部活動への強制入部。練習を休むことを認めない。過度な叱責や暴言、無視、仲間外れ、場合によっては暴力(=体罰)や権力のちらつかせ(内申に響く、進学・就職に不利になるとほのめかす)などを行い、部員や顧問、保護者などの関係者を心身を傷つけつ部活動のことをブラック部活と呼びます。
ブラック部活動は、労働法を無視して従業員に過剰な労働などを強要するブラック企業の部活バージョンだと考えていたければ腑に落ちるかと思います。
ブラック部活動と聞くと、一般的には野球部に代表される、いわゆる体育会系の部活での理不尽なシゴキや先輩後輩間(あるいは指導者部員間)の立場を利用した嫌がらせ行為ばかりに注目が集まりがちですが、ブラック「部活動」なので文化系の部活動も例外ではありません。
ブラック部活動について放送したNHKにクローズアップ現代+では、番組内でブラック部活の例では野球部の他にも吹奏楽部も登場しており、ネット上で話題になりました。
今回は吹奏楽部がブラック化しやすい理由と背景についてお話しいたします。
目次
演奏の技術以外にも体力トレーニングが必要
吹奏楽部に所属していた人でよく聞くのが「吹奏楽部は運動部以上に体力が必要」「運動量なら体育会系に負けない」という類の言葉です。
また、吹奏楽部をテーマにしたアニメ(原作は小説)の「響けユーフォニアム」内でも、体力作りのシーンとしてグランウドをランニングするシーンが登場しており、そのシーンで共感を覚えたファンの方がネット上では数多く散見されました。
楽器を持ったり演奏し続けるだけの筋力や筋持久力を鍛えることは、技術的な練習をする上での基礎的な体力となるだけに、文化部といえども体力トレーニングは欠かせません。
そのほかにも、安定した姿勢で楽器を持ち続けるための体幹筋のトレーニング、管楽器の場合は呼吸方法(腹式呼吸)の習得のための有酸素運動、心肺機能の強化、腹筋運動なども重要です。
それゆえに、吹奏楽部が文化部に見せかけた運動部と言われるのです。音楽の授業でのほほんとリコーダーを吹くような手軽さなイメージとは全くの光景が吹奏楽部では繰り広げられているのです。
チームワークが重要視され同調圧力が働きやすい
吹奏楽において演奏のクオリティを上げコンクールでより上を狙うためにはチームワークが必要不可欠です。
チームワークがなければ音が揃わず拙い演奏になるばかりでなく、真面目に努力している部員の足を引っ張ることになります。
いくら演奏の技術があっても、周囲との足並みが揃わなければ部全体の評価を下げることにつながるので、「部活という集団に協調すべきである」という考え方を持つ人が出てきやすい特徴を持った部だといえます。
もちろん、この協調性がいい方向に働いて演奏クオリティの向上や友情、絆を育むことに繋がることがある一方で、集団の和を乱す存在に対する排他的な態度を許容することにも繋がることがあります。いわゆる同調圧力が強い集団と言ってもいいでしょう。
なお、同調圧力が強くなると、
- 集団の中で影響力の強い人(先輩、顧問、OBOGなど)に無批判で服従する一方で、服従しない人に対して攻撃的になる。
- 考え方が硬直してしまい、極端な考え方に陥る。また、極端な考え方をしている自覚がない。
- 極端な考え方が部活以外の場所でも当然通じるものだと考えてしまい、部外者との衝突を招く。衝突した結果、更に部の考えが先鋭になり極端な考えに偏る。
などの、心理に陥ることがあります。
演奏のためにチームワークを良しとする指導の負の側面が、考えの偏りや偏りを自覚できなくなる結果として出ていると考えられます。(もちろん、このことは吹奏楽部に限った事ではないですが。)
他の部活との接点がなく密室化しやすい
中学や高校の部活動において、例えば野球部とサッカー部が合同で練習を行う…ということはまずありませんが、運動場を使う部活動である以上は、何らかの形で他の野球部とサッカー部がお互いの練習の光景を見れるという接点はあるものです。
体育館を使う部活なら、例えばバスケ部とバレー部で半分ずつに分けて体育館を使う、というように他の部から練習している姿が見れるという意味では接点があるものです。
しかし、吹奏楽部の練習は大抵は音楽室や音響施設のある専門の練習場所、あるいは空き教室を使って行われることが大半であり、練習している様子を他の部に所属している人から見られるということはまずありません。
つまり、上にあげた運動部のような接点が吹奏楽部にはないために密室化しやすいという特徴があります。
仮に、野球部とサッカー部が同じグランドを使っているとして、どちらか一方の練習で体罰や暴言などの行き過ぎたものになれば、もう一方の部がその異変に気づいて止めに入ったり他の先生の助けを呼ぶことで自体の悪化を防ぐことが可能です。
また、先輩や指導者や他の部の人から見られているというプレッシャーがあるために、怒りや不満を感じて暴力や暴言に訴えれば、部外者から指摘を受けるリスクがあります。
指摘を受けて学内で自分の立場が悪化するのを避けるためにも、自然と自分の感情をコントロールする心理が働きます。
しかし、吹奏楽部のように練習中に他の部の目が届きにくく密室化しやすい場合は、行き過ぎた指導をしたとしても他の部が見ていないため暴力や暴言に対する心理的なハードルが低くなります。
また、見ているのは部の関係者ばかりであるために、仮に手を出したとしても箝口令を敷くなどして隠蔽しやすいことがブラック化を推し進める原因となります。
同調圧力が強い部の雰囲気が既に出来上がっていれば、立場と影響力使って部外者への口外を禁じるよう圧力をかけることは容易くできるでしょう。
防音設備が整っており暴言や罵声が漏れにくい
やや強引かもしれませんが、吹奏楽部のメインの練習場所である音楽室の多くは丸い穴が敷き詰められている防音壁となっています。
もちろん、これは音楽の授業や吹奏楽の練習で出る楽器の音が他の教室に漏れないために備え付けられているものです。
しかし、このことは防音壁が罵声や暴言などの人間の声も室外に漏れないように防いでいる、と考えることもできます。
もちろん、他の運動部の部活でも大声を上げる先輩や指導者がどの学校でもいるのが一般的ですが、グランウドや体育館を一つの部が独り占めすることは稀です。
常に他の部と一緒に使い分けている状況では大声を上げたり罵声を吐くにしても、周囲の目や他の先生の顔色を気にしてしまい、躊躇いや自制心が働くでしょう。
しかし、他の部との接点が乏しくて密室化しやすい、加えて防音設備完備とくれば、周囲の目を気にすることなく大声が防音壁でブロックされるので大声を出すことへの心理的なハードルは低くなります。
遠慮なく大声をあげても周囲に気づかれにくい練習環境であることが、吹奏楽部がブラック化しやすい一因なのです。
科学的な根拠に基づいたトレーニング方法が無い
運動部ではスポーツ科学に基づいた熱中症の予防方法、効果的なウェイトトレーニング、無駄のないランニングフォームの身につけ方などの、科学的な視点での練習を取り入れるようになってきています。
前時代的な根性論や精神論に偏るのではなく、客観的なデータを用いることで練習の安全性を高めたり、怪我や故障の予防を行うことは、試合でいい結果を残すためにも重要です。
書店に行けばスポーツ科学に関する内容の本、例えば運動生理学やスポーツ栄養学、スポーツコンディショニングなど、練習内容や練習の効率を上げるための知識について書かれている本がたくさんあり、初心者でも手軽に科学的な根拠に基づいた安全な練習を行うことが容易にできます。
しかし、吹奏楽の練習にはスポーツ科学のように客観的なデータにより検証されたお手本となるものがなく、有名な作曲家や演奏者の経験に偏った練習方法の本ばかりです。
そもそも吹奏楽がスポーツ科学のように、科学的なアプローチが入りにくい芸術や文化の色が濃い分野であることも相まって、どう練習すれば効率よく練習すればいいのかわからない結果、闇雲に練習量ばかりを増やす練習方法に傾倒してしまうのではないか考えられます。
文化部扱いのためスポーツ庁のガイドラインが適用できない
学校における運動部の活動に対して、スポーツ庁は「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」を発行しています。
このガイドラインの対象となっているのは、当然ながら野球やサッカーなどのスポーツをする部活動、すなわち運動部の部活動が主な対象となっています。
なお、このガイドラインよりも前に文科省(旧文部省)が1997年に「運動部活動の在り方に関する研究調査報告書」において、中学校は「週2日以上」、高校は「週1日以上」の休養日を設ける指針を発表しています。(ただし「ブラック部活動」という言葉が出ている時点で、この指針が守られている状況と言えないことは明白。)
しかし、ここでも主な対象は「運動部」であり、吹奏楽部含む文化部は含まれていません。
吹奏楽部はあくまでも文化部ではあるものの、その内実は運動部とほぼ同じような練習量の多さや体力勝負の要素が濃い。
そして、文化部ということから文科省やスポーツ庁のガイドラインの対象外であり、外部からの影響を受けず、吹奏楽部の独自の文化が連綿と受け継がれた結果が「ブラック部活動」という言葉で説明されるのではないかと思います。
なお、吹奏楽部とは異なりますが、応援団(応援部)も運動部に分類されることもあれば文化部に分類されることのというある立ち位置があやふやな部活動です。
しかし、内実は運動部顔負けのっ練習や文化が強く、ブラック化しやすい性質を持った部活といえます。
全応援団を悪くいうわけではありませんが、やたらと部内で通用する厳しいルールがあったりスパルタ色の濃い練習内容、上下関係の徹底など、ブラック化しやすい要素が溢れる部活とも見れます。
参考書籍