キャラの振りした陰キャラだろ」と言われて、自分が負のレッテルを貼られるリスクもあります。

そうならないためにも、自分が陽キャラであるとしっかりアピールするための引き立て役を用意する…つまり、陰キャラの存在を(でっち上げでもいいから)作り出すことで、自分を陽キャラであるとアピールしやすくなるのです。

(もちろん、勝手に引き立て役として陰キャラ認定された方からすれば、甚だ不愉快ではありますが…こうでもしないといけないほど、キャラ作りに必死にならざるを得ない人間関係の辛さがあることも考えられます)

自虐ネタとしての陰キャラに感じる違和感

自虐ネタとして使う場合も「陰キャラ」という言葉が持つ負のイメージの強さが仇となり、笑いを生むどころか相手をドン引きさせてしまうオチになったり、ただ自分で自分を傷つけてうんざりすることがあるものです。

自虐ネタは自分のコンプレックスをネタにしつつ笑いが取れる、そして傷つくのは(基本的に)自分だけであり、割と平和な笑いのとり方とも思えます。

しかし、自虐ネタとして笑いに昇華する光景をみて「陰キャラは笑いのネタとして扱っても良い」と周囲が感じてしまい、陰キャラに対する見下しや蔑みを助長してしまうことも考えられます。

助長した結果、自分が陰キャラとしていじり・いじめの対象になることも考えられるので、自虐ネタとしての陰キャラを用いるのは決して安全なものとは言えません。

また、そもそも自虐のネタとして使っている時点で、陰キャラは自虐のネタにできるほど劣っているものであり、各下のものであると認知している事が考えられます。

一般的に劣っている、格下である、見下されている、恥ずかしものと思われているものこそ、自虐ネタとして活用できます。

上でも触れましたが、陰キャラはただの性格や特徴でしかないのに、そこに優劣を見出していることが、自虐ネタにする行動からも伺えるのです。

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陰キャラ・陽キャラという、ある一面のみで人を断定するキャラ付けに辟易する

陰キャラという言葉に限った事ではありませんが、陽キャラという言葉にも嫌悪感や違和感を覚えている人は少なくないと思います。

こうした嫌悪感や違和感の原因は、人間を陰と陽という雑な括りで断定して、あれこれ決めつけたがることの浅はかさにあるのだと考えています。

そもそも、人間は陰キャラ・陽キャラという大雑把な分け方で二分にできるほど単純な存在なのでしょうか?

そして、そんなざっくりとした分け方で、その人の全てを知ったり断定できてしまうほど、陰キャラ・陽キャラという言葉は万能なのでしょうか?

他人を多面的に見ることなく分かりやすい印象や見た目だけで陰と陽の二つに分類して、その人をわかった気になってしまう…そんな、表面的に見たあげくに雑な二者択一で判断して理解した気になる思慮の浅さが、陰キャラだの陽キャラだのを口にしている人に覚える嫌悪感だと感じています。

…なお、陰キャラ・陽キャラは若者を中心に使われているネットスラングであり、若さゆえに社交経験の乏しさや考えの甘さゆえに、陰と陽のようにわかりやすいカテゴライズで人を判断してしまっていることも踏まえておいた方がよいと思います。

特に自我が芽生えて自分は何者なのか、自分はどういう風に見られているのかを意識しだす思春期は、自分とはこうである(=アイデンティティ、自我同一性)という言葉やキャラ付けを自分に当てはめたり、その当てはめを他人に行うことがよく見られます。

そうした当てはめは、体育会系や文化系、理系や文系と言った学校生活特有の属性だけでなく、星座占い、動物占い、血液型占い、など(かつての)若者の多くが夢中になった占いでも見られるものです。

…ただし、学校生活特有の属性や過去の占いの数々には無いどストレートさゆえにくる残酷さが、陰キャラ・陽キャラという言葉に滲み出ている点は個人的には気がかりであると同時に、早くなんとかならないものかなぁ…と感じます。

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余談:わかりやすいキャラ付けが若者コミュニケーションに必要になっている可能性

若い人の間ではある集団内(部活、SNS上など)で通じるキャラを演じ分けたり、その場に応じたキャラになりきることの甘さが、コミュニケーションをする上では欠かせないものになっています。

いじられキャラ、オタク、パリピ、愛されキャラ、DQN、不良など、人となりを示す言葉を口にし、そこからどういう思考や行動の持ち主かであるかを相手に伝えておくことは、コミュニケーションのストレスを無くして円滑に話し合うためには効果的です。いわば、キャラ付けは手軽な自己紹介とも言えましょう。

しかし、一方でキャラ付けが有効視されることは、言い換えれば自分の本音を隠したり、キャラを使ったコミュニケーションしかできないという不便さもあります。

また、言葉からはイメージがつきにくいキャラであれば、コミュニケーションのストレスを増しす可能性もあります。

コミュニケーションを行うにしてもなるべく無意味なものや無駄を排除し、効率的なものこそ良いものである…そんなコミュニケーションにコスパを求める意識が、周囲から見てわかりやすいキャラになるという行動に現れているです。

そして、そのわかりやすいキャラ付けが洗練された先にあるのが、陰キャラ・陽キャラという究極の二者択一のキャラ付けなのかもしれません。

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国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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