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	<title>メサイアコンプレックス  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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		<title>自己愛性人格障害から見るメサイアコンプレックスに関する考察</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/13501</link>
				<pubDate>Sat, 26 Jan 2019 16:14:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[自己愛/自己愛性人格障害]]></category>
		<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛性人格障害]]></category>

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				<description><![CDATA[困っている人を助けようとするものの、それがどこか偽善者のように見え、ありがた迷惑になってしまうという特徴を持つ「メサイアコンプレックス」と、自己愛(＝ナルシシズム、自己陶酔といってもいい)が強くて尊大で傲慢な態度をとる特]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>困っている人を助けようとするものの、それがどこか偽善者のように見え、ありがた迷惑になってしまうという特徴を持つ「メサイアコンプレックス」と、自己愛(＝ナルシシズム、自己陶酔といってもいい)が強くて尊大で傲慢な態度をとる特徴を持つ「自己愛性パーソナリティ障害」には、いくつかの共通点がみられます。</p>
<p>今回は、自己愛性人格障害から見るメサイアコンプレックスについてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の事を救世主(メシア)だと感じて、人を助けたがったり余計なお世話をしてしまうことをメサイアコンプレックスと呼びます。ボランティアやチャリティなどの良いことをしているはずなのに押し付けがましく、自分の存在価値を示すために困っている人を利用するため、行動に違和感を覚えることが少なくありません。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3684" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3684" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3838" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="偽善者がうざいと感じる心理の正体について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3838" class="blog-card-title-link">偽善者がうざいと感じる心理の正体について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自己犠牲の精神で誰かを助けたり、ボランティアその社会的な奉仕活動に勤しんでいるのにもかかわらず、どこか利己的な感情が隠しきれなかったり、自分</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3838" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3838" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>他人を助ける行動そのものに特別意識を見いだせる</h2>
<p>ボランティアや募金活動など、あらゆる形で他人を助けようとする行為は、ただそれだけで素晴らしいものであり、賞賛に値するものとして浸透しています。</p>
<p>ましてや人助けをする人が、個人的な欲望や打算など、俗世間的な願望で人助けをしている…と、いうひねくれた考え方は持つべきではないですし、もしもそんなひねくれた考え方を持とうものなら他人から批判される危険性があるものです。</p>
<p>従って、他人を助けるという行為に出る人は、ただ「素晴らしい」という高い評価を受けるだけでなく、その人の内面は清らかで、慈愛に満ちていて、多くの人が見習うべき特別な素養を持っている人だ…と無批判に見られやすく、尊敬や賞賛の声が自然と出したくなるほどに特別な人だと見てしまいます。</p>
<p>こうした「特別な人」として見られることは、メサイアコンプレックスおよび自己愛性人格障害の人が強く執着するものでもあります。</p>
<p>メサイア(救世主)という言葉の意味からもわかるように、メサイアコンプレックスは救世主という特別な役割に対して強い執着を持つ。そして、自己愛性人格障害の人は肥大化した自尊心により、自分が特別扱いされることを強く望むので、他人を助ける行為に出て賞賛を浴びることはまさに好都合です。</p>
<p>しかし、どちらも人助けをする際に、自分の個人的な願望を優先するあまり、善意の押し売りのようなありがた迷惑な救済になるので、あまり好ましい救済とは呼べません。</p>
<p>助けたい人が今何を求めているのかを聞こうとせず、ただ自分が特別な人間であるとして注目を浴びたいために、困っている人を不当に利用する点が、彼らが「偽善者」と呼ばれる所以です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>救済する相手に問題があればあるほど「自分は特別」という意識が強められる</h2>
<p>救済をする相手は誰でもいいというものではありません。例えば、とくに悩みや困り事がない人を助けても無意味ですし、むしろ困ってない分「結構です」と拒絶されて、不安定な自尊心が傷つけられる恐れがあります。</p>
<p>そのため、(当然といえばそうなのですが)救済する対象となるのは、災害の被災者、貧困に困っている人、障害や疾患を抱えている人、子供、女性、老人…など、社会生活において問題を抱えている人や、いわゆる「弱者」として扱われて保護や配慮が求められる人がメインになります。(なお、野良犬や野良猫など、救済の対象が動物にまで及ぶこともある)</p>
<p>こうした問題を抱える人たちに寄り添う姿勢こそ、多くの人が関わろうとしたがらない人に関わる自分が特別であることを強く実感させてくれるものになるので、自分に対する特別意識が強い自己愛性人格障害の人には好都合です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「弱者に寄り添う自分の素晴らしさ」を思う存分アピールできる</h2>
<p>また、特別意識の他にも自己愛性人格障害の人の言動には「他人を不当に利用する」という特徴があります。</p>
<p>ただし、他人を利用するにしても、その人が自己主張が強くて反発されるおそれがあったり、自分の支配下から逃れるだけの行動力や知識が持っていては、利用できなくなります。</p>
<p>そのため、どうしても利用する相手は、上でも触れた人たちのように困っていて精神的に追い込まれている人、力も言葉も弱くて他人に抵抗出来ない人がターゲットになります。</p>
<p>もちろん、「他人を不当に利用するために「弱者」を餌食にします」という邪な願望は口が裂けても言えないものですし、他人にそんな願望を持っていると勘繰られては賞賛が得られなくなるので避けようとします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように、自己愛の強い人は</p>
<ul>
<li>「他人を利用したい」</li>
<li>「でもそのことがバレるのは嫌だ」</li>
</ul>
<p>という相反する気持ちのぶつかり、つまり葛藤に苦しむ人でもあります。もちろん、葛藤状態が長引けばストレスを抱えて苦しむので、なんとかして葛藤を何らかの形で解消しようとします。その解消方法として有効なのが、ボランティアをはじめとした他人を救済する行為です。</p>
<p>他人を助けるという行為は社会的に認められ賞賛されているので、本心は他人を利用して自分を満たすという邪な目的があったとしても、それを難なく覆い隠すことが可能です。</p>
<p>そして「まさか人助けをする人が悪いわけない」という考えで見る人が多いので、自分に疑いや批判の目が向けられる心配も少ないし、むしろ善意にあふれる人として高評価を得られます。</p>
<p>こうして、表面的には「弱者に寄り添う自分の素晴らしさ」をアピールしつつ、裏では弱っている人を利用して、肥大した自尊心からくる個人的な願望を満たす事をやってのけるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、「まさか人助けをする人が悪いわけない」という考えは、心理学で言うところの<strong>公正世界仮説(または公正な世界の信念)</strong>の一種と言えます。</p>
<p>慈善活動という立派な事をやっている人や組織が、人には言えない後ろめたい事をやっていると考えようものなら「世界は公正である」という仮説や信念が揺らぐ不安があります。</p>
<p>そして、もしも自分が困った時に不当に利用してくる人の存在を怯えて、助けを求められなくなる恐怖があります。</p>
<p>そうしたことに苦しまないためにも「立派なことをする人は内面も立派であるに違いない」という公正さに基づいた認知を持ち、それにこだわることが私たちにあるのです。(ただし、この認知こそが自己愛の強い人が持つ邪悪さを覆い隠す手助けをしているのは、なんとも皮肉です…)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>権威や権力にこだわりが強くボランティア活動でそれらを得ようとする</h2>
<p>最後に、自己愛性人格障害の人は、権力のある人・組織や権威のあるものに対して強いこだわりを持つ傾向があります。</p>
<p>ボランティア活動の場合は、国や地方自治体などの公的な組織がバックについていることはもちろんのこと、ユニセフなど世界レベルで活躍している組織の権威を借りて活動できます。</p>
<p>自己愛性人格障害の人からすれば、ただ名前も知らない組織の小さなボランティア活動に夢中になるよりも、なるべく多くの人が知っている組織や公的な存在がバックにいる方が「自分は誰もが知っている組織と関係を持っていますよ」と、自慢げに語って注目を集めることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>…もちろん、権威ある組織が関わっている以上、厳しいチェックが入ってうかつな行動は簡単に取れなくなるので、そこまで心配する必要性はないとは思います。</p>
<p>しかし、東日本大震災の後にNPO法人の「大雪りばぁねっと」がずさんな運営を行っていたことが明らかになり、代表者が逮捕に至った件を見てもわかるように、油断は出来ないと思います。</p>
<p>人助けをしていて且つ国家のお墨付きがあり、何も疑うような悪材料がないからといって、相手を心酔してはいけない…と、世界は公正ではないという不都合な事実を、自己愛性人格障害およびメサイアコンプレックスについて調べていく中で強く感じた次第です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>メサイアコンプレックスの治し方</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5186</link>
				<pubDate>Wed, 10 Oct 2018 12:43:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=5186</guid>
				<description><![CDATA[メサイアコンプレックス(救世主妄想)は、困っている人を助けたい、救済したいという善意に溢れているように見えて、 自己満足のために場当たり的に助け続ける。 実は困っている人を見下し相手を不愉快にさせている。 悩みを根本的に]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>メサイアコンプレックス(救世主妄想)は、困っている人を助けたい、救済したいという善意に溢れているように見えて、</p>
<ul>
<li>自己満足のために場当たり的に助け続ける。</li>
<li>実は困っている人を見下し相手を不愉快にさせている。</li>
<li>悩みを根本的に解決せず、逆に更なる不幸へと追い込む。</li>
</ul>
<p>などの、問題があります。</p>
<p>ここでいう救済は貧困、生活苦、災害ボランティア、医療・福祉といった高度で専門的な知識や技術が必要な救済だけでなく、友達ができずに悩んでいる、ネガティブな自分を変えたくて悩んでいる、ビジネスの悩みを解決したい…といった誰もが抱きがちな悩みも含みます。</p>
<p>救済が求められる様々な問題に対して「自分が解決すべきだ！」という使命感を抱くものの、根本的な解決に至らず余計に悪化させてしまうのが、メサイアコンプレックスの皮肉といえまます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回は、メサイアコンプレックスの克服で心がけることについてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>メサイアコンプレックスを克服するために</h2>
<h3>自分の救済が「ありがた迷惑」になりうる危険性を自覚する</h3>
<p>困っている人を救済することが、<strong>常にありがたいものとして受け入れられたり、無条件に肯定されている…と言うわけではありません。</strong></p>
<p>いわゆる「ありがた迷惑」のように、ありがたいことのように見えて実は迷惑になっていたり、助けられる側に余計な心配やプレッシャーを与えてしまうこともあります。</p>
<p>また助けられる側も「親切心や『誰かを助けたい』と言う純真さから自分を助けているのを自覚しているものの、結果としてただの迷惑になってている状況に指摘やツッコミを入れようものなら失礼だと感じて、控えていることも容易に想像できるでしょう。</p>
<p>「(ありがた迷惑であっても)せっかく助けてもらっているのに、そのことについてケチをつけるのは失礼である」と言う気遣いのせいで、ありがた迷惑だとはっきり伝えられず、自分の独りよがりな善意が暴走しかねない可能性についても自覚することが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>助ける相手の気持ちや意見を汲み取る</h3>
<p>困っている人を助けるときは、一時の使命感や正義感に流され衝動的に助ける事は控えるべきです。</p>
<p>衝動的な支援は</p>
<ul>
<li>相手が今何に困っているのか。</li>
<li>相手はどのような支援を求めているのか。</li>
<li>どの程度なら相手が自分の力で問題に対処することが可能(＝救済する側の手助けが不要)なのか。</li>
</ul>
<p>など、相手の気持ちや意見を汲み取ることなく、<strong>一方的に「あなたは困っているに違いないから助けてあげる」と善意の押し売りとしているのと同じです。</strong></p>
<p>一概に困っている人といっても、その人がどのような支援を求めているか人それぞれです。</p>
<p>対話を重ねて相手の困っている事をしっかり把握した上で適切に助けていく。場合によっては自分の出る幕はないと判断できたら、潔く引き下がることも大事なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>他人を支援するのに必要な知識や技術を勉強する</h3>
<p>メサイアコンプレックスの人の助け方は、どこか中途半端…悪く言えば、助けるのに必要な専門的な知識を学んでおらず、感情につき動かされるかのような助け方。精神論、オカルト、似非科学のような、胡散臭さや疑問点が多く見られる助け方になります。</p>
<p>特に、貧困、生活苦、災害ボランティア、医療・福祉に関わる問題などは、専門的な知識の無い人が個人的な感情や使命感に突き動かされて人助けを行えば、更なる混乱を招いたり、場合によっては怪我人や死人が出るリスクもあります。</p>
<p>無論困っている人にとっては衝動的な救済であっても安心感を得られるかもしれませんが、根本的な問題が解決されないどころか悪化してしまえば、衝動的な救済は無批判に肯定できるものとは呼べません。</p>
<p>なお、問題が悪化してしまうと、困っている人が溺れる者藁をも掴むかのように、メサイアコンプレックスな自分の救済を必要としてくれるため、「誰かを助けたい」と言う願望が満たすことができるとも分析できます。</p>
<p>しかし、この状況は冷静に見れば専門的な勉強もせず、衝動的に人助けをした結果として更なる困窮に追いやっており、決して見過ごせるものではありません。</p>
<p>言い換えれば、<strong>メサイアコンプレックスが行う救済は、他人の不幸につけ込み自己満足のために他人の人生を消費していると言ってもいいでしょう。</strong></p>
<p>そうならないためにも、、専門の知識や技術を学び、問題の根本的な解決につながるような支援を行うことが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>勝手に困っていると他人を決めつけて見下していることを自覚する</h3>
<p>「困っている人の助けになりたい」と言う気持ちそのものは素晴らしいものです。</p>
<p>しかし、この素晴らしい考え方には、勝手に他人を「悩みを抱えている人」とナチュラルに人を見下して決めつける。そして、「そんなかわいそうな人を助けることこそ自分の使命である」と決め付け、独善や欺瞞に満ちた善意を覆い隠してしまう危うさが潜んでいます。</p>
<p>特に困っている事は何もないのに悩みもないのに「ねぇねぇ、あなた困っているんでしょ？私が助けてあげるから心配しないで！」と、いきなり詰め寄ってくる人に対して、多くの人が困惑や動揺を覚えるのも無理はありません。</p>
<p>親切心が溢れている素晴らしい人のように見えても、実は相手の事情を無視し、自分の私利私欲のために善意を押し付けてくる大変失礼な人とも思われるのも仕方はないでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>言葉の節々に</p>
<ul>
<li>「助けて<strong>あげる</strong>」</li>
<li>「私が何とかして<strong>あげる</strong>」</li>
<li>「<strong>私の言う通りにすれば</strong>大丈夫」</li>
</ul>
<p>と相手の立場や能力を過小評価し、自分こそが正義であると確信する歪んだものの見方(＝<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3100">認知の歪み</a>)のせいで、自分は目の前の人を助けられないどころか、不愉快にさせている可能性を自覚することが大事です</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>助けたい人を一人の対等な人間として尊重する</h3>
<p>メサイアコンプレックスは、助けると言う行為の結果として問題が解決し、悩みを抱いていた人が自分の元を離れる…、という、一見すればめでたしめでたしな状況に対して、「誰かを助けると言う願望を満たしてくれる人がいなくなる」と言うジレンマを抱えます。</p>
<p>「誰かを助けたい」でも「助けを求める人がいなくなるのは嫌だ」という相反する願望を抱えた末に、いつまでも自分のことを必要としてくれる困った人がいる状態…つまり、共依存関係に陥ることもあります。</p>
<p>こうした助け方は、問題の悪化、根本的なか解決の先送り、新たな問題が生じる原因になり、助けられる側からすれば好ましいものではありません。</p>
<p>困っている人が、自分の助けを求めなくなることを恐れて精神的に支配や束縛をするのではなく、助けた人の今後の人生や考え方を尊重して、一人の対等な人間として接していくことが欠かせないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>詐欺などの犯罪に巻き込まれるリスクについて自覚する</h3>
<p>メサイアコンプレックスの人から見て困っていると思われる人は、必ずしも善良でやましさところが一つもない人ばかりではありません。</p>
<p>人によっては、</p>
<ul>
<li>自身の金銭に関するだらしなさのせいで借金を抱え、他人の資産を利用してでも借金返済を考えている人。</li>
<li>マルチ商法に多くの時間と金銭を費やして引くに引けない状態になっており、自分が生き残るための新たなカモを探している人。</li>
<li>法律や道徳、倫理に反する、反社会的行為(犯罪含む)の手助けをしてくれる人を探している人。</li>
<li>たとえお互いに不幸になり世間からの理解が得られなくなろうとも、誰かに精神的に依存して破滅的な人生を送ることを求めている人。</li>
</ul>
<p>など、<strong>救済が原因となり自分にも被害が出てしまう人もいるものです。</strong></p>
<p>(医療行為などの人命に関わる緊急事態を除き)相手が助けを求めているからといって、相手のことをよく調べもせず即断即決で助けることを無批判に肯定できない理由がこれです。</p>
<p>勝手に困っていると決めつけて衝動的に助ける事は、関わると不利益を被る相手と関わりを持つリスクがあるだけでなく、知らないうちに犯罪に巻き込まれるリスクもあるという事実を、十分に自覚しておくことが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>最後に、自分は特別な存在(メシア)であるという傲慢を捨て、現実との折り合いを付ける</h2>
<p>メサイア(メシア、救済者のこと)と言う立場は、自分は誰かを助けられるほど立派である、偉大であり、まるでフィクションの世界の英雄(ヒーロー)のような立場と似ています。</p>
<p>それは、現実の自分に対して無力感や無価値感を感じている人からすれば、強い憧れの対象ともなります。</p>
<p>ですが、メサイアコンプレックスのように自分自身を救済者と思い込み、勝手に困っている人を作り上げて自己満足のために助けると行為は、現実と折り合うことを避けて傲慢なままで続けられる救済者と言う立場に固執している精神的な未熟さ故の行動とも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>救済者と言うヒーロー的な立場に強い憧れを抱いて自分を重ね合わせていたり、ヒーロー的な存在とは程遠い自分へのコンプレックスを抱いている人にとって、<strong>自分はヒーローのような特別な存在ではなく、平凡で、未熟で、ごくありふれた普通な人間である…と言う残酷な現実を受け入れる事は、強い苦痛を伴うことだと思います。</strong></p>
<p>しかし、そんな見たくない現実を見ることを拒み、身勝手な正義や善意を振りかざし続ければ、自分は救済者どころか、自他共に破滅や堕落に追い込む厄介者へと変化してしまうリスクがあります。</p>
<p><strong>救済者にこだわり続ける自分が抱える傲慢さや未熟さと向き合い、現実の自分や社会との折り合いをつけていくことこそ、メサイアコンプレックスを克服には避けて通れないものです。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4416" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックスの共依存とはどういう関係なのか" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4416" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックスの共依存とはどういう関係なのか</a></div><div class="blog-card-excerpt">「自分は困っている人を助けるメサイア(救世主の意。メシアとも)である」と言わんばかりに、困っている人を見つけては助けようとする。

しか</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4416" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4416" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の事を救世主(メシア)だと感じて、人を助けたがったり余計なお世話をしてしまうことをメサイアコンプレックスと呼びます。ボランティアやチャリティなどの良いことをしているはずなのに押し付けがましく、自分の存在価値を示すために困っている人を利用するため、行動に違和感を覚えることが少なくありません。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3684" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3684" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>メサイアコンプレックスの人に巻き込まれた時の対処法</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5168</link>
				<pubDate>Tue, 09 Oct 2018 15:33:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=5168</guid>
				<description><![CDATA[メサイアコンプレックスとは、メサイア(メシア、つまり「救済者」の意)のように、他者を救済したり、助けたがる人が抱えているコンプレックスのことです。 メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について自分の]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>メサイアコンプレックスとは、メサイア(メシア、つまり「救済者」の意)のように、他者を救済したり、助けたがる人が抱えているコンプレックスのことです。</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の事を救世主(メシア)だと感じて、人を助けたがったり余計なお世話をしてしまうことをメサイアコンプレックスと呼びます。ボランティアやチャリティなどの良いことをしているはずなのに押し付けがましく、自分の存在価値を示すために困っている人を利用するため、行動に違和感を覚えることが少なくありません。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3684" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3684" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、助ける原動力が自分が抱いている無力感を埋めるため、独善的な使命感、葛藤からの回避といった歪んだもの。</p>
<p>そして、助けた人の悩みが解決して自分のもとを離れていけば、救済という活動で自分の存在価値が味わえなくなるジレンマがあるために、救済活動が専門的な技術に依らない中途半端なもの、似非科学やカルト集団のようなものになることがあります。</p>
<p>一見すれば弱っている人を救済しているように見えて、救済者たる自分へ精神的に依存するように仕向けたり、救済活動や自己陶酔のためのルーティンワークとなり、活動のおかしさや危うさに気づけなくなることがメサイアコンプレックスの問題といえます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>貧困、健康問題、社会からの孤立などで心身ともに弱っている人ほど、こうした(表面的でも)優しくて、献身的で、自己犠牲を厭わず身を削ってまでも支援や応援をしてくれる人の存在は、まるで神様のようにありがたいものでしょう。</p>
<p>更に「ボランティアのように善行をする人は健全な精神を持っている。そんな人を偽善者とみなしたり、邪推をするのは人としてあるまじき行為である」といった、ごく一般的な道徳観こそ、メサイアコンプレックスの存在および問題を認知できない原因の一端を担っていると感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回は、そんなメサイアコンプレックスの人のターゲットにされてしまった時の対処法について、お話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>メサイアコンプレックスな人への対処法</h2>
<h3>相手の言う救済や手助けの言葉を鵜呑みにしない</h3>
<p>「あなたを助けたい、力になりたい」と言う善意を見せて近づいてくる心優しくみえる人であっても、その人の言葉を鵜呑みにして信じ込まないことが肝心です。</p>
<p>メサイアコンプレックスの場合、優しい言葉をかけてくるのは「誰かを助けたい」と言う気持ちもありますが、それ以上に救済をしたい本人自身の欲望を満たすためであったり、救済と言う行為により他人を支配し従属させるといった、善意とは真逆の思惑が隠れています。</p>
<p>優しい人であっても、その優しさが全てではなく別の目的がある可能性について、お思いをめぐらせることが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>特に、貧困、過労、偏見などの生きづらさを感じている人ほど、目の前に現れた「あなたのことを助けたい」という人の言葉は、まるで天からの福音のように感じて、無批判に信じ込んでしまうものです。</p>
<p>苦しい生活から目を背け、見たいものばかりを見て生きていたいという自分の甘さを自覚すること。そして、夢物語や理想の将来を見せてくれる救済者の言葉にそそのかされ、無批判に信じ込まないように意識しておきましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他の人、団体に相談して意見を手に入れる</h3>
<p>メサイアコンプレックスの救済は、科学的な根拠が乏しいものや自己啓発書に溢れている精神論、漠然とした一般論のように、どこか中途半端でツッコミどころが多いものです。</p>
<p>例えば、部活動で怪我をしてしまい試合に出れなくなった野球部員に対して、</p>
<ul>
<li>「今回の試合は諦めて怪我を治すように治すことに専念しよう」</li>
<li>「今回の怪我を教訓にして自分の体の弱点を強化していこう」</li>
</ul>
<p>と言う建設的な救済(アドバイス)の仕方ではなく</p>
<ul>
<li>「痛み止めの注射を打って、試合に出よう」</li>
</ul>
<p>と、根本的な怪我の解決には何もつながらない方法で救済するようなものです</p>
<p>冷静に考えれば、痛み止めを使用して出場したことで、怪我が悪化したり、結果としてスポーツからの引退を余儀なくされるリスクがあり、お世辞にも人を助けているとは言い難い。むしろ善意によって、余計に救済対象を苦しめている皮肉に救済と言っても良いでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように、メサイアコンプレックスの救済方法には、合理的でなく疑問点の多さが目立つため、言われたことを鵜呑みにするだけでなく、<strong>他の人や団体などの第三者にも相談を持ちかけて、公平な立場からの意見を入手することが欠かせません。</strong>(場合によっては、専門職、公的機関などに相談するのも方法ひとつ。)</p>
<p>もちろん、誰かに相談する以外にも本・新聞などの文献をしらべることでも問題ありません。なるべく多面的な意見に触れて、メサイアコンプレックスの意見を客観的かつ距離を置いて判断してみることを心がけましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>説得は逆効果になることもある</h3>
<p>客観的な意見を手に入れた後は、そのことを救済者に話して説得したら良いのではないか…と考える人もおられると思いますでしょう。</p>
<p>もちろん、それで説得が功を奏して自分の考えの甘さや未熟さに自覚して、しっかりとした知識を学結果になれば、メサイアコンプレックスを治すことにもつながります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただし説得する過程において、メサイアコンプレックスの人の正義や信念を否定することになり、逆上して責め立てられたり、脅しや恐怖によって言いくるめられるリスクもあります。</p>
<p>加えて、メサイアコンプレックスの人がカルト集団のような偏った主義・主張を持つ組織の一員(あるいはトップ)の場合は、なおさら説得することはのリスクは増大します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>更に、説得した内容が全く逆効果になりメサイアコンプレックスの主義・主張の正当性を強めてしまう場合もあります。</p>
<p>例えば、似非科学に基づく健康食品を人に勧めて、人類の健康を祈ってやまないメサイアコンプレックスに対して「その食品は科学的な根拠に乏しいから、考え直した方が良いのではないの?」と言ってみたとします。</p>
<p>しかし、返事は「あなたは何もわかっていない! 今の健康食品は、農薬や化学肥料が含まれている素材で作られているから健康によくない!私が進めるこの健康食品はオーガニック素材を使って無農薬だから大丈夫なの!」と、説得した事を材料にして、さらに自分たちのすすめる商品の魅力や正当性をアピールするという具合です。</p>
<p>まるでマルチ商法の勧誘を受けたときに、「これはマルチじゃないの？危険でしょ？」と言ったら、「これはマルチじゃなくて、新しいネットワークビジネスだから…」と、胡散臭い商売とは違うと訴えかけてくる光景を彷彿とさせます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>困窮している時ほど冷静になることを忘れない</h3>
<p>なお、メサイアコンプレックスの人には、困っている人を救済したいと言う思いが強いあまりに、救済対象者に考える隙を与えないように次々と自分の救済方法提示してくる事があります。</p>
<p>次から次へと自分を助けるための方法を提案してくれることから「この人は本当に自分のことを真剣に考えているんだ」と信じ込んでしまいがちですが、その裏には、救済者である自分だけの情報飲みを信じ込ませる意図があると伺えます。</p>
<p>また、信じ込ませる過程で、「自分の救済方法通りに行動しなければ不幸に陥る、もっとひどいことになる」と不安をちらつかせます。こうして、他人を視野狭窄にさせることで支配をより強固なものにする意図もあると分析的できます。</p>
<p>人間は困っている時ほど冷静さを失ってしまい、つい衝動的に物事を決めてしまいがちです。しかし、困っている時ほどなるべく多くの人の意見に触れて、冷静に対処していくことが欠かせません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>最終的には距離を置き関わりを絶つ</h3>
<p>メサイアコンプレックスの人との最終的な決着は、距離を置き関わりを断つことに他なりません。</p>
<p>自分のことを救済してくれる優しい人に見えるものの、その正体は救済者である自分自身の存在価値を確認したい、ヒーロー願望を満たしてくれるために他人を利用するといった、自分自身の無邪気な善意が持つ負の側面と向き合うことを避けている未熟さが残る人間です。</p>
<p>もちろん、困っている人を助けるという尊い活動している人に疑念の眼差しを向けるだけでなく、その人を見捨ててしまうことに対して、良心の呵責を感じる人もおられようかと思います。</p>
<p>しかし、野球部の例でも述べたように、メサイアコンプレックスの人の救済は突っ込みどころが多いものであり、救済どころではなくさらなる犠牲者を増やしかねない皮肉があります。</p>
<p>メサイアコンプレックスの人との関わりを断つ事は、地獄に仏かと思っていたら実は泣きっ面に蜂で、さらなる犠牲を味わって目の前にいる救済者の助けのみに頼らざるをえない状態にならないためにも大事なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>メサイアコンプレックスは「優しい支配」であると心得ておくべき</h2>
<p>メサイアコンプレックスの人は、多少声を荒らげる事があっても、基本的には弱者の味方のポ人ションをとっているため、ぱっと見は正義感にあふれた優しい人と見られます。</p>
<p>しかし、この優しさは単なる困っている人を助けたいといった善意が暴走し</p>
<ul>
<li>自分の助けを受けないと不幸になると脅して、不安を用いて他人をコントロールする。</li>
<li>自分の救済を妨害するものは悪であり、その悪を成敗するためにも自分を正義の味方と称し、徹底して対抗していかなければいけないと自己正当化を行う。</li>
<li>見たくない現実や精神的に未熟な部分と向き合うことを避け「誰かを助ける」と言う行為に陶酔することで、葛藤から逃れることを選んでしまった。</li>
</ul>
<p>といった、独りよがりで部分が抜けきっていません。</p>
<p>そんな優しさの仮面をかぶった支配のせいでしかし、いつしか精神的にコントロールされ、救済者なしでは不安や焦燥覚えてしまい、依存してしまうのがメサイアコンプレックスの問題点です。</p>
<p>確かにやっている事は優しさからくる行為なのに、結果として助けられた方は不自由さや生きづらさを強めてしまう。</p>
<p>こうした皮肉を持つメサイアコンプレックスの救済は「優しい支配」であると心得ておくようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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しか</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4416" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4416" alt="" /></a></div></div></div>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>優しすぎる性格とHSP気質との関連性</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/4583</link>
				<pubDate>Tue, 14 Aug 2018 08:01:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[HSP]]></category>
		<category><![CDATA[性格]]></category>
		<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>

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				<description><![CDATA[人の気持ちに寄り添うのが得意であったり、その場の空気を読んで空気を壊さないように鼓動するのができること。 すなわち「優しい」性格と繊細な気質であるHSP(ハイリーセンシティブパーソン)には関連性があります。 HSPは音や]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>人の気持ちに寄り添うのが得意であったり、その場の空気を読んで空気を壊さないように鼓動するのができること。</p>
<p>すなわち「優しい」性格と繊細な気質であるHSP(ハイリーセンシティブパーソン)には関連性があります。</p>
<p>HSPは音や匂いなどのわかりやすい外界からの刺激のみならず、喜怒哀楽といった他人の感情や人間関係の雰囲気にも敏感に反応するために、つい自分のやりたいや意見を抑制してまで周囲に対して優しくしすぎてしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>他人に対して優しくしているのだから、何が問題なのかという疑問を持たれる人もおられよううかと思いますが、その優しさに漬け込まれてHSPの人が都合よく利用されたり、HSPである当の本人が「正直言って人に優しくしてしまう自分が嫌になる…」と自己嫌悪の念を抱くなどの問題があります。</p>
<p>今回は、そんな優しすぎる性格とHSP気質との関連性についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>HSPは自他の境界線が薄く人の気持ちに寄り添いやすい</h2>
<p>HSPとは、繊細で敏感な気質を持っている人のことを指す心理学の言葉であり、先天的な気質とされています。</p>
<p>そして、大きな特徴として挙げられるのが、<strong>自分と他人との精神的な境界線が薄く他人の感情に自分も大きく左右されやすい、</strong>という点です。</p>
<p>例えば、誰かがひどく悲しんでいる光景を見れば、自分もひどく悲しい気持ちになるように、他人の身に起きた不幸や不運な出来事に対して「自分とは別の人に起きた出来事である」で明確に線引きすることができずに、つい共感したり感情移入してしまうのです。</p>
<p>また、目の前に不機嫌そうな顔や態度をしている人がいれば「何とかして空気を読んで、トラブルが起きないようにしなければ！」と空気を敏感に感じとって、それにふさわしい行動を取ろうとします。</p>
<p>誰かの辛い気持ちに寄り添って深く共感するだけにとどまらず、その辛い気持ちを自分が解決するべきだ、という強い責任感や使命感を持っているのがHSPの人に見られる傾向です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自分勝手でわがまま、優しさの欠片もない人間からすれば、HSPのように他の人への目配せを怠らず、いい雰囲気作りに貢献する「優しい」人はありがたいもののように感じることもあることでしょう。</p>
<p>しかし、繊細や敏感さが仇となり、優しすぎるが故に周囲に合わせすぎて本音が言えずに苦しんでしまったり、優しさが空回りして逆にトラブルを招くこともあります。</p>
<p>優しいといえば聞こえはいいですが、叱るべき時に叱ろうとせず、早めに対処して解決できたはずの問題を放置し続けるのは、事なかれ主義を助長していると見られても不思議ではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>ただし、優しさが空回りになる場合もある</h2>
<p>HSPの人は、言葉にしにくい人間関係の機微にも敏感であり、暗黙の了解や雰囲気を感じ取って自分の行動を臨機応変に変えようとします。</p>
<p>しかし、敏感過ぎるために相手の表情や態度から考えを先読みしすぎてしまい、空回りした優しさに陥ってしまうことがあります。</p>
<p>そもそもが「他人の感情」という非常に根拠が曖昧であり、且つ先読みの対象になる本人自身もひょっとしたら自覚していないかもしれないことを、敏感に察知してしまうので、HSPの人が行った優しさが不適当なものになることは無理もありません。</p>
<p>また、空気を読みすぎた結果、相手に何をして欲しいのかを聞かずに勢いで優しさに走ってしまったり、また感情や態度という断片的な情報を元に優しさに走ってしまっては、優しさが空回りになるのも無理はないでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「言葉にしにくい感情や機微について敏感である事」と「感じ取った事に従って行動すれば相手が喜ぶ」は常にイコールで成り立つものではありません。</p>
<p>例えば悲しんでいる人を見かけて「なんとかしなきゃ！」と思っても</p>
<ul>
<li>とりあえず声をかけて慰めたら「そっとしておいて欲しい」と距離を置かれる。</li>
<li>無難にそっとしておけば「薄情な人」と嫌味を言われる。</li>
</ul>
<p>というように、相手がどうして欲しいのか聞くに聞きにくい場面で、断片的な情報のみで優しさを発揮しても空回りが起きてしてしまうことは否めないものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>他人に優しくしすぎて自己犠牲に陥ることも</h2>
<p>HSPの人の優しさは、時に自分を犠牲してまでも他人に対して尽くすというような行き過ぎた優しさを招くことがあります。</p>
<p>これは、HSP特有の繊細さにより、気にしなくてもいい些細な事で自尊心や自己愛を削がれ、その削がれた部分を補うためにも誰かに尽くしたり、社会に貢献しようとするのです。</p>
<p>他人に対して優しくすれば、その分自分の事を受け入れてくれて精神的にも満たされますし、場合によっては「あなたがいたから助かった」「あなたの優しさには感謝してもしきれません」と、自分を必要にしてくれる言葉をもらうこともあるでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、一方で相手の言葉を良くも悪くも深読みしてしまい</p>
<ul style="list-style-type: disc;">
<li><strong>「優しさだけが自分の取り柄」</strong>(それ以外は自分らしくない)</li>
<li><strong>「相手の期待に添えるようにもっと頑張らないと」</strong>(今の自分のままでは相手を裏切ってしまう)</li>
<li><strong>「今度はもっと優しくしないと相手は喜んでくれないかもしれない」</strong>(もっと相手を喜ばせるために自分の本音を押さえ込むべき)</li>
</ul>
<p>と、自分で自分を追い込む考えを招いてしまい、自分の時間や労力、場合によっては金銭などを払ってまでも他人に対して優しさを振りまいてしまうことがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>過度な優しさになるあまりに、相手を喜ばせるような理想の自分になるべく本当の自分を抑圧したり、相手が自分の優しさに甘えてつけあがらせることになっても、持ち前の優しさ故に断れずに増長させてしまう原因になります。</p>
<p>たしかに「優しい」という性格は、世間一般で見れば持っておくべき道徳的な規範ではありますが、優しさだけでなく厳しさも持ち合わせておかなければ、優しさに漬け込み入り浸ろうとする相手から自分を守れなくなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>優しくしてもうまくいかない事で更に自分を追い込む</h2>
<p>上でも触れているように、優しい行動をすればかならず相手が喜ぶ…というわけではありません。</p>
<p>人によっては他人の優しさを受け入れる余裕がない状況であったり「とにかく今は一人にしておいて欲しい」と感じている中で、使命感に駆られて他人からとやかく言われても、ありがた迷惑や善意の押し付けだと感じてしまうのは無理もありません。</p>
<p>そのことは人の不幸に強く共感し、それを解決すべきであるという使命感を持つHSPの人の優しさも同じです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>HSPの人は自分の優しさを拒まれた時に「目の前で困っている人を助けて上げられない自分はなんて無価値なんだ」と(ややヒロイックな)気持ちになることがあります。</p>
<p>物事に繊細な分「他人から拒絶された」という出来事も強く感じ取ってしまい、強い自己肯定感の低下に苦しめられます。</p>
<p>そして、下がった自己肯定感を戻すためにも、更に誰かに優しくして受け入れられ喜ばれる場面を求めて、優しさを空回りさせていくのです。</p>
<p>このような行動を冷静に見ていると「気にしすぎではないのか？」「考えすぎではないのか？」と疑問を抱くことでしょう。</p>
<p>しかし、渦中の本人は繊細であるがゆえに(傷つかなくてもいい事に首をはさんで)深く傷ついている状態であり、「気にしすぎ」という言葉は届きづらいように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>他人に優しくしすぎることに依存しないように</h2>
<p>優しくすることに対して夢中になるあまりに、やたらと他人を助ける行動や、助けられた人の存在に精神的に依存してしまうことがあります。</p>
<p>これは<strong>「メサイアコンプレックス」</strong>と呼ばれるもので、困っている他人を助けるという行動を通して、自分の感じていた空虚感を解消したり、承認欲求を満たそうとしています。</p>
<p>まるで絶望の淵に立たされた人々を救う救世主(”メシア”あるいは”メサイア”)になったかのように、人助けに邁進するのでメサイアコンプレックスと呼ばれています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうして書くと「正義の味方みたいに困っている人を助けることに何の問題があるの？」と素朴な疑問も持たれる方もおられようと思いますが、メサイアコンプレックスの優しさは</p>
<ul>
<li><strong>優しさに応えてくれる人を精神的に束縛する。</strong></li>
<li><strong>相手の要求を無視した独善的な優しさになりやすい。</strong></li>
<li><strong>「困っている人がいなくなれば自分は無価値」と感じるために、中途半端な優しさで相手を生かさず殺さずの状態にする。</strong></li>
</ul>
<p>といった、問題を抱えています。</p>
<p>ぱっと見は優しく見えて非常に良いことをしているのに、どこが偽善っぽい胡散臭さや解決すべき問題が放置され続けていることに対する指摘の無さが目立つというギャップがあります。</p>
<p>「優しさは世間一般で持つべき道徳や素養の一種である」という価値観のせいか、その優しさ自信が本当に効果があるものなのか、ただの自己満足でしかないのかという疑問を持つことが、他人に優しくする人に求められるのだと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>メサイアコンプレックスの共依存とはどういう関係なのか</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/4416</link>
				<pubDate>Tue, 31 Jul 2018 14:55:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[共依存]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=4416</guid>
				<description><![CDATA[「自分は困っている人を助けるメサイア(救世主の意。メシアとも)である」と言わんばかりに、困っている人を見つけては助けようとする。 しかし、助け方がただの余計なお世話でしかなかったり、偽善者のように独善的で胡散臭く違和感を]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>「自分は困っている人を助けるメサイア(救世主の意。メシアとも)である」と言わんばかりに、困っている人を見つけては助けようとする。</p>
<p>しかし、助け方がただの余計なお世話でしかなかったり、偽善者のように独善的で胡散臭く違和感を覚える…このような人のことをメサイアコンプレックスと呼びます。</p>
<p>メサイアコンプレックスの人は、しばしば助けを求めている人を自分に依存させたり、お互いに世親的に依存しあう共依存の関係に陥ることがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">メサイアコンプレックスに関する記事</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の事を救世主(メシア)だと感じて、人を助けたがったり余計なお世話をしてしまうことをメサイアコンプレックスと呼びます。ボランティアやチャリティなどの良いことをしているはずなのに押し付けがましく、自分の存在価値を示すために困っている人を利用するため、行動に違和感を覚えることが少なくありません。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3684" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3684" alt="" /></a></div></div></div>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>メサイアコンプレックスにおける共依存関係</h2>
<p>メサイアコンプレックスの根底には</p>
<blockquote>
<ul>
<li>自分に自信がなく誰かから感謝されるような行動をしなければ社会から受け入れられないと感じている。</li>
<li>人を助けることに自分らしさ(アイデンティティ)を見出しており、自分らしさを維持するために自己犠牲をしてでも助けようとする。</li>
<li>周囲から感謝されるようなことでしか自分を受け入れてもらえなかった経験から、自分を犠牲にしてしまう。</li>
<li>「幸せな人なら慈善活動で誰かのために奉仕するものだ」という考えに囚われている。本当は不幸な状態なのにそれから目を背け、あくまでも自分は幸せな人だという実感を得るために慈善活動にのめり込む。</li>
</ul>
</blockquote>
<p>などの気持ちがあります。</p>
<p>自分に対する劣等感や満たされない気持ちや、周囲から感謝され自分の事を認めてくれる相手(＝承認欲求を満たしてくれる存在)を求めています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一見するとボランティア精神やチャリティ精神が強く、自己犠牲をしてまで人のために尽くすいい人だと思われがちですが、行動の根底には「誰かを助けることで<strong>自分を</strong>苦しみから救い出したい」という気持ちがあります。</p>
<p>そのため、困っている人の意見やニーズを無視した独善的な方法になってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、「困っている人を助ける」という行為の性質上、困っていることがなくなれば目の前で助けた人は自分のことを必要としなくなる未来は容易に想像できるでしょう。</p>
<p>例えば怪我の治療として病院に入院し、完治したら退院するのと同じで、誰かを助ける立場や仕事には「別れ」の瞬間はつきものです。</p>
<p>このことは、メサイアコンプレックスの人にとっては不都合です。</p>
<p>「困っている人を助けたい」しかし「困っている人が無事助かれば自分を必要としなくなる」ために、あえて自分に依存させるように仕向けたり、共依存関係になることでお互いに精神的に満たしあえる関係になろうとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>依存し続けるために歪な救済になる</h2>
<p>メサイアコンプレックスの人にとっては、困っている人が自分の元を離れること避けたいものです。</p>
<p>そのため、救済をするにしても根本的に困っていることが解決されず放置されるような歪な救済をして困っている人を自分の元から巣立たないように仕向けます。</p>
<p>例えば、不眠に関する悩みがある人に対して、真っ当な病院を受診するのを勧めるのではなく、効果の疑わしい民間療法やスピリチュアル、似非科学な治療法を勧めるという具合です。</p>
<p>当然ながら効果の疑わしいために救済はうまくいかず、ますます不眠が悪化することになりますが、メサイアコンプレックスの人は効果はどうあれ救済する自分を周囲に見せてアピールが出来る、そして自分のことを必要としてくれる人をその場にとどめておくことが可能になります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、治療を勧める時も、「真っ当な病院の薬には常習性があるから、自然派のこの方法が効果がある！」という具合に既存の治療法を貶して自分の勧める治療法こそ効果がある、と強く訴えることがあります。</p>
<p>「不安を煽る」と「不安を解消する方法」をセットにして言及することで、相手が自分の救済を自然に受け入れてくれるように仕向けます。</p>
<p>このような会話術で、メサイアコンプレックスの人こそ正しい治療法を知っていると信じ込ませるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>メサイアコンプレックスの共依存の対象になりやすい人の特徴</h2>
<h3>お人好し・断るのが苦手な人</h3>
<p>メサイアコンプレックスが行う救済は</p>
<ul>
<li>押し付けがましい</li>
<li>小さな親切、余計なお世話</li>
<li>気休めのような効果が疑わしい救済</li>
<li>独善的な親切心からくる身勝手な施し</li>
</ul>
<p>など、本当に人助けになっているのかどうかという疑問が尽きません。</p>
<p>大抵の人は、メサイアコンプレックスの人からの施しを受けても疑問や違和感、嫌悪感を覚えて次第に距離を置こうとします。</p>
<p>いらない商品を勧めてくるセールスマンに嫌悪感を覚えるように、必要もないのに「あなた困ってますよね？」と決めつけて押し付けがましい施しをする人に対しては、自然と関わらないようになるものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、お人好しな人や断るのが苦手な人は施しを拒むことができず、メサイアコンプレックスの人のペースに流されてしまうことがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、心理学用語の「返報性の原則(あるいは好意の返報性)」にあるように、人間は他人から施しを受けると、「せっかく施しを受けたのだからお返しをしなければいけない」という心理が働き、受けた分の恩返しをしようとします。</p>
<p>メサイアコンプレックスの人がやっている施しは、返報性の原則を元に分析すれば、他人に対して感謝やお礼をもらえる確率が上がると見ることもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1628" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="「返報性の原理」営業から詐欺まで使われるマーケティングの基礎的な心理学について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1628" class="blog-card-title-link">「返報性の原理」営業から詐欺まで使われるマーケティングの基礎的な心理学について</a></div><div class="blog-card-excerpt">仕事の場面で「無料でもいいのでこの商品・サービスを使ってください！」と強く頼まれて渋々使っていたら、次第に相手に対して「ここで断ったらなんだ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/1628" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/1628" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人に依存したい欲求が強い人</h3>
<ul>
<li>自分に自信がなく長いものに巻かれたい</li>
<li>不安を強く感じているので誰かに依存したい</li>
<li>自分であれこれ決めるのが苦手で誰かに全て決めてもらってとことん甘えたい</li>
</ul>
<p>など、他人に依存したい欲求が強い人は、メサイアコンプレックスの共依存の相手になりやすくなります。</p>
<p>とくに、生活が困窮している、今まで精神的に辛い思いをしているなどの環境にいる人ほど、藁をもすがる思いで今の環境から自分を救い出してくれる白馬の王子様のような存在を求めていることもあり、多少押し付けがましくても受け入れてしまうことがあります。</p>
<p>また、メサイアコンプレックスの人は、普通の人とは違い容姿や行動にカリスマ性があり、まさに辛い世の中を変えるために現れた救世主のように感じてしまう人もおり、教祖に従う信者の如くメサイアコンプレックスの人に心酔する形で依存することもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>社会的弱者</h3>
<p>社会的弱者というとざっくりした表現でが、例を上げるのなら。</p>
<ul>
<li>貧困に苦しんでいる人</li>
<li>不登校、引きこもり</li>
<li>ブラック企業に勤めている</li>
<li>うつ病などのメンタルの病気や不調を患っている</li>
<li>性的マイノリティの人</li>
<li>障害者</li>
<li>(発展途上国で)貧困や病気、紛争などで苦しんでいる人</li>
</ul>
<p>などの人を指します。</p>
<p>一般的な社会における立場が弱いために、仕事・学業・交友関係などで生きづらさや苦しさを感じている人が目立ちます。</p>
<p>そのため、メサイアコンプレックスの人にとっては都合のいいこまっている人だと認知し、依存先の対象となりがちです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、メサイアコンプレックス側の「困っている人を救済したい」という供給と、社会的弱者側の「生きづらさを解消したい」という需要が一致するために、簡単に共依存関係に陥りやすいとも言えます。</p>
<p>しかし、実際に困っている人を救済しているかと言えない点が多く、困っている人の需要を無視した自分勝手な不要な親切を押し付ける。</p>
<p>困っている人をずっと困らせたままの状態にすべく「私がいないと何もできないよね」と、不安を煽りいつまでも救済者である自分を頼ってくれるように接することがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>人間以外の生き物を依存先にすることも</h2>
<p>メサイアコンプレックスの人が救済をしようとしてもその方法が独善的で効果が疑わしければ拒絶されることが少なくありません。</p>
<p>そのため、確実に依存しやすい困っている人に絞って選ぶようにしますが、それでも違和感に気づいたり他の人の助言により目が覚めたことで、メサイアコンプレックスの人の元を離れてしまうことも少なくありません。</p>
<p>相手が人間である以上は、自分の独善を見抜かれてしまう不安が常にまとっていると言ってもいいでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そのため、救済する対象は、犬や猫、鳥などの人間以外の動物が対象になることもあります。</p>
<p>例えば、野良犬や野良猫に餌付けをして飼いならしたり、勝手に保護して育てるという具合です。</p>
<p>もちろん、動物によっては人間の言葉や表情を理解する知能は持っていても、自ら人間が喋る言葉を喋ったりする動物はいません。</p>
<p>そのため、メサイアコンプレックスの人からすれば人間以上に自分のことを必要としてくれ、且つ手懐ければ自分の元を離れない存在であり、依存する対象としては好都合なのです。</p>
<p>しかし、野生動物の餌付は</p>
<ul>
<li>生態系を崩す</li>
<li>糞や鳴き声などの被害をもたらす</li>
<li>ゴミを荒らす</li>
<li>農作物を食い荒らす動物の出現</li>
<li>野生の動物が人間の持っている食料を奪う</li>
</ul>
<p>などの他の人の迷惑を招くことがあり、決して褒められるべきものではありません。</p>
<p>また、野良犬や猫などを保護するという目的で団体を設立し、救済することを周囲に押し付けたことで他人とトラブルを引き起こすということもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3838" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="偽善者がうざいと感じる心理の正体について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3838" class="blog-card-title-link">偽善者がうざいと感じる心理の正体について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自己犠牲の精神で誰かを助けたり、ボランティアその社会的な奉仕活動に勤しんでいるのにもかかわらず、どこか利己的な感情が隠しきれなかったり、自分</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3838" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3838" alt="" /></a></div></div></div>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>偽善者がうざいと感じる心理の正体について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3838</link>
				<pubDate>Sun, 24 Jun 2018 13:14:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[ボランティア]]></category>
		<category><![CDATA[チャリティ]]></category>
		<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[偽善者]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=3838</guid>
				<description><![CDATA[自己犠牲の精神で誰かを助けたり、ボランティアその社会的な奉仕活動に勤しんでいるのにもかかわらず、どこか利己的な感情が隠しきれなかったり、自分をよく見せるためだけのイメージ戦略としてボランティア活動に勤しんでいる… すなわ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>自己犠牲の精神で誰かを助けたり、ボランティアその社会的な奉仕活動に勤しんでいるのにもかかわらず、どこか利己的な感情が隠しきれなかったり、自分をよく見せるためだけのイメージ戦略としてボランティア活動に勤しんでいる…</p>
<p>すなわち、偽善者や偽善と思われるような行動をしている人に対して、どことなく怪しい、うざい、胡散臭いと言うような感情を抱いてしまうことがあるものです。</p>
<p>表面的には確かに良い行いをしているのには変わりない。でも、その行いの目的が、自分の評判や利益のみから来るものであったり、よくよく観察していくとただのありがた迷惑になっている、善意の押し付けになっていると言う場合において、私たちは違和感を覚えるものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、こうして書くとひねくれているとか、素直さが足りないとか「やらない善よりやる偽善の方がよっぽどいい」と言われてしまうと思います。</p>
<p>一般的に、人の善意からくる行動に対してひょっとしたら偽善かもしれないとうがった目で見ることはあまり良いことだとされていない風潮があります。</p>
<p>しかし、善意の行動だからこそ、その裏にある思惑や心理についてよく知っておくことや観察を重ねる事は、自分自身が偽善者になったり、偽善に走ることになる承認欲求や虚栄心、コンプレックスなどを克服するためにも大事だと感じます。</p>
<p>今回は、そんな偽善に関する心理について、お話したいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3849">不謹慎厨が不謹慎狩りをする心理とその背景</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684">メサイアコンプレックス　困っている人をやたら助ける人に感じる違和感について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>偽善者に覚えるうざさ・違和感の正体</h2>
<h3>困っている人を助けている自分に陶酔している</h3>
<p>偽善者に感じる違和感の1つとして、困っている人を助けると言う行動そのものに陶酔している、すなわち良い事をしている自分に酔っていると言うものがあります。</p>
<p>これは、さながら自分が困っているものを助ける正義正義そのものであるかのように振る舞いや、アピールから何となく違和感を覚える人が多いことでしょう。</p>
<p>もちろん、困っている人を助けることそのものは素晴らしいことでありますが、陶酔しているあまりにナルシストのような鼻につく態度や「こんなに頑張っている自分を尊敬しない方がおかしい」と言うような上から目線の態度が偽善者に感じるうざさの原因だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>困っている人を利用して自分をよく見せるという点</h3>
<p>偽善者には、困っている人を自分をよく見せるための材料のように扱っていることがあげられます。</p>
<p>普通に自分1人で「自分は優しい人ですよ、慈悲深い人ですよ」アピールしても、説得力に欠けるものです。</p>
<p>そのため、説得力をつける方法として困っている人を実際に人助けをすることで、優しさや慈悲深さと言った自分の魅力をより効果的にアピールすることができます。</p>
<p>しかし、ここで注意しておきたいのは困っている人を助ける場面において、偽善者となる人はあくまでも困ってると人を1人の人間として見ているのではなく、自分をよく見せるためだけの材料として見ていると言う点です。</p>
<p>こうなると、<strong>善い行いは材料(困っている人)を用いたアリバイ作りでしかなく、後述するような厚かましさ、押し付けがましさと言った自分本位でわがままな善意の押し売りになりがちです。</strong></p>
<p>確かに表面的に見れば良いことをしているのに、結果として偽善と受け取られてしまうありがた迷惑で残念な結果になることが多いのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>助ける人に対する厚かましさ、恩着せがましさ</h3>
<p>良い行いをすれば確かに気分は良くなるものですが、気分が増長しすぎた結果</p>
<ul>
<li>私に感謝しなさいよ</li>
<li>私が助けてやったんだからな</li>
</ul>
<p>と言うような厚かましい気持ちが、態度や行動に出てしまうことがあるものです。</p>
<p>このような厚かましい態度が出てしまうと、いくら良い行いをしたとしても、それは「ただ自分が気持ちよくなりたいだけの自己満足なんだ」と言うようながっかりとした気分になってしまう人が多いものです。</p>
<p>もちろん、良い行いをしていい気分に浸りたいと言う気持ち自体は否定しませんが、「いい気分に浸りたい」と言う思いを言葉や態度で表明すれば、それに対して失望や落胆といった声が出てくるのは避けられないことだと肝に銘じておくことが大事だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>困っている人を利用し承認欲求を満たそうとしている点</h3>
<p>特に、承認欲求が強く人から認められたいと言う人ほど、自分がどれだけ周りに尽くしたとかボランティアに打ち込んだなどの経歴をアピールして周囲からの尊敬や同意を求めるものですが、その露骨なアピールこそ偽善と思われてしまう根源です。</p>
<p>もちろん、結果として困っている人の役にたっているのなら、承認欲求を満たす事は成功と言えますが、常に承認欲求を満たすために困っている人を探し続けるのはそう簡単なことではないと感じます。</p>
<p>というのも、困っている人を助けて悩みを解決したら、当然ながらその関係はそこまで途切れれることが多いからです。</p>
<p>例えば、医者が困っている人(患者)を助けたことで無事完治した場合、とくに困ったところがなければ元患者は医者のもとを訪れなくなるのと同じで、誰かを助けることで承認欲求を満たし続けるためには常に困っている人を求め続けなければいけません。</p>
<p>また、もしもその気になれば困っている人を生かさず殺さずの状態にしておくことで、自分の元から離れないようにする、というような<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684">メサイアコンプレックス</a>にも見られる共依存の関係を生み出すことも否定できません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1787">承認欲求が強すぎることの弊害について。</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1685">承認欲求は気持ち悪くてうざい？　「認められたい」という気持ちを不快に感じる理由とは</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>すぐに感謝されるようなことだけ率先してやろうとする点</h3>
<p>偽善者だと思われてしまう行動の1つだとして、とにかくわかりやすい善行や効率的に自分をよく見せることができる活動にのみ率先してやろうとしているということがあります。</p>
<p>例えば、人を助けるにしても普通に男性を助けるよりも、</p>
<ul>
<li>女性や子供</li>
<li>障害者</li>
<li>海外の恵まれない子供たち</li>
</ul>
<p>と言った社会的な立場が弱い人や「偉い！」と言ってもらいやすい人達を助けた方が話題を呼びやすく周囲から評判を手に入りやすいものです。</p>
<p>もちろん、善行そのものに優劣をつけること自体かなり乱暴な考え方だと思います。しかし、世間を見渡してみると、やはり評判になりやすい善行となりにくい善行があり、自分の評価や体裁を気にしている人こそ、手っ取り早く評価をやるために感謝されやすい相手を選んで助けようとする…そんな下心が偽善者に感じる違和感やうざさとさの正体だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>良い事をしている人ほど、良い行動を正当化しすぎ暴走してしまう</h2>
<p>これは偽善者を含む言われる良いことをしている人に共通している事なのですが、良いことをしている人ほど自分の行動が正しいと信じて疑わなかったり、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3010">自己正当化</a>してしまい行動がエスカレートしてしまうことがあります。</p>
<p>これは、良いこととは</p>
<ul>
<li>社会的に認められていること</li>
<li>絶対的な正義であり批判される余地がないこと</li>
<li>正しいことなので積極的にやるべきである。</li>
</ul>
<p>と言うような、自分自身の行動や考えをより強固なものにさせてしまい、結果として困っている人の主張や考えを無視したありがた迷惑に陥っても、反省できなくなってしまうことにつながる恐れがあります。</p>
<p>特に日本の場合だと、ボランティア活動や自己犠牲による行動そのものが議論を重ねられず、見習うべき美談として語られ持ち上げらてしまうことが多いことも影響していると思います。</p>
<p>そのため、</p>
<ul>
<li>「自分がやっている良い行いが、その場しのぎではなく本当に相手のためになっている良い行いなのか？」</li>
<li>「善行だと信じて正しいことをすれば、本当に自分も相手も幸せになれるのだろうか？」</li>
</ul>
<p>という疑問を持つことすら、野暮で空気の読めない行動であると感じて、疑問を感じていても口に出しにくいように感じます。</p>
<p>また、善い行い自体に、言葉ではうまく説明できないブランドのようなもの。すなわち権威を感じて、権威にひれ伏してしまうことも影響しているように感じます(＝<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3705">権威主義的パーソナリティ</a>)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、心理学では、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2918">集団心理(群衆心理)</a>や<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2875">集団極化</a>、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2904">傍観者効果</a>のように、人が集団になることで起きる考えや行動の暴走、そして自分が行っている行動に対する責任感の低下が、 偽善的な行いを助長させているように感じることもあります。</p>
<p>特に集団で良いことをするとなると、どうしても集団の雰囲気や空気には逆らうことができないものですし、良いことを知っていると言う大義名分を得ることで、集団が行っている行動に対して疑念や疑問を抱きにくくなってしまう現象は、ボランティアなどの良い行いをする上では向き合っていくべき問題だと感じています。</p>
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<h2>「やらない善よりやる偽善」について感じること</h2>
<p>偽善について語るときによく聞くのが「やらない善よりやる偽善」と言う言葉です。この言葉の発祥は、匿名掲示板の2ちゃんねるや漫画「鋼の錬金術師」など諸説あります。</p>
<p>人の良い行いに対してただ文句を言っているだけの人と違うって、たとえ偽善であっても良い行いをする方が確かに救われる人や、幸せになれる人が出てくるのは事実だと思います。</p>
<p>しかし、「<strong>やらない善よりやる偽善」という言葉を盾にして、自分の邪な感情や下心からくる行動を自己正当化したり、自分の行っている行動を全然振り返ろうとしないのは別の話だと思います。</strong></p>
<p>また、「やらない善よりやる偽善」を堂々と主張した上で行う善行を快く受け取ってくれるかどうかまでは自分の力ではコントロールできないことなのは言うまでもありません。</p>
<p>もちろん、うっすら偽善と自覚している行動だけに、やっぱり人の助けにならなかったり根本的な解決にはならずただ困っている人を振り回すだけの徒労に終わることも否めません。</p>
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<p>困っている人を助けたい、誰かを助けることで役に立ちたいという気持ちを持つことそのものは素晴らしいと思いますが、しっかり助けるためにはただ闇雲に突っ走るだけではいけないと思います。</p>
<p>誰かを助けなければいけない場面そのものは、どうしても焦りとは切っては切れないものだと思いますが、だからこそ冷静になって自分の行動を振り返ってみたり、上からただものを与える・施すというような立場で接するのではなく、相手の立場に立って考えて見るなどの心がけを持つことも大事だと感じます。</p>
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