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	<title>行動に関する心理  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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	<item>
		<title>嫌なものを見てしまう心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21265</link>
				<pubDate>Sat, 11 May 2019 14:58:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[心理的リアクタンス]]></category>
		<category><![CDATA[葛藤]]></category>

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				<description><![CDATA[見てもいいこともないし、むしろ見たくない光景がその先にあることはわかっているのに、つい出来心で見てしまう。 そして、一時の気の迷いで揺れ動いてしまう自分の軸のブレ具合に嫌気が指す…という類の経験がある人は、決して少なくな]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>見てもいいこともないし、むしろ見たくない光景がその先にあることはわかっているのに、つい出来心で見てしまう。</p>
<p>そして、一時の気の迷いで揺れ動いてしまう自分の軸のブレ具合に嫌気が指す…という類の経験がある人は、決して少なくないものだと感じます。</p>
<p>たとえば</p>
<ul>
<li>あまり気が進まないけど、つい元恋人や昔の友人のSNSアカウントを覗いて近況を調べてしまう。</li>
<li>「閲覧注意」とされてているのに、それに逆らい刺激の強い画像や動画見てしまう。<span style="font-size: 12px;">(一昔前の2ちゃんねるのブラクラとか…)</span></li>
<li>「検索してはいけない単語」で、あえて検索してしまう。</li>
<li>SNS上で流れてきた、ひっかけ要素(いわゆる「釣り」)がある画像や投稿を見てしまう。</li>
</ul>
<p>…など、嫌な気分になる確率は高いのにかかわらずに、ついつい見てしまう。</p>
<p>今回はこうしたわかっちゃいるけどやめられない、嫌なものを見てしまう心理についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>嫌なものを見てしまうのは葛藤に耐えられないことが影響している</h2>
<p>私たち人間が二つの選択をする際に、どちらにしようか迷って悩んでしまうことを葛藤と呼びます。</p>
<p>当然ながら、葛藤し続けていては疲労やストレスが蓄積し、非常に不快な思いをしてしまう。そんな不快感で苦しまないためにも、何かしらの行動をとることでその状況を脱する。つまり、嫌なものを見てしまうのは、葛藤状態の苦しみから逃れるためにしている行動だと説明できます。</p>
<p>しかし、葛藤状態から逃れるとは言え、結局は見なきゃよかったものを見てしまい、その結果嫌な気分になってしまう。これでは、「結局は不快な状況を避けられていないのでは？」と疑問を持つ方もおられることでしょう。</p>
<p>これについては、葛藤が起きる状態そのものを詳しく見ていくことが肝心です。</p>
<p>心理学者のK・レヴィンは、葛藤を</p>
<ul>
<li>接近：「○○したい」という欲求。</li>
<li>回避：「○○したくない」という欲求。</li>
</ul>
<p>の2つの欲求がぶつかることで起きるとし、その組み合わせ次第で葛藤状態を以下の３種類に分けました。</p>
<ol>
<li>「接近＝接近」：異なる「○○したい」という欲求がぶつかる状態。(例、お寿司も食べたいけど、焼肉も食べたい…など)</li>
<li>「回避＝回避」：異なる「○○したくない」という欲求がぶつかる状態。(例、就職したくないけど、進学もしたくない…など)</li>
<li>「接近＝回避」：「○○したい」と「○○したくない」という欲求がぶつかる状態。(例、部活動はやりたいけど、勉強はしたくない…など)</li>
</ol>
<p>嫌なものをつい見てしまう行動は、「回避＝回避」および「接近＝回避」のケースで生じるものだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「回避＝回避」で見る「嫌なものを見てしまう心理」</h3>
<p>嫌なものを見てしまう心理は「嫌だから見たくない」という回避の欲求があることは容易に想像できるでしょう。</p>
<p>しかし、この回避の欲求以外にも、たとえば</p>
<ul>
<li>嫌なもの見ないまま居座る状態は、自分の内なる好奇心が疼いて我慢できない。</li>
<li>閲覧注意の忠告でビビるような肝の小さい人間だと思われたくない。</li>
</ul>
<p>などの、別の回避に相当する心理を抱いている。この場合、上で触れた「回避＝回避」の葛藤状態であり、強いストレスに苦しむ羽目になります。</p>
<p>もちろん、どちらか一方を選んでも、いい事がないのは明白です。しかし、悩んだままの葛藤状態でいるよりは、比較的不快感が少ない選択肢を選んだほうがストレスから解放されるため、つい「嫌なものを見てしまう」という行動を選んでしまうのです。</p>
<p>一見すると、わざわざ不快なものに自ら近づきに行くという不毛な行動を取っているように見えますが、これは不快なものの中でも比較的マシなものを選ぶという、合理的な選択による結果と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「接近＝回避」で見る「嫌なものを見てしまう心理」</h3>
<p>「嫌だから見たくない」という回避を示す心理と一緒に、「嫌だけどちょっと見てみたい」という接近を示す心理を持っている。つまり、「接近＝回避」のケースもまた、嫌なものを見てしまう行動を招くことがあります。</p>
<p>たとえば、</p>
<ul>
<li>接近：不安や嫌な予感はあるけど、元恋人or過去の友人の近況を知りたい。</li>
<li>回避：見てもいい事ないからこそ、元恋人or過去の友人の近況は知りたくない。</li>
</ul>
<p>という、いわば「怖いもの見たさ」と表現できる、ある対象に近づき気持ちと避けたい気持ちの両方を感じて悶々とする状態は、まさに「接近＝回避」の葛藤状態と言えます。</p>
<p>接近にしろ、回避にしろ、どちらも不安なり不快などのネガティブな気持ちがあるのは共通している。しかし、ネガティブな気持ちがあるものの、ネガティブなりに近づきたい気持ちと、ネガティブだからこそ遠ざけたい気持ちが両方ある状態は、非常にもどかしくできれば早く解消したいものでしょう。</p>
<p>そんな時に「不安だけれども、見てみよう」と接近の行動をとってしまう。これもまた、嫌なものを見るという行動に出てしまう原因なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>心理的リアクタンスから見る「嫌なものを見てしまう心理」</h2>
<p>「閲覧注意」や「検索してはいけない」など、自分の行動を制限する強いメッセージを目の当たりにした時に、あえてそのメッセージと反対の行動をとってしまう…つまり、閲覧注意のものを見てしまったり、検索してはいけない単語を検索する行動に出てしまう傾向が人間にはあります。</p>
<p>これは、心理的リアクタンスと呼ばれ、決定や判断などの自身の自由が脅かされた状態に対して自ずと抵抗してしまう心理を指します。</p>
<p>わかりやすい例で言えば、「興味のない人は絶対にクリックしないでください」という広告を目にしたときに、つい興味が湧いて出来心から思わずクリックしてしまいそうになる…という現象が、心理的リアクタンスです。<span style="font-size: 12px;">(余談だが、「押すなよ！絶対押すなよ！」で有名なダチョウ倶楽部も心理的リアクタンスのいい例である。)</span></p>
<p>もちろん、嫌なものを見るのも見ないのも、本来は自由なものであることは明白でしょう。しかし、「閲覧注意」と言われると、見るor見ないの自由が一方的に奪われているように感じてしまう。</p>
<p>そして、その自由を取り戻すべく、閲覧注意のメッセージに反して、その先にある画像なり、動画なり、文章なりを見てしまうのです。</p>
<p>抵抗する心理がある以上、閲覧注意のメッセージ通りに従えばそれは自分の自由を手放し、他者のいいなりになるストレスを味わうことになる。<span style="font-size: 12px;">(人によっては屈辱とも取れる強いストレスを感じるかもしれない)</span></p>
<p>そのストレスから逃れるために、見てもいい事ない可能性が高いのに、つい嫌なものを見てしまう…という、わかっちゃいるけどやめられない人間のどうしようもなさが、心理的リアクタンスの知識を用いれば、きっと理解できることでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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いわゆる「アンチ」と呼ばれる人の行動を見て</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4280" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4280" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>叱ってほしいと感じる心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21188</link>
				<pubDate>Tue, 23 Apr 2019 15:14:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メンタルを強くしたい人向け記事]]></category>
		<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[コミュニケーション]]></category>
		<category><![CDATA[感覚遮断実験]]></category>
		<category><![CDATA[叱る]]></category>

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				<description><![CDATA[他人から叱ってほしい、誰かから自分に対して厳しい言葉や態度を向けて欲しい…と書くと、なんだかマゾヒズムそのものであり、ちょっと理解しがたい心理のように感じるかもしれません。 一般的に考えれば、叱られるとストレスが溜まって]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>他人から叱ってほしい、誰かから自分に対して厳しい言葉や態度を向けて欲しい…と書くと、なんだかマゾヒズムそのものであり、ちょっと理解しがたい心理のように感じるかもしれません。</p>
<p>一般的に考えれば、叱られるとストレスが溜まって不快な思いをしてしまう。わざわざストレスを抱えるようなことを求めるのは、理にかなわない行動といえるでしょう。</p>
<p>自分から叱られることを望む。つまり、自分で自分を辛く、苦しい状況に追い込むようなことをなぜ望むのか…今回はこの心理についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>全く叱られないこともまたストレスと感じる</h2>
<p>普段の生活で誰からも叱られなければ、非常に気楽であり、且つストレスを全く感じずに済む快適な状況そのものであるように考えるのは自然なことでしょう。</p>
<p>しかし、心理学ではストレスがない環境そのものもストレス源と感じてしまう。そのため、快適なはずの状況を自ら手放し、あえて叱られてストレスを感じる場面を求めるようになるとされています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>感覚遮断実験から見る叱られないこと</h3>
<p>ストレスが極力存在しない状況で人間がどうなるのかを調べた実験で有名なのが<strong>「感覚遮断実験」</strong>(1950年,カナダ大学で実施)です。</p>
<p>この実験では、文字通り光や音、皮膚感覚や人間関係など、あらゆる刺激となる物をほとんど遮断し、まったく刺激(＝ストレス)がない状況で人間が長時間過ごすとどのような反応示すかを調べた実験です。</p>
<p>実験に参加した男子大学生は、目には半透明のゴーグルをつけ(視覚の封印)、聞こえるのは空調の音だけ(聴覚の封印)。手には手袋、腕は紙の筒で覆われ、何かに触れることすらもできない(触覚、皮膚感覚の封印)、暗く狭い部屋で過ごすよよう指示をされました。なお、食事とトイレの要求はOKでしたが、部外者との雑談は禁止されるという徹底ぶり。</p>
<p>そんな想像するだけでもゾッとする実験の結果は、参加者は２～３日しかこの状況に耐えれなかったと言うものに。</p>
<p>参加者は、最初のうちは映画や旅行など楽しいことを考えていたものの、次第に集中できなくなりイライラに襲われた。また、独り言を口にしたり、腕を無意味に振るなど、自ら刺激を求めるような行動に出るようになったと報告しています。(なお、幻覚を感じた等、正気を保つのが困難になる人もいた)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これを、誰にも叱られない状況に置き換えて考えてみましょう。</p>
<p>誰からも叱られない分、不快な思いをせずストレスには悩まされません。<strong>しかし、「叱られない状況」そのものがあまりにも刺激がなさすぎるためにストレスを感じるようになってしまった。</strong></p>
<p>その結果として、叱られることそのものを望む心理が生じたと考えれば、合点がいきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>叱られない状況を経験した後は、叱られた言葉を受け入れやすくなる</h3>
<p>なお、感覚遮断実験では、被暗示性が高まったと言う結果も出ています。</p>
<p>被暗示性とは、暗示にかかりやすくなること。つまり、誰かに叱られたり厳しいことを言われたときに、その言葉を受け入れやすくなること言っても良いでしょう。</p>
<p>なお、被暗示性は、よく言えば人の言うことをよく聞く真面目で素直な性格・傾向を表す言葉ですが、悪く言えば他人の言葉や与えられた情報を無批判に信じ込んでしまうという、洗脳されやすさを表す言葉でもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>叱られたいと感じる心理・理由</h2>
<p>感覚遮断実験の他にも、叱られたいと感じる心理・理由について以下で説明します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「叱る＝自分の存在を認めてくれている」と感じるから</h3>
<p>叱られると言う事は、言い換えれば自分と言う人間の存在を「叱る」と言う行為によって承認されている…と感じる。つまり、承認欲求が満たされるために、叱られることそのものを欲するのだと考えられます。</p>
<p>叱るという行為は、そもそも他人の存在がいなければ成り立たないものです。</p>
<p>褒めたり、尊敬したりするのと同様に、叱るという行為もまた(不快感こそ感じるものの)自分と言う人間を認めてくれる他者の存在がいることを確認できるため、自然と求めるようになるのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「叱られるだけ自分は期待をかけられている」という優越感を抱けるから</h3>
<p>叱られると「自分は他人から期待や励ましの気持ちを、叱るという行為によってぶつけられている」と言う優越感や満足感を感じられるからこそ、叱られたいと言う気持ちが芽生えるのだとも考えられます。</p>
<p>この場合は、叱られると表現するよりは、叱咤激励されていると表現したほうが理解しやすいかもしれません。</p>
<p>厳しくて耳が痛くなる言葉を受け取る苦痛こそありますが、その一方ではそれだけ自分の実力や実績が評価されており、自分にはもっと良い結果を出せるだけのポテンシャルを持っているのだと他人から見込まれている事を実感できる。</p>
<p>だからこそ、叱られることそのものに肯定的な意味を見出し、叱られることを自ずと求めているのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>低い自己評価を持っており、叱られることで自己評価と周囲の状況が一致して安心感を覚えるから</h3>
<p>自己評価が低く「自分はダメ人間である」と思っている人もまた、あえて自分に厳しい言葉や態度を向けてくれる人を求めることがあります。</p>
<p>これは、認知的斉合性理論と呼ばれ、自分の認知と周囲の認知を合わせようとする心理学用語です。</p>
<p>自己評価の低い人は「自分=ダメである」と言う否定的な認知を抱いている同時に、周囲の人々や環境も自分の認知と一致すると、安心感を覚えます。</p>
<p>自己評価の低い人からすれば、自分が肯定的な評価を受けたり、過度に持ち上げられてしまう事は、自分の認知と一致していないためにムズムズとした居心地の悪さを感じてしまう。</p>
<p>一方で、自分を厳しく叱ってくれる人がいたり、自分のことを悪く言う人がいる環境であれば、自分の認知と一致するため、居心地の良さを感じてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>叱ってダメ出ししてくれないと、自分のダメな部分がわからずモヤモヤしてしまうから</h3>
<p>他人から叱って自分の欠点をダメ出ししてくれないと、自分のダメなところがわからないままモヤモヤとした気持ちに悩まされてしまう。だからこそ、自分に対して厳しく叱ってくれる人を求めてしまうこともあります。</p>
<p>これは、自己評価の低い人以外でも見られるものです。ダメ出しを受けることで、自分では気づけない自分の短所を自覚すると同時に、その短所を改善するための対策を考えることが可能になる。</p>
<p>つまり、より良い自分になるためと言う向上心を持っているからこそ、他人から叱られること積極的に求めるのです。</p>
<p>しかし、そんな向上心を持っている人からすれば、全く叱られることもなく優しい人ばかりで囲まれている環境は、自分の向上心を発揮する場面がなく不満を感じてしまう。</p>
<p>そして、その不満を解消すべくためにも、誰かから叱られたいと言う感情が強く芽生えてくるのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>叱られることで自分に甘い自分を改善できるような気がするから</h3>
<p>叱られなければ、どんどんダメになる自分が嫌だけど、そんなぐうたらな自分を自力で真人間にするのは難しい。だからこそ、親や先生のように厳しく自分を理してくれる人の存在を求めているのです。</p>
<p>他人の目がないと堕落し、とことんまで自分を甘やかしてしまいダメ人間になってしまう。でも、他人の目があれば自然と頑張れるし、気を引き締めるられる…という、自分にとことん甘い人なりの身の正し方を熟知している結果として、叱られることを望んでいるのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>余談　大人になると感じる「叱られなくなってしまうこと」の辛さ</h2>
<p>余談になりますが、社会人になってある程度年齢を重ねたり、社会的な立場や肩書きを手にするようになると、次第に他人から叱られることそのものが減ってしまうものです。</p>
<ul>
<li>「叱ったことで関係がぎくしゃくするのを避けたい」</li>
<li>「自分とは直接関係がないので、叱る義理がない」</li>
<li>「叱っても自分の評価には影響しないから、そっとしておいた方が無難である」</li>
</ul>
<p>と言う理由で、自分を叱ってくれる人がどんどん少なくなってくる状況に対して、どことなく寂しさというか、辛さといった複雑な気持ちを抱く人は、きっと少なくないと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このような複雑な辛さを感じるのは、言い換えれば自分に対する関心、熱意、愛情などを向ける人が少なくなっていることが原因と考えられます。</p>
<p>また、他人から遠慮されて、心を開くことそのものを回避されているように感じてしまう。つまり、他人に正面から受け入れられてもらえなくなっていることに、辛さを感じてしまうのだとも考えられます。</p>
<p>その他にも「叱るだけの価値がない人と思われている」だとか「叱っても学習しない人間だと思われている」など、自分に対するあきらめの姿勢を間接的に周囲から向けられているように感じて、辛さを覚えてしまうことも考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、叱られなくなる代わりに、社会的な立場があることで自分の周りには自分を称賛し、褒めてくれる人が集まることもあるでしょう。</p>
<p>しかし、自分に対して肯定的な態度のみを見せてくる人は、言い換えれば自分が持つ立場や過去の実績といったステータスにしか目を向けておらず、自分と言う人間そのものを見ている可能性は低いと感じてしまう。</p>
<p>立場や年齢の都合上、下手に叱って敵対関係になるよりも、肯定する方が無難かつ安心だと判断する人達が集まりやすい状況にいるのわかってはいるものの、やはり、社会的なステータスではなく自分と言う人間を見てもらいたい、受け入れてもらいたいと言う欲求が湧き出て来る。</p>
<p>その欲求が「誰かに叱ってもらいたい」と言う気持ちに反映されているのだと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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しかし、昔のように大声で怒鳴</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2402" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2402" alt="" /></a></div></div></div>
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<p>&nbsp;</p>
<p>参考書籍</p>
<div class="cstmreba">
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<div class="booklink-info">
<div class="booklink-name">
<p><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F14334395%2F" target="_blank" rel="noopener">心理学ビジュアル百科</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></p>
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</div>
<div class="booklink-detail">越智 啓太 創元社 2016年09月12日</div>
<div class="booklink-link2">
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</div>
</div>
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</div>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>会話中の沈黙が怖いと感じる心理・背景について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21117</link>
				<pubDate>Wed, 17 Apr 2019 13:16:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[コミュニケーション]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21117</guid>
				<description><![CDATA[誰かと喋っているときに、話が途切れてしまったり、沈黙してお互いに黙り込んでしまう状況に強い恐怖や不安を感じてしまう人がいます。 この恐怖の原因は、沈黙そのものに対する否定的な思い込みや、黙ってしまうことで相手の表情の変化]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>誰かと喋っているときに、話が途切れてしまったり、沈黙してお互いに黙り込んでしまう状況に強い恐怖や不安を感じてしまう人がいます。</p>
<p>この恐怖の原因は、沈黙そのものに対する否定的な思い込みや、黙ってしまうことで相手の表情の変化がなくなってしまうことへの恐怖。</p>
<p>その他にも、コミュニケーション能力(コミュ力)が価値あるものとして尊ばれる昨今だからこそ起きる、コミュ力の無さを沈黙と言う形で表現してしまうことへの焦り、気まずさなどが考えられます。</p>
<p>今回はそんな会話中の沈黙への恐怖心の心理、及びその背景についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>どうして会話中の沈黙が怖い、不安と感じるのか</h2>
<h3>他人を不愉快にさせてしまったように感じて不安を感じる</h3>
<p>それまでは問題なく会話を楽しめていたのに、何らかの発言や話題の降り方が原因となって、急な沈黙を招いてしまった。</p>
<p>この時に、「沈黙を招いた=他人を不愉快にさせるようなことをやってしまったのではないか？」と感じて、不安や気まずさを覚えてしまうのです。</p>
<p>実際に、会話の中で沈黙する場面と言うのは…</p>
<ul>
<li>相手が触れて欲しくない話題を振ってしまった。(例：隠しておきたいプライベートな話や、その人がコンプレックスと感じている話題など…)</li>
<li>相手を怒らせるような話題を振ったり、降り方喋り方をしてしまった。</li>
<li>相手が興味のない話題を振ってしまった。</li>
</ul>
<p>など、どれも弾むような会話ができるいい雰囲気とは言えず、どことなく重くてピリピリとした緊張感・不快感を想起させるものであることが目立ちます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、心理学では沈黙する事は、受動攻撃であると解釈することもできます。</p>
<p>受動攻撃とは、怒りや不満などを間接的な行動により表現することを指し、沈黙は相手に間接的に不快感を伝える事は攻撃行動、敵意を表明する行動の一種であるとも言えます。</p>
<p>「沈黙=受動攻撃」であるとした場合、相手が沈黙されると、自分自身に向けて敵意を向けられていると感じるので、不安や恐怖を覚えてしまうのも至って自然です納得できます。</p>
<p>なお、これは相手の視点に立ってみても同じで、お互いにお互いに沈黙という受動攻撃により不快感を示しているからこそ、その場の雰囲気が悪化し居心地の悪さをお互いに感じてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21102" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/zyudoukougeki-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="受動攻撃性の性格の特徴・心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/zyudoukougeki-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/zyudoukougeki-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/zyudoukougeki-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21102" class="blog-card-title-link">受動攻撃性の性格の特徴・心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">怒りや不満を表現するときに、大声で怒鳴る、物に当たるなど、直接的で分かりやすい行動ではなく、たとえば

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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>相手の感情が読み取れなくなり不安に駆られる</h3>
<p>相手となにかしら会話しているのなら、その人が楽しそうだとか、嬉しそうだとかが話すときの口調、表情の変化など想像できます。しかし、沈黙の場合はそうはいきません。</p>
<p>まず表情の変化はなくなり、多くの場合は真顔になってしまうものです。そんな真顔の相手を見ても、今相手がどのような感情を抱いているのかが理解しづらく、ましてや親しみやすさなんて抱くこともない。</p>
<p>その結果、相手が何を考えているのかわからない不安や得体の知れなさから、恐怖心を抱いてしまうのです。<span style="font-size: 12px;">(なお、これは「黙る＝受動攻撃されている」と考えるものとは別のものとする)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、人間はコミュニケーションにおいて相手の感情を把握するときに<strong>「視覚(55%)＞聴覚(38%)&gt;言語情報(7％)」の順で、把握しています。(＝メラビアンの法則)</strong></p>
<p>メラビアンの法則に基づけば、相手が沈黙すると</p>
<ul>
<li>視覚情報は相手が真顔なので限りなく下がる。<span style="font-size: 12px;">(※表情の変化こそないが、真顔で黙っている相手そのものから得られる情報は0ではない)</span></li>
<li>聴覚情報は相手が黙っているので、ほぼ0になる。<span style="font-size: 12px;">(※「ため息」など耳に訴えかけてくるものを聴覚情報に含めれば、完璧に0ではないと言えるので「ほぼ０」と表記)</span></li>
<li>言語情報は相手が黙っているので0になる。<span style="font-size: 12px;">(※ノンバーバルコミュニケーションは含めない)</span></li>
</ul>
<p>と、得られるはずの情報がガクンと減り、相手の感情を気持ちを伺うことは非常に難しくなってしまう。</p>
<p>この時に感じる気まずさや違和感などの不快な感情が、沈黙することへの強い恐怖感を招いていると言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>その場のテンションを下げてしまった事に罪の意識を感じてしまう</h3>
<p>楽しく盛り上がっている会話をしている最中に、スベってしまいその場の沈黙を招いてしまったとなると、その場のテンションを下げてしまった事に対して罪の意識を感じてしまう。この罪の意識こそが、沈黙に対する恐怖や不安と結びついていると考えられます。</p>
<p>後述するように、今やコミュニケーション能力が価値あるものとして尊ばれる、おしゃべりができることや和気藹々と盛り上げる雰囲気を作る事が大変価値のあるものとみなされています。</p>
<p>しかし、そのことは一方で雰囲気を盛り下げてしまう行動はコミュニケーション能力の低さを表し、恥ずべきもの、罪深いものとして見なされるだけでなく、強く非難されたり魅力のない人だとみなされ見放されてしまうこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>自分はコミュ力がない人間だと思われることに恐怖・不安を感じる</h3>
<p>上からの続きですが、沈黙を招いてしまった事を「自分はコミュ力がない人間であり、そしてコミュ力のなさを多くの人に露呈させしまった」と考えてしまうことで、強い恐怖を抱いてしまうのです。</p>
<p>コミュ力がない人間だと認識されてしまえば、</p>
<ul>
<li>自分は他人から嫌われるかもしれない。</li>
<li>扱いづらい人だと思われ人が寄ってこなくなるかもしれない。</li>
<li>面白い話ができず、その後の雰囲気を下げてしまうだけなので、自分と付き合う価値を見いだす人がいなくなるかもしれない。</li>
<li>沈黙を招く人と一緒にいることで「自分までもコミュ力がない人」だと思われる状況を招いてしまい、関わる人から敬遠されてしまうかもしれない。</li>
</ul>
<p>など、否定的な思い込みが次々と出てしまう。</p>
<p>もちろん、この思い込みが現実のものとならなくとも「コミュ力が無いせいで辛い目に遭う予感がする」と言う予期不安が湧き上がってくることが、沈黙そのものに対する怖さをより強めているのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>沈黙を怖がる心理とコミュ力が尊ばれる時代との関連性</h2>
<p>沈黙に対する恐怖心を見ていくに当たったては、コミュニケーション能力が尊ばれる文化・時代背景も無視できないように感じます。</p>
<p>仕事・学業・交友＆恋愛関係でいい結果を残すためには、コミュ力はまさに必須のスキルと言えるでしょう。そして、同時にコミュ力がないといくら学歴や美貌があろうとも、上手く社会を渡り歩けなくなってしまう…と感じるぐらいに、コミュ力が無いことに対して、強い負のイメージが付いていると認識している人は多いと感じます。</p>
<p>そんなコミュニケーション能力が大きな価値を持つ社会において、沈黙と言うのはそれだけコミュニケーション能力のなさを露呈することと同じ。</p>
<p>つまり沈黙するorさせることは「自分には低い価値しかないor価値がない」と感じて将来起こるであろうコミュ力がないことで起きる不安をいやでも想像してしまう苦痛がある。</p>
<p>その苦痛をどうにかして避けるためにも、沈黙を避けることに躍起になったり、沈黙そのものをタブー視してしまうのは無理も無いように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>コミュニケーション能力と言えば、大抵の人は話す事をイメージする中、話さないことそのものである沈黙が非常に悪いものだとか、絶対的に良くないものだとみなされてしまうのも、自然なことのように感じます。</p>
<p>しかし、「雄弁は銀、沈黙は金」と言うことわざにもあるように、やたら喋ることよりも沈黙するときに沈黙を貫ける事もまた、喋ること以上に価値のあるという考えもあります。</p>
<p>適切な場面で口を慎むこと、余計なことを言わないよう<strong>沈黙することもまたコミュニケーション能力の一種であると考えれば、沈黙そのものに対する過度な恐怖心やタブー視が和らぐのではないかと感じます。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20973" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/attu_kuchiguse-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="話す前の「あっ」が口癖なコミュ障の人の悩みと対策" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/attu_kuchiguse-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/attu_kuchiguse-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/attu_kuchiguse-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20973" class="blog-card-title-link">話す前の「あっ」が口癖なコミュ障の人の悩みと対策</a></div><div class="blog-card-excerpt">コミュ障を自覚する人のあるあるネタとして、何か話しを始める場面で、つい「あっ」と言ってしまうことにコンプレックスを感じることがあります。
</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/20973" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/20973" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>スキゾイドパーソナリティ障害から見る感情表現できない、苦手な心理</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21079</link>
				<pubDate>Wed, 10 Apr 2019 16:14:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[スキゾイド]]></category>
		<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[感情]]></category>
		<category><![CDATA[感情表現]]></category>
		<category><![CDATA[スキゾイドパーソナリティ障害]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21079</guid>
				<description><![CDATA[喜怒哀楽などの感情を表現することが苦手である。 あるいはそれらの感情そのものがあまり湧かないというか、今ひとつ感情というものがどういうものなのかが実感ができない…という悩みについて深く関連しているのが「スキゾイドパーソナ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>喜怒哀楽などの感情を表現することが苦手である。</p>
<p>あるいはそれらの感情そのものがあまり湧かないというか、今ひとつ感情というものがどういうものなのかが実感ができない…という悩みについて深く関連しているのが「スキゾイドパーソナリティ障害」という心理学用語です。</p>
<p>今回はそんなスキゾイドパーソナリティ障害から見る、感情表現が苦手であることについてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>スキゾイドパーソナリティ障害とは</h2>
<p>スキゾイドパーソナリティ障害とは、他人や社会に対する関心が非常に薄く、表情の変化や浮き沈みも少ないという特徴を持つ、パーソナリティ障害の一種です。シゾイド(統合失調質)パーソナリティ障害と呼ばれることもあります。</p>
<p>その特徴ゆえに、社会から孤立するような事態になっても気にすることなく、むしろ孤独で隠遁生活のような状態の方が心地よく感じてしまうこともあります。</p>
<p>友達(親友も含む)、恋人関係のみならず、家族のように親密な間柄に対する関心も薄く、人と深く関わろうと欲求も薄いと同時に、他者と親しくなることに楽しみや喜びを感じにくいことが目立ちます。</p>
<p>なお、人間関係以外にも自分の身だしなみや髪型、体型といった身体的特徴や、他人からの評価や社会的な地位、名誉、財産、流行などにも関心が薄く、どこか浮世離れしているような印象を感じさせることが目立ちます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、自己愛性パーソナリティ障害や境界性パーソナリティ障害など、ほかのパーソナリティ障害と比較すると、他人と積極的に関係を持とうとしないために、他人を振り回す、巻き込むなどの迷惑沙汰になることがないのが特徴的です。</p>
<p>しかし、迷惑沙汰に巻き込まれないとはいえ、他者の関心の薄さ故に非常にとっつきづらい。感情表現も薄く、表情の変化が見られないので何を考えているのかがわかりづらく、学校や職場等で関わるとなれば苦労することが多い人でもあります。</p>
<p>また、スキゾイドパーソナリティ障害の人は他者に対する関心が薄く、普段の生活の中で頻繁に出くわすこと場面が少ない。</p>
<p>人と関わる欲求が少ないので、コンパに出かけたり、(社会人含む)サークル活動に参加したり、積極的に知ってる人と会って話したり…などの行動をしないので、日常生活の中でエンカウントすることも少ない。</p>
<p>このことが、スキゾイドパーソナリティ障害という概念が広まりにくく、認知度も低いことに繋がっているのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>感情表現が苦手である事とスキゾイド</h2>
<p>スキゾイドパーソナリティ障害の人は、一般の人が喜びなどの感情を感じられるような場面になってもあまり喜びを感じない、あるいは喜びそのものを感じ無い。</p>
<p>普段から感情を表現することがなく、</p>
<ul>
<li>冷たい人</li>
<li>他人に無関心な人</li>
<li>テンションが低い人</li>
<li>喋ることも少なく何を考えているのか分からない人</li>
</ul>
<p>と思われることが目立ちます。よく言えば大人しい人や静かな人、悪く言えば奇人変人という印象を持つこともあることでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>スキゾイドパーソナリティ障害が感情表現が苦手である理由は２つの説があります。</p>
<p>幼少期に家庭内にて愛情の薄い子育てを受けていた、親以外の人や施設にて育ったという環境要因による説。十分な愛情やコミュニケーションを受けていないために、他人や自分の感情に対して学ぶ機会がなく、感情に対して鈍感な一面が形成されたという説です。</p>
<p>もう一つは、意欲や快感など感情面の機能に関与しているドーパミン系の受容体が多いために、ささいな刺激でも敏感に反応して不快感を覚えてしまう。だからこそ、あまり感情表現をすることもなく、自分自身も他人と関わることを避けようとする説です。</p>
<p>この説の場合、スキゾイドパーソナリティ障害の人は、感情に対して鈍感ではなく、むしろ敏感すぎるがゆえに、人と関わることに生きづらさを感じているといえます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>感情表現が苦手なことの原因と背景を探っていく際は、</p>
<ul>
<li>純粋に他人や感情に対して鈍感なので興味や関心を示そうとしないのか</li>
<li>非常に敏感に反応してしまうからこそ、その辛さを避けるためにあえて関心を持とうとしていないのか</li>
</ul>
<p>のどちらであるかについて、詳しく見ていくことが重要です。</p>
<p>なお、他人の感情に敏感と言う点に絞れば、近年書籍やウェブメディア等で認知度が上がっているHSPの概念にも通ずるものがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2195" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/hsp_nayami-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="敏感で傷つきやすいHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)の人の特徴" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/hsp_nayami-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/hsp_nayami-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2195" class="blog-card-title-link">敏感で傷つきやすいHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)の人の特徴</a></div><div class="blog-card-excerpt">敏感で些細なことにすぐ反応してしまう繊細な気質の人HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)といいます。傷つきやすくストレスを抱えやすい一方で、自分の気質を生かして芸術や学問の世界で才能を発揮する人もいいます。このページでは、HSPの人の心理や特徴、性格などについてまとめています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2195" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2195" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>感情表現が苦手であることを克服すべきか？</h2>
<p>スキゾイドパーソナリティー障害の人が、感情表現に対して苦手意識を持っているとしても、無理に「もっと感情豊か人になろう」「自分の気持ちをはっきり出すようにしよう」と克服することが、必ずしも効果があるとは限りません。</p>
<p>ドーパミン系の話でも触れたように、普段から対人関係における刺激に対して過敏に反応してしまうために、下手に自分自身の感情をオープンにして他人と親密関係を持とうとすると、かえって疲れを招いてしまう恐れがあります。また、無理に感情を込めた言葉や態度をすることそのものが、負担に感じることもあります。</p>
<p>常識や世間一般で良いとされている言われている、「積極的に心を開きましょう」「感情豊かに話そう」「他人と仲良くなりましょう」などの、自分の内面をオープンにして他人と関わりを持つことが、スキゾイドパーソナリティ障害の人にとっては逆効果になる可能性があるからこそ、必ずしも感情表現が苦手である事は克服すべき…とは言えません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、これはスキゾイドの傾向を自覚している人だけでなく、スキゾイドの傾向がある人と関わる場合でも同じです。</p>
<p>スキゾイドの傾向がある人に対し「もっと表情豊かになろう」とアドバイスする事は、社会的に見れば正しいことかもしれません。しかし、その人の生きやすさの点でみれば、ありがた迷惑になることも考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>余談　感情表現が苦手な事と時代・文化の関連</h2>
<p>克服しなくても良いと上では述べたものの、それが社会や世間から受け入れられるか、もっと言えば自分と関わる人から必ず受け入れられるとは限らないのもまた事実です。<span style="font-size: 12px;">(実に悩ましい)</span></p>
<p>上でも何度も触れているように、感情表現が苦手であるために、他者から見て非常にとっつきづらく、人となりが見えてこないので関わる方からしても負担を感じやすい。</p>
<p>これが学校や職場の人間関係となれば、集団生活に馴染めず、集団内で孤立してしまう、いじめや仲間外れの対象になる、最終的には社会からドロップアウトしてしまい引きこもり・貧困・無関心に苦しむ…などの問題に発展する可能性があります。</p>
<p>また、コミュニケーションにおいても、ノリの良さやテンションを合わせること、その場の雰囲気に応じて自分の感情表現も合わせていくこと(＝空気を読むこと)が重視されている場合だと、スキゾイドの傾向がある人にとっては苦痛を感じてしまいます。</p>
<p>むやみやたらにテンション上げた会話はついていくのが難しいものですが、逆にテンションが低すぎてあまりにも淡々としている会話では、会話に加わる方も振る舞い方に困り、付き合い辛さを感じるものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>繰り返しになりますが、感情表現が苦手であることを無理に克服しようとすれば、慣れないことをしているために疲れを感じてしまう。</p>
<p>かといって、感情表現が苦手なので無理に克服しない姿勢を貫いても、その結果コミュ力がないと見られて集団に馴染めず、生き辛さを抱えてしまう…こうしたジレンマを抱えてしまう事は、スキゾイドの傾向がある人特有のものだと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3285" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/04/kanzyou-kihuku-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="感情の起伏が激しい人の原因、考え方の癖について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/04/kanzyou-kihuku-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/04/kanzyou-kihuku-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3285" class="blog-card-title-link">感情の起伏が激しい人の原因、考え方の癖について</a></div><div class="blog-card-excerpt">すぐに笑ったと思ったら、急に怒り出して、次には泣き出す…という感情が大波のように目まぐるしく上下動する人は、感情の起伏が激しい人といえます。なお、こうした行動は、境界性パーソナリティ障害が原因として考えらていることもあります。
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<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21271" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/sukizoido-yasashii-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="スキゾイドパーソナリティ障害の人は優しいのか" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/sukizoido-yasashii-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/sukizoido-yasashii-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/sukizoido-yasashii-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21271" class="blog-card-title-link">スキゾイドパーソナリティ障害の人は優しいのか</a></div><div class="blog-card-excerpt">スキゾイドパーソナリティ障害とは、他人や社会と関わることに関心がなく、根っこから孤独を好む、感情表現も乏しくどこか達観している人物のように見</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/21271" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/21271" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<hr />
<p>参考書籍</p>
<div class="cstmreba">
<div class="booklink-box">
<div class="booklink-image"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F4041305%2F" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><img alt="" style="border: none;" src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/8795/87954625.jpg?_ex=400x400" /></a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></div>
<div class="booklink-info">
<div class="booklink-name">
<p><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F4041305%2F" target="_blank" rel="noopener noreferrer">パーソナリティ障害がわかる本</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></p>
<div class="booklink-powered-date">posted with <a href="https://yomereba.com" target="_blank" rel="nofollow noopener noreferrer">ヨメレバ</a></div>
</div>
<div class="booklink-detail">岡田尊司 法研 2006年05月</div>
<div class="booklink-link2">
<div class="shoplinkrakuten"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F4041305%2F" target="_blank" rel="noopener noreferrer">楽天ブックス</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></div>
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</div>
</div>
<div class="booklink-footer"></div>
</div>
</div>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>つい見下されていると感じてしまう理由・心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21067</link>
				<pubDate>Mon, 08 Apr 2019 16:17:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[防衛機制]]></category>
		<category><![CDATA[マウント]]></category>
		<category><![CDATA[認知の歪み]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21067</guid>
				<description><![CDATA[なんとなく他人から見下されているように感じてしまう。それといった根拠もなく「ひょっとして見下されているのではないか？」という不安を感じたり、不安の域を超えて「自分は見下されているに違いない」という確信を持ってしまう。 今]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>なんとなく他人から見下されているように感じてしまう。それといった根拠もなく「ひょっとして見下されているのではないか？」という不安を感じたり、不安の域を超えて「自分は見下されているに違いない」という確信を持ってしまう。</p>
<p>今回は、そんな「見下されている」と感じる心理に関する考察をお話し致します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>どうして「見下されている」と感じやすいのか</h2>
<h3>「自分の欠点を見破られるのではないか？」という不安がある</h3>
<p>他人から見下されていると感じてしまう人には</p>
<ul>
<li>自分は他人と比較して劣っている点がある。</li>
<li>自分は他人には見られない異常な点、欠点がある。</li>
</ul>
<p>など、他人から見下されてもおかしく無い要素を持っているという自覚を持っている。</p>
<p>しかし、普段の生活の中ではそうした見下されてもおかしくない要素を、なるべく見せないようにしているものの、そんな生活を続けていくにつれて「ひょっとしたら、自分の欠点が既に他人から見破られており、見下されているのでないか」という不安に襲われてしまいます。</p>
<p>この不安がきっかけとなり、過度に見下されることに神経質になっていると考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>見下されたと感じたことばかり記憶してしまっている</h3>
<p>「見下されているのでは？」という不安が強まるにつれて、普段関わる人が見せる何気ない仕草の中に「この人は自分のことを下に見ている」と感じてしまうことも増えてしまいます。</p>
<p>これは、心理学では<strong>感情一致効果(または気分一致効果)</strong>と呼ばれるもので、自分が感じている感情と一致する情報ばかりを記憶してしまう心理を指します。</p>
<p>自分の感情と一致した情報ばかりを記憶するために、過去を振り返れば過去に自分が感じていた感情ばかりになってしまう。</p>
<p>つまり、「見下されている」と感じて他人の些細な言動から、自分を見下していると思われるものばかりを記憶すると同時に、過去を振り返ると自分を見下していると想像できる記憶しかないために、ますます「自分は見下されている」という感情を強めてしまう。</p>
<p>その結果、ひどい落ち込んだり、疑心暗鬼な状態から抜け出せなくなってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>見下されたと感じた方が安心できるから、相手の言動の中から見下していると判断できる要素を探し出す</h3>
<p>感情一致効果からの続きですが、自分で自分のことを低く評価している、見下されても仕方がない要素を持っていると感じている人には、自己肯定感の低さゆえに他人から低く評価された方が安心感を抱く。</p>
<p>他人から尊敬されたり、対等に扱われることよりも、見下され蔑みの対象として扱われた方が、自分の認識(＝自分は見下される要素を持っている人間である)と一致するために、相手の言動の中から見下していることが読み取れそうな情報を探そうとするのです。</p>
<p>なお、「見下された方が安心できる」という感情自体は、ひょっとしたら想像しにくいものかもしれません。</p>
<p>しかし、自分の認識と周囲の認識が一致しない状況…たとえば、自分は明るい性格であるのに、周囲から自分は暗い人or明るくも暗くもない人だと思われているとわかると、なんとなくモヤモヤしてしまうのと同様に、自己肯定感の低い人は、周囲の人も自分の認識と同じだけ自分のことをダメな人間だと思ってくれている方が、認識のギャップが少ないためモヤモヤしにくくなり、居心地のよさを感じるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分よりも優れている人を引きずり下ろしたいために、見下されることに敏感になる</h3>
<p>無意識のうちに相手をマウントしたり、自分の自尊心を守る目的のために、「相手は自分のことを見下しているのではor見下しているに違いない」と考えてしまうこともあります。</p>
<p>自分の中で「相手は自分の見下している」と決め付けることで、相手は上から目線な態度で接している、生意気で失礼な人間だと考えて逆にマウントをとったり、相手が無意識のうちに上から目線になっていることに気づいている自分の方が一枚上手であるという優越感を得られます。</p>
<p>今まさに自分が見下されて感じている不快感を和らげるために、物の見方を自分に都合よく変えていると言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、(この場合も含め)実際に相手が上から目線で接しているとは限らず、むしろ自分の方から「この人は上から目線で接してきて失礼な人だ」と勝手な主張しているだけというケースもあります。</p>
<p>無自覚のうちに被害者のポジションを取りつつ、他人に対して威圧的な行動を取るために、煙たがられてしまうのは無理はありません。</p>
<p>また、先生と生徒、上司と部下のように上下関係で成り立つものの、見下す・見下されるという関係ではない間柄にて「この人は見下しているに違いない！」と勘違いな主張してしまうこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>防衛機制の投影で考える「見下された」と感じる心理</h2>
<p>「見下された」と感じる心理を深く見ていけば、<strong>実は見下しているのは相手ではなく自分である</strong>というケースもあります。</p>
<p>自分自身が持っている、誰かを見下したい欲求や感情を他人が持っているものとして思い込んでいると考えることは、心理学用語の防衛機制の一種である「投影」で説明できます。</p>
<p>防衛機制とは、自分の欲求が満たされないなど、精神的に不都合なことが起きたストレスをか感じた時に、そのストレスを緩和するために取る行動を指します。</p>
<p>その中でも、投影と呼ばれる行動は、自分が抱いている感情や欲求を他人が持っているものとして考えることを指す。わかりやすく言えば、責任転嫁をしてストレスを緩和しようとすることです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そもそも「誰かを見下したい」と感じること自体、社会常識・道徳の面で見ても、あまり推奨できるものではありません。</p>
<p>また、もし自分が見下したい欲求を持っていると認めようものなら、まるで自分は内面が非常に醜く汚い人間だと認める苦痛や葛藤を味わったり、見下したい気持ちを肯定したことで周囲からの評判を落とす危険性があります。</p>
<p>そんなことにならないためにも、自分の中に芽生えた受け入れがたい欲求を手放すために「見下したいと感じているのは自分ではなく他人の方だ」と考えを変える。(＝投影する)</p>
<p>こうすることで、自分は穢れなき存在であると考えられるのでストレスは減るのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>…もちろん、投影された側からすれば、いきなりいわれのない罪をかぶせられているようなものであり、いい迷惑でしょう。</p>
<p>勝手に見下したい欲求がある醜い人間だと思われるだけでなく、そのことを言いがかりに加害者に仕立て上げられるリスクもあるので非常に面倒。</p>
<p>防衛機制の投影は、個人レベルで見れば自分の醜い部分を他人に押し付け、ストレスから回避できるというメリットがあるのは事実でしょう。</p>
<p>しかし、集団レベルで見れば醜い部分を押し付けてきた人への嫌悪感を増し、結果として投影した人が余計にストレスを感じる状況を招いてしまう…という、自業自得なオチを招いてしまう防衛規制とも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>認知の歪みから見る「見下された」と感じる心理</h2>
<p>防衛機制の他にも、ものの見方の偏りや論理的ではない思い込みを指す「認知の歪み」の一種である「結論の飛躍」でも、見下されたと感じてしまう心理を説明できます。</p>
<p>「結論の飛躍」は、その名の通りある小さな事柄をもとに飛躍した結論を導き出してしまうことです。</p>
<p>見下されたと感じる人が、他人の些細な言動を拡大解釈して「この人は自分を見下しているに違いない」と結論づけてしまうことは、まさに結論の飛躍そのものと言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>優しい人にみえて実は他人に無関心な人の特徴</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/20918</link>
				<pubDate>Tue, 12 Mar 2019 10:12:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>

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				<description><![CDATA[他人と衝突することもなく、非常に物腰柔らかな印象で、まさに「優しい人」そのものであるように見えて、なんとなく他人に全く期待をしていない冷たさがあるというか、あまり他人に関心がなく距離を置かれているように感じてしまう人は、]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>他人と衝突することもなく、非常に物腰柔らかな印象で、まさに「優しい人」そのものであるように見えて、なんとなく他人に全く期待をしていない冷たさがあるというか、あまり他人に関心がなく距離を置かれているように感じてしまう人は、よくよく見るといるものです。</p>
<p>最初から他人に対して無関心で冷たい人と比較すると、第一印象が優しいのに実はあまりに他人に関心がないということがわかれば、裏切られたというか、知らなければ良かったのになぁ…と残念な気持ちになることが多いものでしょう。</p>
<p>今回はそんな、優しく見えて実は他人への関心が無い人の特徴について、お話しいたします</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>優しく見えるけど他人に無関心な人に見られること</h2>
<h3>相手を褒めてばかりで叱らない、指摘をしない</h3>
<p>優しいけど実は他人に無関心な人によく見られるのが、相手を褒めたり認めることは積極的にする。しかし、相手が何かやらかしたときになると、手厳しい指摘もせず、叱りもせず、嫌な雰囲気が過ぎ去ってくれるのを待つということです。</p>
<p>しっかり指摘するとなれば、相手がなぜやらかしたのかについてその原因や背景を探る必要性がありますが、そもそも他人に興味が無い人であれば、そんな真似はしない。</p>
<p>ですので「褒めてばかりで手厳しいことは言わない」という、偏りのあるコミュニケーションになってしまうのです。</p>
<p>もちろん、指摘の内容によっては、相手に精神的苦痛を与えてしまい「優しい自分」像を維持できなくなる恐れもあります。その恐れも相まって、ますます指摘する場面で指摘をできずに放置してしまい、相手を付け上がらせてしまうのです。</p>
<p>まるで子供を甘やかしすぎて、手の施しようがない駄々っ子へと育ててしまう親と同じものを感じさせる行動と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>相手を無責任に肯定する</h3>
<p>上からの続きになりますが、相手を無責任に肯定することもまた、優しいけれど他人に無関心な人に目立ちます。</p>
<p>相手を励ましたり、やる気を出させるために応援する…そんな、他人に寄り添う優しさを持っているのはわかるものの、その優しさはいつも相手を全肯定するばかりであり、冷静さや慎重さなど、相手の行動にブレーキをかける部分が欠けています。</p>
<p>たとえば、身の丈に以上の買い物(マイホーム、金融商品など)をするかどうかで悩んでいる相手を無批判に励ましてその気にさせようとするように、大きな決断を迫られている人を無責任に肯定して背中を押そうとします。</p>
<p>相手に対して「別に今すぐ買わなくてもいいのでは？」と、背中を押しはしないが、冷静になるように導く言葉がけを全くせず、一方的且つ無責任に肯定するような偏った優しさを見せます。</p>
<p>こうした無責任な肯定をしてしまうのは、自分の助力が原因となり、自分の善意で他人を追い込む姿が想像できていない。他人に無関心であるからこそ、自分の言葉で他人がどのような結末になろうとも知ったこっちゃないのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>普段の言動からその人らしさが見えてこない</h3>
<p>人当たりがよく好感度も高いが、関わっているうちにその人らしさを感じ取れないことが目立ちます。</p>
<p>たとえば</p>
<ul>
<li>その人が考えていることや主義・主張が見えてこない。</li>
<li>その人の好きだと感じるものだけでなく、嫌いだと感じているものが見えてこない。</li>
</ul>
<p>など、その人の個性やアイデンティティと呼べる部分が非常にぼんやりとしていてわかりづらい。もちろん、やさしい人間であることはわかるものの、それ以外の部分が見えて来ず、近寄りがたさがあります。</p>
<p>キツい物言いこそしないので、関わる上では非常に安心感はありますが、どこか壁を作っているように見えて、それ以上の関係には進みづらくなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>誰に対してもいい人を演じようとする</h3>
<p>表面的にはやさしいために、誰に対してもいい顔をします。</p>
<p>他人の機嫌を損ねないように振る舞って、他人が喜ぶような言葉を口にして、自分が求められている役割をしっかり果たして…と、その姿はまさに他人に真面目に尽くす優しい人そのものでしょう。</p>
<p>しかし、普段の振る舞いの大半がこうなると、まるで誰に対してもいい人でいようとするために「その人の考えが見えてこない」と感じる。加えて、相手を不快にさせないために「無責任に肯定する」することも板についてしまう。</p>
<p>かくして、確かに関わる上では妙な安心感を抱く相手ではあるが、一方で腹の中が見えないというか「本当に相手の事を思って行動しているのだろうか？」という疑問を抱かせるような、優しいけれど、他人に関心が無い人が出来上がるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>困りごとが起きると「全部自分に責任がある」と罪を背負いたがる</h3>
<p>他人に寄り添うように見える優しさを感じさせる一方で、何事も全部自分一人で背負い込めば万事うまくいくと考えてしまう自己中心的な考えの強さがあります。</p>
<p>本当は自分一人で責任を負うべきことではないし、他の人にも責任があって、それとしっかり向き合うことが必要なのに、自分一人で背負おうとすることで、他人が持つ反省する機会を奪ってしまう。</p>
<p>つまり、他人に関心がないからこそ、その他人が自分の過ちを自覚してそこから学びを得るチャンスを「これは、全部自分に責任があるから」と平気で奪ってしまうのです。</p>
<p>他人と衝突するのを避け、そして他人が面倒事に巻き込まれている時にはその責任の肩代わりを受ける…表面的に見れば、自己犠牲を厭わない優しい人だからこそ成せる事だと考えられますが、やらかした他人が自分の未熟さに気づいて学習していくことに考えが及んでいないであろうことが伺えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>「他人に興味はないけど、かといって他人から嫌われるのも嫌だ」という葛藤</h2>
<p>さて「他人に無関心で興味がないのであれば、わざわざ優しく振舞わなくてもいいのでは？」と感じた方もおられようかと思います。</p>
<p>わざわざ優しい素振りなんか見せず、他人と必要以上にかかわらず、淡白な人間関係を歩んだほうが、言行一致しているのでお互いに余計な勘違いを起こすこともなくなるものでしょう。</p>
<p>しかし、優しいけれど他人に無関心な人は、<strong>他人には無関心だけど、かと言ってあからさまに嫌われたり、孤独に苦しむことは嫌だ</strong>…という願望があるため、表面的な優しをやめるにやめられないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とくに、社会生活を送る上では、仕事や近所付き合いなど、たとえ興味がない人であってもそれなりに上手に付き合う術を持つことが必要なのは言うまでもありません。</p>
<p>「下手に優しさを見せて期待させないで欲しい」と言うのは簡単ですが、下手な優しさを見せる人にもそれ相応の事情があるという視点は、もっておいて損はないものだと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>優しい人っぽくみえて実は他人に無関心な人は、興味がないし関わりたくないから関わらない…と、スッパリ割り切って社会生活を送ることが、そう簡単にできないからこそ出てくる人なのではないかと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>余談 表面的には優しい人を疑うことの苦悩</h2>
<p>余談になりますが、表面的にでも優しさを見せてくれる人に対して</p>
<ul>
<li>「この人はいい人ぶっているだけ」</li>
<li>「この人が見せる優しさはおかしい」</li>
</ul>
<p>と、相手をひねくれた目で見ている自分を自覚すると、自己嫌悪の念に駆られてしまう人もいようかと思います。</p>
<p>優しい人の内面が醜いものであると考えてしまう自分が、実に卑しくて、下衆で、恥ずかしい人間のように感じて苦しくなるものの、相手に感じる妙な違和感は消えないしモヤモヤする…という葛藤した気持ちを持ってしまうことで、余計に辛くなるという具合です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように、他人に対して「優しい人＝内面も清らかである」であるという、はっきりしていてわかりやすく、そして正しさを感じる説を揺るがせてしまう。つまり、公正世界仮説が揺らがせてしまい、世の中は公正でもなんでもないという恐怖と不安に他人を駆り立ててしまう悪い意味での影響力を持っているのが、優しいけれど他人に無関心な人なのだと考えることもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>自己愛性人格障害の人の嘘の特徴</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/20667</link>
				<pubDate>Sun, 10 Feb 2019 11:58:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[自己愛/自己愛性人格障害]]></category>
		<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛性パーソナリティ障害]]></category>
		<category><![CDATA[嘘]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=20667</guid>
				<description><![CDATA[自己愛性パーソナリティ障害の特徴を持つ人に見られるものとして「よく嘘をつく」というたいへん目に余る癖があります。 なお、ここでいう嘘とは可愛らしいものではなく、詐欺師のように他人を欺いたり、あえて誤解するような物言いをし]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>自己愛性パーソナリティ障害の特徴を持つ人に見られるものとして「よく嘘をつく」というたいへん目に余る癖があります。</p>
<p>なお、ここでいう嘘とは可愛らしいものではなく、詐欺師のように他人を欺いたり、あえて誤解するような物言いをして自分を信じ込ませるような、狡猾且つ卑劣な嘘であることが目立ちます。</p>
<p>ほかにも、自分が気に入らない人を貶めるために、あらぬ噂をばら撒いて追い込む…など、攻撃的な嘘も付くため非常に厄介です。</p>
<p>また、嘘を付く頻度の多さも特徴の一つ。以前言っていた嘘がバレないために新たな嘘を付く。嘘で嘘を塗り固めて、だんだん収拾がつかなくなるなどして、次第に周囲から「この人の話は迂闊に信じてはいけない」と見られて、要注意人物視されてしまうこともあります。(なお、これらの言動は自己愛性パーソナリティ障害というよりは、虚言癖と呼んだ方が相応しいと感じるものでもあります。)</p>
<p>では、実際に自己愛の強い人の付く嘘はどういった特徴や、心理的な理由があるのか…今回はこのテーマについてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>自己愛性人格障害の嘘の特徴</h2>
<h3>事実の中に上手に嘘を混ぜて、誤解や錯覚をさせるように仕向ける</h3>
<p>自己愛の強い人が嘘を付くからといって、最初からバレバレで簡単に見破れるような嘘をつくとは限りません。</p>
<p>ばれても仕方がないような見え見えの嘘をついたことを指摘されようものなら、肥大化した自尊心がひどく傷つく恐怖があるため、嘘をつくときはなるべく見破りにくいよう工夫をします。</p>
<p>その工夫というのが、<strong>事実の中に嘘を上手く交ぜることです</strong>。</p>
<p>分かりやすく言えば、嘘っぱちの話を０から組み立てるのではなく、自分が今までの人生の中で経験してきたことの中で、盛れる部分を違和感ない具合に盛る。これにより、本当っぽく見えて見破りにくい嘘の話が作れて、関わる人に対して誤解や錯覚を起こさせるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお流石に、嘘っぱちの話を０から作り上げる場合は、その嘘の自分を演じ続けることが難しく、次第にボロが出て嘘がばれてしまい非難を受けるリスクがあります。</p>
<p>そうならないためにも、「一部は事実だが、一部には嘘が紛れている」という具合に、事実と嘘をいい感じに織り交ぜれば、普段の言動の内容に説得力が増す。加えて、演じやすさもあるために、相手を信じ込ませるのが楽になる。</p>
<p>また、全てが嘘ではなく、適度に嘘と事実が混ざっているために、たとえ違和感に気づいた人が事実確認をしようにも、どこまでが事実でどこまでが嘘なのかがわかりにくい。</p>
<p>わかりにくいので迂闊に指摘もしづらい状況になるため、自己愛強い人にとっては比較的安全な嘘の付き方と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分を実物以上に大きく見せて注目と賞賛を集めようとする</h3>
<p>自己愛の強い人がなぜ他人を錯覚させるような嘘を口にするかというと、自分は実物以上に大きく見せて、注目や賞賛を集めたい心理があるからです。</p>
<p>別の言い方をすれば、承認欲求・自己顕示欲の強さゆえに、嘘をついてまで注目を浴びようとするリスキーな行動に出ているのです。</p>
<p>ただし、嘘をついて自分を大きく見せていることを踏まえると、自己愛の強い人は、よく見ればそこまで魅力的でもなければ、他人から注目されるだけの経歴や生き方を歩んでいるとは言い切れない。</p>
<p>至って平凡で、とくに特筆すべきものもなく、なんとも言えない人生を送っている。逆に、到底羨ましいとは思われないような、地味すぎて華やかさのかけらもない人生を送ってきている。そして、そんな平凡or地味な自分を認めれば、不安定な自尊心が揺らぐ怖さがあるからこそ、自分の理想を投影した嘘を付くのです。</p>
<p>加えて、嘘を信じる相手の存在を<del>利用</del>通して「自分の人生は魅力があり他人から見て羨ましがられるものである」という、肥大化した自尊心が満足するような確証を得ようとするのです。(もちろん、この関係は自分の自尊心で他人を振り回しているだけで、はた迷惑なのは言うまでもないが…)</p>
<p>なお、賞賛のようにポジティブな注目を集める他にも、あえて自分の不遇な身の上話(ただし嘘が含まれている)を口にして、同情や共感を集めることで注目を集めようとすることもあります。</p>
<p>不幸自慢や苦労自慢をしてくると「この人が口にしている不幸や苦労は事実に違いない」と感じてしまい、つい同情を抱いてしまう人間の心理を利用しているため、下手にポジティブな話題で注目を集めるよりも厄介さは際立ちます。(…余談だが、厄介さで言えば募金詐欺に通ずるものがあります。)</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>他人を貶めて信用を失墜させようとする</h3>
<p>自己愛の強い人が付く嘘の中でも厄介なのが、他人を貶め攻撃する目的で付く嘘です。</p>
<ul>
<li>相手に言われのない罪を被せて被せて悪評を広める。</li>
<li>相手の悪い点を誇張して、印象が悪化するように仕向ける。</li>
<li>全く事実無根の嘘を言って孤立させるように仕向ける。</li>
</ul>
<p>など、相手の信用を失墜させるような嘘を、これまた事実の中に上手く溶け込ませて嘘をついては広めようとするため、周囲の人もその嘘を信じ込みやすい。自己愛の強い人一人で追い込むのではなく、周囲の人も巻き込み集団で追い込もとうします。</p>
<p>なお、追い込みを完遂させる性質上、こうした嘘はワンマン社長のように自己愛の強い人が圧倒的な権力や立場を持っている人間関係。あるいは、ターゲットとなる人の立場が弱く、場の雰囲気としても「あの人は追い込まれても仕方ないよね」という空気が漂っている場合で起きることがあります。</p>
<p>もちろん、リアルの人間関係に限らず、ネット上の人間関係…つまり、SNSやyoutubeのコメント欄における炎上のように、ネットユーザーが見たいと思っている嘘をつく。そして、その情報をよく確かめもしないネットユーザーに拡散させることで、ターゲットを追い込もうとすることもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>相手の良心や罪悪感に訴えかけるような嘘をつく</h3>
<p>こうして書くと自己愛の強い人は極悪人で優しさのかけらなどない…と思われるかもしれませんが、意外にも外面はよかったり、(表面的には)礼儀正しく振る舞えるだけの社交性を持ち合わせている人もいるものです。</p>
<p>しかし、こうした優しさすら、嘘を相手に信じ込ませて、他人を自分の意のままに利用するための、いわば「仕込み」として作用することがあります。</p>
<p>普段から優しく接しておくことで「あれだけ優しい人が嘘をつくわけないよね」という印象を植え付けやすく、より嘘がばれにくい状況が作れる。</p>
<p>また、普段から優しく接しておくことで「こんなに優しい人を疑うなんて、流石にみっともない…」と良心の呵責や罪悪感を抱かせる。相手が嘘に対する違和感を覚えても、それを自然と見て見ぬふりする状況作り出すことも可能です。</p>
<p>もちろん、嘘の内容そのものに、良心を刺激するものを含めることもあります。</p>
<ul>
<li>「あなたのために、普段からこんなにしているのに」　→　本心は自分の利益や評判のためだが…</li>
<li>「みんなが納得できるために、こんなにしているのに」　→　仲間意識に訴える方法。本心は「みんな」ではなく自分のためだが…</li>
</ul>
<p>など、綺麗事とも解釈できる嘘を口にして、相手を丸め込もうとすることが目立ちます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>過去の発言をなかったことにする</h3>
<p>頻繁に嘘をついたり、話を盛って誤解を招く表現が多いために、自己愛の強い人は発言の一貫性が保てず、時間が経つにつれてボロが出てしまいます。</p>
<p>ただし、この時素直に「嘘をついていました、ごめんなさい」と、真摯に謝罪すれば、肥大化下自尊心が傷つくと同時に、嘘を認めたことで自分の評価がガタ落ちするのを危険性があります。それを避けるべく、何とかして謝罪しない以外の方法で乗り切ろうと奮闘します。</p>
<p>その方法としてよくあるのが「過去の発言をなかったことにする」という、<del>せこい</del>やり方です。</p>
<p>「過去にこういうことを言ってましたよね？」と聞かれても、知らんぷりをする。それどころか「あなたの聞き間違いでは？」と、指摘した人を敵とみなして反撃したり「逆に聞きますけど」と質問に質問で返すことでその場の主導権を握ろうとする。</p>
<p>そのほかにも、過去の発言についてツッコミが入りそうな場面になるとだんまりを決め込む。SNSをやっているのなら、定期的にSNSに投稿されていた内容を削除(いわゆる「ツイ消し」)し、過去の発言は最初から存在していなかったものとしてシラを切ることが目立ちます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6137" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/shitomongaeshi-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="質問に質問で返す人の心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/shitomongaeshi-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/shitomongaeshi-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/shitomongaeshi-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6137" class="blog-card-title-link">質問に質問で返す人の心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">何か質問をしたのに「逆に聞きますけど…」と、質問に質問で返す人というのは、なんとなく不愉快というか、イラっとしてしまう人は多いと思います。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/6137" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/6137" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>嘘に嘘を重ねて自ら生きづらさを増す自己愛性人格障害の人</h2>
<p>このように、自己愛の強い人は嘘に嘘を重ねては自分で自分を生きづらい状況に追い込んでしまうという、困った性分を持っている人でもあります。</p>
<p>もちろん、下手に嘘をつかないこと。そして、嘘をついていたことがバレたら、素直に謝って罪や過ちを認めれば、余計な生きづらさに悩まされずに済むのですが、そうしたことは自身の肥大化した自尊心が深く傷つくのでやろうとしない。</p>
<p>その結果、自尊心が傷つかないように新たな嘘をついて、ごまかすことで乗り切ろうとする。嘘を指摘してくる人を遠ざけたりブロックするなどして、徹底的に自分を甘やかしてくれる人に囲まれた生活をする。</p>
<p>つまり、自分が優位に立てる取り巻きの関係の中で生きることを選ぶ事と引き換えに、現実と折り合うことを拒む結果として、現実と向き合わざるを得ない状況になると、強い生きづらさに悩まされるのです。</p>
<p>なお、生きづらさのあまり激しい怒りや落ち込みを見せることもあり、傍目には自己愛が強くて自信満々に見えるのに、精神的には非常に脆い部分を持っているという二面性あるため、関わりにくい人とみなされてしまいがちです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/16718" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-okorikata-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="自己愛性人格障害の怒り方の特徴について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-okorikata-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-okorikata-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-okorikata-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/16718" class="blog-card-title-link">自己愛性人格障害の怒り方の特徴について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自己愛性人格障害(あるいは自己愛性パーソナリティ障害)の人の怒り方は「自己愛憤怒」と呼ばれています。

憤怒という言葉を見てもわかるよう</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/16718" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/16718" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/13009" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-zimetsu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="自己愛性人格障害の人が自滅してしまう理由・背景" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-zimetsu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-zimetsu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-zimetsu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/13009" class="blog-card-title-link">自己愛性人格障害の人が自滅してしまう理由・背景</a></div><div class="blog-card-excerpt">自己愛性人格障害の人の言動を端的に表すことわざとして「身から出た錆」や「自業自得」ほど相応しいものはありません。

タイトルでは「自滅」</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/13009" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/13009" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/9801" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-matsuro-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="自己愛性人格障害の人の末路として待ち受けるもの" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-matsuro-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-matsuro-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/zikoai-matsuro-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/9801" class="blog-card-title-link">自己愛性人格障害の人の末路として待ち受けるもの</a></div><div class="blog-card-excerpt">自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害)の人は、持ち前の自己愛の強さに振り回されて、他人と衝突する、嫌われて集団から孤立する、社会適応</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/9801" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/9801" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<hr />
<p>参考書籍</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="cstmreba">
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<div class="booklink-powered-date">posted with <a href="https://yomereba.com" target="_blank" rel="nofollow noopener">ヨメレバ</a></div>
</div>
<div class="booklink-detail">若狭勝 新潮社 2013年05月17日</div>
<div class="booklink-link2">
<div class="shoplinkrakuten"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F12287868%2F" target="_blank" rel="noopener">楽天ブックス</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></div>
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</div>
<div class="booklink-detail">岡野 憲一郎 創元社 2017年11月10日</div>
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</div>
<div class="booklink-footer"></div>
</div>
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]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>口だけの人はなぜ口だけで終わってしまうのか その心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/20630</link>
				<pubDate>Mon, 04 Feb 2019 15:24:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[プライドが高い]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[プライド]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=20630</guid>
				<description><![CDATA[新年に立てた抱負を口にするものの、決してそれが守られることなく、気が付けば抱負を口にしたことも忘れて、来年もまた同じように抱負を口にする…そんな、口だけで前進していない事を突っ込まれると耳が痛くなる人は、ひょっとしたら多]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>新年に立てた抱負を口にするものの、決してそれが守られることなく、気が付けば抱負を口にしたことも忘れて、来年もまた同じように抱負を口にする…そんな、口だけで前進していない事を突っ込まれると耳が痛くなる人は、ひょっとしたら多いかもしれません。</p>
<p>もちろん、新年の抱負に限らず、受験について熱く語ったり、仕事や恋愛での目標や将来の展望・野望を熱く語ったりすることはあるものの、実際に語ったことを実行できているかといえば、あまりできていない人も、それなりにおられることだと思います。</p>
<p>多くの人はこうした人に出会うと「あれだけ熱く語っていたのに、なんで口だけで終わってしまったのだろう…」という疑問を抱くことでしょう。</p>
<p>今回は、そうした疑問にお答えすべく、口だけの人が口だけで終わる心理・理由についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>口だけで終わってしまう理由・心理</h2>
<h3>実際に行動に移すのではなく、口だけで注目を浴びたいのが本心</h3>
<p>口だけで終わってしまうのは、実際に何かやりたいだとか、新しいことを始めたいから言っているのではなく、<strong>ただ周囲の人から注目を浴びたい願望を叶えたいのが本心だからこそ、口だけで終わってしまうのです。</strong></p>
<p>とにかくビッグマウスな自分を見せてチヤホヤされたい。応援されたり、期待をされたり、尊敬や羨望のまなざしを向けられて、自分の承認欲求を満たしたいからこそビッグマウスになっているのであり、その目的が叶えられたら、実際に口にした事をやる必要性はなくなるのです。</p>
<p>もちろん、こうした承認欲求を満たしたいがための口だけの行動は、次第に「やっぱりあの人は口だけで何もやろうとしない人だ」と呆れられ、承認欲求を満たし難い状況に自分を追い込む羽目になります。</p>
<p>しかし、周囲の人から呆れられても、例えば活動の場所をリアルからネットに移すなど、過去の自分を知らない人たちの輪の中に入っていけば、またチヤホヤされる状況を(一時的には)手に入れられます。(…もちろん、新たに移り住んだ居場所でも、次第に口だけなのがバレて呆れられて相手にされなくなり、居場所を失い続けて生きづらさに悩まされますが…)</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>周囲から背中を押してもらいたいのが本心</h3>
<p>口だけになるのは「自分がこんなにすごい夢や目標を持っているんだ」と宣誓の意味で口にしているのではなく、そんなすごい事を口にしている自分の背中を押して欲しいという願望があるとも見れます。</p>
<p>とくに、受験や就職、スポーツなど、自分一人の力だけではどうにもできな事柄、運が絡んで自分が思い描いている未来にならない可能性もある事柄については、どうしても不安を感じるものです。そんな時に「虚勢を張ってでも周囲の人から背中を押してもらいたい…」と感じている人が、あえてビッグマウスになることで、周囲の応援を集めようとするのです。</p>
<p>本心は不安や恐怖でいっぱいだが、それを素直に表すことに抵抗を感じている。そして、不安とは真逆の(空)元気な言動に出たり、やたらハイテンションになることは、心理学の<strong>防衛機制の反動形成</strong>であるとも解釈できます。</p>
<p>ただし、この場合は不安としっかり向き合っているとは言い難い。そのため、いくら背中を押してもらったとしても、目の前の不安に押しつぶされてしまい、そのまま口だけの人になってしまいやすいのです。</p>
<p>加えて、周囲の人の反応が薄く背中を押してもらえる言葉が得られなかった場合も同様に、不安にしっかり向き合っているとは言えないので、口だけの人になってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>成功だけを思い描きたいためにあえて口に出して自分に言い聞かせている</h3>
<p>意識高い系の人のように、やたら大げさなことを口にする割には実績がなんとも言えない人に見られるのが、順風満帆に成功するイメージばかりを口にして自分に言い聞かせている。つまり、自分で自分に「自分はスムーズに成功する」という暗示をかけていることです。</p>
<p>ただし、この自己暗示が上手くいかずなんとも言えない結果になってしまうのは、成功するイメージが一度の挫折もなくずっと右肩上がりのイメージしかないという、本人の希望的観測から成り立っている。それゆえに、<strong>多少のスランプや挫折、状況等の影響で上手くいかない時期が来ると、瞬く間に不安に襲われて心が折れるという、思い込みの極端さが影響しています。</strong></p>
<p>例えば、受験で考えるのなら「自分は志望校合格のために、毎回模試の結果が右肩上がりで、伸び悩みがなく順風満帆に成績が伸びていく」という、何ら挫折もスランプもない希望的観測を思い描くと同時に、そのことをやたら口にする人です。<span style="font-size: 12px;">(そして、そういう人は受験直前期になると、自分の見通しの甘さを痛感し最初の頃の勢いが消える</span><span style="font-size: 12px;">ことも多い…)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、極端な思い込みのせいで見通しの甘い計画を立ててしまった自分の未熟さを改善していければ、次第に口だけの残念な人を脱せるのですが、中には思い込みを自覚できなかったたり、手放せないままになり、現実と折り合いをつけられずに生きづらさを抱えてしまう人もいます。</p>
<p>特に、自己愛が強く完璧ではない自分を受け入れられない人、プライドだけが妙に高く肥大化した自尊心に振り回されている人には、この傾向が見られます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>プライドだけが高すぎて口だけになってしまう人</h2>
<p>プライドだけが高すぎる人は、例えば受験なら模試、仕事ならコンペなど、客観的な評価を下される場面を嫌います。</p>
<p>客観的な場で公正な評価が下されれば自分が思っていたほど、実力がなかったとか、口では言ってるほど優秀でも特別でもないという、身も蓋もない事実を正面から突きつけられる恐れがあるからこそ嫌うのです</p>
<p>でも、かと言って注目もされず承認を得られない生き方では、あまりにも辛すぎて耐えられない。</p>
<p>そのため(方法には難があるが)嘘や誇張を使って自分を大きく見せる方法により、周囲から賞賛や注目を集めて、何も成し遂げていないのにさも立派なことをやり遂げた人間として評価されることこそ、口だけの人が安心感を覚えることが出来る数少ない状態です。</p>
<p>ただし、この状態は「私はすごいんだからすごいんだ！だから貴方たちも私をすごいと褒め称えるべきだ！」という主観だけに基づいていると同時に、肥大化した自尊心により自分も他人も振り回しており、たいへん不安定で危うい状態です。</p>
<p>当然「すごいからすごい」という説明になってない説明にツッコミが入ることもありますし、あまりの痛々しさに、周囲から人が離れて見放されてしまうリスクもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自分のことを無批判に褒めてくれる、口だけ何の実績もない自分を認めてくれる人というのは、賞賛や承認に飢えている人からすれば、いるだけでありがたい存在かもしれません。</p>
<p>しかし、一方でその人が褒めてもいくら褒めて自分は口だけのままでロクな実績は無いまま。肥大化した自尊心とちっぽけで何も成果が残せていない自分とのギャップに苦しむという新たな問題が生まれるおそれがあります。</p>
<p>たとえ褒めて褒めて褒めまくる人が身近にいたとしても、その人の好意にどっぷり依存せず、学業・スポーツ・仕事などで客観的な成果を残していくことが、口だけの残念な人間にならないための対策なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>地道な努力ができない人の特徴・心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/9321</link>
				<pubDate>Tue, 22 Jan 2019 17:00:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メンタルを強くしたい人向け記事]]></category>
		<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛]]></category>
		<category><![CDATA[豆腐メンタル]]></category>

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				<description><![CDATA[地道な努力ができる人からすれば、地道な努力ができずにすぐに投げ出す人、ちょっと上手くいかないだけで根を上げる人など、いわゆる地道な努力ができない人を見ると「どうしてこの人は努力ができないのだろうか…？」という疑問を持つこ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>地道な努力ができる人からすれば、地道な努力ができずにすぐに投げ出す人、ちょっと上手くいかないだけで根を上げる人など、いわゆる地道な努力ができない人を見ると「どうしてこの人は努力ができないのだろうか…？」という疑問を持つことがあるかもしれません。</p>
<p>しかし、そんな疑問を抱いても、率直に質問するのはなんだか嫌味っぽくて相手に失礼かも知れないし、仮に質問しようものなら相手の自尊心を、ほかの誰でもない自分がへし折っているかのように感じて気が引ける。</p>
<p>疑問を抱きつつも、その疑問の答えを聞けないことでモヤモヤとした気持ちを抱え続けている…そんな人がひょっとしたらいるかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それはさておき、今回はタイトルにもあるように、地道な努力ができない人の特徴や心理についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>地道な努力ができない理由</h2>
<h3>「地道な努力は凡人がやること」と見下した考えを持っている</h3>
<p>地道な努力ができない人のなかには<strong>「自分は努力しなくてもなんでもできる、特別で優秀な人間である」</strong>という類の、幼稚で現実離れした万能感(＝<a href="https://mental-kyoka.com/archives/5714">幼児的万能感</a>)を持っている人が目立ちます。</p>
<p>自分は特別であるというイメージを持つ人からすれば、地道にコツコツとした努力によって勉学、スポーツ、仕事などで結果を出す人は、凡人のやることであり特別な存在である自分には似合わないという感じてしまうのです。</p>
<p>なお、特別な自分像を持つ人がどのようにして成果を上げることをイメージしているかというと、大した時間や労力をかけずに効率的に成果を上げることこそ、自分にふさわしいと考えているのです。</p>
<p>コツコツ働いて金を得ることよりも、ギャンブルや宝くじなどの棚ぼたイベントで金を得る方法こそ、自分の特別さをアピールできる。つまり、少ない労力で大きなリターンを得る方法こそ、自分が特別であるという自己イメージを損なう不安がなく、そして凡人とは違う人間だと強くアピールできる方法なのです、</p>
<p>…見てもわかるように、大変傲慢で自尊心だけが肥大化しているのが特徴的ですが、一方では過度に失敗を恐れていたり、挫折や困難を避けたがる気持ちの強さ故に、極力無駄のない努力や効率を意識した努力を求めているとも見れます。<span style="font-size: 12px;">(実際にそんな方法があるかどうかは知らないが…)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>挫折や困難に弱く立ち直れなくなる不安があるから努力をしなくなる</h3>
<p>地道な努力ができない人は、挫折な困難に直面するとすぐに自信を失う、すぐに立ち上がれなくなるほどの打たれ弱さを自覚しているために、地道な努力を回避したがる傾向があります。</p>
<p>上で触れたように、やたら効率を努力に求めるのは、努力している最中に「本当にこれで上手くいくのだろうか？」という挫折が頭をよぎると同時に不安かた自信をなくしてしまう。また不安と上手く付き合をことが苦手としていることが考えられます。</p>
<p>だからこそ、短時間で効率よい努力を求めたり、なるべく不安な時間を味わなくても済む方法を求めているのだと言えます。</p>
<p>なお、地道な努力が嫌いとはいえ、その理由が「挫折したくない」「失敗するのが嫌だ」と正直に白状するのは、たいへん勇気がいることです。もしもそんなことを口にすれば、上述したように「特別な自分」という自己イメージが危うくなる不安もつきまといます。</p>
<p>そうした自分の内面の弱さを他人に悟られたくないものの、自分の自己イメージを意地でも維持したい気持ちが仇となり、自分の内面の弱さをしっかり認められずに生きづらさを抱えているとも見れます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>少しでも思い通りにならないと嫌になる打たれ弱さがある</h3>
<p>地道な努力ができない人は、少しでも自分の思い描いていた通りの結果や進み具合にならないと、努力だけでなく自分の全てが否定されたかのように感じる。そして、あっけなく折れてしまう程の打たれ弱さを持っていることがあります。</p>
<p>努力をすれば「必ず」そして「すぐに」結果が出ると思い込身が強さが目立つ。しかし、それはあくまでも自分の中の思い込みにすぎず、現実は努力しても「必ず」ではないし「すぐに」結果が出るとは限らない…という、どうにもならない現実を受け入れることに苦痛を感じているため、地道で時間のかかる努力そのものを避けたがります。</p>
<p>なお、思い込みの強さのせいで地道な努力が苦手とはいっても、努力を始めたばかりでいいペースで進められていると感じている時は、それなりに頑張れる人もいます。</p>
<p>しかし、時間が経つにつれて、自分の思い込みは所詮思い込みでしかないことを悟ると、急に努力することを放棄しだして、挫折してしまうことも少なくありません。</p>
<p>ダイエットで停滞期に差し掛かるとすぐに挫折する人や、勉強・スポーツでスランプになると何もかも投げ出したくなる衝動に駆らてしまう人は、自分の思い込みの強さが諦めやすさを招いているという可能性も考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>努力にもコスパを求めてしまう癖がある</h3>
<p>散々述べているように、</p>
<ul>
<li>無駄な労力をかけずに、なるべく効率的な努力をしたい。</li>
<li>あれこれ試行錯誤をするよりも、一度できっちりと成果を出したい。</li>
</ul>
<p>など、努力に対して効率を求めたり、最適解を求める姿勢が、コツコツと積み上げる地道な努力を遠ざけてしまうハメになるのです。</p>
<p>下積みを嫌がるどころか無駄と考え、自分が求めている努力によって得られる成果を、最速且つ100％で求めようとする考えに囚われているために、地道に頑張るという現実的な方法を選べなくなるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>簡単に上手くいく裏技的な方法を探す癖がある</h3>
<p>努力にもコスパを求めることに通じますが、自分が求めている成果が簡単に出る裏技的な方法があると信じて疑わない姿勢が、地道な努力を遠ざけるのです。</p>
<p>地味で面倒な努力をせずに頭が良くなる方法だとか、身体能力や運動神経を鍛える方法だとか、収入を大幅にアップする方法だとか、モテて幸せになる方法だとか…自分が求めているものをなんの苦労もせずに楽に手に入る裏技的な方法を求めているからこそ、地道な努力をするなんて事は考えられないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、余談ですが今やネットで検索すれば、</p>
<ul>
<li>1ヶ月で偏差値を上げる勉強方法。</li>
<li>たった○日で△kgも痩せる効率的なダイエット方法</li>
<li>たった○日で△万円稼げる稼ぎ方。</li>
<li>「恋人いない歴＝年齢」の自分が恋人を作って人生変わった方法</li>
</ul>
<p>など、いかにも努力にコスパを求めたり、裏技的な方法を渇望する人が食らいつきそうな露骨な商品・サービスがあるものです。しかしその多くは、やたら縦に長くて宣伝文句や誇張した表現がしつこく、どこからどう見ても胡散臭さ拭えないものであることが伺えます。</p>
<p>こうした光景を見ていると、やたら努力に効率を求める人は、胡散臭いビジネスをする人から見て、非常にいいお客さん(リピーター候補)として見られているように感じます。</p>
<p><span style="font-size: 14px;">(更に余談ですが、2019年のはじめにSNSで某社長が行った100万円をばらまくという企画も、努力にコスパや裏技的な何かを求める人を多く集めているように見えなくはない…)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>努力よりも結果ばかりを重視している</h3>
<p>地道な努力ができない人は、努力よりも結果の方を重視していることがあります。</p>
<p>努力はあくまでも周囲から見れば評価に値しないものであると同時に、周囲は目に見える結果を求めているからこそ、周囲の人から認められるために結果ばかりを追い求めてしまっている。</p>
<p>勉強でも仕事でも努力(プロセス)だけでは周囲からの評価を得ることは難しく、テストの成績や偏差値の推移なり、仕事の成果、収入、肩書きなど、何かしらの客観的な結果を出さないことには周囲から高評価は得づらいものです。</p>
<p>なお、結果ばかりを重視する人は、地道で現実的な努力にこだわらずとも、多少グレーな方法でもためらわず「結果さえよければいい」という考えで、突き進んでしまうことがあります。</p>
<p>不正行為する、他人の成果を横取りする、統計の数字を操作して盛る…など、プロセスよりも結果を重視する考えは、結果を整えるためにバレるとまずい努力をしでかす原因になることは、頭の片隅に入れておいて損はないと言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>地道な努力ができないのは自己愛の強さに原因がある可能性も</h2>
<p>地道な努力が出来ない人には、たいへん自己愛が強いために、</p>
<ul>
<li>肥大化した自尊心に振り回され</li>
<li>自分の理想が投影され美化された自己イメージを損なうことを恐れ</li>
<li>そして地道な努力ができない自分の未熟さから目を背けるために、地道な努力をしている人をやたら見下している</li>
</ul>
<p>…とも考えられます。</p>
<p>なお、自己愛の強い人は、肥大化した自尊心が傷つかないことを最優先にするために</p>
<ul>
<li>地味で華やかさの欠片もない</li>
<li>ほかの人もやっていて真新しさや特別感がない</li>
<li>まるで下積みをしているようで、屈辱すら感じてしまう</li>
</ul>
<p>…とも解釈できてしまう地道な努力は、意地でも避けようとしたがるのだと考えれば、腑に落ちるものがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>マウントを取りたがる人の心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6812</link>
				<pubDate>Tue, 15 Jan 2019 13:16:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[マウント]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=6812</guid>
				<description><![CDATA[他人を見下し自分の方が上だとアピールしたがる…つまり、マウントを取りたがる人というのは、付き合うのに苦労することが多くて面倒な人として見られると同時に、そんなめんどくさい人間に自分がなるような事態にはなりたくないなぁと感]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>他人を見下し自分の方が上だとアピールしたがる…つまり、マウントを取りたがる人というのは、付き合うのに苦労することが多くて面倒な人として見られると同時に、そんなめんどくさい人間に自分がなるような事態にはなりたくないなぁと感じている人は多いと思います。</p>
<p>今回はそんなマウントを取りたがる人の心理についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4507" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="マウントをする友達に感じるうざさの正体" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4507" class="blog-card-title-link">マウントをする友達に感じるうざさの正体</a></div><div class="blog-card-excerpt">友達のように親しく接してくるかと思えば、相手を見下しマウントをとってくる。

対等な関係のはずなのに、「俺(私)の方がお前より格上の存在</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4507" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4507" alt="" /></a></div></div></div>
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<h2>マウントを取りたがる心理・背景</h2>
<h3>自分を大きく見せたい、注目されたい欲求が強い</h3>
<p>マウントを取る人の動機として考えられるのが、自分をより大きく見せて、注目を浴びたい欲求が強いことです。(＝承認欲求の強さ)</p>
<p>もちろん、注目を浴びる方法は何も自分を盛ったり、他人を引き立て役として利用し自分を大きく見せる方法以外にもあるのですが、ただ自分で自分を「すごいんだぞ！」と言い張るのは、比較対象がないために具体的に何がすごいのか周囲から理解されにくいし、自画自賛しているように見られてみみっちい人だと思われてしまう不安がある。<span style="font-size: 12px;">(他人をマウントする時点で十分みみっちいとは思うが…)</span></p>
<p>そのため、自分をよく見せるために比較対象となる人がいる場面でのみマウントを取る。自分の優秀さを効率的にアピールしたいという意図が、マウント行為に込められているのだと考えられます。</p>
<p>もちろん、アピールするために見下されて利用される側になった人からすれば、たまったものではありません。自分一人では自分をアピールができず、他人を利用して効率よく自分をよく見せようとする小賢しさこそが、マウントを取る人に感じる強い嫌悪感の正体だと言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人に対する競争意識が強い</h3>
<p>マウントを取りたがる人は、他人に対する競争意識が人一倍強い、勝ち負けや優劣に強いこだわりを持っている傾向があります。</p>
<p>学力(偏差値)、学歴、収入、体重や身長、身体能力(持久力、筋力など)…などマウントを取る事柄の中でも、数字や客観的な根拠で比較できて且つ競争意識を持ち込みやすいものはたいへん好都合です。シンプル且つ明解に自分が優れているor劣っているかがわかるために、好んでマウントを取りたがるのです。</p>
<p>もちろん、競争意識の強さが地道な努力や自己研鑽に向かえば「マウントをしてきて迷惑な人」だと見られる問題は避けられます。</p>
<p>しかし、競争意識の強さは後に述べるように「人間関係は見下すか見下されるかしかない」という両極端な思考を招いてしまう。そして、両極端な思考のせいで人と対等な関係を築く事が難しくなったり、他人は全員競争相手や敵と見てしまうことで、過度な恐怖感や不安を抱える。そして、それを解消するためにマウント取ることに躍起になるのです。</p>
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<h3>人間関係は「見下す」「見下される」の二種類しかないと考えている</h3>
<p>マウントを取りたがる人が持つ対人意識で目立つのが、<strong>対人関係は「見下す」か「見下される」かの二種類しかない</strong>という考えです。</p>
<p>もしも自分が見下す存在になれば、優越感を味わえると同時に他人を自分の思い通りに支配できる立場になれる。一方で自分が見下される存在になれば、敗北感を味わうと同時に自分は他人から支配され不自由な立場に縛られてしまうと考えているのです。</p>
<p>マウントを取りたがる人は、こうした自身の思考の極端さからくる不安に苦しめられている人だと分析することもできます。</p>
<p>リアルでもネットでも「他人が自分を見下してくるかもしれないから、見下される前にマウントを取って自分が優位にたたなければ安心できない」と、他人は全員競争相手であり敵であると見なしてしまう。その思考の極端さゆえに不安に囚われ、それを解消するためにマウントを取っているのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、いわゆる体育会系の組織のように明確な上下関係・縦社会で成り立つ集団の場合、他人に対してマウントを取りたがる人でも溶け込め、トラブルが少ない人間関係を築くきやすいと言えます。</p>
<p>上下関係による多少の理不尽(しごき、パシリ、後輩いびり…など)が良くも悪くも文化として認められている組織であれば、普段ならマウントを取りたがって煙たがられる人でもあっても、それなりに順応しやすいと考えられます。<span style="font-size: 16px;">(もちろん、部活内のハラスメントがニュースになる昨今の状況を踏まえると、体育会系の組織においてマウントをとり続けること自体、あまり推奨できるものとは言えませんが…)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人を見下すことで不安を解消したい</h3>
<p>マウントを取りに成功すれば「自分は最下位ではない」「まだ自分よりも格下の人間がいる」という安心感を得られます。</p>
<p>自分より下を見て満足すること自体、なんだか卑しくて下品で自分の自尊心に傷がつきそうな行動ではありますが、一方で自分を磨く手間暇をかけず、手軽に自分の自尊心を満たせる、漠然とした不安を解消できるメリットもあります。</p>
<p>他人の不幸を喜ぶことが癖になるように、自分より頭の悪い人、運動神経が悪い人、収入が低い人、容姿の面で劣っている人…などが身近にいると、相対的に自分の方が優れていると感じれるからこそ、ついやみつきになるのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<h2>余談　マウントを取りたがる人がマウントを取らない相手について</h2>
<p>マウントを取りたがる人と言っても、その人が無差別に他人にマウントを取ってばかりではありません。</p>
<p>マウントを取りたがる人の中にも、</p>
<ul>
<li>わざわざマウントを取るまでもないほどに圧倒的格下の人。</li>
<li>相手の方が圧倒的格上であり、下手にマウントを取るよりもへりくだる方が合理的な人。</li>
</ul>
<p>と、マウント以外の方法で付き合うことを検討する相手もいます。</p>
<p>圧倒的格下の相手に対してマウントをとっても、勝って当たり前の勝負挑んでいるようなものであり、十分な満足感や高揚感は得られない。</p>
<p>むしろどう考えても自分の立場を脅かすような強敵にはならない安心感があるので、比較的穏やかな(上下から成り立つ)人間関係を築く。場合によっては<strong>「圧倒時格下の人でも尊敬する姿勢を忘れない謙虚な自分」を演出する</strong>ことで、今まで以上にマウントを取れる立場へとランクアップすることもできます。(もちろん、圧倒的格下だからといって必ず見下さないわけではないが…)</p>
<p>逆に、圧倒的に格上の相手にマウントを取ろうものなら返り討ちにあい、自分の立場が危うくなるのは明白。</p>
<p>そんな目に遭うぐらいなら、逆に媚を売って<strong>「社会的地位が高い人に認められているポジション」</strong>に成り上がり、今まで以上にマウントを取れる立場にランクアップする方が合理的です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>従ってマウントを取りたがる人から見て、積極的にマウントを取りたいと思える人は「自分とだいたい立場や同じ、あるいは少し劣っている」カテゴリに属する人だと言えます。</p>
<p>逆に、立場があまりにもかけ離れている場合は、見下す行動に見合う価値があまりないのでマウント取りには消極的になるのです。</p>
<p>マウントを取りたがる人は節操無く他人にマウントを取るのではなく、むしろ他人をよく観察しており、その上でマウントを取る相手を見極める狡猾さやしたたかさがある。そのジメっとした陰湿さゆえに、周囲から嫌われ煙たがられてしまう人と見られているのではないかと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
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