自分が恥をかいているわけではないのに恥ずかしさを感じる共感性羞恥について

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誰かと仲良くなったり楽しい気持ちを共有する場面では「共感」することが重要になってきます。仕事に必要なコミュニケーション能力の基礎は、共感力であるという人も多く、共感力があることは良い事と考えられています。

しかし、あまりにも共感力が強いために、いじめられている人を見たり、笑いものにされている誰かが恥ずかしい目に合っている姿を見るだけで、まるで自分がいじめられている、笑いものにされているという辛さを感じることがあります。

他にも、誰かが怒られている場面をみて、胸がキューっと締め付けられるような感じになったり、いたたまれなくなって思わず目を背けてしまうことがあります。

これは「共感性羞恥」と呼ばれる現象で、世間一般にはあまり知られていない言葉です。

今回はこの、共感性羞恥の特徴や悩みついてお話いたします。

共感性羞恥とは

共感性羞恥とは、自分が怒られたり恥をかくような事をしているわけではないのに、まるで自分が怒られている、恥をかいているように感じてしまう現象の事を言います。共感性羞恥と似たような意味を持つ「観察者羞恥」という用語もあります。

ある調査によれば、共感性羞恥の人はおよそ10人に1人と言われており、周囲からの理解を得られず苦労したり、「考えすぎ」「神経質なだけ」「気にしすぎだよ」と言われてしまうこともあります。

共感性羞恥の「羞恥」という言葉を注目すると。

  • 恥をかく。
  • 馬鹿にされる。
  • 怒られる。
  • 失笑される。
  • 失敗や情けない姿を笑いものにされる

といった、他人から悪い評価を受けることに対しての不安や恐れに対して敏感である、と見ることができます。

実際に共感性羞恥の人が強く反応する場面も、

  • お笑い芸人の芸が滑って会場がシーンとしまう。 → 芸が面白くない人だと評価される。
  • ドッキリ番組でわざと失敗が起きるようなことをさせる。 → みっともなく失敗する姿を笑いものにされる。
  • 「2人組を作って」と言われてあぶれてしまう人を見る。 → 友達がいない、人付き合いが下手な人だと思われる。

と見ることができます。

テレビで起きてることも、漫画やアニメで起きてることも、どちらも自分自身とは全く無関係の事なのはわかっているのですが、それでも自分事のように感じて生きづらさを感じたり、自分はおかしいのではないかと悩んでしまいます。

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共感性羞恥の特徴

恥ずかしい場面を見ると自分も恥ずかしさを感じる

お笑い芸人のスベる姿やドッキリ番組で笑いものにされるといったテレビでの出来事や、学校でいじめられている人を見るといった身近な出来事まで、自分が見ている誰かが恥をかく光景を見て、自分も恥ずかしい気持ちになることがあります。

しかし、「自分自身が恥ずかしい」ときっちり感じているのではなく、なんとなくモヤモヤする、思わず目を背けたくなる、古傷をえぐられるような気持ちになる、と感じ方には幅がありますが、いずれにせよマイナスな気持ちを感じるというのが共通しています。

また、恥ずかしい場面はフィクション、ノンフィクション関係ありません。

ドラマやお笑い番組のように生身の人間に限らず、アニメや漫画のように架空の人物が恥をかく場面でも同様に恥ずかしさを感じてしまいます。

自分と他人との境界線が薄く動揺しやすい

自分のことではないのに恥ずかしさやいたたまれなさを感じる共感性羞恥の人は、自分自身と他人との境界線が薄く、他人の気持ちや感情に大きく影響を受けやすいと考えることができます。

他人の感情をまるで自分の感情のように感じるので、誰かが恥をかく姿を見るとこちらも恥ずかしくなる、誰かが怒られている姿を見ると自分も怒られているように感じて萎縮してしまうというわけです。

逆に共感性羞恥ではない人は、他人との境界線があり、そこまで他人の気持ちや感情の影響を受けにくい性格、よく言えば「マイペース」「自分の軸がある」、悪く言えば「図太い」「鈍い」性格と言えます。

過去に恥をかいた経験が強く印象に残っている

共感性羞恥の人には、過去に自分が恥をかいた経験、怒られた経験、いじめや暴力などが大きなショックとして心のなかに残っており、目の前でその経験を思い返すような出来事が起きると過剰に反応してしまうと考えることができます。

いわゆるトラウマと似たような経験をしているというわけです。

しかし、恥をかくことや怒られるといった経験は誰もがする経験であり、心理学で言うトラウマに当てはまる、自分の命が失われるような大きな事故、自然災害を思い出して子供のように泣き叫んだり取り乱すことはないので、周囲からの苦しんでいると思われないことも多くあります。

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共感性羞恥とHSP

共感性羞恥と似たような状態を指す言葉として「HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)の」という言葉があります。

HSPは直訳すると「とても敏感な人」「非常にセンシティブな人」という意味で、共感性羞恥同様に人の感情や表情、その場の空気感や雰囲気に敏感なために、いつも気を張り詰めていて疲れてしまう。

また、自分が繊細であることに対して周囲からの理解が得られ難く、普通に学生や社会人として生きていく上で生きづらさを感じているという特徴があります。

普通の人ならなんとも思わないようなことにまで気がついてしまう、反応してしまうという気質を持っているところは、共感性羞恥の人との共通点と言えます。

HSPのことについては、HSPの研究の第一人者であるアーロン博士の著書「ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 」は以下の記事をご覧になると、新たな発見や視点を見つかるやもしれません。

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共感性羞恥を克服するコツはHSPにヒントがある

HSPの人が楽に生きるためのコツを応用すれば、共感性羞恥による生きづらさやストレスを避けることができます。

そのコツをいくつか紹介します。

自分の敏感さを活かした仕事に就く

普通の人が感じないような感情に深く反応してしまうということは、それだけ独自の視点やセンスがあると考えることもできます。

イラストレーターや漫画家、小説家、ライター、デザイナー、ウェブデザイナー、プログラマーなどのクリエイティブ職だと、自分の繊細さを活かした仕事をして生きづらさを減らすことにつながることがあります。

また、その他にも人とあまり関わなくても済む在宅ワーク、技術職も向いていると考えることができます。

逆に、接客業や営業職のように人と盛んにコミュニケーションをする仕事や体育会系のノリが強い仕事は、あまり向いていないと考えられます。

適度に人との距離感を取るようにする

「自分は自分、他人は他人」と意識的に思うようにして、誰かに深く感情移入して自分まで辛さや恥ずかしさを感じないようにするという方法です。

共感性羞恥の人は普通の人なら気づかないような感情や刺激に敏感なため、普通に生活をしているだけで精神的に疲れてしまうことが多いのが特徴的です。

自分が人の感情に対して過度に反応してしまうのであれば、その過剰反応が起きないように適切な距離感を取るようにして、自分を傷つけないようにしましょう。

自分の敏感さにあった環境を整えるようにする

人の気持ちに敏感すぎることから、ささいなことで動揺したり、挙動不審になってしまうことがあります。また、そのことを指摘されることにも敏感で、「自分はダメな人間なんだ」と自分を責めてしまいがちです。

しかし、味覚や視力のように人の感覚には個人差があり、自分の感覚が誰かより劣っているからといって、決して自分はダメだと決め付けることはできません。

視力が悪いならコンタクトレンズやメガネを使うように、人の雰囲気や表情に敏感に反応するのなら、適度に距離感をとる、過剰に反応しないような職場や環境を選ぶようにして自分にあった環境を整えていくようにしましょう。

社会人でだったら配置替えや転職、学生なら友達づきあいを変えるなどの対策を立てるようにしましょう。

自分を傷つけてばかりで環境を変えないままでは、また同じようなことが起きた時に自分を責め続けるばかりでメンタルを消耗するだけになってしまいます。

共感力には個人差があることを理解しておく

共感力が高いために、学校や職場のなにげない場面でいちいち反応してしまう自分の事を「みんな平気なのに自分だけこんなに反応してしまうのはちょっとおかしいのでは?」と思うことがあります。

過度に共感してしまう自分を普通ではない、異常であると感じてネガティブになってしまうというわけです。

しかし、共感する力には個人差があり決して共感しすぎるからおかしい、というわけでもなく、ぜんぜん共感しないのは変というわけでもありません。

自分が過度に共感しすぎるからといって落ち込むのではなく、人の共感力には差があり、自分は共感しやすいタイプの人間である、と出来る範囲から少しずつ自分を肯定して自信を持てるように心がけましょう。

国立大教育学部卒、専攻は心理学。発達心理学、教育心理学、スポーツ心理学、社会心理学を中心に心理学に関する記事を執筆中。そのほかにも、人間関係やコミュニケーション、性格、スマホ、SNS、ゲームなどのあらゆるテーマを心理学の知識を用いて詳しく、面白い記事を書くことを心がけております。

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