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	<title>若者  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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	<item>
		<title>失敗を極端に恐れる若者とインターネットの発展との関連性について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21465</link>
				<pubDate>Mon, 03 Jun 2019 14:23:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メンタルを強くしたい人向け記事]]></category>
		<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[失敗]]></category>
		<category><![CDATA[若者]]></category>

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				<description><![CDATA[「今時の若者は失敗を怖がりすぎている」「最近の若い人はチャレンジ精神がない」…という類の言葉は、おそらくどの時代でも言われてきた言葉のように感じます。 若者が失敗に恐怖を感じる理由は、人生経験が浅いために新しいことに必要]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>「今時の若者は失敗を怖がりすぎている」「最近の若い人はチャレンジ精神がない」…という類の言葉は、おそらくどの時代でも言われてきた言葉のように感じます。</p>
<p>若者が失敗に恐怖を感じる理由は、人生経験が浅いために新しいことに必要以上に恐怖心を抱いているとか、先行きの見えない未来を悲観視したことで、人生で失敗をすると割りと洒落にならない目に遭う姿(例：貧困に苦しむ等)を想像してしまう…ことなどが、挙げられるでしょう。</p>
<p>しかし、ここに現代ならでは恐怖を感じる根源として加えたいのが「インターネット」の登場と発展です。</p>
<p>今回は、インターネットが失敗を恐れる若者の心理に、どのような影響を及ぼしているかに関する考察についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>人間関係も仕事も勉強も、失敗しない方法は全部ネット上にある現代社会</h2>
<p>今やスマホを使えば、仕事、勉強、恋愛、友達関係、スポーツ、趣味、子育て…など、あらゆる場面で失敗しないための情報を簡単に入手できる時代です。</p>
<p>しかも、その情報は基本的に無料であり、且つネット上に大量に存在している。もちろん、文章だけでなく、イラストや図解付きの解説、漫画で説明されているもの、動画(youtube)で説明されているものなど、あらゆる形式で存在しています。</p>
<p>更には、知恵袋や質問箱のように匿名で質問をして助言を聞くこともできますし、その道の専門家(自称含む)に無料で相談して、アドバイスを頂くことも可能。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、今のようにネットが発達する以前は、本で調べるにしても検索機能などあるわけなく、目次で確認して該当するページを開く手間が要りました。また、そもそも本屋や図書館に行って、お目当ての本を探すために労力を割く必要性もあったものです。</p>
<p>また、本以外には新聞なり、テレビの録画なり、あるいは両親や両祖父、先生、上司など、人生の先輩に相談することで失敗を回避する方法を探せたものです。</p>
<p>しかし、それらもインターネットと比較すると精度はお世辞にも高いものばかりとは呼べなかった。人生の先輩ではあるが、自分が悩んでいることの専門家でもあるとは限らず、求めていた答えが出てくる点では、インターネットには到底及ばないものでした。</p>
<p>このように、インターネットのおかげで人生における失敗を回避するためのアドバイスは、昔と比較するとはるかに入手しやすく制度も高い。</p>
<p>それも、ニッチで細かい悩みであっても、検索すれば何かしらのアドバイスが見つかるし、場合によっては知恵袋に投稿してアドバイスをもらうこともできる。</p>
<p>そんなインターネットの恩恵を受けて育ってきた若者の中には、「人生における失敗は限りなく減らせるし、むしろ試行錯誤もせず効率的に成功を収められる」と、疑いもなく考えている人が多いのではないかと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>検索すれば失敗を防げる情報が手に入る時代だからこそ、なおさら「失敗」に怖さを感じる</h2>
<p>ネット上に失敗しないための情報が溢れている現代において、もしも勉強、仕事、恋愛なりで失敗を起こしてしまえば、「これだけ失敗しない世の中なのに失敗するなんて…人としての基本的な能力に問題があるのでは？」と、周囲から過小評価を受けしまうことを恐れる心理が芽生えても不思議ではないように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>インターネットがない時代は、失敗を防ぐための情報を入手するのにも手間がかかりましたし、入手したとしても、それが自分に合っているものではないことも普通だった。</p>
<p>そのため、失敗するかもしれないけど、とりあえずやってみて感触を掴んでみたり、手探りでやってみてブラッシュアップをしていく中で、自分が求めていた成功を手にして、失敗してもおかしくない状況を上手く切り抜けてきたものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、今は簡単にネット上で失敗を避け、成功するための情報が手に入る。失敗する確率はグンと減り、試行錯誤の段階でウンウン悩む時間も味わうこともなく、効率的且つ容易に成功が手に入のが普通であるという認識を、若者は持っている。</p>
<p>そうなると、失敗することは、悪い意味でレアなケースであると認識してしまう。そんな悪い意味のレアケースに自分が該当しようものなら、当然恥や苦痛を強く感じるであろうことは想像できてしまう。</p>
<p>良くも悪くも、失敗しにくい豊かな世の中へと発展したことが、かえって失敗に対する恐怖心を強めているのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、失敗が悪い意味でレアケースになると、無理に新しいことに挑戦するよりも、現状維持を貫き何もしない方が賢明である…という考え方を持つのも、至って自然だと感じます。</p>
<p>下手に挑戦するような真似をしなければ、失敗することはない。失敗しないのであれば、自分が悪い意味でのレアケースとなり嘲笑や中傷を受ける心配もないという安心感がある。だからこそ、現状維持に徹することは、失敗を恐れる若者からすれば理にかなっている行動と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>失敗したことがデジタルタトゥーとなって残り続ける恐怖</h2>
<p>インターネットでは失敗を防ぐための情報があふれてますが、同時に失敗したらどのような結末をたどるのか…という、失敗談も大量に存在しています。</p>
<p>たとえば、</p>
<ul>
<li>受験、就職活動、恋愛で失敗した人間の末路。</li>
<li>多額の借金を抱えた人間の末路。</li>
<li>将来なりたい夢を追いかけたものの、挫折した人の末路。</li>
</ul>
<p>など、見なければ幸せだったであろう情報までも、簡単に知れてしまうのがネットの功罪です。</p>
<p>ただ失敗して悲惨な目にあうだけでなく、どういうふうに悲惨になるのか、その過程でどのような苦難や屈辱が待ち受けているのかまでも事細かく知れる。そして、知ってしまったことにより、失敗した時に起きる最悪の状態を生々しくイメージできてしまうことが、失敗に対する恐怖心を強くさせているように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、失敗した人がネット上で笑いものになるだけでなく、どのようなことをやらかしたのかまでも半永久的に残り続けるのが、ネットの世界の怖さでもあります。</p>
<p>たとえば、</p>
<ul>
<li>号泣記者会見が大きな話題になり、動画サイトでMAD動画が大量に投稿された某県議会議員。</li>
<li>「スタップ細胞はあります」で世間を賑わした、某理系女子。</li>
<li>耳が聞こえないと称しながら、実はそれが嘘であることが発覚した某音楽家。</li>
<li>経営コンサルをしていたが、後に学歴・経歴詐称が発覚した某K氏</li>
</ul>
<p>など、おそらく一度は聞くなり見るなりしたことがあるであろう人たちは、今になっても時々ネタにされることがあるものです。</p>
<p>また、上で述べた人たちがどのようなことをやらかしたかについては、ネットで検索すればバッチリ出てきます。</p>
<p>このようにネット上で残る消せない過去の失敗のことを「デジタルタトゥー」と呼び、その名称からもわかるように、一度やらかしたことがネット上で書かれれば、それは半永久的に消せないという、刺青のような特徴を持っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>現代において失敗を恐れる若者の中には、自分の失敗した姿がデジタルタトゥーとなる。そして、検索さえすれば多くの人から自分の失敗の内容を閲覧し、恥ずかしい思いを幾度となくする不安がある。</p>
<p>加えて、恥ずかしい思いをしているから情報を削除して欲しいと願っても、他の誰かがコピペを繰り返して完璧に削除されないどころか、むしろ拡散＆炎上へと発展し、文字通り火に油を注いでしまう結末になっても、なんらおかしくない。</p>
<p>そんなイメージが脳裏に浮かぶからこそ、余計に失敗に対する恐怖心が増しているのだとも考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2321" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/sigoto-misu-tatinaorikata-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="仕事で失敗してしまったときに立ち直るためのコツまとめ" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/sigoto-misu-tatinaorikata-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/sigoto-misu-tatinaorikata-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2321" class="blog-card-title-link">仕事で失敗してしまったときに立ち直るためのコツまとめ</a></div><div class="blog-card-excerpt">値段の付け間違えや、商品の入れ忘れなど、仕事で失敗をしてしまい会社に損害を出してしまった、上司の面目をつぶすようなことをしてしまった、という</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2321" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2321" alt="" /></a></div></div></div>
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しかし、「絶対に失敗や</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2106" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2106" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>プライドが高い若者が出てくる理由、背景について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6751</link>
				<pubDate>Fri, 11 Jan 2019 10:49:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[プライドが高い]]></category>
		<category><![CDATA[プライド]]></category>
		<category><![CDATA[若者]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=6751</guid>
				<description><![CDATA[プライドが高くて他人を困らせてしまう人と言えば、(まだ年功序列の文化が残っているので)どうしてもご年配の方を想像されるかもしれませんが、決して若者も他人事ではないと思います。 いわゆる「意識高い系」‏と呼ばれる人のように]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>プライドが高くて他人を困らせてしまう人と言えば、(まだ年功序列の文化が残っているので)どうしてもご年配の方を想像されるかもしれませんが、決して若者も他人事ではないと思います。</p>
<p>いわゆる「意識高い系」‏と呼ばれる人のように、やたら意識の高いことを口にする人。自分がいかに素晴らしい人望や経歴があるかを(求められていないのに)披露する人。自分を実物以上によく見せたがる人。「まだ○○してないの？」と某プロブロガーの言葉を借りて、他人を小馬鹿にしてマウンティングをとる人は、まさにその人のプライドだけの高さを表現していると言ってもいいでしょう。</p>
<p>今回は、こうした若者なのにプライドが高くなってしまう人が出てきてしまう、理由や背景についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5712" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_tukareru-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="プライドの高い人と話すとなぜ疲れるのか" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_tukareru-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_tukareru-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_tukareru-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5712" class="blog-card-title-link">プライドの高い人と話すとなぜ疲れるのか</a></div><div class="blog-card-excerpt">プライドが高い人との会話は、何かと気を使うことが多くて、大変疲れるものです。

相手の繊細なプライドを傷つけてしまう恐れがある話題や言葉</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5712" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5712" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>少子化による子供一人あたりにかける愛情が集中している</h2>
<p>プライドが高くなる原因として挙げられるのが、少子化により子供にかける愛情が集中しやすい状況になっていることです。</p>
<p>今や昭和の家族のような子沢山家庭は減り、一人っ子家庭は珍しくありません。兄弟がいなければ、家庭において兄弟同士で頭脳、運動神経、行儀の良さなどを比較される経験も経ないまま成長し、子供自身が兄弟との比較を通して適度で妥当なプライドを持つことが難しくなります。</p>
<p>また、少子化により子供一人あたりにかける親の熱意や愛情が大きくなっている。つまり、一人の子に対して過度に甘やかすような教育方針をとってしまったり、子供の意見を優先して親を含む周囲の大人(祖父母、親戚など)が動くことで、プライドばかりを肥大化させていくことになるのです。</p>
<p>更に、昨今は少子化に加えて、晩婚化により子供を持つことそのものが難しくなっている時代です。そんな世知辛い時代だからこそ、自分の子供(場合によっては孫)を溺愛するように可愛いがるのも無理はないでしょう。</p>
<p>しかし、可愛いがるあまりに、適度なプライドを持てず、高すぎるプライドのせいで子供自身が情緒的に不安定になってしまう。また、高すぎるプライドが崩れるのを恐れて、進学や就職などの進路選択が迫られる場面において、あえてプライドが傷つかないように自分の実力以下の進路を選び、お山の大将でいられる環境を求めるようになることは、果たして子育ての方針として本当に問題はないのか…と感じずにはいられません。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>他罰的な言動を助長する風潮の蔓延により、プライドが肥大化する</h2>
<p>プライドが高くなってしまう原因として、他罰的な言動を助長するような風潮や価値観が蔓延していることも挙げられます。</p>
<p>心理学において他罰的<sup>※1</sup>とは<strong>「自分に不都合なことが起きた時に、その原因を自分以外の他人や集団などに求めること」</strong>を指します。</p>
<p>具体的に他罰的な言動が助長されている例としては…</p>
<ul>
<li>親や先生の立場や威厳が過去と比較すると無くなり、大人が子供に対して強く言い聞かせ子供に自罰的な反省を迫ることが難しい。<span style="color: #999999;">(教員が聖職者なんて言葉、最近めっきり聞きませんからね…。友達関係の親子の登場もいい例)</span></li>
<li>勉強やスポーツなどで失敗しても怒られることが減っている。むしろ、失敗から目を背けて甘い言葉で励ますような、優しさで溢れる生ぬるい空気感を維持する関係がもてはやされている。</li>
<li>褒めて伸ばすことを意識するあまりに、相手が傷つくのは明白だが薬になる鋭い言葉を言えなくなって付け上がらせてしまう。付け上がってしまうことで、失敗した理由を自分ではなく「褒めてきた周囲の人たちがわるい」と他罰で済ましてしまう。</li>
<li>ネットやSNSの発達により、多くの人の考えや意見を見聞きできるようになったが、その中に紛れている他罰的な意見にも、簡単に触れられるようになっている。<span style="font-size: 12px;">(「社会や政治が悪い！」とか「私たちは悪くない、悪いのは○○だ」などの極端な意見の類)</span></li>
</ul>
<p>などがあります。</p>
<p>他罰的な言動は、自分に起きた不都合な出来事の原因を自分以外の何か擦り付けられるので、プライドが傷つかなくても済みます。また、嫌なことがあっても「自分は悪くない」と納得するので、気持ちの切り替えが上手く嫌な気分を長引かせないというメリットもあります。</p>
<p>しかし、不都合なことを責任転嫁しつづけてばかりでは、根本的な反省をすることはできない。プライドがますます肥大化してしまい、余計に窮屈な生き方をするリスクもあります。</p>
<p>たとえば、模試の結果が悪かった時に</p>
<ul>
<li>「先生の教え方が悪い」</li>
<li>「親がレベルの高い塾・予備校に通わさせてくれないからだ」</li>
<li>「隣にいた人のシャーペンの音がうるさすぎて集中できなかった」</li>
</ul>
<p>など、成績の理由を自分以外の何かに擦り付けるばかりで、しっかり勉強しないままでは成績が改善することは望めません。(プライドは右肩上がりかもしれませんが…)</p>
<p>加えて、高くなりすぎたプライドが偏差値や点数などの客観的な数字によって容易く崩れ去る恐怖を感じ取った結果、あえてプライドが傷つかないように志望校を下方修正して合格安全圏の学校ばかりを受験してしまう。あえて夜更かししたり勉強時間を削減するなど、失敗のアリバイ作りとして、自分で自分にハンデをかける行動に出てしまうこともあります。(＝<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3122">セルフハンディキャッピング</a>)</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>SNS・インターネットの発達と若者のプライド</h2>
<h3>自分よりも格下の人間を容易に見つけて安心感を得られる</h3>
<p>インターネットの発展により、今やスマホとSNSのアカウントさえあれば、誰とでも、どこででも簡単に繋がれる時代です。</p>
<p>おかげで今までなら出会えなかったような人と出会えるとメリットがある一方で、それをいいことに、いわゆる自分よりも格下の存在を容易に見つけ出すことにのめり込んでいった結果、プライドが肥大化してしまう若者が出てしまっていることも考えられます。(もちろん、若者に限った話ではないとは思いますが…)</p>
<p>自分よりも頭が悪いとか、自分よりもだらしない自堕落な生活を送っているとか、自分よりも顔や見た目がよくない…など、あらゆる点において自分のほうがまだ上だとかマシだとか思える人をネット上で検索する。</p>
<p>そして「自分はあの人と比較すればまだマシ」という満足感を得ることに終始した結果として、身の丈に合わない肥大化したプライドを抱えたままでいるのだと考えられます。</p>
<p>ネットの世界は広大であり、たとえ学校でビリの成績であっても検索すれば自分より格下の人間は簡単に見つけられ「よかった自分は本物のビリではないんだ」とプライドが傷つくのを避けられます。</p>
<p>探せばすぐ自分よりも格下の人間が見つけられるからこそ、プライドが傷つきかねない状況に陥いっても、その状況を根本的に解決するために努力をせず、プライドばかりが肥大化する行動に出てしまいやすいのだと考えられます。</p>
<p>仮に根本的な解決をしようものなら、自分の肥大化したプライドと向き合うという苦痛をともなう作業をすることになるので、それを避けるためにも「自分より下を見て安心する」というまだ楽な方を選んでしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>権威のある人とネット上で簡単に繋がれる</h3>
<p>ことわざ「虎の威を借りる狐」のように、SNSではいわゆる「虎」と呼ぶにふさわしい社会的な権威や実績を持っている人と、簡単に友達になり交流できるのが魅力的です。</p>
<p>しかし、このことは言い換えれば<strong>誰でも虎の意を借りている狐の方になってしまう状況に置かれているとも言えます。</strong></p>
<p>たとえば自己啓発本を読みtwitterで作者に直接にコメントをして、そのコメントがRTされたりコメントに言及されたり、作者からフォローされたりして有頂天になってイキる意識高い系の人は、まさに虎の威を借りた狐そのものであり、見ていて何とも言えない気持ちになることが多いものです。</p>
<p>一昔前なら、本の作者と交流できるのは、ハガキを出したりサイン会に行くぐらいしか方法がなかったのに、現在はSNS上で手軽且つスピーディーに交流ができる時代。</p>
<p>もちろん「本を出版した」という社会的な権威を持つ人と簡単に繋がれる時代になったことは、それはそれで魅力的であり決して悪いものではないと思います。</p>
<p>しかし、その一方で社会的な権威を持つ人と簡単に交流できるようになったことで、他人の権威を借りて下手にプライドを肥大化させてしまいかねない時代になっている。</p>
<p>そんな時代に自分が生きているいう自覚を持たないまま、下手にプライドばかりが高くなっている自分に気づけない姿を想像すると、末恐ろしくなります。</p>
<p>今自分が生きている時代が、虎の意を借りる狐になりかねない時代であると自覚することが、プライドが高すぎて自分も他人も苦労するハメにならないためには大事だと感じる次第です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p><span style="font-size: 14px;">※1：なお、他罰的の対義語は「自罰的」。心理学用語の「外的統制型」も他罰的な言動と共通するものが多い。</span></p>
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