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	<title>コンプレックス・悩み  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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		<title>劣等感の強い人が攻撃的になる理由・心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21335</link>
				<pubDate>Sat, 18 May 2019 13:41:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コンプレックス・悩み]]></category>
		<category><![CDATA[劣等感]]></category>

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				<description><![CDATA[頭が悪い、見た目が人より劣っている、仕事ができない、人間関係でつまづいている…など、あらゆる要素で他人よりも劣っているという自覚(＝劣等感)があるために、他人に対してやたら攻撃的な態度をとってしまう人は、単刀直入に言えば]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>頭が悪い、見た目が人より劣っている、仕事ができない、人間関係でつまづいている…など、あらゆる要素で他人よりも劣っているという自覚(＝劣等感)があるために、他人に対してやたら攻撃的な態度をとってしまう人は、単刀直入に言えば大変扱いに困る人と言えるでしょう。</p>
<p>とは言え、劣等感がある人に対して「どうして他人に対して攻撃的な態度を取るのですか？」と野暮な言葉は、口が裂けても言えないもの。仮に言おうものなら、劣等感がある人を煽ってしまい、自分が攻撃の対象となってしまう恐れがある。そうなるぐらいなら、黙っておくのが賢明な振る舞い方と言えます。</p>
<p>…今回は、そんな劣等感が強い人が攻撃的な態度をとってしまう理由や心理についてお話致します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>自分は劣った存在であり、他人に支配される存在だと感じるからこそ、自分を大きく見せようとする</h2>
<p>劣等感の強い人は、自分が他人と比較して劣っている事を自覚しているのはもちろんの事、劣っているからこそ</p>
<ul>
<li>自分は他人から攻撃的な態度を向けても問題ない存在である。</li>
<li>いじめやハラスメントなどで力のある人から支配されてしまう存在である。</li>
</ul>
<p>と、考えてしまう。つまり、自分はなんらかの被害者になりやすい存在であると、自分で自分を低く評価してしまうことがあります。</p>
<p>また、被害者になりやすいという事を自覚する一方で、自分に関わってくる人の多くが加害者であると考えてしまい、相手が発した何気ない一言や些細な態度にまで「自分を傷つるために行っている」と考えてしまう癖があります。<span style="font-size: 12px;">(こうなるのは自動思考も影響していると考えられる)</span></p>
<p>そして、その加害行為(と本人は思い込んでいる)に対して、正当防衛や威嚇の意味として、やたら攻撃的な態度をとってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、こうした行動はネットスラングでは「繊細チンピラ」と呼ばれており、繊細過ぎるがゆえに、他人の何気ない言動に自分が傷つけていると判断できる要素を探す。</p>
<p>そして「傷ついた」と被害者の立場を取りつつ、相手に謝罪なり反省なりを強要して因縁をつけてくる様が、まさにチンピラそのものであるため「繊細チンピラ」と言われるようになったとされています。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>他人を支配できる立場になれれば、自身の劣等感から開放されると感じてしまう</h2>
<p>劣等感の強い人から見て、自分が他人よりも劣っていることを痛感させられる場面や状況は、強い苦痛を感じずにはいられません。</p>
<p>そして、この苦痛から開放されるためにできるのが</p>
<ol>
<li>自分が他人を支配する側に成り上がる。(闘争)</li>
<li>劣等感を感じる場所から離れる。(回避)</li>
<li>感覚を鈍化させて劣等感を感じにくくする。(麻痺)</li>
</ol>
<p>の3つの方法です。</p>
<p>見てもわかるように回避と麻痺は、他人と衝突することがない。人間関係で波風立てないという視点に立てば、穏便な方法と言えます。<span style="font-size: 12px;">(ただし、麻痺させることは心理的には決して良いとは言えないが…)</span></p>
<p>しかし、闘争の場合は劣等感から開放されるかもしれませんが、他人との衝突が避けられず、社会的には好ましい方法とは言えません。</p>
<p>また、仮に攻撃的な態度により、自分が人間関係の中において権力を他に入れることに成功したとしても、今度はその権力が揺るがされることや、自分以上に権力を持つ人や集団の存在を脅威に感じてしまうという苦悩があります。</p>
<p>「人より上の立場になれば劣等感から開放されるに違いない」と思っていたものの、実際にはまた別の人に見下されるという不安に怯えたり、劣等感に囚われ続けていることを他人に見透かされる恐怖を感じてしまい、攻撃的で威圧的な態度は収まらなくなってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>受動攻撃という地味に見えて厄介な攻撃に出ることも</h2>
<p>劣等感が強くて弱々しいけど、かと言っていきなり大胆な行動に出る度胸もなければ、派手に反抗的な態度をとってしまい、悪目立ちする事は避けたいという気持ちもある…</p>
<p>こうした葛藤に襲われた時に行うのが「受動攻撃」という攻撃です。</p>
<blockquote><p>受動攻撃とは、不快な感情を間接的且つ目立ちにくい行動で表現することを指します。</p>
<p>(例)</p>
<p>・頼まれていた仕事をわざと遅らせる。締切ギリギリまで手をつけない。<br />
・わざと遅刻をして周囲を困らせる。<br />
・他人が提案してきた意見にやたら異を唱える。文句をつけたりや批判をする。<br />
・仕事の手を抜く、あえて雑な仕事をする。<br />
・ミスが残っている不完全な状態で「仕事を終わらせました」と嘘をつく。<br />
・他人の指示を聞こうとしない。聞くフリをしつつ相手を敵視する。<br />
・意味もなく無視をする。</p></blockquote>
<p>と言った、陰湿で地味な行動が受動攻撃と呼ばれます。</p>
<p>受動攻撃であれば、劣等感が強過ぎるせいで地味で目立たない生活を意識している人でも、比較的容易に行えてしまう攻撃である。</p>
<p>加えて、明確に怒鳴ったり、怒りを大げさな行動で表現しなくてもよいので、そもそも相手が「自分は攻撃を受けている」と感じにくく、気づきにくい。</p>
<p>地味ながらも他人に対してじわじわと攻撃し、相手を疲弊させるのには優れているという厄介な特徴があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>反動形成と同一視から見る劣等感の強さと攻撃性</h2>
<p>劣等感の強い人が攻撃的な態度を取る仕組みは、防衛機制の反動形成および同一視でも説明できます。</p>
<p>反動形成とは、自分の欲求とは正反対の行動を取ることで心理的な葛藤を解消することです。好意を持ってる人にあえて冷たい態度を取る、尊敬している人にあえて嫌味を言ってしまうなど、「素直になれない」と表現できる行動が反動形成に当たります。</p>
<p>反動形成をもとに考えると、劣等感の強い人は自分は劣っているという自覚があり、劣っているなりに地味で目立たない生活を送った方が無難であると考えているものの、実際にその生活を実践することには苦痛を感じる。</p>
<p>そして苦痛から逃れるべく、あえて他人に対して攻撃的な態度を取って衝突を起こしてしまう。つまり、自分の意に反して目立つような生活を送ってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>同一視とは、自分が理想としている人物・集団の真似をすることで、感じている不安を解消しようとすることです。</p>
<p>地味な生活をしている人が、ハリウッドセレブのような煌びやかな生活をしている人が実践している健康方法(ヨガ、瞑想など)やライフハックを取り入れる。これにより、自分もセレブのような優雅な人間の仲間入りを果たしたかのように感じることで、不安を解消しようとするのです。</p>
<p>同一視をもとに考えると、劣等感の強い人は劣等感の強さなど微塵も感じさせないような人物を自分の理想としている。</p>
<p>たとえば、多少荒々しく我が強い性格だが他人から慕われている人であったり、毒舌だけど自分の言いたいことを堂々と言えるサバサバとした人など、「この人のようになれば劣等感に悩まなくても済む」と感じた人に感化されると同時に、その人の言動の真似をする。</p>
<p>しかし、真似をしたところで、やっていることは他人に対して攻撃的な態度を取っているだけであり、他人と衝突が起きてもなにも不思議ではありません。</p>
<p>加えて、真似をする対象が経営者や有名人のように、人よりも秀でた立場や才能を持っている人の場合、「自分は偉い人間だから、他人に高圧的な態度をとっても何らお咎めはない！」と勘違いを起こし、他人に攻撃的な態度をとることそのものを自己正当化してしまう危険性もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21149" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/rettoukan-kougekiteki-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="劣等感がないのに他人に攻撃的になる人の心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/rettoukan-kougekiteki-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/rettoukan-kougekiteki-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/rettoukan-kougekiteki-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21149" class="blog-card-title-link">劣等感がないのに他人に攻撃的になる人の心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">他人に対していじめ、嫌がらせ、マウント、暴力、無視、ハラスメント行為…など攻撃的な態度を取る人についてよくある考え方と言えば「他人を攻撃する</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/21149" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/21149" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>劣等感がないのに他人に攻撃的になる人の心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21149</link>
				<pubDate>Fri, 19 Apr 2019 15:53:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[コンプレックス・悩み]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[コンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[いじめ]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛性パーソナリティ障害]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21149</guid>
				<description><![CDATA[他人に対していじめ、嫌がらせ、マウント、暴力、無視、ハラスメント行為…など攻撃的な態度を取る人についてよくある考え方と言えば「他人を攻撃する人は、自分自身にコンプレックスや劣等感を抱いている。自分が弱くて劣っている存在と]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>他人に対していじめ、嫌がらせ、マウント、暴力、無視、ハラスメント行為…など攻撃的な態度を取る人についてよくある考え方と言えば「他人を攻撃する人は、自分自身にコンプレックスや劣等感を抱いている。自分が弱くて劣っている存在ということが周囲にバレるのを強く恐れているから、攻撃的な態度を取り、自分は強い存在であるとアピールしている」と言うものです。</p>
<p>この考えは、心理学や精神医学の世界、いじめ問題を扱う教育現場、心理カウンセラーなどあらゆる分野の人・組織からも認められているのは事実です。</p>
<p>また、実際に劣等感を感じているからこそ、攻撃的な他人の脅威から自分を守るべく、自分の方から先に攻撃的な態度を取る人の存在があるのも事実でしょう。</p>
<p>言い方は悪いですが「弱い犬ほどよく吠える」という言葉にあるように、威嚇目的として他人に乱暴な言動をする事とその心理は、割とすんなり理解できるものだと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、他人に対して攻撃的になる人が皆、自分に劣等感を持っている…とは限らないと言う考え方もあります。</p>
<p>今回は、そんな劣等感がないのに他人に攻撃的になる人の心理についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>高すぎる自己評価のせいで他人に攻撃的になる人たち</h2>
<p>他人に対して攻撃的な態度を取る人の中には、「自分は特別で優れた存在だからこそ、他人に対して乱暴な態度に出ても許容される」という考えを持っているために、攻撃的な態度に出てしまうことがあります。</p>
<p>その姿は、劣等感に悩む人とは正反対で、過剰な優越感、強すぎる自尊心や自己愛、自己評価の妙な高さを持っている。まさに、傲慢そのものと言っても過言ではありません。</p>
<p>そんな傲慢さを持っているからこそ、他人に対して暴君であり且つ裸の王様のように自己中心的で乱暴な態度とってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自己評価が高いと言うと、一般的に良いことであり、なんら問題は無い事として捉えられていることでしょう。自己評価が低すぎてネガティブ思考に染まっている人と比較すれば、自己評価が高い人はポジティブで好ましいもの、世間から好感を得て当然だと考えている人が多いことだと思います。</p>
<p>しかし、あまりにも高すぎる自己評価を持ってしまうと「自分は多少乱暴なことをしても問題ないほんとに偉い人間である」と言う勘違いを起こしてしまう。それにより、他人との不要な衝突を招いてしまう危険性があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、自己評価という言葉は、心理学に関する書籍やビジネス書などで最近流行りの「自己肯定感」とも共通点があります。<span style="font-size: 12px;">(場合によっては自己評価＝自己肯定感というニュアンスで語られる事も多い)</span></p>
<p>しかし、適度な自己肯定感ならともかく、自己肯定感が過度に高すぎると、自分が人に迷惑をかけたり、純粋に人を傷つけているだけのおよそ認められるべきではない行為であっても、その行為を肯定的に捉えてしまう。つまり自分が他人を傷つける行為そのものを、自己正当化してしまう危さがあります。</p>
<p>過ちを起こしてもその罪を自覚できない。自覚できないからこそ、平気で他人を傷つけてしまう…という、非常に暗いというか、救いようがないというか、思わず目を背けたくなるような認知の偏りが、自己肯定感があることを良しとする考えの延長線上にあるということには、目を背けてはいけないと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>高すぎる自己評価を持つ人が攻撃的になる場面</h2>
<p>まずはじめに、高い自己評価を持つ人が、TPO関係なく他人に攻撃的な態度を取るわけではない事を補足しておきます。</p>
<p>攻撃的な態度を見せるのは、自分自身の高すぎる自己評価に対する他者からの指摘や批判、ツッコミなどが入った時と考えられています。</p>
<p>また、厄介なのが質問や疑問(例「どうしてそんなに自己評価が高いのですか？」)など、比較的穏やかな印象を持つ言葉であっても、自己評価の高い人はそれらを快く受け止めるのではなく、攻撃的な態度で反応してしまうことがある点です。</p>
<p>やたら高い自己評価を持つ人の視点に立てば、指摘・批判・ツッコミの声は、自分の自己評価の妙な高さを根底から崩すような、鋭くて心理的な苦痛を伴う言葉であると解釈してしまう。</p>
<p>そして、「自己評価の妙な高さを根底から崩す」と言う点では、質問や疑問といった比較的穏やかな言葉も同様であるとみなしてしまう。</p>
<p>自己評価の高さを傷つける言葉だと認知した以上は、その言葉をかけてきた人に対して攻撃的な態度をとって威圧しようとする。うまく威圧して相手を黙らせることに成功すれば、自分の自己評価の高さを適正なものに下方修正する不安はなくなり、今のままの妙に高い自己評価を保つことができるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、高すぎる自己評価を持つ人は、そもそも高すぎる自己評価を持っているであろうことが普段の言動から感じ取れるために、周囲の人から良くも悪くも注目を浴びやすい傾向があります。</p>
<p>やたら自分を持ち上げるようなことを言ったり、自画自賛してさも自分は偉大な存在であるかのようにアピールすることが多いために、結果として他者からの批判や指摘の声を集中的に浴びやすい存在であるともいえます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>劣等感のある人はそもそも他人を攻撃しないという説も</h2>
<p>一方で、劣等感を持っている人…つまり、低いor低すぎる自己評価を持つ人は、自分が弱くて劣っている存在であることを積極的に他人にアピールしようとしないという説もあります。</p>
<p>下手に自分を大きく見せようとした結果、自分の弱さを他人に見透かされてしまうオチになる懸念があるからこそ、なるべく人と関わろうとせず、消極的で目立たない生活を送ろうとする。</p>
<p>当然ながら、このような生活では、他人に攻撃的な態度を取る場面そのものが存在しない。つまり、劣等感を持ってはいるものの、他人に対して攻撃的な態度をとっているとは言えません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、劣等感を持っている人の場合、攻撃的な態度を向ける対象が、他人ではなく自分自身に向かってしまうこともあります。</p>
<p>過剰な自虐、自己犠牲的な態度、衝動食いなど自らの健康を悪化させる行動、仕事中毒(ワーカホリック)をはじめとした各種依存症など、自分で自分を傷つけるような行動により、攻撃性を発露させることがあります。</p>
<p>この場合だと、他人を直接的に傷つける事とは違うの「劣等感の強い人から攻撃されている」と感じる事そのものがないと言う事は容易に理解できることでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>余談　公正世界仮説から見る「攻撃的な人は劣等感を持っている」という考え</h2>
<p>「攻撃的な人は劣等感を持っている」と言う考えが支持されている背景には、この世界は公正であると言う考え方…つまり、公正世界仮説が影響しているとの解釈も可能です。</p>
<p>公正世界仮説とは、簡単に言えば良いことをしたら良い結果が起こる、悪いことをしたら悪い結果が起こるという具合に、この世界は公正であると考える人間の心理を表した心理学用語です。<span style="font-size: 12px;">(因果応報、信賞必罰といった四字熟語は、まさに公正世界仮説を端的に表していると言ってもよい)</span></p>
<p>公正世界仮説をもとに考えれば、他人に対して攻撃的な態度をするような、いわゆる悪人は、他人には知られたくない負い目や後ろめたい感情を持っている。</p>
<p>つまり、悪いことをする人には悪いことをしてもおかしくない妥当な理由を持っているのだと考えてしまう。</p>
<p>そして妥当な理由として挙げられるのが、劣等感やコンプレックスと言うわけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実際に「劣等感やコンプレックスがあるからこそ、その反動形成として他人に攻撃的な態度をとっている」と考えれば、理屈が通っており、すんなりと理解できることでしょう。</p>
<p>しかし、この記事で触れたように、他人を攻撃するのに後ろめたい理由などなく、むしろ堂々とした理由でためらいもなく攻撃的な態度を取る人が存在しているという事は、公正ではなく受け入れがたい説のよう感じることもあろうかと思いますが、絶対にないとは言い切れないのが実情だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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女子マラソンの高橋尚子選手の名言としても有名な「</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3073" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3073" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3866" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/shito-rettoukan-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="劣等感の強い人が嫉妬深くなる理由について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/shito-rettoukan-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/shito-rettoukan-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/shito-rettoukan-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3866" class="blog-card-title-link">劣等感の強い人が嫉妬深くなる理由について</a></div><div class="blog-card-excerpt">劣等感とは、自分が人より劣っていると感じる事を指します。劣等感は誰でも持っているものですし、勉強やスポーツ仕事などで優れた結果を出している人</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3866" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3866" alt="" /></a></div></div></div>
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<p>参考書籍</p>
<div class="cstmreba">
<div class="booklink-box">
<div class="booklink-image"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F15715323%2F" target="_blank" rel="noopener"><img alt="" style="border: none;" src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/2309/9784532512309.jpg?_ex=400x400" /></a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></div>
<div class="booklink-info">
<div class="booklink-name">
<p><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F15715323%2F" target="_blank" rel="noopener">孤独と共感</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></p>
<div class="booklink-powered-date">posted with <a href="https://yomereba.com" target="_blank" rel="nofollow noopener">ヨメレバ</a></div>
</div>
<div class="booklink-detail">日経サイエンス編集部 日経サイエンス社 2018年12月13日</div>
<div class="booklink-link2">
<div class="shoplinkrakuten"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F15715323%2F" target="_blank" rel="noopener">楽天ブックス</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></div>
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]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>自撮りしない人の心理、理由について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21056</link>
				<pubDate>Sat, 06 Apr 2019 11:37:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[写真嫌い]]></category>
		<category><![CDATA[写真]]></category>

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				<description><![CDATA[今やスマホを使って何か写真を撮ることが当たり前の時代のせいか、いたるところで自分で時分を撮影する、いわゆる「自撮り」をする人が目に入るものです。 スマホのアプリを使って自撮りした写真に加工、装飾、補正を施したり、いい感じ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>今やスマホを使って何か写真を撮ることが当たり前の時代のせいか、いたるところで自分で時分を撮影する、いわゆる「自撮り」をする人が目に入るものです。</p>
<p>スマホのアプリを使って自撮りした写真に加工、装飾、補正を施したり、いい感じに仕上がった写真をSNSにアップすることは、一種の楽しみとして多くの人の間で浸透しています。</p>
<p>もちろん、写真だけでなく自撮りの動画を残す人も多く、自分で自分を撮影することが一つの文化や娯楽として根付いているように感じることもあるでしょう。</p>
<p>このように自撮りの文化が広まっている昨今では、あえて自撮りをしない人や頑なに自撮りを拒む人というのは、ひょっとしたら「ノリが悪いなぁ」だとか「ちょっと変わってるよね」など奇異の目で見られてしまうこともあるかもしれません。</p>
<p>今回は、そんな自撮りをしない人の心理や理由について、お話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>自己顕示欲や承認欲求の強い人だと思われたくないから</h2>
<p>自撮りをしない人にあるのが、自分が自己顕示欲や承認欲求が強く、誰かから注目を浴びることに必死になっている恥ずかしい人間だと他人から思われたくないからこそ、自撮りをしないというケースです。</p>
<p>当の本人が自撮りをしている人に対して「自己愛が強そう」「ナルシストみたい」という類の否定的なイメージを持っている。</p>
<p>そんなイメージを持っている人が、もしも自分が自撮りをする側の人間になろう物なら、自分自身が自己愛が強くてナルシストな人間の仲間入りをするように感じて、ひどく不愉快な気持ちになるからこそ、頑なに自撮りを拒む。</p>
<p>もし自撮りをしようものなら、まるで自分が恥ずかしい笑い者になったように感じて屈辱感や敗北感を味わうぐらいなら、自撮りとは無縁の生活を送った方がまだマシ…と考えてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、「自己愛が強そうに見られる」とか「ナルシストっぽく見られる」というのは、自分の思い込みにすぎであったり、過剰な自意識からくる感情だと自分で理解していることはあります。</p>
<p>しかし、理解はしていても、その感情を切り離すことはなかなか難しい。ただの感情ではなく、自撮りとは無縁であることが自分の性格や気質、自分らしさ(アイデンティティ)の一部となってしまうと、自撮りをすることは自分らしさを否定する恐怖を感じさせる行為になります。</p>
<p>自撮りに抵抗のない人からすれば、「自撮りぐらいで何をそこまで悩んでいるのだろう？」とお思いになるかもしれませんが、自撮りをしない人にとっては、自分の内面の根幹を揺るがすような苦悩や葛藤に直面する事態になるからこそ、自撮りに対して強いこだわりを見せてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>ネット上で不特定多数の人に顔を晒すのは危険だと考えているから</h2>
<p>冒頭でも触れたように、今や自撮りした写真をSNSなどのネット上にアップし、反応をもらうことは当たり前の時代です。</p>
<p>しかし、自分のアップした写真を見るのは、自分の友達や知り合いといった、面識があるごく限られた人物だけでなく、なんの面識もない赤の他人もネット上では閲覧可能です。</p>
<p>ただ閲覧するだけにとどまらず、場合によっては誹謗中傷や嘲笑などネガティブなコメントを残されたり、スクショに撮られて拡散されたことで、一生ネットの海を漂い続ける黒歴史を残してしまう可能性もあります。</p>
<p>かつてスタップ細胞で話題になった某理系女子や、号泣会見が話題になり動画素材として延々とネットユーザーのおもちゃにされた某県議のように、自分の意図せぬ形で笑いのネタとして消費され、その度に黒歴史が不特定多数の人に見られるような由々しき事態にならないためにも、自撮りもせず、ネット上にも自分の顔写真をアップしないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>…もちろん、某理系女子や某県議の例は少々特殊かもしれません。</p>
<p>しかし、もしも自撮りした写真に写りこんでいた景色や町並みから、自分の大まかな住所が特定され、そこからネットストーカーを呼び寄せてしまったら…、自分の個人情報(出身、所属など)が特定されたら…、自分の勤め先に嫌がらせの電話(いわゆる電凸)が来たら…など、リアルの生活に影響を与えるリスクは、自撮りをアップすることには付き物です。</p>
<p>他にも、自撮り写真を元に自分のなりすましのアカウントを作られたり、いかがわしいサービスに自撮り写真が使われたり…などのリスクを考えれば、自撮り写真という名の個人情報をネット上にアップすることの危険性がよくわかるかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、自撮りはするけど、ネット上にアップしなければ、特定されるなどの心配はないという意見もあることでしょう。</p>
<p>しかし、もしも自撮りしたスマホを紛失して誰かの手に渡ると同時に、その誰かさんがネット上にアップすれば、自分の自撮り写真が未来永劫ネットの海に残り続けてしまうリスクがあります。</p>
<p>また、紛失の他にも、友達が面白半分で自分のスマホを操作して、自撮り写真をネット上にアップしてしまったら…という場合も、同様にリスクがあります。</p>
<p>ここまで来ると疑心暗鬼も過ぎるかと言われるかもしれませんが、ネット上に自分の黒歴史が残る怖さと比較すれば、疑心暗鬼になるまで自撮り写真を拒むことは、決して間違いではないように感じます。</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>自分の見た目や容姿にコンプレックスがあり、写真に残しておきたくないから</h2>
<p>自撮りは読んで字のごとく、自分で自分を撮影することです。</p>
<p>その性質上、自分の顔や容姿が写真に記録として残るのはもちろんのこと、構図によっては自分の顔や体の一部分をより強調して残すこともあります。</p>
<p>しかし、自分の顔や容姿にコンプレックスがある人からすれば、わざわざコンプレックスを感じている対象を好き好んで撮影しても不快感しか沸かない。</p>
<p>他人に撮られるのではなく、自分で自分の見たくない部分を記録として残す行為は、まさに愚の骨頂と呼ぶほかなく、何の利益も感じない。</p>
<p>カメラロールを開く度に、自分で撮影した自分のコンプレックスが嫌でも目に入ってきて、恥ずかしい気持ちに襲われる事態にならないためにも、自撮りとは無縁の生活を送っているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>余談になりますが、自撮りを楽しめる人は自分の顔や容姿に関するコンプレックスがない。あるいはコンプレックスを感じてはいるものの、そのコンプレックスを個性やチャームポイントとして肯定的に解釈できているからこそ、自撮りを楽しめているとも言えます。</p>
<p>自撮り一つを見ても、自分で自分をどう見ているのか、自分は他人からどう見られているのか…という心理や感情が隠れていことに目を向ければ、自撮りをする人、しない人の考えていることが、ぼんやりとでも把握できるようになるかと感じます。</p>
<p>「自撮りするorしない人はおかしい！」という短絡的な考えに陥らず「どうして自撮りするorしないのだろうか？」という視点を持つことが、些細な事のように見えて大事な事のように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3723" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/zibunnosyasinwominai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="自分が写っている写真を見たくない心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/zibunnosyasinwominai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/zibunnosyasinwominai-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/zibunnosyasinwominai-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3723" class="blog-card-title-link">自分が写っている写真を見たくない心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">写真といえば楽しい思い出や大切な記念を静止画にして保存しておくものであり、ふとした時に振り返って見て「そういえば昔にこんなことあったなぁ…」</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3723" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3723" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>自己愛性人格障害から見るメサイアコンプレックスに関する考察</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/13501</link>
				<pubDate>Sat, 26 Jan 2019 16:14:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[自己愛/自己愛性人格障害]]></category>
		<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛性人格障害]]></category>

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				<description><![CDATA[困っている人を助けようとするものの、それがどこか偽善者のように見え、ありがた迷惑になってしまうという特徴を持つ「メサイアコンプレックス」と、自己愛(＝ナルシシズム、自己陶酔といってもいい)が強くて尊大で傲慢な態度をとる特]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>困っている人を助けようとするものの、それがどこか偽善者のように見え、ありがた迷惑になってしまうという特徴を持つ「メサイアコンプレックス」と、自己愛(＝ナルシシズム、自己陶酔といってもいい)が強くて尊大で傲慢な態度をとる特徴を持つ「自己愛性パーソナリティ障害」には、いくつかの共通点がみられます。</p>
<p>今回は、自己愛性人格障害から見るメサイアコンプレックスについてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の事を救世主(メシア)だと感じて、人を助けたがったり余計なお世話をしてしまうことをメサイアコンプレックスと呼びます。ボランティアやチャリティなどの良いことをしているはずなのに押し付けがましく、自分の存在価値を示すために困っている人を利用するため、行動に違和感を覚えることが少なくありません。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3684" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3684" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3838" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="偽善者がうざいと感じる心理の正体について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3838" class="blog-card-title-link">偽善者がうざいと感じる心理の正体について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自己犠牲の精神で誰かを助けたり、ボランティアその社会的な奉仕活動に勤しんでいるのにもかかわらず、どこか利己的な感情が隠しきれなかったり、自分</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3838" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3838" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>他人を助ける行動そのものに特別意識を見いだせる</h2>
<p>ボランティアや募金活動など、あらゆる形で他人を助けようとする行為は、ただそれだけで素晴らしいものであり、賞賛に値するものとして浸透しています。</p>
<p>ましてや人助けをする人が、個人的な欲望や打算など、俗世間的な願望で人助けをしている…と、いうひねくれた考え方は持つべきではないですし、もしもそんなひねくれた考え方を持とうものなら他人から批判される危険性があるものです。</p>
<p>従って、他人を助けるという行為に出る人は、ただ「素晴らしい」という高い評価を受けるだけでなく、その人の内面は清らかで、慈愛に満ちていて、多くの人が見習うべき特別な素養を持っている人だ…と無批判に見られやすく、尊敬や賞賛の声が自然と出したくなるほどに特別な人だと見てしまいます。</p>
<p>こうした「特別な人」として見られることは、メサイアコンプレックスおよび自己愛性人格障害の人が強く執着するものでもあります。</p>
<p>メサイア(救世主)という言葉の意味からもわかるように、メサイアコンプレックスは救世主という特別な役割に対して強い執着を持つ。そして、自己愛性人格障害の人は肥大化した自尊心により、自分が特別扱いされることを強く望むので、他人を助ける行為に出て賞賛を浴びることはまさに好都合です。</p>
<p>しかし、どちらも人助けをする際に、自分の個人的な願望を優先するあまり、善意の押し売りのようなありがた迷惑な救済になるので、あまり好ましい救済とは呼べません。</p>
<p>助けたい人が今何を求めているのかを聞こうとせず、ただ自分が特別な人間であるとして注目を浴びたいために、困っている人を不当に利用する点が、彼らが「偽善者」と呼ばれる所以です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>救済する相手に問題があればあるほど「自分は特別」という意識が強められる</h2>
<p>救済をする相手は誰でもいいというものではありません。例えば、とくに悩みや困り事がない人を助けても無意味ですし、むしろ困ってない分「結構です」と拒絶されて、不安定な自尊心が傷つけられる恐れがあります。</p>
<p>そのため、(当然といえばそうなのですが)救済する対象となるのは、災害の被災者、貧困に困っている人、障害や疾患を抱えている人、子供、女性、老人…など、社会生活において問題を抱えている人や、いわゆる「弱者」として扱われて保護や配慮が求められる人がメインになります。(なお、野良犬や野良猫など、救済の対象が動物にまで及ぶこともある)</p>
<p>こうした問題を抱える人たちに寄り添う姿勢こそ、多くの人が関わろうとしたがらない人に関わる自分が特別であることを強く実感させてくれるものになるので、自分に対する特別意識が強い自己愛性人格障害の人には好都合です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「弱者に寄り添う自分の素晴らしさ」を思う存分アピールできる</h2>
<p>また、特別意識の他にも自己愛性人格障害の人の言動には「他人を不当に利用する」という特徴があります。</p>
<p>ただし、他人を利用するにしても、その人が自己主張が強くて反発されるおそれがあったり、自分の支配下から逃れるだけの行動力や知識が持っていては、利用できなくなります。</p>
<p>そのため、どうしても利用する相手は、上でも触れた人たちのように困っていて精神的に追い込まれている人、力も言葉も弱くて他人に抵抗出来ない人がターゲットになります。</p>
<p>もちろん、「他人を不当に利用するために「弱者」を餌食にします」という邪な願望は口が裂けても言えないものですし、他人にそんな願望を持っていると勘繰られては賞賛が得られなくなるので避けようとします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように、自己愛の強い人は</p>
<ul>
<li>「他人を利用したい」</li>
<li>「でもそのことがバレるのは嫌だ」</li>
</ul>
<p>という相反する気持ちのぶつかり、つまり葛藤に苦しむ人でもあります。もちろん、葛藤状態が長引けばストレスを抱えて苦しむので、なんとかして葛藤を何らかの形で解消しようとします。その解消方法として有効なのが、ボランティアをはじめとした他人を救済する行為です。</p>
<p>他人を助けるという行為は社会的に認められ賞賛されているので、本心は他人を利用して自分を満たすという邪な目的があったとしても、それを難なく覆い隠すことが可能です。</p>
<p>そして「まさか人助けをする人が悪いわけない」という考えで見る人が多いので、自分に疑いや批判の目が向けられる心配も少ないし、むしろ善意にあふれる人として高評価を得られます。</p>
<p>こうして、表面的には「弱者に寄り添う自分の素晴らしさ」をアピールしつつ、裏では弱っている人を利用して、肥大した自尊心からくる個人的な願望を満たす事をやってのけるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、「まさか人助けをする人が悪いわけない」という考えは、心理学で言うところの<strong>公正世界仮説(または公正な世界の信念)</strong>の一種と言えます。</p>
<p>慈善活動という立派な事をやっている人や組織が、人には言えない後ろめたい事をやっていると考えようものなら「世界は公正である」という仮説や信念が揺らぐ不安があります。</p>
<p>そして、もしも自分が困った時に不当に利用してくる人の存在を怯えて、助けを求められなくなる恐怖があります。</p>
<p>そうしたことに苦しまないためにも「立派なことをする人は内面も立派であるに違いない」という公正さに基づいた認知を持ち、それにこだわることが私たちにあるのです。(ただし、この認知こそが自己愛の強い人が持つ邪悪さを覆い隠す手助けをしているのは、なんとも皮肉です…)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3073" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/kouseisekai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="公正世界仮説「努力は報われる」「被害者にも原因がある」と考えてしまう心理的な理由" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/kouseisekai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/kouseisekai-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3073" class="blog-card-title-link">公正世界仮説「努力は報われる」「被害者にも原因がある」と考えてしまう心理的な理由</a></div><div class="blog-card-excerpt">スポーツをしている人の間でよく聞く言葉として「努力は報われる」というものがあります。

女子マラソンの高橋尚子選手の名言としても有名な「</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3073" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3073" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>権威や権力にこだわりが強くボランティア活動でそれらを得ようとする</h2>
<p>最後に、自己愛性人格障害の人は、権力のある人・組織や権威のあるものに対して強いこだわりを持つ傾向があります。</p>
<p>ボランティア活動の場合は、国や地方自治体などの公的な組織がバックについていることはもちろんのこと、ユニセフなど世界レベルで活躍している組織の権威を借りて活動できます。</p>
<p>自己愛性人格障害の人からすれば、ただ名前も知らない組織の小さなボランティア活動に夢中になるよりも、なるべく多くの人が知っている組織や公的な存在がバックにいる方が「自分は誰もが知っている組織と関係を持っていますよ」と、自慢げに語って注目を集めることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>…もちろん、権威ある組織が関わっている以上、厳しいチェックが入ってうかつな行動は簡単に取れなくなるので、そこまで心配する必要性はないとは思います。</p>
<p>しかし、東日本大震災の後にNPO法人の「大雪りばぁねっと」がずさんな運営を行っていたことが明らかになり、代表者が逮捕に至った件を見てもわかるように、油断は出来ないと思います。</p>
<p>人助けをしていて且つ国家のお墨付きがあり、何も疑うような悪材料がないからといって、相手を心酔してはいけない…と、世界は公正ではないという不都合な事実を、自己愛性人格障害およびメサイアコンプレックスについて調べていく中で強く感じた次第です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5168" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックスの人に巻き込まれた時の対処法" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5168" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックスの人に巻き込まれた時の対処法</a></div><div class="blog-card-excerpt">やたら人を助けようとしたり、余計なお世話で助けている人を困らせてしまい、メサイアコンプレックスの人にに巻き込まれた時の対処法についてまとめています。メサイアコンプレックスは「優しい支配」であると心得ておくべきです。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5168" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5168" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2446" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/bokinsagi-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="募金詐欺に騙されないための心構えと対策" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/bokinsagi-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/bokinsagi-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2446" class="blog-card-title-link">募金詐欺に騙されないための心構えと対策</a></div><div class="blog-card-excerpt">駅や商店街などで募金を集めるふりをして、実は個人的な目的で募金活動をしている募金詐欺の被害が後を絶えません。なんか怪しい、直感で信用できないと感じる個人や団体への募金は、恵まれない国の子供にお金が届かないばかりでなく、反社会的な人のもとに渡るリスクがあります。この記事では募金詐欺に対策などについてまとめています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2446" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2446" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>勉強できない自分が嫌いだと感じる理由・心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6708</link>
				<pubDate>Tue, 08 Jan 2019 16:33:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[自己嫌悪]]></category>
		<category><![CDATA[学校・教育]]></category>
		<category><![CDATA[勉強]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=6708</guid>
				<description><![CDATA[一般的に「勉強ができない自分が嫌い」という悩みを持つ人というと、成績があまりにも悪く、学力ランクで見て底辺クラスに属している自分に自己嫌悪している人をイメージするかもしれません。 しかし、勉強ができなくて嫌悪するのは、何]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>一般的に「勉強ができない自分が嫌い」という悩みを持つ人というと、成績があまりにも悪く、学力ランクで見て底辺クラスに属している自分に自己嫌悪している人をイメージするかもしれません。</p>
<p>しかし、勉強ができなくて嫌悪するのは、何も成績が悪い人に限った話ではなく、成績がよくて、人並み以上に勉強ができて、学力で見て中レベル～トップクラスに属している人でも持つ悩みです。</p>
<p>このように、成績の善し悪し関係なく、勉強ができない自分に自己嫌悪をしてしまうことは誰にでも起こりえるものだと言えます。</p>
<p>今回はその嫌悪感が一体どのようなもののか、具体的に何に嫌悪感を抱いているのかについてお話しいたします</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3136" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/benkyo-girai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="勉強が嫌いな人、苦手意識があるの人の心理と対処法" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/benkyo-girai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/benkyo-girai-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3136" class="blog-card-title-link">勉強が嫌いな人、苦手意識があるの人の心理と対処法</a></div><div class="blog-card-excerpt">進級や進学、就職活動、昇進などをするためには勉強をすることは必須です。

しかし、勉強そのものが嫌い、苦手意識があるということで、勉強が</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3136" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3136" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>周囲の期待に応えられない自分の不甲斐なさが嫌い</h2>
<p>自分の成績がよくなることを期待して応援してくれている、家族、先生、友達、先輩後輩の期待に添えず、不甲斐ない成績しか残せない自分に嫌気が指しているというケースです。</p>
<p>その性質上、この嫌悪感はある程度頭が良くて親から勉強に対する期待を受けるだけの学力を持っている人や、成績を良くするために塾や予備校などに通って真面目に勉強に取り組んでいる人に見られる嫌悪感です。</p>
<p>自分が期待に応えられているかどうかは、テストの点数や偏差値などの客観的な数字で白黒ハッキリするため、言い訳や言い逃れをする余地はありません。もしも、言い訳をしようものなら、それこそ周囲の期待を数字だけでなく行動面でも裏切ることになります。</p>
<p>特に、これが受験となれば、周囲からかけられる期待が大きくなる傾向にあり、ますます「周囲の期待に応える責任が自分にはある」と自分に対して強いプレッシャーをかけてしまう。そして、受験が失敗したときは自分のふがいなさに強いストレスを感じる原因にあります。(ただし、受験が成功すればその分喜びが大きくなるので、一長一短ある)</p>
<p>なお、周囲の期待に応えたいと言う気持ちは、勉強している本人の責任感の強さや他人を喜ばせたいと言う貢献意欲の強さの表れとも考えられます。</p>
<p>しかし、それらは強くなりすぎると、完璧主義に陥ってしまい自分で自分を苦しめる羽目になってしまうので注意が必要です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>普通ならできるはずのことができない自分の未熟さが嫌い</h2>
<p>勉強に対するイメージが「普通ならできるもの」と言うものになっている人の場合、勉強ができない状態に陥いれば「自分は普通ではない」と嫌でも認識せざるを得ず、強い嫌悪感を抱いてしまいます。</p>
<p>特に「普通ならできるもの」と言うイメージは、勉強ができる人に囲まれている環境で育った人(進学校・進学クラスの人、両親から英才教育を受けていた人など)に多く見られます。</p>
<p>普段から当たり前のように勉強ができる人と接していれば、自分自身も「勉強はできて当然のもの、普通にできるものである」と言う考えが身につくのもいたって自然なことですし、そうした考え方を持てる事は、恵まれた環境で育っている証とも言えるでしょう。</p>
<p>しかし、こうした恵まれた環境で育っていることこそが、実は勉強に対する凝り固まって柔軟性に欠いたイメージを作り出してしまう。そして、そのイメージに合わない状況に自分が陥るると、強い苦痛を感じる原因になるのです。</p>
<p>実際に、格上の学力の学校に無事に合格したものの、クラス全体の学力が高いために、自分の学力ではクラスにおいて平均以下でしかないと言う現実を目の当たりにして、自己嫌悪に陥ってしまう人は少なくありません。(進学校で落ちこぼれる人にはこのタイプが目立つ)</p>
<p>勉強がものすごくできる人がたくさん集まる環境において、それなりに勉強ができる事は普通未満である、すなわち勉強ができないor普通ではない自分をいやでも自覚せざるを得ず、自己嫌悪に陥るのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>勉強という努力で伸びる分野なのに努力できない自分の情けなさが嫌い</h2>
<p>一般的に「勉強はやればやるだけ伸びるもの」と、成績の上昇と努力の量は比例するものという考えをする人は多いものです。</p>
<p>もちろん、勉強をしてわからない事が分かるようになり、今までできなかったことができるようになれば、それに従って成績も比例して上昇していくのはまさにその通りです。</p>
<p>しかし、努力と成績が比例すると言う考えは、下手をすれば人よりも勉強をするのが苦手で成績が悪い人や、体調の都合などでスローペースでしか勉強進められず成績が悪くなりがちな人が劣等感や自己無力感を抱かせる原因になります。</p>
<p>また、成績が比較的良い人であっても、成績が伸び悩む状況に陥ると「成績が伸び悩むのは自分はまだまだ努力が足りていない」と考え込んでしまい、自分で自分を追い込むような精神状態にさせてしまう原因にもなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>勉強ができない原因を他人や環境に見出そうとする自分の醜さが嫌い</h2>
<p>勉強ができない原因を探っていけば、たいていはその原因は自分自身にあると言う結論が導き出されるものです。</p>
<ul>
<li>自分の好きな科目ばかり勉強していて苦手な科目をやろうとしない自分の甘さ</li>
<li>勉強そっちのけで部活に夢中になっている自分のだらしなさ</li>
<li>勉強してるように見せかけて、実はスマホをいじっていたり、別のことを考えていて勉強効率を上げられないダメダメな自分の一面</li>
</ul>
<p>…など、勉強ができない原因の全てではないにしても、いくらかの原因は自分にあるものなので、そのことに目を背けてばかりでは成績はよくて停滞、悪くなると成績が悪化するのは目に見えています。</p>
<p>そんな向き合いたくない現実を前にして、</p>
<ul>
<li>「友達が遊びに誘う声で勉強に集中できない」</li>
<li>「テストを作る先生の問題選出のセンスが変なだけだ」</li>
<li>「出題された問題が悪問だから、こんなのできなくても仕方がない」</li>
<li>「家の中がうるさくて、そんなところでは勉強なんてまともにできるはずがない」</li>
</ul>
<p>と、自分以外に勉強ができない原因を見出し、現実から逃避したくなる気持ちに駆られることもあるでしょう。</p>
<p>しかし、いざ他人や環境に責任転嫁をしてみると、現実を直視しないどころか、自分の自分を棚に上げて他人や環境のせいにする自分の人としての醜さ、惨めさ、みっともなさを自覚してしまうことで自己嫌悪の念を抱くのです。</p>
<p>ただし、1つ言える事は、良心の呵責にさいなまれているうちはまだ引き返せると言う点です。</p>
<p>これがもし、責任転嫁をすることに何の違和感や苦痛も感じなくなるようであれば、成績が悪くなっても反省も改善もせず、自己正当化に明け暮れるだけの堕落した自分になってしまう恐れがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>自分は特別で有能であるという自己イメージが崩れる事へ恐</h2>
<p>普段から自分は勉強ができる人として家族や友達、先生から認められている人に多いのが、「自分は特別で有能である」と言う自己イメージ(アイデンティティー)を持っていることです。</p>
<p>この自己イメージを持っている人は、成績が良いうちは問題ないのですが、もしも成績が悪くなったり、自分よりも成績が良い人が台頭してきた場合に「自分は特別」という自己イメージが崩れてしまうことで、強い恐怖感を覚えてしまいます。</p>
<p>加えて、もしも平凡にランクダウンした自分を認めようものなら、今まで特別だと誇りに思っていた自分を捨てて、平凡という状況に甘んじる自分の軸のブレ具合を意識してしまい、たるんでいる自分に強い嫌悪感を抱くのです。</p>
<p>また、自分の成績にすごい自信を持っている人…いわゆるエリートクラスの学力と頭脳を持っている人ほど、ちょっとした成績の悪化や不調になると「自分は特別」という自己イメージが脆く崩れさる恐怖に常に晒されているとも言えます。</p>
<p>学力競争のトップクラスにいる人は、そのトップクラスを維持するだけでも普段から神経を張り詰めやすい傾向があると同時に、ちょっとでも点数が下がればトップクラスから平凡クラスを経て底辺へと転落してしまう最悪のイメージが瞬時に連想されてしまうために、強い不安と恐怖に悩まされやすいのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2106" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/12/failer-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="仕事や勉強で失敗を恐れる新社会人・若者の心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/12/failer-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/12/failer-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2106" class="blog-card-title-link">仕事や勉強で失敗を恐れる新社会人・若者の心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">「絶対に失敗やミスをしてはいけない」と親や先生、上司や先輩から言われた経験をした事はとくあることだと思います。

しかし、「絶対に失敗や</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2106" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2106" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3159" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/gakusyuseimuryokukan-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="学習性無力感とは？　勉強のやる気が出ない、無気力になる心理" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/gakusyuseimuryokukan-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/gakusyuseimuryokukan-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3159" class="blog-card-title-link">学習性無力感とは？　勉強のやる気が出ない、無気力になる心理</a></div><div class="blog-card-excerpt">学習性無力感とは「どんなに頑張っても無駄」だということを経験を通して学習することを指す心理学用語です。勉強のやる気が出ない、なんども注意しても仕事に取り掛からないなどの状態になっている人は、学習性無力感の状態になっている可能性が考えられます。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3159" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3159" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<hr />
<p>参考書籍</p>
<div class="cstmreba">
<div class="booklink-box">
<div class="booklink-image"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=792396&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=https%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fexec%2Fobidos%2FASIN%2F4334038964" target="_blank" rel="noopener"><img alt="" style="border: none;" src="https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/31BvVpU-RyL._SL160_.jpg" /></a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=792396&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062" width="1" height="1" /></div>
<div class="booklink-info">
<div class="booklink-name">
<p><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=792396&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=https%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fexec%2Fobidos%2FASIN%2F4334038964" target="_blank" rel="noopener">受験うつ どう克服し、合格をつかむか (光文社新書)</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=792396&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062" width="1" height="1" /></p>
<div class="booklink-powered-date">posted with <a href="https://yomereba.com" target="_blank" rel="nofollow noopener">ヨメレバ</a></div>
</div>
<div class="booklink-detail">吉田 たかよし 光文社 2015-12-16</div>
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</div>
</div>
<div class="booklink-footer"></div>
</div>
</div>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>自分の笑顔が嫌い、苦手と感じる心理・理由について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6525</link>
				<pubDate>Sun, 23 Dec 2018 18:01:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コンプレックス・悩み]]></category>
		<category><![CDATA[笑顔]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=6525</guid>
				<description><![CDATA[この記事は前回の記事「他人の笑顔が嫌い、怖いと感じる心理・理由について」の続編です。 自分の笑顔が嫌いだと感じる理由、笑顔に対して苦手意識を覚える背景について、お話しいたします。 &#160; 自分の笑顔が嫌い、苦手と感]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>この記事は前回の記事「<a href="https://mental-kyoka.com/archives/6496">他人の笑顔が嫌い、怖いと感じる心理・理由について</a>」の続編です。</p>
<p>自分の笑顔が嫌いだと感じる理由、笑顔に対して苦手意識を覚える背景について、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>自分の笑顔が嫌い、苦手と感じるわけ</h2>
<h3>笑顔になるとブスになる、またはブスが強調される</h3>
<p>身も蓋もないことですが、笑顔になると途端に真顔からブスな顔になる。</p>
<p>あるいは、もともとブスな顔なのが、笑顔によってシワが際立つ、二重あごになる、歯並びの悪さが目立つことによって、余計にブスであることが強調されるために、自分の笑顔が嫌いになるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、余談ですがこうしたブスさを隠す意味でも、顔の半分…そして口元を隠せるマスクは非常に便利なアイテムです。</p>
<p>その便利さゆえに、風邪や花粉症のシーズンでもないのにマスクをする「伊達マスク」が手放せなくなり、マスク依存症になることも考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5512" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/datemasuku_genin-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="伊達マスク依存症になる原因・背景" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/datemasuku_genin-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/datemasuku_genin-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/datemasuku_genin-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5512" class="blog-card-title-link">伊達マスク依存症になる原因・背景</a></div><div class="blog-card-excerpt">風邪予防や花粉症でもないのに、マスクが外せなくなる状態のこと「マスク依存症」という呼びます。

「マスク依存症」という名称は、アルコール</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5512" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5512" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5504" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/datemasuku_shinri-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="伊達マスクに依存する人の心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/datemasuku_shinri-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/datemasuku_shinri-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/datemasuku_shinri-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5504" class="blog-card-title-link">伊達マスクに依存する人の心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">風邪予防や花粉症でもないのに付けるマスクを伊達マスクと言います。近年この伊達マスクを付ける人が増えており、中にはマスクなしの生活に対して不安や恐怖を覚えてしまう「マスク依存症」になる人も出てきています。この記事では、マスクに依存する人の心理についてまとめています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5504" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5504" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>歯に関するコンプレックスを持っている</h3>
<p>笑顔になると、自ずと口が開いて歯が見えるものです。</p>
<p>しかし、その「歯」についてコンプレックスを持っているために、笑顔になることに苦手意識を覚えて、次第に笑顔が少なくなることがあります。</p>
<p>例えば</p>
<ul>
<li>歯並びが悪い。</li>
<li>歯の黄ばみが強い。</li>
<li>出っ歯、八重歯がある。</li>
<li>笑うと歯茎がむき出しになる。(「ガミースマイル」と呼ぶ)</li>
</ul>
<p>など、歯や歯茎、歯に関わる骨格などにコンプレックスがある。笑顔になるとコンプレックスを強く意識してしまうからこそ、それを防ぐために笑顔を手で覆い隠したり、笑顔そのものを控えるようになるのです。</p>
<p>中には、歯のコンプレックスのせいで他人に不愉快な思いをさせてしまったり「気持ち悪い」と言われた経験が影響して、自分の笑顔が嫌いになる人もいます。</p>
<p>もちろん、歯列矯正によりコンプレックスを解消する方法もありますが、費用や手間を考えるとなかなか踏み切れず、コンプレックスを抱えたまま生活することを選ぶ人もいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>どうしても下品な笑顔になってしまうから</h3>
<ul>
<li>笑い声がうるさい、野太くなる。</li>
<li>笑顔になると暑苦しさが出てしまう。</li>
<li>笑うと目元がいやらしい印象になるのが気になる。</li>
<li>笑っても、悪巧みをしてそうな怪しさ溢れる笑顔になる。</li>
<li>「にっこり」というよりは「ニヤニヤ」した顔になってしまう。</li>
<li>(上述したように)歯のコンプレックスのせいで、笑顔の印象が悪くなる。</li>
<li>半笑いのように笑っているのかいないのか中途半端な笑顔になってしまう。</li>
<li>笑うと眉間にシワができてしまい、ブサイクな笑顔になる。(クシャクシャとした笑顔がこれに当てはまることが多い)</li>
<li>口元にしまりがなく、ヘラヘラとしたふざけた印象を与える笑い方になってしまう。(ひょうきんな顔と好意的な解釈もできなくはないが…)</li>
</ul>
<p>…など、笑うと下品なイメージが出てしまうために、自分の笑顔に好きになれない。</p>
<p>特に、笑顔を使って好印象を獲得したい、自分は信用に値する人間だとアピールしたい場面(面接・営業など)において、下品な笑顔になるのは致命的です。</p>
<p>下手に評価を落としたり、不信感を持たれないためにも、防衛策として笑顔を見せないようにしているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「憧れている笑顔≠自分に似合わない笑顔」という現実にショックを受けた</h3>
<p>自分の笑顔は嫌いであっても、芸能人やモデルなど笑顔が売りの人たちのような笑顔になりたいという憧れがある。しかし、自分が憧れている笑顔と、実際に自分ができる笑顔との間に大きなギャップがあり、そのギャップを前に打ちひしがれたことで、笑顔に対して苦手意識を抱くのです。</p>
<p>なお、自分が憧れている笑顔を取り入れてみようと試してみたものの、「憧れている笑顔≠自分に似合う笑顔」という現実に直面してショックをうけることもあります。</p>
<p>好きなファッションと似合うファッションが必ずしも一致しないのと同様に、なりたい笑顔と似合う笑顔が一致しないことが、大きな悩みになるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>無理に笑顔を作って自分を偽ることに疲れた</h3>
<p>営業スマイル、作り笑顔、お世辞や愛想笑い…など、楽しいとか面白いなどの素直な感情からくるものではなく、人間関係を滞りなく進めるための「義務感」として行う類の笑顔もあります。</p>
<p>いわゆる裏表のある笑顔をして、自分を偽ることに疲れてしまった。「笑顔＝義務感」という、笑顔に対する心理的なハードルが上がってしまったことが影響して、笑顔に苦手意識を抱くのです。</p>
<p>無理に笑顔になってもどこか自分を演じているような気持ちを味わい、自分が自分でないような感覚に襲われてしまう。そうなるぐらいなら、あえて笑顔をせず真顔でいたほうが気楽であり、合理的と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2055" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/12/chara-stress-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="キャラを演じ続けるとストレスが溜まってしまう心理とその対策について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/12/chara-stress-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/12/chara-stress-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2055" class="blog-card-title-link">キャラを演じ続けるとストレスが溜まってしまう心理とその対策について</a></div><div class="blog-card-excerpt">誰かと仲良くなるためだったり、仕事の人間関係の都合で自分で自分を演じる、いわゆるキャラを演じることがあるかと思います。

例えば、いじら</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2055" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2055" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>笑うことに恥ずかしさを感じている</h3>
<ul>
<li>自分は笑顔とは無縁な渋くて硬派な人間である。</li>
<li>ポーカーフェイスのように、感情を表に出さない人間である。</li>
<li>「いい大人なんだから、子供のようにケラケラ笑うのは大人げない」と考えている。</li>
</ul>
<p>という自己イメージを持っている人の場合、笑えば自己イメージが脅かされる不安を感じたり、自己イメージに合わない自分を演じることで恥ずかしさを感じることがあります。</p>
<p>もちろん、恥ずかしさは自己イメージに関わるものだけでなく、顔の変化や声などのコンプレックスも含みます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、周囲の人が普通に笑顔をしている中で、自分だけ笑顔について悩みを抱えている状況を目の当たりにして、自分に対する劣等感や情けなさを持ってしまうこともあります。</p>
<p>他の人が悩みを抱えることなく当たり前のようにやっていることで、自分は躓いているといる状況を自覚するからこそ、強い恥の意識を感じてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6498" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="笑顔ができない人の心理・悩みについて" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6498" class="blog-card-title-link">笑顔ができない人の心理・悩みについて</a></div><div class="blog-card-excerpt">人間関係を円滑に送るにあたって、他人に対して笑顔を見せることは基本中の基本といえます。

しかし、中には自分の笑顔そのものに他人から理解</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/6498" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/6498" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1971" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/egao-nigate-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="笑顔が引きつる…笑顔がコンプレックスな人の心理と悩みについて" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/egao-nigate-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/egao-nigate-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1971" class="blog-card-title-link">笑顔が引きつる…笑顔がコンプレックスな人の心理と悩みについて</a></div><div class="blog-card-excerpt">笑顔がひきつる、自分の笑顔が嫌い、笑顔に自信が持てない、などの笑顔に関するコンプレックスがあるの人の心理や悩みについて心理学の視点で解説しています。また、笑顔にコンプレックスのある人が少しでも楽になれるためのコツもご紹介しています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/1971" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/1971" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>他人の笑顔が嫌い、怖いと感じる心理・理由について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6496</link>
				<pubDate>Sun, 23 Dec 2018 14:45:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[コンプレックス・悩み]]></category>
		<category><![CDATA[笑顔]]></category>
		<category><![CDATA[認知的不協和]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=6496</guid>
				<description><![CDATA[こんなことを書くと非難されそうですが、筆者は他人の笑顔がどうしても苦手です。(そして自分の笑顔も) もちろん、笑顔を心がけることは、コミュニケーション能力の重要性が叫ばれる現代においては、人間関係を築く上での基本中の基本]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>こんなことを書くと非難されそうですが、筆者は他人の笑顔がどうしても苦手です。(そして自分の笑顔も)</p>
<p>もちろん、笑顔を心がけることは、コミュニケーション能力の重要性が叫ばれる現代においては、人間関係を築く上での基本中の基本でしょう。</p>
<p>そして、他人の笑顔に苦手意識を持ったり、笑顔をする人に対して疑いの目を向けるような人は、あまりにもひねくれすぎていて、人としての品性を疑う…なんて辛辣な言葉を言われるかもしれません。</p>
<p>それでも、筆者自身はどうしても他人の笑顔を好意的に見ようとしても、やはりその笑顔の裏にある(かもしれない)思惑を探ろうとしたり、「なぜ笑っているのだろう？」と笑顔の理由・根拠を探ろうとするなど、他人の笑顔を好意的に受け取れないどころか、下衆な勘ぐりをしてしまう悩みを抱えております。</p>
<p>今回は、そんな自身の経験などをもとに、他人の笑顔に感じる苦手意識の理由や背景などについて、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6525" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/zibunoegaoganigate-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="自分の笑顔が嫌い、苦手と感じる心理・理由について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/zibunoegaoganigate-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/zibunoegaoganigate-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/zibunoegaoganigate-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6525" class="blog-card-title-link">自分の笑顔が嫌い、苦手と感じる心理・理由について</a></div><div class="blog-card-excerpt">この記事は前回の記事「他人の笑顔が嫌い、怖いと感じる心理・理由について」の続編です。

自分の笑顔が嫌いだと感じる理由、笑顔に対して苦手</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/6525" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/6525" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>他人の笑顔が嫌い、怖いと感じる理由・背景</h2>
<h3>表面的に作られた薄っぺらい笑顔を何度も見てきてうんざりしている</h3>
<p>人間関係を円滑に築くことを意識するあまりに、作り笑顔や営業スマイルのような、いわゆる薄っぺらい笑顔をする人達の存在が、他人の笑顔が苦手だと感じる心理に影響していると考えられます。</p>
<p>相手から表面的によく見られたいという虚栄心、あらゆる利益のために自分を偽るための笑顔をする姿勢…そうした虚飾や嘘が紛れている笑顔をする人とであってきた経験が、他人の笑顔に対する苦手意識を育んだのだと分析できます。</p>
<p>ただし、薄っぺらい笑顔ではあっても、その笑顔に対して冷たく当たるのはさすがに失礼にあたりますし、こちらも自分が嫌がっている薄っぺらい笑顔をして対応しなければいけない…というジレンマがあります。</p>
<p>また、友達作りにおいて作り笑顔を自分に向けられたことで、なんとなく信頼できそうかという気持ちになったものの、相手からすればあくまでも社交辞令で見せた笑顔であって、その笑顔に対して心を開かれても困る…というような態度をとられた経験も他人の笑顔が嫌いと感じる理由の一旦をになっていると感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>笑顔でいじめてくる人に出会ったことがある</h3>
<p>いじめられた経験やいじめの現場を目撃した人なら理解できると思いますが、いじめっ子はいじめる相手を笑顔でいじめることが多いものです。</p>
<p>まるでレクリエーションのように、無邪気な笑顔で他人をいじめる。いじめられっ子を笑い者にして、いじめっ子同士でゲラゲラ(あるいはニヤニヤ)笑い、いじめることそのものを楽しいものとして認知するからこそ、いじめはエスカレートするとも言えます。</p>
<p>こうした楽しさがいじめにはあるために、いじめの被害者・加害者だけでなく、いじめを見ている人、見て見ぬフリをしている人達は「あればいじめではなく、いじってただけ」「ちょっとからかっているだけ」と、ソフトに言い換えられるのかもしれません</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお「笑顔で他人をいじめる」と表現すると、人によってはこの世のものとは思えないおぞましさを抱くかもしれません。</p>
<p>しかし、いじめとよく語られるお笑いの「いじり」が、コミュニケーションのネタの一種として定着しているのを考えれば「笑顔で他人をいじめる」行為そのものは、案外身近なもののように感じます。</p>
<p>楽しいから笑顔になる。しかし、その楽しさがいじめのように他人を傷つけ、笑いものにすることで感じる楽しさであった場合、その時に見せる笑顔は残酷な状況を楽しめてしまう、人間が持つ攻撃的な一面を表現するものにもなります。</p>
<p>こうした笑顔が持つ嗜虐性(残虐なものを楽しむこと)を肌身で感じて理解ために、他人が見せる笑顔に対して苦手意識を持ってしまうのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「とにかくいい顔しとけばこの人は信頼する」と言いたげな笑顔をする人の影響で、笑顔が上手な人に抵抗感を覚えている。</h3>
<p>「笑顔さえ見せておけばいいから、この人はちょろい」と、舐められた態度を取る人が原因で、笑顔が多い人に対して距離を置きたくなることがあります。</p>
<p>人間関係において笑顔があまりにも重要視されているせいか「笑顔さえしておけばいい」という態度でうまく切り抜けることは出来るかもしれません。</p>
<p>しかし、その態度にあぐらをかいた結果、自分が関わる人を「笑顔一つで喜ぶ単純な人間」だとタカをくくり、一人の人間として尊重する姿勢をなくしてしまっては逆効果です。</p>
<p>単刀直入に言えば、笑顔を見せるものの相手を大切にしていない。「笑顔」という好印象に繋がる表情のはずなのに、行動では相手を尊重する要素が見られないことの違和感のせいで、他人が見せる笑顔に対して身構えてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>笑顔を見せてくる人の「お前も笑顔になれ」という圧力が苦手</h3>
<p>直接言われているわけではないのですが、とにかく笑顔で接してくれる人といると、「こちらも笑顔で対応しなければいけない」という責任感や義務感を抱いたり、なんだか「お前も笑顔になるべきだ」という無言の圧力を感じるために、笑顔を向けてくる人に苦手意識を感じてしまうのです。</p>
<p>これは、返報性の原理(あるいは、好意の返報性)にもあるように、笑顔という好意を受け取ってばかりでは居心地がわるい。結果として義務感に駆られて笑顔を返してしまうのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1628" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="「返報性の原理」営業から詐欺まで使われるマーケティングの基礎的な心理学について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1628" class="blog-card-title-link">「返報性の原理」営業から詐欺まで使われるマーケティングの基礎的な心理学について</a></div><div class="blog-card-excerpt">仕事の場面で「無料でもいいのでこの商品・サービスを使ってください！」と強く頼まれて渋々使っていたら、次第に相手に対して「ここで断ったらなんだ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/1628" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/1628" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>クシャクシャとした笑顔を見て不気味さを感じてしまう</h3>
<p>笑顔と言っても、比較的顔の筋肉を使わない穏やかな笑顔もあれば、顔の筋肉をフル活動させて、目も細め、シワを目立たせ、葉もきっちり見せたクシャクシャとした笑顔をする人もいます。</p>
<p>しかし、どうしてもクシャクシャとした笑顔は、目が細くなりすぎてちょっと不気味さを感じてしまうのです。</p>
<p>まるでピエロのように、確かに笑顔をしているものの、その笑顔がどこかホラーの要素を帯びているように感じるために、苦手意識を持つのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>認知的不協和から見る他人の笑顔が苦手な心理</h2>
<p>一般的に言えば笑顔と言えば、喜び、幸福、満足、好意などのポジティブな感情や現象と結びいてるものとして私たちは認識しています。</p>
<p>しかし、いじめる人が笑顔をするように、笑顔には、残虐性、他人の不幸を喜ぶ、敵意、悪意などのネガティブな感情や現象と結びつくこともあるものです。</p>
<p>こうした<strong>一つの事柄に対して、相反する認知を持つことで不快感を抱くことは、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/4903">認知的不協和理論</a>に通ずるものがあると言えます。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、他人の笑顔からポジティブな感情もネガティブな感情もどちらも認知できない場面でも、不快感を感じる場面も同様に見ていくと…</p>
<ul>
<li>「笑顔はポジティブな感情と結びついている」という認知。(笑顔＝感情)</li>
<li>「笑顔なのに感情が読み取ることができない」という認知。(笑顔≠感情)</li>
</ul>
<p>という2つの認知を同時に持つと矛盾が生じた結果、うまく言葉にしにくい不快感を抱くのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6498" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="笑顔ができない人の心理・悩みについて" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6498" class="blog-card-title-link">笑顔ができない人の心理・悩みについて</a></div><div class="blog-card-excerpt">人間関係を円滑に送るにあたって、他人に対して笑顔を見せることは基本中の基本といえます。

しかし、中には自分の笑顔そのものに他人から理解</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/6498" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/6498" alt="" /></a></div></div></div>
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>笑顔ができない人の心理・悩みについて</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6498</link>
				<pubDate>Sat, 22 Dec 2018 16:40:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コンプレックス・悩み]]></category>
		<category><![CDATA[笑顔]]></category>

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				<description><![CDATA[人間関係を円滑に送るにあたって、他人に対して笑顔を見せることは基本中の基本といえます。 しかし、中には自分の笑顔そのものに他人から理解されにくいコンプレックスをいだいていたり、笑顔に関して苦い思い出や思い出したくない出来]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>人間関係を円滑に送るにあたって、他人に対して笑顔を見せることは基本中の基本といえます。</p>
<p>しかし、中には自分の笑顔そのものに他人から理解されにくいコンプレックスをいだいていたり、笑顔に関して苦い思い出や思い出したくない出来事(＝トラウマ)があるために、笑顔になりたくてもなれない…という人もいます。</p>
<p>また、笑顔と一口にいっても「顔」に限定したものではなく、笑顔になる時の「声」や「仕草」、あるいはつい笑顔になる時のセンスが周囲と著しくかけ離れているために、笑顔に対するコンプレックスを抱いていることも、あるものです。</p>
<p>今回は、そんな笑顔ができない人の心理や悩みについて、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1971" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/egao-nigate-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="笑顔が引きつる…笑顔がコンプレックスな人の心理と悩みについて" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/egao-nigate-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/egao-nigate-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1971" class="blog-card-title-link">笑顔が引きつる…笑顔がコンプレックスな人の心理と悩みについて</a></div><div class="blog-card-excerpt">笑顔がひきつる、自分の笑顔が嫌い、笑顔に自信が持てない、などの笑顔に関するコンプレックスがあるの人の心理や悩みについて心理学の視点で解説しています。また、笑顔にコンプレックスのある人が少しでも楽になれるためのコツもご紹介しています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/1971" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/1971" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>どうして笑顔になれないのか</h2>
<h3>笑顔に関する苦い出、思い出したくない過去がある</h3>
<ul>
<li>身近な人(家族・親戚・友達など)から笑顔が変だと言われた過去がある。</li>
<li>「目が笑ってない」「嘘くさい笑顔」「本当に面白いと思って笑っているの？」と笑顔そのものを否定された経験がある。</li>
<li>無理に作り笑いをして乗り切らなければいけないほどストレスフルな環境にいた経験から、笑顔そのものに苦手意識を感じている。</li>
</ul>
<p>など、自分の笑顔に対して思い出したくない過去があったり、笑顔に関わる嫌な経験が影響しているために、笑顔をしたくてもできなくなることがあります。</p>
<p>ぶすっとした表情や無愛想な表情を否定されるのならともかく、せっかく自分が楽しさや喜び感じた結果として出た笑顔を否定される経験は、自分の感情や感受性、ひいては人格そのものも否定されたかのように感じ、強いショックを感じてしまうのも無理はないと思います。</p>
<p>また、笑顔も顔の一種であると考えると、「笑顔を否定すること＝自分の顔を否定されること」と受け取ってしまうことで辛さを増してしまうとも考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>笑った時の自分の表情の変わりようが嫌いだから笑いたくない</h3>
<ul>
<li>笑うとほうれい線や目尻のシワが目立つ。</li>
<li>目が細くなってしまうのが嫌だ。</li>
<li>どうしても笑顔が引きつってしまい、素の顔よりも印象が悪くなる。</li>
<li>自分でも嘘くさい不自然な笑顔になっていることに気づいて、笑顔をする気が失せる。</li>
</ul>
<p>など、笑った時の自分の表情の変わりようにコンプレックスを抱いているために、必要性がない限りは、あえて笑顔にならないのです。</p>
<p>笑顔をしているはずなのに、まるで変顔をして周囲に恥をさらしたり、相手に失礼なことをしているように感じてしまうからこそ、笑顔よりも真顔でいることを選んでしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>笑い声が独特で悪目立ちしてしまうおそれがある</h3>
<p>笑う時のコンプレックスは表情だけでなく「声」も当然ながら含まれます。</p>
<ul>
<li>笑うと普段なら出ないような変な声が出て自分も相手も驚かせてしまう。</li>
<li>甲高くうるさい声になって周囲に迷惑をかけてしまうことに、申し訳のなさを感じている。</li>
<li>遠慮なくゲラゲラと笑う感じの声しかできず、なんだか下品な笑い方をしているように感じて自己嫌悪に陥る。</li>
<li>明石家さんまさんの笑い声(ファー)のように、特徴的な笑い声をしてしまって変に目立つ懸念がある。</li>
</ul>
<p>などの理由で、笑顔になったり笑うことが求められる場面を避けようとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、相手の笑顔に対してなんとなく不快なもの感じて、見たくないのなら目をそれとなく背けたり、相手の方を見ずに話すようにすれば解決できますが、声(音)の場合はそうもいきません。</p>
<p>相手の笑い声が不愉快だからといって、耳を塞ぐような真似をすればたいへん失礼であるために、不愉快に感じてもてそれを我慢している人は意外と多いものです。</p>
<p>そうした笑い声に不快感を抱く人の苦しさを理解すればこそ、自分の笑い声が他人に強く不愉快な思いをさせているものだと感じてしまい、余計に笑う場面そのものを避けることにつながるのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>笑いのツボが周囲からずれており悪目立ちを避けるためにも、笑わないようにしている</h3>
<p>笑顔や笑うことに対してコンプレックスを抱く人には、笑うシチュエーションの独特さ…つまり、自分の笑いのツボが周囲とはズレていることが原因となっていることも考えられます。</p>
<p>多くの人が笑う場面では笑う気が起きない。そのくせ、笑うべきではない場面に対してシュールさや滑稽さを感じてつい笑顔がこぼれてしまう。しかし、大半の人は、なぜ笑っているのか理解できないだけでなく、笑うべき場面ではない場面で笑ってしまう自分の異様さや非常識な点を非難するものです。</p>
<p>そんな経験を繰り返しているうちに「自分が笑うと周囲は怒る」と学習し、自然と笑顔を避けることが染み付いてしまうのです。</p>
<p>皮肉・風刺ネタ、他人が不幸になる場面で感じる妙な高揚感、不謹慎な場面で感じるシュールさ(例：お葬式で笑ってしまう。説教を受けている時に笑いがこみ上げる)など、分かる人には分かる笑いのツボは世の中には存在しているものの、それが多くの人から受け入れられたり理解を示されるかは別です。</p>
<p>理解されないために笑うことや笑顔になることを否定された経験が転じて、笑顔そのものに対する苦手意識につながっているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4405" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="他人の不幸を喜ぶ人の心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4405" class="blog-card-title-link">他人の不幸を喜ぶ人の心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">「他人の不幸は蜜の味」「他人の不幸で飯がうまい(＝メシウマ)」のように、人の不幸は精神的な飢えや渇きを潤してくれるものとも言えます。こうした他人の不幸を喜ぶ人の心理や、その根底に感情についてまとめています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4405" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4405" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>笑うのにいちいち気を遣うのがアホらしくなって、笑顔そのものをやめた</h3>
<ul>
<li>「自分の笑顔や笑い声は他人を不愉快にさせていないだろうか？」</li>
<li>「どんな笑顔をすれば他人から気に入られるだろうか？」</li>
<li>「どうすれば、コンプレックスを感じない笑顔ができるだろうか？」</li>
</ul>
<p>…と、コンプレックスを気にしていちいち笑顔をするために神経をすり減らすのがアホらしくなった結果、「だったら最初から笑顔にならなければ悩むことはない」という結論に至り、笑顔をしなくなるのです。</p>
<p>笑顔のためにあれこれ考えても疲れるだけ。精神的にも顔の筋肉的にも笑顔のためで疲れるぐらいなら、ポーカーフェイスなままでいれば気楽である。だから、あえて笑顔を封印するのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>笑顔になれない事で苦しむこと</h2>
<h3>「気にしすぎ」といわれるだけで、理解されることはあまりない</h3>
<p>笑顔に関する悩みを打ち明けても「気にしすぎ」「自意識過剰」という言葉でバッサリまとめられ、なかなか理解されないことで苦しみを抱えるのです。</p>
<p>もちろん当人以外からすればコンプレックスの類は、どれも取るに足らない小さなことで悩んでいるように見えてしまうものですが、そのことが余計にコンプレックスを理解されない苦しみを増すのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>周囲が笑っている場面で笑えない自分に劣等感を持ってしまう</h3>
<p>笑うことそのものに苦手意識を感じているために、周囲の人が自然と笑っている状況でも笑うことができない自分に劣等感や負い目を感じることがあります。</p>
<ul>
<li>「周囲の人が普通にできていること(笑顔)が自分はできていない」</li>
<li>「自然にできていることに苦手意識を覚えていて劣っているように感じる」</li>
</ul>
<p>などの劣等感により、自己肯定感を下げることもあります。</p>
<p>なお、笑顔ができないからといって、無理に笑顔になろうとすれば、上述したように笑顔にまつわる嫌な記憶を思い出したり、自分の笑顔の歪さと向き合わなければいけない、など別の悩みに苦しむこともあります。</p>
<p>つまり、<strong>笑っても辛い、笑わなくても辛いという、ジレンマを抱えてしまい余計に辛さを増してしまうのです。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>面白くない人、無機質な人と見られて交友関係が気づきにくい</h3>
<p>「ポーカーフェイスな人」と好意的なイメージがつけばいいのですが、笑顔を含めて感情表現の乏しさが災いして、</p>
<ul>
<li>面白みのない人</li>
<li>無機質で関わりづらい人</li>
<li>単純にコミュ障をこじらせている人</li>
</ul>
<p>など、悪印象がついてしまうことも少なくありません。</p>
<p>親近感がわきにくいために、積極的に交友関係を持とうという気になる人も出にくく、友達や恋人ができづらく孤独に苦しみやすい人とも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>笑顔ができないからこそ助かるネット上の顔の見えない関係</h2>
<p>ここまでは笑顔ができないことに関する暗い話しばかりをしてきましたが、そんな人に顔の見えないネット上のやり取りというものは、とても気楽な人間関係を構築する場所だと感じます。</p>
<p>いまでこそ、Facebookのような実名顔出しのSNSやYouTuberやTikTokerのような顔も含めて自分の個人情報をネット上で発信することで、人間関係を築く人の存在は多いものですが、匿名でかつ自分の表情も見せずに、テキストだけで交流が完結可能なネット上の人間関係は、リアルの人間関係で感じる笑顔を見られることへの悩みを感じることがないために、たいへん気楽で居心地がいいのです。</p>
<p>かくいう筆者も、あまり自分の笑顔に自信がなく、笑顔を見せることに恥ずかしさや居心地の悪さを感じることが多いために、自分の笑顔を人前に晒さなくてもすむネット上の人間関係のメリットを強く感じる次第です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>心理カウンセリングを受けるのが恥ずかしいと感じる理由</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5960</link>
				<pubDate>Wed, 14 Nov 2018 18:56:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コンプレックス・悩み]]></category>
		<category><![CDATA[カウンセリング]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=5960</guid>
				<description><![CDATA[一昔前に比べて、心理カウンセリングリングの存在は多くの人に認知され、学校でも職場でもカウンセリングを受けやすくなっているように感じます。 しかし、その一方で心理カウンセリングそのものに対して抵抗感を持っていたり、どこか後]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>一昔前に比べて、心理カウンセリングリングの存在は多くの人に認知され、学校でも職場でもカウンセリングを受けやすくなっているように感じます。</p>
<p>しかし、その一方で心理カウンセリングそのものに対して抵抗感を持っていたり、どこか後ろめたさや恥ずかしさと言った苦手意識を抱いている人も、依然として居るように感じます。</p>
<p>今回は、そんな心理カウンセリングを恥ずかしいと感じる心理について、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>(※補足)</p>
<p>この記事で触れている「心理カウンセリング」は、病院や大学、スクールカウンセラー、臨床心理士による心理カウンセリングなどを指します。<span style="text-decoration: underline;">自己啓発やスピリチュアル系などで行われているカウンセリングは含みません。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>どうして心理カウンセリングが恥ずかしいと感じるのか</h2>
<h3>病気だと誤解されるのが嫌だから</h3>
<p>一口に心理カウンセリングと言っても、その目的は</p>
<ul>
<li>アルコール依存症、うつ病、摂食障害など、いわゆるメンタル面の病気に当たるものの治療の目的。</li>
<li>職場の人間関係や家族関係の悩みの相談のように、悩み相談と解決が目的。</li>
</ul>
<p>と、差があります。</p>
<p>心理カウンセリングと聞いて、前者のようなメンタル面の病気を思い浮かべる人からすれば、たとえ、自分の心理カウンセリングの目的が後者であっても、自分がメンタルの病気を患っている人だと思われると誤解されるのを恐れて、心理カウンセリングに行きにくくなるのです。</p>
<p>また、アルコール依存症などの病気は、世間一般的には本人の酒のだらし無さや怠慢…つまり、当人の性格や行動に非があり、普通に生活を送っていれば関係ない病気だという風潮もあります。</p>
<p>そんな風潮がある中、人間関係の悩み相談のために自分が心理カウンセリングを受けている光景を見られたら、自分もアルコール依存症患者に向けられる偏った意見を世間一般から向けられてしまい、自分の評判を落としてしまう不安があるからこそ、心理カウンセリングを受けづらくなるのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>ストレス耐性が低い、メタルが弱いとアピールするようなものだから</h3>
<p>心理カウンセリングを利用している人への偏見でよくあるのが「あの人はカウンセリングを受けるほどメンタルが弱い」「ストレス耐性が低い」という意見です。</p>
<p>ストレスフルな昨今では、ストレス耐性の高さに強い価値が置かれていると同時に、ストレス耐性のない人に対する風当たりの強さが目立ちます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とくに、勉強、スポーツ、仕事などの勝負事や競争が必須の場面では、ストレス耐性が強く精神的にタフであることが尊ばれるものです。</p>
<p>タフであれば、それだけ努力も積み重ねやすく、実力を発揮して、成果を残して社会や組織、家族の期待に応えられる確率が高まります。いわば、競走社会において、精神的にタフであることは、それだけで一種の長所なのです。</p>
<p>ただし、ストレス耐性の高さを尊ぶことは、言い換えればストレス耐性が低い人は、競争に負けやすく、ロクな成果も残せず、社会から求められない不必要な存在と暗にみなしている側面があると考えることもできます。</p>
<p>勉強でも、スポーツでも、仕事でも求められる成果を出す見込みが低い。とくに利益を追求する仕事の場面では「雇うだけの意味がない」「人件費の無駄」とシビアな評価を受けることもあり、労働市場から必要とされない人間へと成り下がってしまうこともあります。</p>
<p>そうした認識のせいで、自分がストレス耐性が低く社会的な価値がない人だとみなされることを恐れて、心理カウンセリングを受けることに抵抗を覚えるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>今まで支えてくれた人の顔に泥を塗るように感じるから</h3>
<p>家族、友達、先生、上司、先輩後輩など、自分のことを支えてくれている人に対して、心理カウンセリングを受けることは、支えてくれている人の応援や期待の声に応えられないどころか、彼らの顔に泥を塗るような罪深い行為だと感じることがあります。</p>
<p>とくに、支えてくれている人がそれなりの名誉や立場がある人の場合、自分が心理カウンセリングに行くことは自分を支えてくれた人の名誉や立場も毀損するかのように感じることがあります。</p>
<p>「恩師に対して恩を仇で返すわけには行かない」という強い責任感がある人ほど、精神的に調子が悪くなっても、そのまま頑張り続けてしまう一因とも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「甘えている」と思われるのが怖い</h3>
<p>ネットスラングで「うつは甘え」という言葉があります。うつ病のようなメンタルの病気は、傍から見れば</p>
<ul>
<li>甘えているだけ</li>
<li>ズルをしている</li>
<li>本当は頑張れるの手を抜いている</li>
<li>自分だけ楽をしようという身勝手さがある</li>
</ul>
<p>など、無理解だけでなく、否定的な目で見られることが多々あります。</p>
<p>人からよく思われたい、甘えるような人間ではなく真面目で人の期待に応えられる人間だと思いたい人ほど「甘えている」と他人から思われることに対して苦痛や居心地の悪さを感じるので、悩みを抱いても心理カウンセリングなどを利用せず、一人で抱え込んでしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、心理カウンセリングというイメージの重さや偏見の強さもあってか、占いやパワースポット巡りなど、軽い悩み相談目的に利用できて、且つ心理カウンセリングのような状況の深刻さを周囲に感じさせないサービスが流行・定着しています。</p>
<p>その背景には、「甘えている」という視線で見られずに済み、且つ悩み相談・解決ができるサービスを求めている人の多さがあるのかもしれません。</p>
<p>(もちろん、悪質な自己啓発、スピリチュアル系サービスを生む土壌になっている節は否めませんが…)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人に迷惑をかけているように感じる</h3>
<p>日本のように集団の和を尊び、集団生活を円滑に送ることを良しとする文化は、同時に「他人に迷惑をかけたり、自分の迷惑で集団の和を乱すことはすべきではない」という、道徳観を生み出していると言えます。</p>
<p>もちろん、他人に迷惑をかけないことは素晴らしいことですし、社会で生きていくためには守るべき道徳ではあります。</p>
<p>しかし、一方でこの道徳は何が迷惑に当たるのかという基準が自身ではんくなく他人・集団にあり、その解釈次第でどうとでも迷惑行為の基準が変わってしまうという危うさもあります。</p>
<p>そのため、自分は迷惑だと思っていなくても、「他人・集団から見れば、自分の些細な行動も迷惑に値する」と感じて、過度に萎縮してしまったり、勝手に自分のやることなすことを全て迷惑だと決めつけて、カウンセリングに相談することも迷惑行為の一種と判断することを招きます。</p>
<p>当然、「心理カウンセリングを受ける＝周囲に迷惑をかける」と結びつけているからこそ、心理カウンセリングには行けなくなる。</p>
<p>もちろん、こうした極端な考えが更なるストレスを招いて自分を追い込むことになっていても、「周囲に迷惑をかけるぐらいなら、自分一人で我慢してやり過ごす方がマシ」と考えて、より生きづらさを増してしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>たとえプロのカウンセラーでも自分の醜い部分は見せたくない願望がある</h3>
<p>心理カウンセリングは秘密が守られて、自分の悩みを安心して相談出来る場所でもありますが、それでも自分の恥ずかしい部分や醜い部分を他人に見せることと同じであり、どうしても抵抗感が拭えないことがあります。</p>
<p>さしずめ<strong>「醜い感情は誰にも見せず、墓場まで持っていく」</strong>と言うような、誰にも言えない秘密は秘密として隠し続けたい心理が働いていると考えられます。</p>
<p>こうした心理は、自意識過剰やプライドが高すぎることが影響していると考えられますが、一方でそれだけ「精神的に弱いこと」への風当たりの強さから、自分を守るために行っていることだとも考えることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>勝手に写真を撮ってくる友達にはどう接するべきか</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5589</link>
				<pubDate>Tue, 30 Oct 2018 16:46:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[写真嫌い]]></category>
		<category><![CDATA[友達・友達関係]]></category>
		<category><![CDATA[友達]]></category>
		<category><![CDATA[写真]]></category>

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				<description><![CDATA[友達として仲の良さを確認したり、絆を深める方法の一種として、お互いに写真を撮影したり、撮影した写真を加工してネット上にアップすることは、今やスマホの普及により当たり前のものとなっています。 しかし、スマホのカメラで写真を]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>友達として仲の良さを確認したり、絆を深める方法の一種として、お互いに写真を撮影したり、撮影した写真を加工してネット上にアップすることは、今やスマホの普及により当たり前のものとなっています。</p>
<p>しかし、スマホのカメラで写真を撮影できるのが当たり前の世の中だからこそ、実は写真を撮られるのが苦手だったり、自分の顔や体にコンプレックスを感じている人からすれば、友達と写真を撮影するコミュニケーションそのものが苦痛に感じる人もいるものです。</p>
<p>とくに、許可なく無断で写真を撮ってくる友達というものは、デリカシーが無いのはもちろんのこと、油断している姿の写真を撮影するパパラッチ根性が、たいへん不愉快に感じることでしょう。</p>
<p>とはいえ、こうしたおふざけは「友達」という多少のふざけあいが許される親しい間柄だからこそできるものとも考えることができます。ストレートに「写真撮影はNG」と言えば、友達に嫌われてしまうのではないか…という不安もあり難しい問題です。</p>
<p>今回は、そんな勝手に写真を取ろうと友達への対処法についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>友達関係だからと言って、苦手なことを無理に我慢する必要はない</h2>
<p>勝手に写真を撮ろうとする友達が全員、悪意や邪な感情で写真を撮影しているわけではないでしょう。<span style="font-size: 12px;">(まぁ、もしも悪意で撮影しているといえば、それは本当に「友達」と言えるのか疑問ですが…)</span></p>
<p>しかし、悪意がないからと言って許可なく勝手に写真を撮影し、友達を不快にされることは、道徳的に見ても認められるものではありませんし、認めてよいものではありません。</p>
<p>また、悪意がないからこそ「まさか自分が友達を不快な気持にさせてしまっているのではないか」ということに気がつきにくく、純粋に悪意がある場合よりも厄介です。</p>
<p>友達が悪意なく勝手に写真を撮影してきているからといって、その行動が誰に対しても快く受け入れてもらえるものではありませんし、友達だからこそ「勝手に撮られるのが不快に感じる人もいる」という事実を、我慢せずにしっかり伝えることが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>撮られるのが嫌ならきっぱりNGと注意するのが基本</h2>
<p>友達だからと言って「実は勝手に写真を撮られるのが嫌なんだよねぇ…」と、察してくれるのを待つのはあまり効果的ではありません。</p>
<p>勝手に取られるのが嫌であれば、その事をはっきり言葉や態度にして友達に厳しく伝えて、注意をしていくことが大事です。</p>
<p>言葉にせず「察して欲しい…」「空気を読んで欲しい…」と、嫌われるのを怖がって友達に強く言えないままでは、勝手に写真を撮影する癖が治らないのは無理もありません。</p>
<p>「親しき仲にも礼儀あり」ということわざにもあるように、親しい間柄だからこそ、その友達が他の場面で勝手に写真を撮ったことで顰蹙を買わないように、しっかり注意して理解をさせることが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「写真を取る友達が苦手」ではなく「嫌がっているのに写真を勝手に取る行動が苦手」と伝える</h2>
<p>もちろん、注意するときは伝え方にも注意が必要です。</p>
<p>とくに、注意を受けることそのものが、人によっては自分自身が強く否定されたと過剰に受け取ってしまい、そのまま友達関係が途切れてしまう可能性があります。</p>
<p>そこで「写真を取る友達が苦手」ではなく「嫌がっているのに写真を勝手に取る行動が苦手」と、<strong>友達の人格ではなく行為が自分は苦手である…と伝えるように意識しましょう。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>少し面倒かもしれませんが、友達との関係は続けつつも、自分が苦手なことはしっかり苦手と伝えてお互いにちょうどいい距離感を続けていくためには、相手の行為に非がある事を注意し、そしてその行為をやめれば解決する…という道筋を見せて注意することが大事です。</p>
<p>また、行為にのみ焦点を当てることで、自分の人格というすぐには変えられるものではないことが注意の対象となっているのではなく、意識してやめればすぐに解決できる行為が注意の対象となっている事を理解することにもつながります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>注意しても止まらないなら関係を見直すことも視野に</h2>
<p>ここまで親切に注意をしても、友達が勝手に写真を撮るくせが抜けなかったり、どうして注意されているのかが全く以て理解できていない様子であれば、<strong>残念ですが距離を置くことも視野に入れておくことが大事です。</strong></p>
<p>他人が嫌だとしっかり伝えているのに、何度も繰り返す学習能力の無さや、他人の気持ちよりも自分の満足を優先する自己中心的な一面を持っているのだと解釈して、無理に我慢して関係を続けるのではなく、潔く切る事も大事です。</p>
<p>もちろん、大抵の人は他人から「苦手だからやめてほしい」と言われたら、「この人は○○されるのが苦手なんだ」と学習して、同じ過ちを繰り返さないように気をつけるものです。</p>
<p>しかし、中には他人の視点に立って物事を考えることができず、友達の気持ちを無視して自分のルールや理屈を押し付けてくる、距離感のおかしさを感じざるを得ない友達もいるものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>注意して「ごめんなさい」が言えるかについてもよく見ておく</h2>
<p>また、<strong>注意しても素直に謝ることができない友達にも要注意です。</strong></p>
<p>素直に謝ることができないのは、プライドだけが妙に高く、そもそも友達を対等な関係ではんなく上下関係で見ているとも考えることできます。</p>
<p>当然、勝手に写真を撮ってる自分の方が格上であり、取られる方は格下。そんな各下に対して自分の非を認めて頭を下げることができていないような相手と深く付き合うことは、あまりおすすめできるものとは言えません。</p>
<p>嫌だと言われた事はしない。そして嫌なことをされたら素直に謝る…こうした、友達関係なく人間関係を送る上で基本的なことがしっかりできる友達であるかどうかしっかり見ていくことを忘れないようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>余談：勝手に写真を取る友達とデリカシー</h2>
<p>ここからは余談になりますが、勝手に写真を撮るという行為自体、筆者個人的にはあまりにもデリカシーがなくても無神経な行動だと感じます。</p>
<p>わかりやすい例を言えば、アニメ『ちびまる子ちゃん』のたまちゃんのお父さんのように、自分の娘が嫌だと言っているのに、それを無視してライカのカメラで写真を撮りまくる行為は、なんとも自己中心的であると思わざるを得ません。</p>
<p>「勝手に写真を撮ったら相手がどう思うだろうか」という気配りや考えをせず、自分の興味や好奇心だけで衝動的に動いているかのようにすら見えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また「自分は勝手に写真を撮られることにとくに嫌いだし、相手もきっと自分と同じはず」という、自分の感覚と他人の感覚が一致しているという信じ込める事そのものが、やはり無神経というか、他人を思いやる配慮やデリカシーの無さを強く感じます。</p>
<p>写真撮影はその性質上他人を巻き込むと同時に、客観的な記録として残せる側面もあるので、それがコミュニケーションのツールとして使われることは、こうしたデリカシーの無さを如実に浮き上がらせると同時に、<strong>友達の育ちの善し悪しを判断できる材料の一つになっているように感じます。</strong></p>
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