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	<title>心理  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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		<title>信者ビジネスとは　心理学からみる信者ビジネスの問題点などについて</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21445</link>
				<pubDate>Sat, 01 Jun 2019 14:07:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[仕事・ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>

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				<description><![CDATA[信者ビジネスとは、主に悪いニュアンスで使われる「宗教」のように、ある集団内のトップの人物を崇拝する熱心なファンと、そのファンから金銭・労働力・時間・交友関係などあらゆるものを搾取するトップの人物から成り立つ、グレーなビジ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>信者ビジネスとは、主に悪いニュアンスで使われる「宗教」のように、ある集団内のトップの人物を崇拝する熱心なファンと、そのファンから金銭・労働力・時間・交友関係などあらゆるものを搾取するトップの人物から成り立つ、グレーなビジネスを指します。</p>
<p>その性質上、マルチ商法、ねずみ講、ネットワークビジネス、怪しい自己啓発セミナーやオンラインサロン、情報商材半倍など、他のグレーな商売との相性の良さが目立ちます。</p>
<p>また、信者ビジネスの温床となる人間関係の構造は、「クリエイターとそのファン」のように、案外身近な場所にも潜んでいるものです。</p>
<p>もちろん、その関係が違法スレスレの段階まで悪化することばかりではありません。しかし、一歩間違えば過激なユーチューバーと、その行動をおもしろがって煽る無責任なファンのような、不穏な関係に発展しかねない…ということが、信者ビジネスの温床となる人間関係の危うさだと感じます。</p>
<p>今回は、そんな信者ビジネスに関して、心理学の知識も交えてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>信者ビジネスとは</h2>
<p>信者ビジネスとは、ある集団における熱心なファンを、カルト宗教にのめり込む信者と見立てる。そして、集団内にて発言権や権力を握っている人物が、信者から金銭や労働力などを搾取することで成り立っているグレーなビジネスを指します。</p>
<p>「信者」という呼び名でもわかるように、信者ビジネスは普通に行われている健全なビジネスとは違った、ある種の異様さ、非日常的且つ独自の儀式のようにすら見える習慣を持っていることが目立ちます。</p>
<p>たとえば、信者の人がお祈りを捧げるかのように、崇拝している人物が出した本を大量に買うと同時に、多くの人に無理やり広めようとする。なお、この活動は「布教」と表現されることがあります。<del><span style="font-size: 12px;">(うまいこと言いやがって)</span></del></p>
<p>しかし、布教活動そのもの熱心っぷりにどこか違和感を覚える人が多い。また、マルチ商法のような胡散臭いビジネスでよく見た光景であるために「怪しいビジネスのカモになったのでは？」と感じる人もいます。</p>
<p>更には、集団内のトップの人物が信者から多額の金銭を搾取するかのような言動に出るだけなく、同時に多額の出費をすることに対して「自己投資or自分磨きのためだ」「自分の幸福に繋がる」など、暗示をかけるように接することがあります。</p>
<p>こうした信者の信仰心とトップたる自分への服従心を強める働きかけをすることが、信者ビジネスの大きな特徴と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、余談ですが「儲ける」という漢字は、「信」と「者」の二文字から成り立っています。この<del>皮肉な</del>豆知識は、信者ビジネスを語る上で欠かせないものであると同時に、信者ビジネスがなんたるかを的確に表現しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>心理学で見る信者ビジネス</h2>
<p>信者ビジネスに関わっている人に関連深いのが、</p>
<ul>
<li>外集団・内集団</li>
<li>集団同一視</li>
<li>認知的不協和</li>
</ul>
<p>という、心理学の用語・概念です。以下で詳しく説明していきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>外集団・内集団</h3>
<p>外集団とは、自分が所属しない集団のこと。内集団とは、自分が所属している集団のことを指します。</p>
<p>人間には</p>
<ul>
<li>外集団に所属している人に対しては、自然と低い評価を下してしまう傾向がある。(例：あのグループは劣っている、対したことない、格下だ…など)</li>
<li>内集団に所属している人に対しては、自然と高い評価を下してしまう傾向がある。(例：自分のグループは優れている、素晴らしい…など)</li>
</ul>
<p>と、外・内集団それぞれに対して、偏った評価を下してしまう傾向がある。</p>
<p>そして、このことは信者ビジネスのように、信者と信者ではない人に対する接し方や反応に大きな差が出てくる集団とは、決して無関係ではないように感じます。</p>
<p>信者ビジネスにのめり込む人は、自分が崇拝している人物を偉大な人物であると高く評価したり、自分が所属している集団がどれだけ素晴らしく魅力あふれるものであるかについては、意気揚々と、そして全肯定の姿勢で語る。</p>
<p>一方で、自分が崇拝している対象に興味を示さない人や、崇拝している人物が敵視している人・集団に対しては、妙に辛辣且つ排他的で、全否定な評価を下す傾向があります。</p>
<p>こうした、外(ソト)・内(ウチ)の人に対する極端な姿勢が、信者ビジネスを語る上では外せないと同時に、信者ビジネスが持つ、ある種の異様さの根源であるように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>集団同一視</h3>
<p>集団同一視とは、ある集団に所属することが自分にとって心地よく感じてしまう。そして、集団に対して愛着が湧いたり、集団に貢献することに幸福感や満足感を抱く。最終的には「集団＝自分」と、自分と集団を一種の運命共同体であると感じる現象を指します。</p>
<p>もちろん、ある集団の一員になることに誇りや満足感を得られることは否定しませんが、信者ビジネスはこの心理を利用し、信者から搾取をすることに応用しているように見える。</p>
<p>つまり、「集団のために身銭や労働力を捧げることは、あなたの幸福にもつながるし、集団の発展にもなるので、積極的に行うべきだ！」と信者を教育し、集団内のトップに立つ人物の私腹を肥やすことを正当化してしまう危うさがあります。</p>
<p>傍から見れば、崇拝している人物から不当な扱いを受けているのにもかかわらず、その事実を受け入れようとしない。それどころか、集団のために自己犠牲をしている熱心な信者になれることに、むしろ満足感を得ているようにも見える。</p>
<p>こうした、「搾取する側」と「搾取される側」の不平等な関係が平然と繰り広げられ、且つ温存しているのが、信者ビジネスにグレーな印象を持たれてしまう大きな理由でしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>認知的不協和</h3>
<p>認知的不協和とは、相反する認知を抱えてストレスを感じること。そして、その認知の矛盾を解消するために行う行動のことを指します。(なお、矛盾の解消は「認知的不協和の解消」と別名称で呼ばれることもある。)</p>
<p>たとえば、ある貧乏なクリエイターの活動を応援するために有料ファンクラブに入ったが、そのクリエイターが、実はそれなりに裕福そうであることが判明した場合…</p>
<ul>
<li>「自分は貧乏なクリエイターへの支援活動をしている」</li>
<li>「しかし、なぜかそのクリエイターは貧乏ではなくむしろ裕福。私の支援は必要なさそうに見える」</li>
</ul>
<p>という、2つの矛盾した認知を抱えます。もちろん、そのまま矛盾を受け入れようものなら、モヤモヤとした気持ちになることは回避できません。</p>
<p>このモヤモヤこそが認知的不協和であり、この矛盾を解消するために「ファンとしての姿勢を試されている」と、当初の目的を無視して別の価値を見出したり、「裕福に見える部分だけネット上にアップしているだけだ」と、都合よく解釈することで、矛盾の解消を試みようとします。<span style="font-size: 12px;">(もちろん、ファンクラブの退会により、矛盾の解消を試みることもある)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように、信者に対してあえて矛盾するような認知を抱かせると同時に、その矛盾に対してファンとしての姿勢が試されていることをほのめかしたり、自己投資や自分の幸福などモヤモヤを無視させるように別の価値観を提示して、信者の認知を都合よく操作することが、信者ビジネスにはよく見られます。</p>
<p>また、信者ビジネスの性質上、信者になって搾取されてしまう人は、他人の言葉に影響が受けやすく、簡単に暗示にかかってしまいやすいのが特徴的です。なお、暗示にかかりやすいことは、心理学では「被暗示性が高い」と表現します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>信者ビジネスの問題点について</h2>
<p>信者ビジネスの問題点は、搾取労働、不当な労働を信者に行ってしまう。しかし、信者自身が不当であることへの自覚がなかったり、自分は不当な関係を強いられていることを認められず、問題のある関係がそのまま残ってしまうことが問題点として挙げられます。</p>
<p>また、不当な関係が容易く残ってしまうことに目をつけて、マルチ商法や怪しい情報商材などのグレーなビジネスを行う人から見ても、好都合なのが特徴的です。</p>
<p>搾取をされている事実に声を上げないし、自覚することすら拒む…こうした上に立つものに従順な姿勢を持つ人は、まさに悪質なビジネスのいいカモです。</p>
<p>また、たとえ信者候補が金銭的に豊かでなくとも、信者が持つ人間関係を換金することを最終的な目的としたり、ローンなりなんなりで金を借りさせて、利息で搾り取ることを目的とするのであれば、貧乏であることはそこまで悪材料視されません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>金が絡まないけど信者ビジネスに類似しているもの</h2>
<p>実際に金銭のやり取りまで行われないにしても、どうも信者と呼ばれるファンから、労力なり時間なりを搾取しているように見える関係もまた、信者ビジネスの温床であるように感じます。</p>
<p>たとえば、あるyoutuberが投稿している動画を視聴することは、動画視聴者が直接お金を払うことはありませんし、金銭のやり取りが発生することは基本的にはありません。<span style="font-size: 12px;">(※youtubeには投げ銭システムが存在しているが、動画の視聴は基本的に無料である)</span></p>
<p>しかし、youtuberによっては、動画の視聴回数に応じて広告収入が手に入り、それを目的に活動している人もいます。いわば、信者が持つ時間や労力という資産を、広告収入という現金に換金するのが、youtuberという職業が持つ一側面です。<span style="font-size: 12px;">(まぁ、この換金の仕組み自体、youtuberに限ったものではないが…)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>広告収入を当てにしているyoutuberから見て、信者ビジネスにハマる人のように熱心に動画を視聴してくれるファンは、非常に美味しい存在のように思えるでしょう。</p>
<p>そのファンから直接金銭を受け取ることはないにしても、毎回欠かさず視聴してくれることが、自分の収入増になる。また、もしもそのファンが各種SNSで自分のことを宣伝でもしてくれたら、それもまた収入増加に繋がる。</p>
<p>そんなイメージが出てくれば、youtuberは信者候補のファンに向けて動画で自分を応援するように教育しようとする。</p>
<p>「もっといい動画が作れるように、チャンネル登録お願いします！」という類の言葉には、信者が持つ時間や労力を、自分の個人的な利益のために搾り取りたい…という腹黒い思惑が、ひょっとしたらあるのかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>自分より劣っている人を見て安心する心理に関する考察</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21437</link>
				<pubDate>Thu, 30 May 2019 14:38:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[不幸]]></category>
		<category><![CDATA[マウント]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21437</guid>
				<description><![CDATA[わかっちゃいるけどやめられない…といえば、スーダラ節に出てくる有名なフレーズであり、人間が持つ矛盾した心理の一つを的確に表しているフレーズでしょう。 とくに「自分よりも劣っている存在を見つけて安心する、愉悦を感じる」とい]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>わかっちゃいるけどやめられない…といえば、スーダラ節に出てくる有名なフレーズであり、人間が持つ矛盾した心理の一つを的確に表しているフレーズでしょう。</p>
<p>とくに「自分よりも劣っている存在を見つけて安心する、愉悦を感じる」という、実に人間の意地悪な部分が垣間見える行動は、まさに「わかっちゃいるけどやめられない」というフレーズがぴったりです。</p>
<p>もちろん、倫理や道徳の観点で見れば「自分よりも劣っている人を見て安心するのは、醜く卑しい行動であり、およそ推奨できるものではない」という声が上がってくることでしょう。</p>
<p>しかし、一方でその行動により「自分はまだドン底ではないんだ…」と、妙にホッとした気持ちになったり、「自分よりも頭脳・見た目・性格が悪い人がいるので、自分はまだマシだ」と安心感をついつい覚えてしまう…という心理的な報酬を感じる側面があるからこそ、わかっちゃいるけどやめられないのだと言えます。</p>
<p>今回は、そんな自分より劣った人を見て安心する心理に関する考察について、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4405" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="他人の不幸を喜ぶ人の心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4405" class="blog-card-title-link">他人の不幸を喜ぶ人の心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">「他人の不幸は蜜の味」「他人の不幸で飯がうまい(＝メシウマ)」のように、人の不幸は精神的な飢えや渇きを潤してくれるものとも言えます。こうした他人の不幸を喜ぶ人の心理や、その根底に感情についてまとめています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4405" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4405" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>条件付きの自尊感情から見る「自分より劣っている人を探す心理」</h2>
<p>自分より劣っている人を見つけて安心感を覚える行動がクセになるのは、その行動により自信や自尊感情が高まるというメリットがあります。</p>
<p>自尊感情には</p>
<ul>
<li>条件付きの自尊感情：何らかの権威やある特定の場面を根拠にした自尊感情のこと。条件となるものが消滅すると、自尊感情が揺らいでしまうとされている。</li>
<li>無条件の自尊感情：何の条件も必要なく、一個人としての自信に基づく自尊感情のこと。条件付きの自尊感情よりも安定しているとされている。</li>
</ul>
<p>の二種類あります。</p>
<p>当然ながら、メンタル面の強さを身に付けるためには「無条件の自尊感情」を重視されていますが、かと言って条件付きの自尊感情が効果が無いというわけではありません。</p>
<p>条件付きとは言え、自尊感情が手に入ることには変わりはない。ただし、自分を取り巻く状況の変化によって、自尊感情が手に入らなくなってしまうという不安定な性質を持っているという点が、条件付き自尊感情の弱点なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>ネット上で自分よりも各下の存在を探すことの容易さ</h2>
<p>しかし、もしも条件付きで手に入る自尊感情が、非常にゆるい条件であり、一度無くなってもすぐに他の場面で容易に再現できるものだとすれば…。</p>
<p>つまり、ネットやSNS、youtubeなどの検索機能を使って、いつでもどこでも自分より各下の存在を探し出せる状況こそが自尊感情の源であるとすれば、一応は条件付きではあるものの、それなりに安定した自尊感情を保つことが可能になります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ネット上では、検索一つで自分よりも頭脳や学歴が無い人、容姿や身体能力が劣る人、収入や社会的地位が劣る人、友達やフォロワーの数が少ない人…など、あらゆる要素で自分よりも劣っている人を簡単に探し出せます。</p>
<p>加えてリアルの世界とは違い、自分の素性や本性を明かさなくてもよいし、ましてや相手に自分が他人の粗探しをしていることや、見下して優越感を味わっていることが、ばれる心配もまずない。</p>
<p>おまけに、もし自分が見下していた人が自分より格上に成り上がったとしても、また検索し直して別の人をターゲットにすれば、簡単に優越感を感じれるという手軽さも魅力的です。</p>
<p>SNSやyoutubeのように、すぐさま拡散される要素を持つ媒体では、それこそ毎日のように自分よりも劣っている人の情報が流れてきて、優越感を感じることには苦労しないでしょう。<span style="font-size: 12px;">(なお、毎日劣っている人の情報が手に入るという点では新聞、TVも同じではある)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんな手軽且つローリスクで優越感を得られる、ネット全盛の現代は、かつて日本で見世物小屋や処刑所が存在していた時代よりも、条件付きの自尊感情を簡単かつ安定して得やすい時代であると言えます。</p>
<p>そして同時に、気を抜いてしまうと自分よりも劣っている人探しに没入しやすい…という、危うさと隣り合わせな時代であるとも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>劣っている人を探す心理と「気分一致効果」</h2>
<p>自分より劣っている人を探したり、他人を見て何か劣っている要素がないかと探してしまう心理については、「気分一致効果(感情一致効果とも)」が参考になります。</p>
<p>感情一致効果とは、人間は気分に一致していない情報よりも、気分に一致している情報を求めたり、より記憶してしまう現象を指す心理学用語です。</p>
<p>ある人を見たときに、その人の劣っている情報を見つけようとしてしまうのは、気分一致効果を元に考えると、「他人を見下して優越感に浸りたい」「相手は価値のある人間ではない」という、卑しい気分に無意識のうちになっている。</p>
<p>加えて、見下したい気分になっているときには「相手のいいところを見つけて尊敬したい」とか「相手は自分から見て価値ある人間のはずだ」という気分にはならないので、必然的に他人の長所は無視して、短所ばかりに注目してしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、気分一致効果は、気分と一致している情報を記憶すると、その情報が思い出されやすくなるとされています。つまり、自分より劣っている人や部分が情報として記憶されると、その後何かあるたびに、その情報をつい思い出してしまうのです。</p>
<p>自信がなくなってくじけそうになった時に「まぁ、あの人よりは自分はマシだよね…」と、つい自分より格下の存在を思い出して優越感に浸るのは、まさに気分一致効果の性質ゆえに起きる現象だと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>報酬不全症候群から見る劣っている存在を探すのがクセに理由</h2>
<p>冒頭で自分より劣っている人を探すことは「わかっちゃいるけどやめられない」ことに近いと触れましたが、これについては報酬不全症候群という概念が参考になります。</p>
<p>報酬不全症候群とは、心理的、経済的、物質的報酬を手にしても、その報酬に価値や満足感を得られなくなる状態を指す心理学用語です。</p>
<p>とくに、手軽に報酬が手に入る場合だと、その報酬に対する満足感が薄まってしまうために、楽に手に入るものを更に求めてしまう傾向があります。</p>
<p>たとえば、不摂生な食生活で太った人が、手間のかかる自炊よりも、手軽に食べられる食品(加工食品、惣菜など)を好むのは、後者のほうがすぐに食べられるという手軽さがあるために、食べるものに対する満足感が不十分になる。</p>
<p>そのため、十分な満足感を得るためにも、手軽に食べられるものを大量に摂取する。その結果が、肥満という身体の変化に現れているのだとされています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>報酬不全症候群を元に考えると、簡単に自分より劣っている人が見つけられる状況は、簡単に劣っている人が見つかるからこそ、満足感や優越感など心理的な報酬は十分に得られなくなる。</p>
<p>そのため、自分よりも劣っている人を探すことに多大な時間を費やし、劣っている人探しが癖になってしまうのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>かつて存在していた見世物小屋や処刑場のように、いわば自分より劣った人を見ることが暗黙の了解とされていた場は、当然ながら現地に行くためには歩くなりなんなりの労力を要するものでした。</p>
<p>その当時に、スマホ、ネット、TV中継などの文明の利器や技術はなく、自分より劣った存在を見るのにも、それなりの苦労を要したものです。</p>
<p>しかし、現代ではスマホ、ネット、TV中継があるのは当たり前であり、自分より劣った存在を見つけるのには、そう苦労することはない世の中と言えます。</p>
<p>そんな、世の中だからこそ自分より劣っている人の存在を見つけても、心理的報酬は手に入るには入るが、十分な報酬とは呼べない。その満たされない気持ちを埋めるために、劣っている人探しに夢中になるのかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4507" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="マウントをする友達に感じるうざさの正体" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4507" class="blog-card-title-link">マウントをする友達に感じるうざさの正体</a></div><div class="blog-card-excerpt">友達のように親しく接してくるかと思えば、相手を見下しマウントをとってくる。

対等な関係のはずなのに、「俺(私)の方がお前より格上の存在</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4507" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4507" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20716" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/02/otaku-maunto-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="マウントをとるオタクの心理と正しい対処法" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/02/otaku-maunto-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/02/otaku-maunto-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/02/otaku-maunto-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20716" class="blog-card-title-link">マウントをとるオタクの心理と正しい対処法</a></div><div class="blog-card-excerpt">アニメや漫画、アイドルのおっかけなど、いわゆるオタ趣味の代表例と呼ばれるものを嗜んでいる人や、ある特定の分野に対して深い造詣があるオタク気質</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/20716" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/20716" alt="" /></a></div></div></div>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>仕事をやり過ぎてしまう人と破滅願望</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21424</link>
				<pubDate>Wed, 29 May 2019 14:49:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[仕事・ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>
		<category><![CDATA[インポスター現象]]></category>

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				<description><![CDATA[仕事をやりすぎてしまう人の中には、本当に仕事が好きだとか、働くことに充実感や熱意を持っているからこそ、無理をしてでも働く人はいるものです。 しかし、ごく稀に働きすぎることで自らの健康を損ねる将来を望んでいる、自身を傷つけ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>仕事をやりすぎてしまう人の中には、本当に仕事が好きだとか、働くことに充実感や熱意を持っているからこそ、無理をしてでも働く人はいるものです。</p>
<p>しかし、ごく稀に働きすぎることで自らの健康を損ねる将来を望んでいる、自身を傷つける未来が起きることを心の奥底で求めている…そんな、破滅願望とも解釈できる複雑な感情を持つこともあります。</p>
<p>今回は、そんな仕事をやりすぎてしまう人と破滅願望について、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2217" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/hatarakisugi-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="「ワーカホリック」仕事が頭から離れない人の心理や悩みについて" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/hatarakisugi-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/hatarakisugi-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2217" class="blog-card-title-link">「ワーカホリック」仕事が頭から離れない人の心理や悩みについて</a></div><div class="blog-card-excerpt">仕事のことが頭が離れない、仕事の事ばかり考えてしまう状態をワーカホリック(仕事中毒)といいます。仕事にのめり込む事は良いことだと考える人が多い影響もあり、ワーカホリックで心身の不調を招くの危険性は軽視されがちです。この記事はワーカホリックの心理、問題点についてまとめています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2217" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2217" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4878" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/06/laptop-820274_640-1-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="仕事のやり過ぎ？迷惑がられる人の7つの特徴｜嫌われる理由・対処法も解説" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/06/laptop-820274_640-1-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/06/laptop-820274_640-1-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/06/laptop-820274_640-1-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4878" class="blog-card-title-link">仕事のやり過ぎ？迷惑がられる人の7つの特徴｜嫌われる理由・対処法も解説</a></div><div class="blog-card-excerpt">「以前は仲良くしていたのに」「最近みんなの態度がよそよそしい」などといった悩みを持っていませんか？

もしかしたら、あなたの「仕事のやり</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4878" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4878" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>疾病利得から見る働きすぎ</h2>
<p>健康を損ねるまで働くことに関連しているのが「疾病利得」という概念です。</p>
<p>疾病利得とは、何かしらの病気にかかることで金銭的、精神的、社会亭利益を受けることを指す言葉です。</p>
<p>例を上げるとすれば…</p>
<ul>
<li>マラソン大会に参加したくないので、前日にわざと風邪をひくような真似をして風邪にかかる。風邪の苦痛を味わう羽目になるが、これによりマラソン大会に参加しなくてもいい正当な理由を手にすることができる。</li>
<li>周囲の注目を浴びたい、承認欲求を満たしたいがために、あえて自分の体を傷つけたり、自暴自棄な行動に出る。身体的・精神的な苦痛を味わう羽目になるが、自分の奇行により周囲の人が注目してくれたり、自分を心配してくれることで承認欲求が満たされる。(<span style="font-size: 12px;">＝いわゆる「かまってちゃん」の代表例)</span></li>
</ul>
<p>など、自分の健康を代償にすることで、あらゆるメリットを得ようとすることが疾病利得です。</p>
<p>疾病利得の概念を参考にして、働きすぎてしまうことを見ていくと…</p>
<ul>
<li>体調を壊す寸前まで働きすぎることで、周囲からの心配の声や「頑張っているね」という肯定的な反応を得られる。</li>
<li>結果を出せるようにオーバーワークをすることで、残業代、職場内における発言権や影響力、上司からの高評価を得られる。</li>
</ul>
<p>など、あらゆるメリットを享受できる可能性が高まります。(もちろんデメリットの部分は無視できないが…)</p>
<p>傍から見れば、自分の健康を損ねるだけで、合理性に欠いている行動のように思えてしまいますが、相応のメリットを得られる見込みがあるからこそ、粉骨砕身の精神で働きすぎてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>もう働かなくてもいい理由を作るために、あえて働きすぎる</h2>
<p>無理をしてまで働きすぎてしまう人は、今のように働きすぎてしまう状況に内心嫌気が指している。</p>
<p>しかし、自分から「もう働くのをやめます！」と堂々と主張する度胸や勇気を持っていないし、周囲の動揺を誘って嫌な意味で注目を浴びる事は、なるべく避けたい気持ちがある。</p>
<p>そんなとき、自分が持つ「もう働きたくない」という主張を別の形で主張しようとする…つまり、あえて健康を損ねるまで働きすぎるという行動に出てしまうのです。</p>
<p>こうすれば周囲の人から「仕事を辞めざるを得ない状況をおびき寄せるために、あえてオーバーワークをしている」という、自身の周りくどい思惑を見透かされることに、過度な心配をする必要性は薄れる。</p>
<p>傍目には、多少無理はしているけど仕事に熱心な人だと見られるので、まさか自分が破滅願望に近いようなものを持っているとは疑われにくい。</p>
<p>もし仮に、破滅願望を持っていることを見透かされたとしても、そのことをストレートに口にする人が出てくることは想像しにくいのも好都合です。</p>
<p>熱心に頑張っている人に対して「本当は仕事をやめたいから、働きすぎているんでしょ？」と実に野暮でひねくれた質問をしようものなら、働きすぎている人の面子を潰すことになる…という認識を逆手に取った上で、あえて働きすぎるという行動に出ていると言えます。</p>
<p>なお、こうした破滅するような手段を選んでしまう人は、自分の意見を主張することや、他人と交渉事をするのが苦手な人に見られる傾向があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>自分への過小評価からくる破滅願望</h2>
<p>働きすぎてしまう人には、自分に対する自己評価が極端に低い。</p>
<p>しかし、周囲から自分に向けられる評価は、割りと妥当なものであったり、むしろ高評価を受けている…という、自分と他者からの評価に大きなギャップがある場面にて、その差を埋めるために働きすぎてしまうことがあります。</p>
<p>ギャップの埋め方は</p>
<ul>
<li>周囲が下す評価に、自分自身を合わせようとする埋め方。つまり、周囲の人が下している妥当～高い評価に近づけようとするまでに、過剰なまでの努力をしている。<br />
ただし、過度に自分を評価しているからこそ、周囲が下す評価に追いつくのには途方もない労力を要するように感じる。加えて、多大な時間かかることが予想できるからこそ、焦りも大きく、つい無理をしてまで頑張りすぎてしまう。</li>
<li>自分自身の過小な評価に、周囲の人が下す評価を合わせようとする埋め方。つまり、周囲の人が「あの人はすごくないよね…」と自分を過小評価するように仕向ける。<br />
そのためには、自分への評価が低くなるような行動を取る必要性がある。とは言え、ストレートに周囲に迷惑をかけるのは良くないので、その代わりに、体を壊すまで働きすぎるという、短期的には周囲に協力的な態度を見せつつも、長期的には周囲に迷惑をかけるという行動に出る。</li>
</ul>
<p>の二種類があります。もちろん、破滅願望に近いのは後者の方です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>働きすぎることとインポスター現象</h2>
<p>表面的には努力家で真面目な性格の持ち主と思われるが、当の本人は自分に対する評価が妙に低い。</p>
<p>そんな人が、仕事において他者から高い評価を受けてしまうと、まるで他人を騙して不当に評価を得ているような違和感を覚えてしまうことがあります。</p>
<p>このように、褒められた時に「人を騙している」という罪悪感を抱くことを、心理学では<strong>インポスター現象</strong>と呼びます。<span style="font-size: 12px;">(英語のインポスター[Impostor]は「詐欺師」の意味)</span></p>
<p>インポスター現象に悩む人は、周囲が自分を低く評価するように、上で触れたようにあえて働きすぎてしまう行動に出てしまうとされています。</p>
<p>また、働きすぎることを詳しく見ていくと、</p>
<ul>
<li>今まで学んだところを勉強しなおす。</li>
<li>普段やっているプレゼンテーションを何度も繰り返す。</li>
<li>細かい仕事、集中力を要する仕事を行う。</li>
<li>なにかに取りつかれたように、強迫的に働く。</li>
</ul>
<p>といった、仕事における成功の確率を上げるような努力を不必要なほどに行う傾向があります。</p>
<p>もちろん、この努力により仕事において成功を収めることもあります。しかし、一方で手にした成功は、自分が行った超人的な努力のおかげであると考えてしまい、自分の能力の高さにあるとは考えられず、自己評価は低いままになってしまう。</p>
<p>また、超人的な努力が次回もできるという確証は薄く、いつかは本当の自分…つまり、過小評価しているダメダメな自分が、周囲の人にバレてしまうかもしれない不安が強まってしまい、しんどさを感じてしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21129" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/inposuta-gensyou-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="「インポスター現象」褒められると罪悪感を覚える心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/inposuta-gensyou-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/inposuta-gensyou-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/inposuta-gensyou-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21129" class="blog-card-title-link">「インポスター現象」褒められると罪悪感を覚える心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">他人から誉められたり、賞賛されたりしたときに、嬉しさよりもどこか怖さや不安、罪の意識を感じてしまう。謙遜とは違い、後味が悪く妙に胸がざわめく</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/21129" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/21129" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<hr />
<p>参考書籍</p>
<div class="cstmreba">
<div class="booklink-box">
<div class="booklink-image"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F15888804%2F" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><img alt="" style="border: none;" src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/2323/9784532512323.jpg?_ex=400x400" /></a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></div>
<div class="booklink-info">
<div class="booklink-name">
<p><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F15888804%2F" target="_blank" rel="noopener noreferrer">認知科学で探る心の成長と発達</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></p>
<div class="booklink-powered-date">posted with <a href="https://yomereba.com" target="_blank" rel="nofollow noopener noreferrer">ヨメレバ</a></div>
</div>
<div class="booklink-detail">日経サイエンス編集部 日経サイエンス社 2019年04月17日</div>
<div class="booklink-link2">
<div class="shoplinkrakuten"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F15888804%2F" target="_blank" rel="noopener noreferrer">楽天ブックス</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></div>
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</div>
</div>
<div class="booklink-footer"></div>
</div>
</div>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>嫌なものを見てしまう心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21265</link>
				<pubDate>Sat, 11 May 2019 14:58:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[心理的リアクタンス]]></category>
		<category><![CDATA[葛藤]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21265</guid>
				<description><![CDATA[見てもいいこともないし、むしろ見たくない光景がその先にあることはわかっているのに、つい出来心で見てしまう。 そして、一時の気の迷いで揺れ動いてしまう自分の軸のブレ具合に嫌気が指す…という類の経験がある人は、決して少なくな]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>見てもいいこともないし、むしろ見たくない光景がその先にあることはわかっているのに、つい出来心で見てしまう。</p>
<p>そして、一時の気の迷いで揺れ動いてしまう自分の軸のブレ具合に嫌気が指す…という類の経験がある人は、決して少なくないものだと感じます。</p>
<p>たとえば</p>
<ul>
<li>あまり気が進まないけど、つい元恋人や昔の友人のSNSアカウントを覗いて近況を調べてしまう。</li>
<li>「閲覧注意」とされてているのに、それに逆らい刺激の強い画像や動画見てしまう。<span style="font-size: 12px;">(一昔前の2ちゃんねるのブラクラとか…)</span></li>
<li>「検索してはいけない単語」で、あえて検索してしまう。</li>
<li>SNS上で流れてきた、ひっかけ要素(いわゆる「釣り」)がある画像や投稿を見てしまう。</li>
</ul>
<p>…など、嫌な気分になる確率は高いのにかかわらずに、ついつい見てしまう。</p>
<p>今回はこうしたわかっちゃいるけどやめられない、嫌なものを見てしまう心理についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>嫌なものを見てしまうのは葛藤に耐えられないことが影響している</h2>
<p>私たち人間が二つの選択をする際に、どちらにしようか迷って悩んでしまうことを葛藤と呼びます。</p>
<p>当然ながら、葛藤し続けていては疲労やストレスが蓄積し、非常に不快な思いをしてしまう。そんな不快感で苦しまないためにも、何かしらの行動をとることでその状況を脱する。つまり、嫌なものを見てしまうのは、葛藤状態の苦しみから逃れるためにしている行動だと説明できます。</p>
<p>しかし、葛藤状態から逃れるとは言え、結局は見なきゃよかったものを見てしまい、その結果嫌な気分になってしまう。これでは、「結局は不快な状況を避けられていないのでは？」と疑問を持つ方もおられることでしょう。</p>
<p>これについては、葛藤が起きる状態そのものを詳しく見ていくことが肝心です。</p>
<p>心理学者のK・レヴィンは、葛藤を</p>
<ul>
<li>接近：「○○したい」という欲求。</li>
<li>回避：「○○したくない」という欲求。</li>
</ul>
<p>の2つの欲求がぶつかることで起きるとし、その組み合わせ次第で葛藤状態を以下の３種類に分けました。</p>
<ol>
<li>「接近＝接近」：異なる「○○したい」という欲求がぶつかる状態。(例、お寿司も食べたいけど、焼肉も食べたい…など)</li>
<li>「回避＝回避」：異なる「○○したくない」という欲求がぶつかる状態。(例、就職したくないけど、進学もしたくない…など)</li>
<li>「接近＝回避」：「○○したい」と「○○したくない」という欲求がぶつかる状態。(例、部活動はやりたいけど、勉強はしたくない…など)</li>
</ol>
<p>嫌なものをつい見てしまう行動は、「回避＝回避」および「接近＝回避」のケースで生じるものだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「回避＝回避」で見る「嫌なものを見てしまう心理」</h3>
<p>嫌なものを見てしまう心理は「嫌だから見たくない」という回避の欲求があることは容易に想像できるでしょう。</p>
<p>しかし、この回避の欲求以外にも、たとえば</p>
<ul>
<li>嫌なもの見ないまま居座る状態は、自分の内なる好奇心が疼いて我慢できない。</li>
<li>閲覧注意の忠告でビビるような肝の小さい人間だと思われたくない。</li>
</ul>
<p>などの、別の回避に相当する心理を抱いている。この場合、上で触れた「回避＝回避」の葛藤状態であり、強いストレスに苦しむ羽目になります。</p>
<p>もちろん、どちらか一方を選んでも、いい事がないのは明白です。しかし、悩んだままの葛藤状態でいるよりは、比較的不快感が少ない選択肢を選んだほうがストレスから解放されるため、つい「嫌なものを見てしまう」という行動を選んでしまうのです。</p>
<p>一見すると、わざわざ不快なものに自ら近づきに行くという不毛な行動を取っているように見えますが、これは不快なものの中でも比較的マシなものを選ぶという、合理的な選択による結果と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「接近＝回避」で見る「嫌なものを見てしまう心理」</h3>
<p>「嫌だから見たくない」という回避を示す心理と一緒に、「嫌だけどちょっと見てみたい」という接近を示す心理を持っている。つまり、「接近＝回避」のケースもまた、嫌なものを見てしまう行動を招くことがあります。</p>
<p>たとえば、</p>
<ul>
<li>接近：不安や嫌な予感はあるけど、元恋人or過去の友人の近況を知りたい。</li>
<li>回避：見てもいい事ないからこそ、元恋人or過去の友人の近況は知りたくない。</li>
</ul>
<p>という、いわば「怖いもの見たさ」と表現できる、ある対象に近づき気持ちと避けたい気持ちの両方を感じて悶々とする状態は、まさに「接近＝回避」の葛藤状態と言えます。</p>
<p>接近にしろ、回避にしろ、どちらも不安なり不快などのネガティブな気持ちがあるのは共通している。しかし、ネガティブな気持ちがあるものの、ネガティブなりに近づきたい気持ちと、ネガティブだからこそ遠ざけたい気持ちが両方ある状態は、非常にもどかしくできれば早く解消したいものでしょう。</p>
<p>そんな時に「不安だけれども、見てみよう」と接近の行動をとってしまう。これもまた、嫌なものを見るという行動に出てしまう原因なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>心理的リアクタンスから見る「嫌なものを見てしまう心理」</h2>
<p>「閲覧注意」や「検索してはいけない」など、自分の行動を制限する強いメッセージを目の当たりにした時に、あえてそのメッセージと反対の行動をとってしまう…つまり、閲覧注意のものを見てしまったり、検索してはいけない単語を検索する行動に出てしまう傾向が人間にはあります。</p>
<p>これは、心理的リアクタンスと呼ばれ、決定や判断などの自身の自由が脅かされた状態に対して自ずと抵抗してしまう心理を指します。</p>
<p>わかりやすい例で言えば、「興味のない人は絶対にクリックしないでください」という広告を目にしたときに、つい興味が湧いて出来心から思わずクリックしてしまいそうになる…という現象が、心理的リアクタンスです。<span style="font-size: 12px;">(余談だが、「押すなよ！絶対押すなよ！」で有名なダチョウ倶楽部も心理的リアクタンスのいい例である。)</span></p>
<p>もちろん、嫌なものを見るのも見ないのも、本来は自由なものであることは明白でしょう。しかし、「閲覧注意」と言われると、見るor見ないの自由が一方的に奪われているように感じてしまう。</p>
<p>そして、その自由を取り戻すべく、閲覧注意のメッセージに反して、その先にある画像なり、動画なり、文章なりを見てしまうのです。</p>
<p>抵抗する心理がある以上、閲覧注意のメッセージ通りに従えばそれは自分の自由を手放し、他者のいいなりになるストレスを味わうことになる。<span style="font-size: 12px;">(人によっては屈辱とも取れる強いストレスを感じるかもしれない)</span></p>
<p>そのストレスから逃れるために、見てもいい事ない可能性が高いのに、つい嫌なものを見てしまう…という、わかっちゃいるけどやめられない人間のどうしようもなさが、心理的リアクタンスの知識を用いれば、きっと理解できることでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>筋トレのせいで攻撃的な性格になる心理・理由について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21171</link>
				<pubDate>Sun, 21 Apr 2019 16:17:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メンタルを強くしたい人向け記事]]></category>
		<category><![CDATA[スポーツ・部活動]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[防衛機制]]></category>
		<category><![CDATA[筋トレ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21171</guid>
				<description><![CDATA[貧弱な体型やメンタル面の弱さ、不健康な生活習慣などを改善するために、筋トレを始める選択をする人は多いかと思います。 筋トレを続けていく中で、確かに自分のコンプレックスとなっていた部分が解消されたものの、一方で他人に対して]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>貧弱な体型やメンタル面の弱さ、不健康な生活習慣などを改善するために、筋トレを始める選択をする人は多いかと思います。</p>
<p>筋トレを続けていく中で、確かに自分のコンプレックスとなっていた部分が解消されたものの、一方で他人に対してやたら攻撃的でイキった態度や、人を見下しマウントを取るなどの失礼な行動をとるようになった結果として煙たがられてしまう人が出てくることは、きっと少なくないと思います。</p>
<p>では、どうして筋トレをすることで性格が攻撃的に変わってしまうのか…今回は、このテーマについてお話しいたします</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>筋トレで攻撃的な性格になる原因として考えられるもの</h2>
<h3>テストステロンの影響</h3>
<p>筋トレをすることにより、ホルモンの1種であるテストステロンが大量に分泌されます。</p>
<p>このテストステロンは、筋肉の増大に働く他にも、闘争心や競争心、など心理面での変化を促進する作用がある。このため、やたら他人に対して攻撃的な態度をとってしまう行動につながるのだと考えられます。</p>
<p>また、テストステロンには、他者と関わることを拒み自ら孤独を選ぶようになる心理を強化する側面もあります。</p>
<p>攻撃性が高まることは、言い換えれば自分にとって危害を加えたり、敵になりうる人・集団に対して敏感に反応しやすくなるとも言えます。</p>
<p>つまり、筋トレにより精神的に高ぶることで、普段なら何とも思わない人間に対して「自分のことを傷つけてくるかもしれない敵である」とみなしてしまうようになる。</p>
<p>そのことでストレスを抱えなくても済むように、孤独を望む心理が強化されるのだと解釈することもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>無意識のうちに弱い人間であることを再認識してしまう</h3>
<p>貧弱で内気な自分を変えたいために筋トレを始めた人の場合、自分や筋トレをして、攻撃的になるのは、「自分自身が筋トレをして改善しなければいけないほどに、他人より劣っている存在である、弱い存在である」ということを再認識してしまうことにより、攻撃的な態度が強まってしまうと言う考えもできます。</p>
<p>筋トレをしていく中で、自分自身の弱さに良くも悪くも向き合ってしまい、自分の弱さのせいで起こり得る恐怖や脅威を強く自覚してしまう。</p>
<p>そして、それらの恐怖や脅威を未然に防ぐためにも、他者に対して威嚇する目的として攻撃的な態度を取るようになったのだと考えられます。</p>
<p>また、自分を弱い存在だと無意識でも強く自覚するようになることで、防衛機制の反動形成が働き、弱さとは真逆の攻撃的で荒々しい態度をとってしまうという解釈も可能です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>過剰な自己肯定感・自尊心によるもの</h3>
<p>他のスポーツと比較して、筋トレは自己肯定感や自尊心を高めやすいのが特徴的です。</p>
<p>まず筋トレは、基本的に自分1人で行えるため、他人と競争したり比較する場面に巻き込まれなくとも済む。結果にコミットする某パーソナルジムのように、一人で筋トレできる環境・・サービスが整っている昨今なら、スポーツジムで他のトレーニー(筋トレをする人の事)と顔を合わせる事なく、(コーチ付きではあるが)一人で完結して体を鍛えられます。</p>
<p>つまり、筋トレと言うスポーツは、他人と比較して落ち込みにくく、自分で自分を過小評価しづらいのスポーツなのです。</p>
<p>また、大きなものを持ち上げる、こなせる回数が増えていく…など、自分の成長の結果がシンプルで文字通り手に取るように確認しやい。筋トレという運動により、自分の体が大きく変わっていることを確認しやすいのも特徴的です。</p>
<p>相手との勝ち負けを競うスポーツ(野球、サッカーなど)や、得点を競うスポーツ(フィギアスケートなど)では、自分が成長していると実感できるかどうかは、自分の対戦相手や審判などの他人の存在によって左右される側面がありますが、筋トレの場合は基本的に自分1人で完結している、且つウェイトの重さ、こなせるセット数のような客観的な数字で把握できます。</p>
<p>このように、自己肯定感や自尊心が身に付きやすい特徴を持っている筋トレですが、過度な自己肯定感は「自分は多少乱暴な行動に出ても問題無い。むしろ、自分は身体能力的に優れた存在になったのだから、多少乱暴になることそのものが認められるべきである」といった、自分に対する特別意識を抱いてしまう懸念がリスクがあります。</p>
<p>自己肯定感や自尊心を上げることそのものは否定しませんが、それが過度なものになってしまうと、社会と折り合いがつけられなくなる状況を招くリスクについては覚えておくべきでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>防衛機制の同一化のせいで攻撃的になる</h3>
<p>防衛規制の同一化とは、自分にとってあこがれの存在と自分を重ね合わせて、自分もその存在であるかのように振る舞うことを指す心理学用語です。</p>
<p>メンタル面の弱さや劣等感の克服のために筋トレを始めた人の場合、筋トレをしていてメンタル面が強くて脳筋的思考の人、たくましくアグレッシブでちょいワル(死語)な人に対する憧れを持っていた。そして、そんな憧れの人に近づくために筋トレを始めた結果として、体格面で近づくだけでなく、メンタル面も憧れの人そのものと同一化してしまったのだと考えられます。</p>
<p>なお、同一化は車を運転している時だけ凶暴な性格になってしまう人の場合にも当てはめられます。</p>
<p>車のハンドルを握ることにより、自分よりも物理的に大きくて、丈夫で、力を出せる自動車と言う存在に同一化してしまった。そのため、自分は並の人間よりも強くて力のある存在だと感じてしまうために、運転中にだけ凶暴な態度をとるようになるのです。</p>
<p>このことは筋肉を身に付けることでも同じと言えるでしょう。筋肉と言えば、強さやたくましさの象徴であり、文字通り自分自身を守る鎧そのものとも表現できます。</p>
<p>そんな強さの象徴である筋肉と自分自身とが同一化してしまったために、気分が大きくなって他人に対して攻撃的な態度を取っている…と言う解釈もできます。<span style="font-size: 12px;">(余談だが「自分自身を守る鎧」と言う点では体脂肪も同じではあるが…)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>筋トレで性格が攻撃的になることの功罪</h2>
<p>筋トレにより、外交的・社交的な性格になり、人と関わることに対して今まで以上に恐怖感を感じなくなる事は、もちろん好ましいことでしょう。</p>
<p>上では筋肉と言う名の身を守る鎧をつける負の側面について語ってきましたが、これはあくまでも行きすぎた場合のリスクであり、適度であれば自分が抱いているコンプレックスの改善に効果があるといえます。</p>
<p>しかし、筋肉及び自己肯定感や自尊心が身に付いたことで、今までなら恐怖を感じていたものに対して恐怖を感じなくなる事は、決して良い面ばかりではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このこと、精神科医のハインリッヒ・クリューバーとポール・ヒューシー行った実験の結果をもとに説明できます。</p>
<p>ハインリッヒらわ情動(特に不快情動)に深く関係する脳の部位の一種である、扁桃体を切除したサルを用いて、その後の行動の変化を観察すると言う実験を実施。</p>
<p>不快情動…つまり、怖さを感じる部分を失ってしまっているため、このサルは通常であれば近づかないような敵に対しても、恐怖心を感じることなく近づいてしまうと言う行動をとるようになってしまいました。</p>
<p>当然ながら、サルにとっての敵に迂闊に近づいたため攻撃されて傷ついてしまい、このままでは生物として生き延びるのが難しいであろう事は容易に推測できるでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように、恐怖心が薄れる事は、言い換えれば今までなら怖さのあまりに確実に避けていたであろうことに近づいて、自ら傷ついてしまう場面を増やしてしまう側面もあります。</p>
<p>筋トレをして恐怖心を感じにくくなったのは喜ばしいことかもしれませんが、恐怖心がなくなることで起こりうる恐ろしい結末…つまり、他人に対して攻撃的な態度をとったがために、人から嫌われたり不信感を持たてしまうこと。</p>
<p>そのほかにも、明らかに関わるべきではない危険な人物・集団に関わってしまい、身の安全が脅かされる状況を招いてしまう可能性については、筋肉の増減関係なく考えておくことが大切だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<hr />
<p>参考書籍</p>
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<div class="booklink-detail">越智 啓太 創元社 2016年09月12日</div>
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										</item>
		<item>
		<title>劣等感がないのに他人に攻撃的になる人の心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21149</link>
				<pubDate>Fri, 19 Apr 2019 15:53:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[コンプレックス・悩み]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[コンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[いじめ]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛性パーソナリティ障害]]></category>

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				<description><![CDATA[他人に対していじめ、嫌がらせ、マウント、暴力、無視、ハラスメント行為…など攻撃的な態度を取る人についてよくある考え方と言えば「他人を攻撃する人は、自分自身にコンプレックスや劣等感を抱いている。自分が弱くて劣っている存在と]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>他人に対していじめ、嫌がらせ、マウント、暴力、無視、ハラスメント行為…など攻撃的な態度を取る人についてよくある考え方と言えば「他人を攻撃する人は、自分自身にコンプレックスや劣等感を抱いている。自分が弱くて劣っている存在ということが周囲にバレるのを強く恐れているから、攻撃的な態度を取り、自分は強い存在であるとアピールしている」と言うものです。</p>
<p>この考えは、心理学や精神医学の世界、いじめ問題を扱う教育現場、心理カウンセラーなどあらゆる分野の人・組織からも認められているのは事実です。</p>
<p>また、実際に劣等感を感じているからこそ、攻撃的な他人の脅威から自分を守るべく、自分の方から先に攻撃的な態度を取る人の存在があるのも事実でしょう。</p>
<p>言い方は悪いですが「弱い犬ほどよく吠える」という言葉にあるように、威嚇目的として他人に乱暴な言動をする事とその心理は、割とすんなり理解できるものだと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、他人に対して攻撃的になる人が皆、自分に劣等感を持っている…とは限らないと言う考え方もあります。</p>
<p>今回は、そんな劣等感がないのに他人に攻撃的になる人の心理についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>高すぎる自己評価のせいで他人に攻撃的になる人たち</h2>
<p>他人に対して攻撃的な態度を取る人の中には、「自分は特別で優れた存在だからこそ、他人に対して乱暴な態度に出ても許容される」という考えを持っているために、攻撃的な態度に出てしまうことがあります。</p>
<p>その姿は、劣等感に悩む人とは正反対で、過剰な優越感、強すぎる自尊心や自己愛、自己評価の妙な高さを持っている。まさに、傲慢そのものと言っても過言ではありません。</p>
<p>そんな傲慢さを持っているからこそ、他人に対して暴君であり且つ裸の王様のように自己中心的で乱暴な態度とってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自己評価が高いと言うと、一般的に良いことであり、なんら問題は無い事として捉えられていることでしょう。自己評価が低すぎてネガティブ思考に染まっている人と比較すれば、自己評価が高い人はポジティブで好ましいもの、世間から好感を得て当然だと考えている人が多いことだと思います。</p>
<p>しかし、あまりにも高すぎる自己評価を持ってしまうと「自分は多少乱暴なことをしても問題ないほんとに偉い人間である」と言う勘違いを起こしてしまう。それにより、他人との不要な衝突を招いてしまう危険性があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、自己評価という言葉は、心理学に関する書籍やビジネス書などで最近流行りの「自己肯定感」とも共通点があります。<span style="font-size: 12px;">(場合によっては自己評価＝自己肯定感というニュアンスで語られる事も多い)</span></p>
<p>しかし、適度な自己肯定感ならともかく、自己肯定感が過度に高すぎると、自分が人に迷惑をかけたり、純粋に人を傷つけているだけのおよそ認められるべきではない行為であっても、その行為を肯定的に捉えてしまう。つまり自分が他人を傷つける行為そのものを、自己正当化してしまう危さがあります。</p>
<p>過ちを起こしてもその罪を自覚できない。自覚できないからこそ、平気で他人を傷つけてしまう…という、非常に暗いというか、救いようがないというか、思わず目を背けたくなるような認知の偏りが、自己肯定感があることを良しとする考えの延長線上にあるということには、目を背けてはいけないと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>高すぎる自己評価を持つ人が攻撃的になる場面</h2>
<p>まずはじめに、高い自己評価を持つ人が、TPO関係なく他人に攻撃的な態度を取るわけではない事を補足しておきます。</p>
<p>攻撃的な態度を見せるのは、自分自身の高すぎる自己評価に対する他者からの指摘や批判、ツッコミなどが入った時と考えられています。</p>
<p>また、厄介なのが質問や疑問(例「どうしてそんなに自己評価が高いのですか？」)など、比較的穏やかな印象を持つ言葉であっても、自己評価の高い人はそれらを快く受け止めるのではなく、攻撃的な態度で反応してしまうことがある点です。</p>
<p>やたら高い自己評価を持つ人の視点に立てば、指摘・批判・ツッコミの声は、自分の自己評価の妙な高さを根底から崩すような、鋭くて心理的な苦痛を伴う言葉であると解釈してしまう。</p>
<p>そして、「自己評価の妙な高さを根底から崩す」と言う点では、質問や疑問といった比較的穏やかな言葉も同様であるとみなしてしまう。</p>
<p>自己評価の高さを傷つける言葉だと認知した以上は、その言葉をかけてきた人に対して攻撃的な態度をとって威圧しようとする。うまく威圧して相手を黙らせることに成功すれば、自分の自己評価の高さを適正なものに下方修正する不安はなくなり、今のままの妙に高い自己評価を保つことができるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、高すぎる自己評価を持つ人は、そもそも高すぎる自己評価を持っているであろうことが普段の言動から感じ取れるために、周囲の人から良くも悪くも注目を浴びやすい傾向があります。</p>
<p>やたら自分を持ち上げるようなことを言ったり、自画自賛してさも自分は偉大な存在であるかのようにアピールすることが多いために、結果として他者からの批判や指摘の声を集中的に浴びやすい存在であるともいえます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>劣等感のある人はそもそも他人を攻撃しないという説も</h2>
<p>一方で、劣等感を持っている人…つまり、低いor低すぎる自己評価を持つ人は、自分が弱くて劣っている存在であることを積極的に他人にアピールしようとしないという説もあります。</p>
<p>下手に自分を大きく見せようとした結果、自分の弱さを他人に見透かされてしまうオチになる懸念があるからこそ、なるべく人と関わろうとせず、消極的で目立たない生活を送ろうとする。</p>
<p>当然ながら、このような生活では、他人に攻撃的な態度を取る場面そのものが存在しない。つまり、劣等感を持ってはいるものの、他人に対して攻撃的な態度をとっているとは言えません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、劣等感を持っている人の場合、攻撃的な態度を向ける対象が、他人ではなく自分自身に向かってしまうこともあります。</p>
<p>過剰な自虐、自己犠牲的な態度、衝動食いなど自らの健康を悪化させる行動、仕事中毒(ワーカホリック)をはじめとした各種依存症など、自分で自分を傷つけるような行動により、攻撃性を発露させることがあります。</p>
<p>この場合だと、他人を直接的に傷つける事とは違うの「劣等感の強い人から攻撃されている」と感じる事そのものがないと言う事は容易に理解できることでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>余談　公正世界仮説から見る「攻撃的な人は劣等感を持っている」という考え</h2>
<p>「攻撃的な人は劣等感を持っている」と言う考えが支持されている背景には、この世界は公正であると言う考え方…つまり、公正世界仮説が影響しているとの解釈も可能です。</p>
<p>公正世界仮説とは、簡単に言えば良いことをしたら良い結果が起こる、悪いことをしたら悪い結果が起こるという具合に、この世界は公正であると考える人間の心理を表した心理学用語です。<span style="font-size: 12px;">(因果応報、信賞必罰といった四字熟語は、まさに公正世界仮説を端的に表していると言ってもよい)</span></p>
<p>公正世界仮説をもとに考えれば、他人に対して攻撃的な態度をするような、いわゆる悪人は、他人には知られたくない負い目や後ろめたい感情を持っている。</p>
<p>つまり、悪いことをする人には悪いことをしてもおかしくない妥当な理由を持っているのだと考えてしまう。</p>
<p>そして妥当な理由として挙げられるのが、劣等感やコンプレックスと言うわけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実際に「劣等感やコンプレックスがあるからこそ、その反動形成として他人に攻撃的な態度をとっている」と考えれば、理屈が通っており、すんなりと理解できることでしょう。</p>
<p>しかし、この記事で触れたように、他人を攻撃するのに後ろめたい理由などなく、むしろ堂々とした理由でためらいもなく攻撃的な態度を取る人が存在しているという事は、公正ではなく受け入れがたい説のよう感じることもあろうかと思いますが、絶対にないとは言い切れないのが実情だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>参考書籍</p>
<div class="cstmreba">
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<div class="booklink-detail">日経サイエンス編集部 日経サイエンス社 2018年12月13日</div>
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										</item>
		<item>
		<title>会話中の沈黙が怖いと感じる心理・背景について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21117</link>
				<pubDate>Wed, 17 Apr 2019 13:16:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[コミュニケーション]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>

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				<description><![CDATA[誰かと喋っているときに、話が途切れてしまったり、沈黙してお互いに黙り込んでしまう状況に強い恐怖や不安を感じてしまう人がいます。 この恐怖の原因は、沈黙そのものに対する否定的な思い込みや、黙ってしまうことで相手の表情の変化]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>誰かと喋っているときに、話が途切れてしまったり、沈黙してお互いに黙り込んでしまう状況に強い恐怖や不安を感じてしまう人がいます。</p>
<p>この恐怖の原因は、沈黙そのものに対する否定的な思い込みや、黙ってしまうことで相手の表情の変化がなくなってしまうことへの恐怖。</p>
<p>その他にも、コミュニケーション能力(コミュ力)が価値あるものとして尊ばれる昨今だからこそ起きる、コミュ力の無さを沈黙と言う形で表現してしまうことへの焦り、気まずさなどが考えられます。</p>
<p>今回はそんな会話中の沈黙への恐怖心の心理、及びその背景についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>どうして会話中の沈黙が怖い、不安と感じるのか</h2>
<h3>他人を不愉快にさせてしまったように感じて不安を感じる</h3>
<p>それまでは問題なく会話を楽しめていたのに、何らかの発言や話題の降り方が原因となって、急な沈黙を招いてしまった。</p>
<p>この時に、「沈黙を招いた=他人を不愉快にさせるようなことをやってしまったのではないか？」と感じて、不安や気まずさを覚えてしまうのです。</p>
<p>実際に、会話の中で沈黙する場面と言うのは…</p>
<ul>
<li>相手が触れて欲しくない話題を振ってしまった。(例：隠しておきたいプライベートな話や、その人がコンプレックスと感じている話題など…)</li>
<li>相手を怒らせるような話題を振ったり、降り方喋り方をしてしまった。</li>
<li>相手が興味のない話題を振ってしまった。</li>
</ul>
<p>など、どれも弾むような会話ができるいい雰囲気とは言えず、どことなく重くてピリピリとした緊張感・不快感を想起させるものであることが目立ちます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、心理学では沈黙する事は、受動攻撃であると解釈することもできます。</p>
<p>受動攻撃とは、怒りや不満などを間接的な行動により表現することを指し、沈黙は相手に間接的に不快感を伝える事は攻撃行動、敵意を表明する行動の一種であるとも言えます。</p>
<p>「沈黙=受動攻撃」であるとした場合、相手が沈黙されると、自分自身に向けて敵意を向けられていると感じるので、不安や恐怖を覚えてしまうのも至って自然です納得できます。</p>
<p>なお、これは相手の視点に立ってみても同じで、お互いにお互いに沈黙という受動攻撃により不快感を示しているからこそ、その場の雰囲気が悪化し居心地の悪さをお互いに感じてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>相手の感情が読み取れなくなり不安に駆られる</h3>
<p>相手となにかしら会話しているのなら、その人が楽しそうだとか、嬉しそうだとかが話すときの口調、表情の変化など想像できます。しかし、沈黙の場合はそうはいきません。</p>
<p>まず表情の変化はなくなり、多くの場合は真顔になってしまうものです。そんな真顔の相手を見ても、今相手がどのような感情を抱いているのかが理解しづらく、ましてや親しみやすさなんて抱くこともない。</p>
<p>その結果、相手が何を考えているのかわからない不安や得体の知れなさから、恐怖心を抱いてしまうのです。<span style="font-size: 12px;">(なお、これは「黙る＝受動攻撃されている」と考えるものとは別のものとする)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、人間はコミュニケーションにおいて相手の感情を把握するときに<strong>「視覚(55%)＞聴覚(38%)&gt;言語情報(7％)」の順で、把握しています。(＝メラビアンの法則)</strong></p>
<p>メラビアンの法則に基づけば、相手が沈黙すると</p>
<ul>
<li>視覚情報は相手が真顔なので限りなく下がる。<span style="font-size: 12px;">(※表情の変化こそないが、真顔で黙っている相手そのものから得られる情報は0ではない)</span></li>
<li>聴覚情報は相手が黙っているので、ほぼ0になる。<span style="font-size: 12px;">(※「ため息」など耳に訴えかけてくるものを聴覚情報に含めれば、完璧に0ではないと言えるので「ほぼ０」と表記)</span></li>
<li>言語情報は相手が黙っているので0になる。<span style="font-size: 12px;">(※ノンバーバルコミュニケーションは含めない)</span></li>
</ul>
<p>と、得られるはずの情報がガクンと減り、相手の感情を気持ちを伺うことは非常に難しくなってしまう。</p>
<p>この時に感じる気まずさや違和感などの不快な感情が、沈黙することへの強い恐怖感を招いていると言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>その場のテンションを下げてしまった事に罪の意識を感じてしまう</h3>
<p>楽しく盛り上がっている会話をしている最中に、スベってしまいその場の沈黙を招いてしまったとなると、その場のテンションを下げてしまった事に対して罪の意識を感じてしまう。この罪の意識こそが、沈黙に対する恐怖や不安と結びついていると考えられます。</p>
<p>後述するように、今やコミュニケーション能力が価値あるものとして尊ばれる、おしゃべりができることや和気藹々と盛り上げる雰囲気を作る事が大変価値のあるものとみなされています。</p>
<p>しかし、そのことは一方で雰囲気を盛り下げてしまう行動はコミュニケーション能力の低さを表し、恥ずべきもの、罪深いものとして見なされるだけでなく、強く非難されたり魅力のない人だとみなされ見放されてしまうこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>自分はコミュ力がない人間だと思われることに恐怖・不安を感じる</h3>
<p>上からの続きですが、沈黙を招いてしまった事を「自分はコミュ力がない人間であり、そしてコミュ力のなさを多くの人に露呈させしまった」と考えてしまうことで、強い恐怖を抱いてしまうのです。</p>
<p>コミュ力がない人間だと認識されてしまえば、</p>
<ul>
<li>自分は他人から嫌われるかもしれない。</li>
<li>扱いづらい人だと思われ人が寄ってこなくなるかもしれない。</li>
<li>面白い話ができず、その後の雰囲気を下げてしまうだけなので、自分と付き合う価値を見いだす人がいなくなるかもしれない。</li>
<li>沈黙を招く人と一緒にいることで「自分までもコミュ力がない人」だと思われる状況を招いてしまい、関わる人から敬遠されてしまうかもしれない。</li>
</ul>
<p>など、否定的な思い込みが次々と出てしまう。</p>
<p>もちろん、この思い込みが現実のものとならなくとも「コミュ力が無いせいで辛い目に遭う予感がする」と言う予期不安が湧き上がってくることが、沈黙そのものに対する怖さをより強めているのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>沈黙を怖がる心理とコミュ力が尊ばれる時代との関連性</h2>
<p>沈黙に対する恐怖心を見ていくに当たったては、コミュニケーション能力が尊ばれる文化・時代背景も無視できないように感じます。</p>
<p>仕事・学業・交友＆恋愛関係でいい結果を残すためには、コミュ力はまさに必須のスキルと言えるでしょう。そして、同時にコミュ力がないといくら学歴や美貌があろうとも、上手く社会を渡り歩けなくなってしまう…と感じるぐらいに、コミュ力が無いことに対して、強い負のイメージが付いていると認識している人は多いと感じます。</p>
<p>そんなコミュニケーション能力が大きな価値を持つ社会において、沈黙と言うのはそれだけコミュニケーション能力のなさを露呈することと同じ。</p>
<p>つまり沈黙するorさせることは「自分には低い価値しかないor価値がない」と感じて将来起こるであろうコミュ力がないことで起きる不安をいやでも想像してしまう苦痛がある。</p>
<p>その苦痛をどうにかして避けるためにも、沈黙を避けることに躍起になったり、沈黙そのものをタブー視してしまうのは無理も無いように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>コミュニケーション能力と言えば、大抵の人は話す事をイメージする中、話さないことそのものである沈黙が非常に悪いものだとか、絶対的に良くないものだとみなされてしまうのも、自然なことのように感じます。</p>
<p>しかし、「雄弁は銀、沈黙は金」と言うことわざにもあるように、やたら喋ることよりも沈黙するときに沈黙を貫ける事もまた、喋ること以上に価値のあるという考えもあります。</p>
<p>適切な場面で口を慎むこと、余計なことを言わないよう<strong>沈黙することもまたコミュニケーション能力の一種であると考えれば、沈黙そのものに対する過度な恐怖心やタブー視が和らぐのではないかと感じます。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>指摘されたくない、批判されたくないと感じる人の心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21103</link>
				<pubDate>Mon, 15 Apr 2019 16:46:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メンタルを強くしたい人向け記事]]></category>
		<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[コミュニケーション]]></category>
		<category><![CDATA[批判]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21103</guid>
				<description><![CDATA[インターネット等で自分の意見・主張を気軽に投稿できるようになった影響もあってか「他人から批判されたくない、指摘されたくない」という考えを持つ人が、以前よりも目に入ることが増えているように感じます。 もちろん、辛辣な批判も]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>インターネット等で自分の意見・主張を気軽に投稿できるようになった影響もあってか「他人から批判されたくない、指摘されたくない」という考えを持つ人が、以前よりも目に入ることが増えているように感じます。</p>
<p>もちろん、辛辣な批判も指摘をされたら不安や緊張などの不快感を感じるからこそ、批判や指摘のない優しく平和な人間関係や状況を求めるという考えには同意できるものがあります。</p>
<p>しかし、中には批判してくる人を「批判しないでください」と批判し、指摘してくる人を「指摘はいらないです」と指摘で追い返すようなことをする人もいます。これは冷静に見れば矛盾であり、その言動にモヤモヤとしたものを感じるてしまうのもまた事実だと思います。</p>
<p>今回は、そんな批判・指摘されたくないと感じている人の心理とその背景についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>批判されたくない人が抱いている心理とその背景</h2>
<h3>自分には欠点やコンプレックスがあると他人から見透かされた気がしてしまうから</h3>
<p>批判されたくないと感じる人には、自分自身に欠点やコンプレックス、他社と比べて感じる劣等感などの不快な感情を抱いている。</p>
<p>そして、他人から批判されると「自分が劣っているからこそ批判されてしまうんだ」と苦痛を感じてしまうからこそ、その苦痛を未然に防ぐためにも「批判されたくない」と主張するのだと考えられます。</p>
<p>いわば、自分を批判してくる人は、知られたくない自分の欠点やコンプレックスを見透かすだけの人を見る目を持っており、そんな人に自分の弱点を見透かされてしまえば、自分はその人にはかなわなくなる、支配されてしまう…という恐怖を感じるからこそ、その恐怖を抑えるべくやたら批判される事を悪玉視したり、批判そのものを悪として考えてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「批判or指摘される＝自分の弱点を他の人に晒される」と感じてしまう</h3>
<p>上からの続きですが、ただ相手に自分の弱点を見透かされるだけでなく、他人が批判したきたことで、第三者にも自分の弱点が知れ渡ってしまったと感じてしまう。</p>
<p>そうなると、今度は批判してきた人だけでなく、その批判を見聞きしていた人からも、支配や圧力を受ける不安を感じてしまう羽目になります。</p>
<p>こうした自分にとって不都合な状況になるのを避けるためにも、批判や指摘をすることそのものを絶対的な悪であると言う考えが生まれてしまうのです。</p>
<p>ただし、「他人に見透かされた」「弱点を調べて、支配される可能性が出てきた」と言う考えは、あくまでも自分の中の思い込みでしかありません。この思い込みの強さこそが、批判や指摘に対する過剰なまでの反応を生み出す根源であると言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>批判されることを過度に悪い方向に解釈してしまう物の見方の癖がある</h3>
<p>指摘や批判に対して、自分の行動だけでなく、自分の人格や信念・主義主張、自分らしさ(アイデンティティー)など、自分の根幹をなす部分にまで言及すると同時に、それらを否定し修正するものである言葉のように感じてしまうからこそ、過剰に反応していると考えることもできます。</p>
<p>単刀直入に言えば、指摘や批判の声そのものを過度に悪いものである、攻撃的なものであるとして捉えてしまうものの見方の偏り(=バイアス)を持っているといえます。</p>
<p>もちろん、指摘や批判をされることに怖さを感じる事は誰でもあるものですが、その怖さを過大評価してしまうと、ちょっとした指摘や批判ですらも自分自身への脅威と感じてしまう。その結果、取り乱してしまうのは無理もありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>人の言いなりになることに強い屈辱感を覚えるので批判や指摘に強く抵抗する</h3>
<p>指摘や批判をされると言う事は、言い換えれば、自分のやっている事が間違いであり、その間違いを受け入れて他人の指摘や規範に則った行動えと修正していく歩道を迫られているともいえます。</p>
<p>仕事の進め方や、勉強のやり方、スポーツのトレーニング方法など、ある目的のためにやっていることに対して、指摘や批判が入れば、その言葉を受け入れる。そして、言葉の中から学ぶべき要素を見つけて改善していく事が求められるでしょう。</p>
<p>しかし、過剰に批判を嫌がる人の中には、<strong>「批判を受け入れること=他人の言いなりになることであり、強い敗北感や屈辱感を味わう」</strong>という物の見方をしてしまう。</p>
<p>そして、敗北や屈辱を割けるためにも、頑なに指摘や批判を受け入れようとしない。場合によっては、指摘や批判をしてくる人に強く当たってしまうのです。</p>
<p>なお、この物の見方は後述するこのことの正しさにとらわれている人や完璧主義な性格の人にも見られるものであります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「正しい人間でありたい」という強い思い込みを持っているために批判へ過剰反応してしまう</h3>
<p>普段から「自分は正しい人間であるべきだ」「自分のやることには間違い等あってはならない」と言う思い込みを持っている人にとって、指摘を受けると言う事は自分は正しい人間ではない」「自分には間違いがある」と他人から突き付けられているように感じてしまいます。</p>
<p>もちろん、この時に、「自分には正しくない点や、間違っている店もあるんだ」と言う思い込みを修正して、自分の至らなさを受け入れること露ことができれば良いのですが、思い込みが強すぎるあまりに激しく動揺してしまうことがあります。</p>
<p>その動揺は非常に苦痛であるため、その苦痛を避けるべく批判や指摘をする人を拒絶したり、場合によっては「批判をする人の方が間違っている」と矛盾した言動をとってしまうこともあります。</p>
<p>もし仮に「自分は正しくない」と言うことを認めてしまえば、例えば、周囲から誠実であり正義感あふれると人だという言う評判を失ったり、間違いを起こすような魅力のない人間だと思われてしまう不安が頭の中をよぎって不安になる。</p>
<p>その不安から逃れるためにも、何気ない批判や指摘の声であっても過剰に反応し、批判する人を批判し、指摘する人を指摘して自分の正しさを証明することに躍起になるのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>完璧主義な性格で批判されると自分を傷つけられたと感じてしまう</h3>
<p>自分は完璧でなければいけない、と言う完璧主義の性格の人も、他者から批判や指摘をされると激しい動揺に襲われてしまいます。</p>
<p>他人から指摘されたと言う事は、言い換えれば自分自身は完璧ではないと言う事実を他人から突きつけられたのと同じなので、今まで自分が抱いていた思い込みが揺らぎ不安を感じます。</p>
<p>そうした不安を未然に防ぐためにも、指摘や批判そのものを絶対的な悪とみなしたり、まるで当てつけのように賞賛や肯定することを絶対的な正義であると吹聴する言動が見られます。</p>
<p>確かに、周囲が自分のことを絶賛し肯定してくれるのであれば、自分自身が完璧であると言う思い込みが揺らがされる事はないでしょう。</p>
<p>しかし、このことは言い換えれば自分の思い込みを維持するために、他人の言論や思想の自由を奪うという、傲慢な行動に出ているとも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>余談　批判されたくない人に抱く、他人の心を支配したいと思う心理</h2>
<p>余談になりますが、他人から批判されたくない、指摘されたくないと強く感じる人の中には、(やや邪推もありますが)どこか他人のことを尊重していないというか、自分の思い通りに他人を支配しコントロールできるとでも言いたげな気持ちをしているように感じることがあります。</p>
<p>「自分に対して言葉をかけてくる人が皆、自分の思い通りの言葉をかけてくるはずだし、まさか批判や指摘なんてしてくるわけがない」とか「自分とは違う意見や感性をもっている人が居るはずがないし、いてはならない」というような、現実とは相容れない思い込みにとらわれている。</p>
<p>そのために、いざ指摘や批判の意見が出てくると、今までしがみついて思い込みが揺らぐことで激しく動揺する辛さ、不安、焦りなどの不快な感情が湧き上がってしまう。こうした不快な経験が、「批判or指摘されたくない」という心理を生み出すに至ったのではないかと感じることがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>指摘・批判をされたくないという意見は、冷静に見れば自分を傷つきや不安から守るための素直な意見でしょう。</p>
<p>しかし、見方を変えれば他人が自分とは違う意見を持つことを封じ(≒言論弾圧)たり、他人の行動や思考までに介入してもいい…という、非常に自己中心的で強い自己愛や傲慢さを感じさせる意見にも見えてしまう。</p>
<p>一見すれば批判や指摘のない人間関係は、たいへん穏やかで居心地のいいものかもしれませんが、一方で違う意見を持つ人を尊重することを放棄したり、「批判してはいけない」という同調圧力で他人の自由を奪うという穏やかではない部分がある人間関係だとも感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1292" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/06/wakamono_hihan-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="若者にとって「批判」は悪、喧嘩を売る事に…間違った自己肯定感が育つことも" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/06/wakamono_hihan-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/06/wakamono_hihan-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1292" class="blog-card-title-link">若者にとって「批判」は悪、喧嘩を売る事に…間違った自己肯定感が育つことも</a></div><div class="blog-card-excerpt">ゆとり世代に代表されるように、平成生まれの20代や10代の若者の間では、批判されることを「絶対悪」「喧嘩を売る事」「あってはならない忌々しい</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/1292" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/1292" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>優しくされると不安になる心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21017</link>
				<pubDate>Sat, 30 Mar 2019 14:12:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21017</guid>
				<description><![CDATA[他人から優しくされると、なんとなく違和感というか、気まずさというか、不安な気持ちに襲われてしまう…という悩みは、なかなか誰かに相談しにくいものだと感じます。 相談しようものなら「まぁ、他人に優しくされて辛いだなんて、随分]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>他人から優しくされると、なんとなく違和感というか、気まずさというか、不安な気持ちに襲われてしまう…という悩みは、なかなか誰かに相談しにくいものだと感じます。</p>
<p>相談しようものなら「まぁ、他人に優しくされて辛いだなんて、随分と贅沢な悩みをお持ちで」とでもいいたげな反応を返されてしまうかもしれない。</p>
<p>そもそも、優しくされれば嬉しく感じるのが一般的なのに、自分はその世間一般とは違う感情を抱いてしまう感性や人格を持っている、ひねくれた人間だと思われてしまう不安があるからこそ、相談したくても相談できずに思いつめている人は、きっと少なくないと思います。</p>
<p>では、他人に優しくされて悩んでしまう理由や心理は、一体どのようなものなのか…今回は、このテーマについてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21184" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="優しい人が苦手と感じる心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21184" class="blog-card-title-link">優しい人が苦手と感じる心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分に対して優しい態度を向けてくる。その姿からは、敵意や攻撃心など微塵も感じさせない人のはずなのに、どこか近寄りがたさや付き合いづらさを感じ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/21184" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/21184" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>他人に優しくされると不安に襲われる理由</h2>
<h3>妙に距離感を詰められているように感じて気味悪さを感じる</h3>
<p>相手が好意や善意から自分に対して優しくしてきて、心理的な距離感を近づけられていることはわかっているものの、その距離の詰め方がどこかおかしいもののように感じてしまう。</p>
<p>まるで自分が守っておきたい相手との一定の距離感を超えてきて近づいて来ているように感じて、気味の悪さを感じてしまうことがあります。</p>
<p>人間関係において距離感を近づけることは、親睦を深めたり、お互いの仲の良さをより深めるためには効果的ではありますが、一歩間違えれば自分の見せたくない内面やプライベート、過去の経験や秘密の類など、誰彼構わず知られては困るような部分に他人が入り込み、心を掻き乱される不安もあるものです。</p>
<p>他人から触れて欲しくない内面や過去を持っていたり、心穏やかな関係を求めるあまり人間関係こそ切らないものの、他人とは一定の距離感があるビジネスライクな関係に留めておきたい…という願望を持っている人だと、他人から優しくされることに対して、上手く言葉にしづらい違和感を抱くことがあるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人の優しさにどう反応を返したらいいのか分からない苦悩を持っている</h3>
<p>他人から優しくされても、その優しさに対してどのような反応や態度を示せばいいのかが分からず、悩んでしまうというケースです。</p>
<p>他人が優しくしてくることに対して、どのような反応を返せば正解なのか…ただお礼をするにしても「ありがとう」という言葉だけでは、相手が見せた優しさと等価ではないように思えるし、かと言って「たいへんありがたく存じ上げます」と言っては、さすがに堅苦しすぎて、相手を変に緊張させてしまうのではないか…という具合に、あれこれ考えて煮詰まった経験などが原因で、他人に優しくされる状況そのものに不安や恐怖を覚えてしまうのです。</p>
<p>なお、他人から優しくされる状況そのものを避ければ、当然ながら他人の優しさのせいで頭を悩まされることはなくなります。</p>
<p>しかし、これは他人の優しさに対して反応を返す技術を身につけているとは言えない。当然ながら、自分が抱えている問題と正面から向き合っているとは言えません。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「自分も何かお返しをしなければ」と重く受け取ってしまう</h3>
<p>他人から優しくされると嬉しい半面、その優しさに対して恩を返さないままで居続ければ、どことなく居心地の悪さや決まりの悪さを感じてしまうことがあるでしょう。</p>
<p>これは、心理学では「好意の返報性(あるいは返報性の原理)」と呼ばれ、人間は他人から受け取った好意に対して、それと同等の好意を返したくなる心理が働くとされています。</p>
<p>他人から優しくされることに不安を感じてしまう人は、好意の返報性をもとに考えれば、自分が受けたものと同等の恩を相手に返すことで、お互いの不公平感を解消する事に人一倍敏感であると考えられます。</p>
<p>他人から受けた恩を忘れるだらしない人や、恩を仇で返すような不届き者と違って、恩に対して恩で報いようとする人は実に義理堅い人ではありますが、義理を重んじるあまりに優しさを重く受け止めてしまい、自分で自分を追い込んでしまう性格の持ち主とも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「優しさは本心なのか」という猜疑心が湧き出てしまう</h3>
<p>他人が自分に優しくしてきた時に</p>
<ul>
<li>「その優しさは本心からなのだろうか？」</li>
<li>「真心ではなく下心があるから、自分に優しくしているのではないか？」</li>
<li>「自分のようなちっぽけな人間に優しく接してくるのは、何かしらの腹黒い思惑があるに違いない」</li>
</ul>
<p>と、相手が見せる善意・好意を疑いの目で見てしまうために、優しさに不安を抱くのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>相手の優しさを疑ってしまう理由は、過去に受けたいじめやハラスメントなどの痛ましい経験もありますが、自己肯定感や自己評価が低すぎるために「自分は他人から善意や好意を受けるに値しない程度のどうしようもない人間である」と考えてしまっていることも、大きく影響しています。</p>
<p>自分で自分を低く評価しているからこそ、たとえ適度な優しさであっても「そんな優しい態度を自分みたいな価値のない人間に見せてくる人は不自然だ(＝もっと、自分は雑に扱われるのべきである)」と違和感を覚えてしまう。</p>
<p>そして、その違和感を上手く論理で説明するためにも、相手の優しさ下心や腹黒い部分があると思い込み、優しくされている事実を歪んだ物の見方で解釈してしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>変に特別扱いされているように感じて、決まりの悪さを感じる</h3>
<p>これも自己評価、自己肯定感が低すぎる人に見られるもので、至って普通に優しくされているだけで、まるで自分が特別扱いされているように感じて、決まりの悪さを感じてしまうことがあります。</p>
<p>自分で自分を低く見積もっているからこそ、ごく普通な優しさであっても「どうしようもないダメ人間なある自分に対しては、あまりにも勿体ないほどの高待遇である」と感じてしまい、相手が見せる優しさから逃れたいという気持ちになります。</p>
<p>もちろん、優しくする側からすれば、特別扱いやえこ贔屓をしているとは感じてはいませんし、むしろごく普通に優しく接しているだけなので、「相手は特別扱いされていると感じている」とは想像しにくいものです。</p>
<p>なお、ごく普通の平均的な優しさを、まるでVIP待遇のように感じる…と表現すれば、なんだか人生楽しそうに見えるかもしれませんが、このように感じてしまう背景には自己評価・自己肯定感の引くさがあると考えると、人生楽しそうだとは口が裂けても言えません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分だけ大事にされているように感じて、罪悪感を抱いてしまう</h3>
<p>変に特別扱いされることに関連して、他人から優しくされている状況を見ている人、知っている人の存在まで意識してしまい「なんだか自分ばかり大事にされているように感じて、申し訳のなさ感じてしまう…」と、罪悪感を抱いてしまうこともあります。</p>
<p>自己評価が低いために、普通の優しさですら自分には重く感じるだけでなく、そんな優しさを自分のようなダメな人間に向けるぐらいなら、もっと他の真っ当な人に向けたほうが合理的で価値がある…という考えが、罪悪感を生む要因になっていると考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、罪悪感を抱いてしまう理由・背景に考えが及ばないと「他人から優しくされることに罪悪感を抱くだなんて、なんか自分たちを見下しているように見えて嫌なやつだ」と感じる事も少なくありません。</p>
<p>自虐や謙遜するように見せかけて、自分がどれだけ恵まれている立場にいるのか自慢している、意地の悪い人間に見えてしまうからこそ、優しくされて罪悪感を抱く人には、嫌悪感が募りやすいのです。</p>
<p>ちなみに、嫌悪感を向けられてしまうと「ああ、やっぱり自分は他人の気分を害する罪深い人間だ」と解釈して、自己評価の低さが強化されると同時に、自分は罪深い人間であると感じさせる環境…つまり、自分のことを悪く思う存在を意図せず自分で作り出してしまうのがなんとも皮肉です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>いい人アピールする人がうざい、苦手と感じる心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/20860</link>
				<pubDate>Mon, 04 Mar 2019 09:49:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=20860</guid>
				<description><![CDATA[自分は優しい人ですよ、親しみやすい人ですよ、人徳がある人ですよ…と、いい人アピールをしてくる人に対して、なんとなく違和感を覚えたり「正直うざいなぁ…」と感じる人は、きっと少なくないと思います。 「いい人」と自称するものの]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>自分は優しい人ですよ、親しみやすい人ですよ、人徳がある人ですよ…と、いい人アピールをしてくる人に対して、なんとなく違和感を覚えたり「正直うざいなぁ…」と感じる人は、きっと少なくないと思います。</p>
<p>「いい人」と自称するものの、傍から見ればいい人というよりは打算的・偽善的で、いい人であることの説得力に乏しい。率直に言えば、いい人のフリをしているだけで、どうも嘘くさく見えて関わりづらさを感じてしまう。</p>
<p>今回は、そんないい人アピールをする人に感じる、嫌悪感や違和感の招待についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20856" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="優しい人なのに仕事ができない理由について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20856" class="blog-card-title-link">優しい人なのに仕事ができない理由について</a></div><div class="blog-card-excerpt">温厚で優しい性格なのに、なぜか仕事でミスが多いとか、人間関係にうまくなじめていないとか、なんとなく職場で孤立している人を見ると「優しいのにな</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/20856" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/20856" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>いい人アピールする人がうざい、苦手と感じる心理</h2>
<h3>誰にでもいい顔をする人に見えて、本心が見えない不気味さがある</h3>
<p>いい人だと自負している人には、その自負に違わず誰かと口論することもなく、他人への気遣いもできて、非常に円滑且つ温厚な人間関係を作り上げる事に長けている人がいるものです。(大げさかもしれませんが)まさに聖人君子と言ってもいいかもしれません。</p>
<p>しかし、その一方で誰にでもいい顔をする人のようにも見えてしまい、人によって自分の意見や態度を容易く変えてしまう。相手の本心がまるで見えこない、不気味さから近寄りがたく感じてしまうのです。</p>
<p>友達はいるけど親友はいないという人のように、誰かとうまく交流をすることはできるけど、それ以上の仲に進展することは無い人と同じく、ある一定ラインまでしか他人に心を開いていないことが、いい人アピールをする人にも見られます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、ある一定ラインまでしか他人を寄せ付けないのは、いい人に見られたいという願望の強さ故に、自分の率直な意見を述べたり、素直な感情を出すことに抵抗感が強いことが原因として考えられます。</p>
<p>仮に自分の意見を述べているように見えても、それは自分と関わりのある人が求めているような言葉を気を使って口にしているだけであり、決して自分の本心を言っているとは言えない。親し見やすさを抱かせると同時に、近寄りがたさも抱かせてしまうという、相反する感情を他人に抱かせてしまうために、妙に関わりづらい人だと見られてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>いい人に見られるためなら他人を利用する姿勢にモヤっとする</h3>
<p>自分をいい人だと見せるために、たとえば子供や女性、お年寄りなどの他者の存在を平気で利する姿勢も、「いい人なのだろうけどやっぱり嫌いだ」と他人に抱かせる原因になります。</p>
<p>いい人アピールをする時に多いのが「困っている人を助けた」というエピソードをもとにして、以下に自分が善人であるかをアピールすることです。</p>
<p>しかし、助けられた人によっては、自分が他人から助けられた経験を恥ずかしいことだと思っていたり、あまり他人に知らせて欲しくないという願望があるものです。</p>
<p>たとえば、いじめから守ってくれたというエピソードにしても、助けられた方からすればまだいじめの傷が癒えておらず、その話題を使われる事は避けたいと思っている。たとえ助けた人が勝手にするアピールであっても、その人のせいで自分がいじめられていたことを不特定多数の人にばらされる事については、快く思っていないこともあるものです。</p>
<p>そんな気持ちを知ってか知らないでか、いい人アピールをする人は、自分が助けたと自負している人の気持ちを無視して、自分をよく見せるために他人を利用しているように見える。おそらくいい人なのだが、一方で他人への思いやりや配慮が足りておらず無神経な人のようにも見えて、モヤッとして気持ちになるのです。</p>
<p>(守秘義務もあるが)警察が困った人を助けたことをベラベラと口にして自慢しないのと同じで、いい人だと見せたいのなら、自分と関わりのある他者を思いやる気持ちを持つことが大事だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>ただの小さな親切、余計なお世話をしているから</h3>
<p>いい人アピールをする人に見られるのが、自分ではいいことをしているように感じてはいるものの、その実態はただの小さな親切、余計なお世話でしかなく、がっかり感が拭えないというケースです。</p>
<p>必要もないのに他人のやることなすことに口を挟んでお節介をしてしまう。他人から「めんどくさいなぁ」と思われているものの、親切心でやっているので拒めない。</p>
<p>そんな事情をいいことに、「自分はいいことをやっている！」と勘違いを強めて、ますますいい人であろうとしてしまうからこそ、疎まれてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、なんでもお節介をしてくる人は、言い換えれば他人を軽く見ているとも言えます。</p>
<p>他人を過小評価していて「この人は(能力が低いから)私が助け舟を出さなければ…」と使命感を抱いて、つい手助けしてしまう。</p>
<p>傍目にはいい人に見えるかもしれませんが、悪く言えば他人を見下していると思われても仕方ない行動をしているので、関わる人から煙たがられてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5168" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックスの人に巻き込まれた時の対処法" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5168" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックスの人に巻き込まれた時の対処法</a></div><div class="blog-card-excerpt">やたら人を助けようとしたり、余計なお世話で助けている人を困らせてしまい、メサイアコンプレックスの人にに巻き込まれた時の対処法についてまとめています。メサイアコンプレックスは「優しい支配」であると心得ておくべきです。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5168" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5168" alt="" /></a></div></div></div>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>自己保身のためにいい人ぶる姿勢に余裕のなさを感じてしまう</h3>
<p>必然性もなく「私はいい人ですよ！」とアピールしてくる人と関わっていると、どことなく精神的に余裕がなさそうに見えて、見てるこっちも落ち着かないというか、妙な気持ちになることがあります。</p>
<p>いい人に見られる事に必死になる裏では…</p>
<ul>
<li>他人から嫌われることへの過剰な恐怖感。</li>
<li>批判されることへの過剰な忌避感。</li>
</ul>
<p>など、人間関係の和を乱さない事に強くこだわっていることがあります。しかし、これは見方を変えれば、自己保身をすることに必死になっているように見えます。</p>
<p>自分のことで手一杯にもかかわらず、表面的に見せる「自分は他人のことを思いやれるいい人ですよ」というアピールそのものに矛盾を感じる…このことが、いい人アピールに対する違和感を招いているのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>言動に一貫性がない</h3>
<p>誰にでも優しい人にも共通することですが、いい人だと見られるために、その場その場で意見や立場を変えて、発言に一貫性がないことが、違和感を抱かせる原因になります。</p>
<p>他人と衝突を避けるためにも、他人が気に入りそうな発言・態度で振舞うことは上手。</p>
<p>しかし、いい人アピールをする人の態度は、その人が関わる人によってコロコロ変わるため、上でも触れたように本心と呼べるものは見えて来ず、言動への一貫性がなく信用されにくいのが特徴的です。</p>
<p>なお、こうした一貫性のなさは、上手く言えば上へのゴマすりがうまいとも言えます。しかし、ゴマすりをして自分に便宜を図ってもらうことを期待している人が、果たして「いい人」と呼べるかは疑問です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>いい人でありたいために自分を大事にしない姿勢が見ていて辛くなる</h3>
<p>いい人の中でもとくに、自己犠牲を厭わず身を粉にしてまでもいい人であろうとする人の姿勢もまた、苦手意識を感じさせるものがあります。</p>
<p>当人が納得して自己犠牲をしているとはいえ、自分で自分をしんどい状況に追い込む人を見ると、心が辛くなる。</p>
<p>自己犠牲してまで誰かに尽くすことは素晴らしいとは思いますが、それと同時にもっと自分のこともいたわって欲しいという気持ちを抱いてしまうのです。</p>
<p>しっかり自分の心身をいたわらないままでは、自己犠牲の関係は長続きさせられない。自分は納得しているとは言っても、その行動を見て心を痛めてしまう人もいるということを、余計なお節介かもしれませんが、自己犠牲をしてまでいい人アピールをする人には持っていただきたいと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>心理的リアクタンスから見る「いい人アピール」をする人への反発心</h2>
<p>最後にやたら「私はいい人でしょ？」とアピールしてくる人に、反発してしまう心理を心理的リアクタンスという心理学用語を用いて説明します。</p>
<p>心理的リアクタンスとは、自分の態度や行動の自由が脅かされそうになった時に、その自由を取り戻そうとする心理を指す言葉です。他人からある行動を強制されそうな状況になったときに、その状況に反発してしまう心理がこれなのです。</p>
<p>たとえば</p>
<ul>
<li>「絶対に見ないで下さい」と言われると、逆に見たくなってしまう。</li>
<li>「いま○○が流行！」と話題になると、○○への興味を失う。</li>
</ul>
<p>など、自分の行動が制限される状況になると、意地でも反発したくなる心の動きが、心理的リアクタンスです。</p>
<p>これをもとに考えると、やたら「私はいい人でしょ？」とアピールしてくる人は、無意識のうちに自分に対していい人だと同意する行動を求めて来る人。</p>
<p>つまり、自分の自由を制限するように働きかけて来る人のように感じるからこそ、意地でも「いい人と認めるもんか！」と反発してしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>関連記事</p>
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例え</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2627" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2627" alt="" /></a></div></div></div>
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